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自己紹介

 少し歩くと街道があり、ひとまずそこに移動した。ゆっくり休める場所とは言えないが、森林のど真ん中では落ち着かないしね。


 剥き出しの地面に腰を落とし、オレ達は向かい合って座る。すると、ヘイパスさんが真っ先に口を開いた。


「ワシはドワーフ族のヘイパスと言う者です。鍛冶職人なんですが、仕事を求めて旅している所でして……」


 ヘイパスさんは旅装束に鎖帷子という姿。その上にボロボロのマントを羽織っている。そして、腰には鉄の手斧を下げていた。


 戦士にも見えなくはないが、装備は魔物に襲われた時の用心だろう。本職が鍛冶職人なのは、ゲーム知識でオレも知ってるしね。


 そして、彼等がドワーフ王国からの亡命者という事も知っている。ただ、ゲーム開始時点では旅などしていなかった。ラナエール王国で店を構えていたはずなのだが……。


「それで、こっちのが娘のアトリです。人間には若く見えるでしょうが、これでも13歳になります」


「は、初めまして……。アトリと言います……」


 オドオドした態度で頭を下げるアトリ。こちらを見る目には警戒心が滲み、立ち位置も父親の陰に隠れる感じである。


 事情を知るオレからすると、その態度を不満に思ったりはしない。必要以上に怯える態度に、不愉快といった感情はなかった。


 けれど、13歳と言う年齢には驚いた。見た目が幼く10歳程に見えると言うのもある。だがそれよりも、ゲームでの彼女は15歳だったからである。


 つまり、これはゲーム開始の二年前の世界? 彼等がラナエール王国へ到着する直前だと言う事だろうか?


 色々と疑問は尽きないが、少し考え込み過ぎたみたいだ。二人が不思議そうにオレを見つめていたため、オレは慌てて自己紹介を行う。


「始めまして。私の名はアキラです。職業は導師になります」


「ど、導師様……?! なるほど、そういう事でしたか……!」


 驚いた様子で声を上げるヘイパスさん。その顔は明らかに、ほっとした表情へと変わっていた。


 しかし、その理由がオレには理解出来ない。そう言う事とは、どういう事なのだろうか?


 そして、その疑問はアトリも同じらしかった。不思議そうに首を傾げる娘に、ヘイパスさんが明るい声で伝える。


「導師様は神の教えを説く、旅の神官様だよ。そんで教会でふんぞり返ってる、偉そうな僧侶どもとはまったく違う。無償で人々を助けるし、人助けこそが自らの修行って考えの方々なんだ」


「信じられない……。人間の神官様なのに、そんな人も居るなんて……」


 アトリが呆けた表情を浮かべている。心の底から驚いていると感じられた。


 そして、二人の態度でオレも薄々と理解した。この世界の神官がどういう者達なのか……。


 言われて思い出すが、確かにシナリオ上の神官は全て尊大な態度である。勇者には王族も含まれるが、上の立場で発言をしていた。


 むしろ、神の意思とか何とか言いつつ、全ての勇者に命令を下していたような気がするな……。


 つまり、先程まで警戒されていたのは、オレが生臭坊主と思われていたからだ。治療を受けてしまったので、高額のお布施を請求されると思っていたのだろう。


 勿論、オレはそんな事をするつもりはない。むしろ、導師が何かを教えてくれて、ありがとうと言いたいぐらいである。


 オレは内心でヘイパスさんに感謝する。そして、誤解の解けた所で、彼に対して質問をした。


「それで、お二人はどうして森の中に? 荷物も無くされたそうですが?」


「はい、聞いて下さい……。ワシ等がどうして、こんな目に合ったか……」


 話をする事に躊躇いはないみたいだ。しかし、声の調子から内容はかなり重そうだと感じられた。


 ヘイパスさんは拳を握り、悔しそうな表情を浮かべている。隣のアトリも涙を浮かべ、俯いて感情を押し殺していた。


「ワシ等は乗り合い馬車で、ラナエール王国へ向かっていました。しかし、街道沿いを移動中に、先ほどの魔物の群れに出くわしましてね。囮として馬車から放り出されたんでさぁ……」


「囮として、放り出された……?」


 想定外の説明に、オレは言葉を失ってしまう。どうすれば、そんな事態になると言うのだ?


 しかし、ヘイパスさんは自嘲気味に笑みを浮かべる。それが当然と言わんばかりに、オレに対して説明してくれた。


「ワシ等ドワーフ族なんて、人間からしたら亜人でしかねぇ……。護衛の傭兵も乗ってましたが、人間様の役に立てって、馬車から蹴落とされましてね……。多くの人間からしたら、ワシ等は同じ人では無いんですよ……」


 その扱いに怒っている訳では無い。どうしようもないと、諦めの感情だけが浮かんでいた。アトリも悲しそうに、静かに涙を流すだけである。


 そして、オレはアトリの背景を知っていた。彼女はシナリオ上でも、自らの口で過去を語る。自分達がどれだけ酷い扱いを受けて来たかと。


 この世界では、半数の国で亜人は劣等種として扱われる。ドワーフ、エルフ、獣人等は、卑しい存在とされ、奴隷として扱われているのだ。


 例外は彼等が寄り集まって作った小さな国々だろう。国を出て人間の領内に入れば、最悪は捉えられて奴隷とされてしまう。


 唯一の救いは、これから向かうラナエール王国が例外という事である。あの国は亜人差別の文化が無く、将来は異種族間同盟の中核となる国なのだ。


 まあ、設定上の話はこの辺りにしておこう。それよりもオレは、二人に何と声を掛けるか悩む。


 慰めの言葉など意味は無いのだろう。そう考えて、オレはヘイパスさんへとこう問いかけた。


「お二人は、ラナエール王国へ向かう途中でしたよね?」


「え、ええ。その通りですが、それがどうかしました?」


 オレは二人の奇妙そうな視線を無視し、メニュー画面を操作する。そして、アイテム欄を確かめて、余りにも都合の良い状況に苦笑する。


「荷物は馬車の中なんですよね? 水や食事には困りませんか?」


「そりゃあ、困りますが……。命があっただけマシって訳で……」


 ヘイパスさんは言いづらそうに俯いた。何せオレも手ぶらである、その辺りは元から期待していないのだろうね。


 だが、これもどこかの神様の采配だろうか? アイテム欄にはパンと水が潤沢に存在していた。


 オレがアイテム欄をタップすると、目の前に真っ黒な空間が開く。そして、その空間から2個のパンと、一つの革製の水筒を取り出した。


 目を丸くする二人に対して、オレはパンと水筒を差し出す。そして、片目を閉じて、悪戯っぽい笑みを向ける。


「幸いな事に、水と食料には困っていません。ラナエール王国まで、ご一緒しませんか?」


 ヘイパスさんとアトリは、互いに顔を見合わせる。余りに出来過ぎた話に、裏が無いかと心配している様子だった。


 だが、今の彼等には余裕など無い。決心した表情でヘイパスさんが頷き、恭しくパンと水筒を受け取った。


「ありがとう御座います。導師様のご厚意に、甘えさせて頂きます」


「いや、導師様は止めて下さい。私の事はアキラで構いませんので」


 アトリも慌てて頭を下げようとしたので、こちらも慌てて止めさせる。しばらくは三人で旅をするのに、こんなに畏まられても息苦しくて仕方がないからね。


 だが、頭を上げたヘイパスさんは、困った表情を浮かべていた。そして、上目遣いで顔色を伺うように、オレに対して尋ねて来た。


「えっと……。それでは、アキラ様で宜しいでしょうか?」


「いえ、様も要らないけど……。まあ、呼びやすいように」


 話す途中でより困った表情をされてしまったのだ。もう、こう答えるしか無かったのである。


 実際、オレの返事に二人はホッと胸を撫で下ろしていた。これ以上の要求は、単に二人を困らせるだけなのだろう。


 オレはこっそりと嘆息し、この先の道中を不安に感じるのであった。

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