報告(サイフォス視点)
私の名はサイフォス=シルフィード。ラナエール王国の宰相であり、先代から30年近く国政に貢献して来たと自負している。
そんな私の元に、東のザルター卿より早馬が送られて来た。内容は鉱山ダンジョンへ向かった、殿下達についての速報である。
その内容をまずは私が確認した。そして、その余りにも驚くべき内容に、思わず言葉を失ってしまった。
『死霊使い』という魔王軍の手の者が、ダンジョンに潜んでいたらしい。それがダンジョンの魔力を集めて、復活後の魔王の為に、供物作りをしていたと言うのだ。
更には殿下達を亡き者にしようと襲い掛かり、50体を超える『グール』と『ボーンソルジャー』を召喚した。その他にも、『彷徨う死神』や『ヴェノム・グール』という非常に強力な個体も操っていたと言うのである。
幸いな事に導師様が居たお陰で、全員無事で危機を乗り切れたらしい。しかし、導師様が居なければ、間違い無く全滅していただろうと書き添えられている。
その脅威度について判断がつかず、私は城に居たグレイシス卿を呼び出した。騎士団長である彼ならば、これらの魔物も知っていると考えたからだ。
そして、手紙を読んだ彼の感想は、『騎士団が総出で討伐に向かっても、それでも勝てるか怪しい戦力だ』とのことであった。
――冗談では無い……。
その答えに私は真っ青となる。騎士団が総出と言うのは、国の守りを全て捨てての討伐と言う意味だ。そんな判断は簡単に下せるものでは無い。
その上で、勝てるか怪しいと言うのである。そんな魔物が国に潜んでいた等、とても笑っていられる状況では無かった。
私はグレイシス卿を伴い、すぐに陛下の元へと伺った。そして、今後の方策について緊急で会議を行った。
下手をすれば国の存亡にも関わる内容である。私達は全ての予定をキャンセルし、長時間にわたって議論し合った。
そして、全ての懸念事項を洗い出し、話し合ったら夜が明けていた。時間も忘れて、これ程に語り合った等、いつぶりであろうか……。
しかし、私達に休んでいる時間は無かった。殿下達が城へと戻って来たのだ。私達は急いで準備を整え、謁見の間にて殿下達を出迎えたのだ。
「よく戻った、アルフレッド! 概要はザルター卿より知らされている。それで、魔王軍の手の者が居たとは本当なのだな?」
玉座に座った陛下は、真剣な表情で殿下へと問い掛ける。寝不足を感じさせぬどころか、いつものオドオドした様子もない。逆を言えば、それだけ余裕が無い態度と言う事も出来る。
黙って聞いている私も、内心では陛下と同じ気持ちだ。出来れば嘘であって欲しいと思っている。そんな馬鹿げた願いすら抱いていた。
しかし、殿下の姿を見てはっと息を飲む。導師様やカタリナを引き連れ、謁見の間にやって来た殿下。その表情はキリリと引き締まり、その顔立ちが別人のようだったのだ。
「はい、父上。手紙の内容は全て本当の事です。――カタリナ、例の物を!」
「はっ! こちらが回収した、『死者の宝珠』というアイテムとなります!」
カタリナが両手で包み、掲げて見せた黒い宝珠。それは見るからに禍々しい気配を漂わせていた。
目にするだけでも気分が悪くなる。こんな物が人の世に有って良いはずがない。そう思わせる不気味なオーブであった。
私達がその異様さに驚いていると、殿下がオーブに手を向けて説明を行う。
「これは魔力を不死属性へ変換し、溜め込む性質を持つアイテムです。これ自体は魔力の塊でしかなく、周囲に危害を及ぼす心配はありません。……ただし、鑑定士による鑑定結果では、魔族にしか扱えないとの結果も出ています」
「魔族だと……。それは、かつて魔王に付き従った配下達のことか……?」
鑑定士とは、高度な鑑定スキルを持つ者達だ。『鑑定の水晶』は人物鑑定用に作られたアイテムだが、彼等ならアイテム等も鑑定する事が出来る。国に数人しか居ない希少な者達である。
その鑑定士が鑑定した結果なら、その説明に嘘は無いだろう。あの『死者の宝珠』は魔族が利用するアイテム。それを扱う物とは、魔王軍の関係者に他ならない。
魔族とは伝承にしか存在しないである。今の世には存在しない者達のはずである。それがこの地で活動していた。私は拳を握りしめ、何とか手の震えを止める。
そうして恐怖と戦っていると、殿下が一歩を踏み出した。そして、毅然とした態度で陛下へと告げた。
「『死霊使い』は言いました。何をしようと魔王の復活は止められないと。そして、私は『死霊使い』の強さを目にしました。彼の者達が暴れ出せば、この国は簡単に滅ぼされてしまうでしょう。――それ故に、我々は備えねばならないと知ったのです!」
その言葉は、その眼差しは、かつて見た事が無い程に強い物だった。よもやこの短期間で、これ程の精神的成長を果されるとは……。
それ程の経験をしたのだろう。その事を恐ろしく思うと同時に、私は殿下の成長に感動する思いも抱いていた。
「父上にお願いがあります! 私にはこの国を守る義務がある! そして、それを成す為の力を秘めている! どうか導師様の元で、私に力を付けさせて下さい! そして、私を中心とした、対魔王部隊の設立をお認め下さい!」
殿下の要望に、陛下も驚きで目を見開いていた。殿下がここまで強く発言する事を、陛下も予想していなかったのでしょう。
陛下は考えを纏める様にゆっくりと息を吐く。そして、視線を導師様へと向けると、真剣な眼差しで問い掛けた。
「導師様も、それで問題無いのでしょうか?」
「はい、問題御座いません。殿下が先頭に立てば、多くの者達が付き従うでしょう」
陛下の問いに、導師様が即答する。そう問われる事を予想し、答えを用意していたのでしょう。
なるほど、これが伝説に謡われる導師様。未来を見通し、人々を導く神のみ使いという存在という事なのでしょうね。
ラナエール王国に伝わる伝承も間違いではなかった。『国に危機が訪れる時、その者が現れ人々を導く』。その一説通りと言う事なのでしょう……。
恐らくは陛下も同じ事を考えていたと思われます。穏やかな表情で息を吐き、安心した様子で皆へと告げられました。
「導師様の導きに従い『対魔王部隊』を結成する。我々はこの国と、この世界の未来を守る為に、彼等を全面的に支援する!」
陛下の宣言に、殿下が微かに笑みを浮かべます。その背後では、導師様やカタリナも微笑みを浮かべていました。
更に後ろでは、ドワーフ族のアトリ姫に、養父であるヘイパス殿。彼等が『対魔王部隊』の主力メンバーなのでしょう。
それと、私はふと気になり、グレイシス卿へと視線を向けます。彼は娘のカタリナを見つめ、誇らしそうに口元を緩めていました。
彼女も侯爵家の令嬢ですので、本来ならば戦場は不似合いのはず。それだと言うのに、親子揃って騎士である事に誇りを持っているみたいです。
貴族らしいとは言えませんが、今はその頼もしさを喜ばせて貰いましょう。親子揃って、陛下の信頼厚い家臣なのですからね。
私は頼りになる同僚へと意識を向けていました。しかし、ふと陛下の動く気配を感じたのです。そちらに目を向けると、立ち上がった陛下が頭を下げていました。
「導師様、どうか息子を……。そして、この国、この世界をお導き下さい!」
「――ちょっ! 頭を上げて下さい! 私は私の役目を果すだけですから!」
陛下が頭を下げた事は驚きました。普通は一国の王が、そう簡単に頭を下げたりはしません。ただし、この状況では礼を尽くすのが間違いとは言えませんが。
しかし、導師様が慌てる姿には、それ以上に驚かされました。この状況であれば、ただ静かに頷くだけで良い。どうしてあれ程、慌てているのかがわかりませんでした。
ただ、導師様の言動を見る限り、とても好感の持てる人物だとはわかります。自らの立場に胡坐をかかず、誰に対しても礼を持って接する御方なのでしょう。
果たして、今の私はどうだろうか? 長く宰相と言う立場にあり、その立場に胡坐をかいては居なかっただろうか?
自らの胸に手を当て、自らの行動を鑑みる。そして、人徳を備えた導師様の様に、自らを律しようと心に誓うのであった。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます!
これにて第ニ章が終了となります。
引き続き、第三章もお願いします。<(_ _)>