押しかけ
魔王復活に対する準備は、順調に進んでいると言えるだろう。こちらから働きかけるまでも無く、王家の方々を中心に動き始めてくれたお陰だ。
むしろ、順調に進み過ぎて怖いとすら思えてしまう。オレが働きかけた以上に事態が動く。これは何者かが仕組んだ結果なのではと、どうしても勘繰ってしまうのだ。
とはいえ、そんな事が出来るとしたら、それは神様くらいのものだろう。本来のシナリオよりも良い流れなので、悪い神様では無いと思うのだけど。
まあ、そう考えるなら、オレに出来る事なんて限られているのだろう。流れに身を任せ、それで時々流れが変わる様に、ちょっとした干渉する程度なんだと思う。
オレはぼんやりと考えながら、自らの部屋へと戻って来た。そして、そのドアをそっと開く。
「――という訳で、殿下は頑張っているのですよ」
「ふうん、あの王子様も反省したんですかね……」
聞こえて来た声に眉を寄せる。視線を向けると、テーブルを挟んで向かい合い、アトリとカタリナさんが話し合っていた。
なお、ここはオレに割り当てられた客室である。何故だか夕食を終え、風呂から上がったら、二人がこの部屋で話し合っていた。
二人の仲が良さそうで何よりだと思う。ただ、どうしてここに居るのかは、謎なんだけどね……。
「あ、お師匠様! おかえりなさい!」
「ああ、導師様。お邪魔しております」
ドアノブを手に固まっていたオレに、二人が気付いて声を掛けて来た。ニコニコと笑みを浮かべ、とても和やか雰囲気である。
オレは気を取り直し、部屋へと入った。ドアを閉めると、二人に対して問い掛けた。
「えっと、二人はどうしてここに?」
「勿論、お師匠様と親睦を深める為です」
「導師様と親睦を深めたいと思いまして」
即答で返事が返って来た。ぴったり声がハモったが、打ち合わせでもしていたのだろうか?
オレは苦笑しながらベッドに腰掛ける。この部屋に椅子は二つしかない。そのイスは既に、二人が座っていたからね。
そして、オレが腰を落ち着けたのを確認し、二人はこちらに向き直る。そして、まずはカタリナさんが先に口を開いた。
「明日はお時間が空いていると伺っています。宜しければ、城下町の案内をしたいのですが、ご都合は如何でしょうか?」
え? どういうこと? これって、デートのお誘いってこと?
オレは軽くパニックを起こす。女性とのデートなんてしたことない。こういう時に、何て返事をすれば良いかわからない。
カタリナさんて金髪碧眼の、物凄い美人なんだけど。そんな真剣に見つめられると、ドキドキが止まらないんだけど。
頭の中では小さなオレが、取り乱して走り回っていた。けれど、それを悟られまいと平静を装い、オレはカタリナさんへと問い返す。
「え、ああ、いや……。そう、殿下の護衛は? カタリナさんも、いしょがし――んん! 忙しいのではないですか?」
ああ、やっぱりダメだ! 平静なんて装えなかった! 口が全然回らないんだよ!
顔がとても熱くなってる気がする。気付かれていないか、気が気では無かった。しかし、カタリナさんは気付いた様子もなく、微笑みながら答えてくれた。
「殿下なら明日は執務室で缶詰めです。部隊編成関連の事務処理が大量で、宰相が逃がしてくれないみたいですね」
「な、なるほど……」
そういえば謁見の後に、サイフォスさんに掴まっていたな。諸々の手続きがあると、別室へと連れられて行ったのだ。
アルフレッドは素直に従ったが、こっそり息を吐く姿を見ている。面倒な作業があることを、彼自身も理解していたのだろう。
そうなると、アルフレッドは明日一日ずっと城内。兵士や騎士が常駐しており、護衛の必要も無いはずだ。
つまり、カタリナさんはフリー。オレとのデートも問題無いと? いや、オレとデートすること自体は問題ないのか?
再び小さなオレが、脳内をグルグル回りだす。オレが返事をせずにいると、カタリナさんは肩を落として呟いた。
「あ、いえ、無理をする必要は無いのですよ? ただ、命を助けて頂いたお礼に、少しでもお役に立てればと思ったのですが……」
命を助けたお礼? つまり、デートのお誘いではない? むしろ、接待的な感じだろうか?
オレは内心でションボリとなる。しかし、目の前のカタリナさんの方が、見るからにションボリしていた。
それに気付いたオレは、慌てて全力で肯定する。
「いえいえ、無理じゃないです! 是非、案内をお願いします! カタリナさんとご一緒出来て、凄く嬉しいな!」
「そ、そうですか? それ程に喜んで貰えるとは……。ならば、明日は気合を入れますね!」
ションボリ姿から一転。カタリナさんは気合の入った表情へ切り替わる。明日の予定をどうするか、真剣に考え始めていた。
うん、元気になってくれて良かった。彼女が落ち込んだ姿を見せられても、どうしてよいか困ってしまうしね。
それに、明日もデートという訳では無い。それなら、こちらも緊張せずに済むという物である。何も困る事など無いのだ。
いや、まあ、うん……。本当はデートじゃなくて、凄くガッカリしたんだけどね……。
オレは内心でこっそり溜息を吐く。すると、次はアトリが話し掛けて来た。
「お師匠様、実は私は暇になってしまいまして……。明日からどうするべきか、お師匠様に相談したかったんです……」
「ああ、なるほどね。ヘイパスさんの鍛治手伝いは、新しいお弟子さんが行うからか」
以前のアトリなら、城に居る間はヘイパスさんの手伝いをしていた。ダンジョン攻略前で言うと、工房の準備で掃除などを担当していたのだ。
しかし、魔鋼の材料が揃ったことで、今後は本格的な鍛治仕事が開始される。騎士団の装備を全て面倒見る為に、鍛冶師見習いがヘイパスさんに斡旋されたのである。
人材はダンジョンからの帰還時に、ザルター卿より推薦された二人である。ヘイパスさんも気に入ったらしく、その人達が明日には城に到着予定となっている。
そして、雑用は新しい二人の弟子が行うだろう。そうなるとアトリの出番は無い。今の彼女が行う仕事は、何も無くなってしまうのである。
さて、どうするべきかと腕を組んで考える。しかし、カタリナさんは首を傾げ、不思議そうに問い掛けて来た。
「アトリは導師様の弟子なのだろう? なら、導師様の身の回りの世話をするべきではないのか?」
「「……え?」」
いやいや、オレの身の回りの世話って。そんなの必要無いんだけど?
オレは苦笑を浮かべ、パタパタと手を振る。そして、口を開こうとしたと所で、アトリが急に立ち上がった。
「――て、天才ですか! その発想は無かったです!」
「いや、私は至極当然の事を言っただけなのだが……」
困惑した様子のカタリナさんを、アトリはキラキラした目で見つめている。何と言うか、これは非常に不味い流れな気がする。
「あの、アトリ? オレのお世話なんて別に……」
「私は弟子なので当然ですよね! これからは合法的に、お師匠様のお世話が出来るんですね!」
ちょっと待って。合法的ってなに? 非合法なお世話なんてあるの?
いやいや、そういう話では無い。オレはアトリに、そういう雑用をさせたい訳では無いのだ。身の回りの世話くらい、自分自身で出来るのだから。
だが、止める為に立ち上がろうとした所で、アトリの手がオレの両肩に置かれる。そして、アトリは強い力で肩を押さえつつ、オレに対して笑顔で告げた。
「全てはこのアトリにお任せ下さい! 全身全霊でご奉仕させて頂きます!」
「あ、はい……。よろしくお願いします……」
オレには断る事なんて出来なかった。弟子の想いが、余りにも重すぎる……。
そして、カタリナさんも満足そうに、ウンウン頷かないで欲しい。別にこれは、そんな良い話とかでは無いですので。
しかし、オレはそれを口に出す事はない。空気を読めずに言える人が、こういう時だけは羨ましく思います。
オレはいつもの如く、こっそりと内心で溜息を吐くのであった。
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