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願い(アルフレッド視点)

 その信じられない光景に、再び私は呆然となる。そして、アトリが駆け寄って、カタリナを仰向けに寝かせた。


「カ、カタリナさん! こんな、状態で……」


「わ、私は良い……。それより、向こうを……」


 コホコホと咳き込み、口から血を零していた。肩から胸にかけて、鎧を切り裂かれた生々しい傷跡。そして何より、その顔色は青を通り越して紫へと変化していた。


 満身創痍の状態なのに、カタリナはアトリに行けと言う。二人の騎士が食い止めているが、カタリナが抜けて厳しい状態だからだろう。


 アトリは僅かに悩んだが、すぐに立ち上がった。そして、カタリナに言葉を掛けると、彼女を残して離れて行った。


「父ちゃん! カタリナさんをお願い!」


「おう、任せな! そっちは頼んだぞ!」


 あっさりと立ち去った事にショックを受ける。こうも簡単に、カタリナを見捨てられると言うのか……。


 だが、私が呆然としていると、背中をぐっと押された。何だと思っていると、ヘイパスが硬い声で告げた。


「……最後の言葉だ。しっかり聞いてやんな」


「最後の、言葉……?」


 言葉の意味が理解出来なかった。何が最後なのか、私にはわからなかったのだ。


 だが、強引に腕を引かれて、カタリナの元へ連れられる。そして、やって来た私に対して、カタリナは青い顔で微笑んだ。


「申し訳ありません……。私はもう、ここまでみたいです……」


「な、何を言っている……? 私に理解出来るように話せ……」


 私の言葉に、カタリナが悲しそうな顔となる。そして、コホコホと咳き込みながら、私へと説明し始めた。


「ヴェノム・グールの持つ毒は、特殊な『猛毒』です……。この国に治療できる者はおりません……。居たとしても、もう間に合いません……」


「そん、な……。馬鹿な……」


 カタリナの顔色を見る。紫がかった青であり、貧血だろうとこんな色にはならない。


 ならば、本当に特殊な『猛毒』なのか? カタリナはもう、助からないと言うのか……。


「最後まで、見届けられず無念です……。ですが、私は信じております……」


「何を……。何を信じていると言うのだ……?」


 カタリナが力無く、震える右手を伸ばして来た。オレはその手を両手で掴み、彼女の言葉に耳を傾ける。


「殿下は心に、正義を宿しています……。本当は誰よりも、心優しい御方です……。必ずいずれ、良き王となられる事でしょう……」


「そんな、ことは無い……。私など、カタリナが居なければ、無力な子供でしかないのだ……」


 この旅で、私はどれ程の無力感を感じた事だろう。王子と言う身分に胡坐をかき、ただ周りに守られるだけの存在でしかなかった。


 如何なる時も、カタリナが傍に居てくれた。いつだって彼女が、私の事を守ってくれていたのだ。


 私はそんな当たり前の事すら気付けていなかった。そんな馬鹿な子供でしかないのだ……。


「私の、最後の願いです……。どうか、この国を……。この世界を、救う存在に……」


「駄目だ、許さんぞ! 私を残して逝くな! お前まで、私を残して逝くのか……!」


 かつて大切な弟を病気で亡くした。悲しみに暮れる日々を、カタリナがずっと支えてくれた。


 私が辛い時には、いつだってカタリナが傍に居た。彼女は私にとって姉の様な存在。家族にも等しい存在なのだ。


 それだというのに、私はまた何も出来ないと言うのか? ただ、大切な人が亡くなるその時を、見守るしか出来ないと言うのだろうか……。


 そう、絶望に打ちひしがれていると、その声が飛び込んで来た。


「お師匠様、こちらです! 急いで下さい!」


「――えっ……?」


 顔を上げると、アトリがこちらに駆けていた。師匠である導師の手を引き、カタリナの元へとやって来た。


 そして、私はそこで初めて気付く。周囲に魔物が居なくなっている。全ての魔物が、その姿を消していたのだ。


 あれ程の魔物が瞬時に消えた事で戸惑っていると、導師が難しい顔でカタリナの様子を確認していた。


「これは、『猛毒』……? どうして、カタリナさんが『猛毒』に……?」


「ヴェノム・グールです! 倒す事は出来ましたが、カタリナさんは……」


 アトリは涙を堪えて訴える。その言葉に驚きを示し、導師は苦々しく顔を歪めた。


 彼も理解したのだろう。カタリナが既に手遅れであると。しかし、ずっと黙っていたヘイパスが、急に導師へと問い掛けた。


「アキラ様、念の為に確認させて下さい。この状況を、何とか出来ませんかね?」


「――なっ……?!」


 その口調は硬い物だが、瞳に諦めの色が無かった。何故かヘイパスは、どうにか出来ると期待している雰囲気であった。


 しかし、導師の能力は私も知っている。彼に『猛毒』を癒す術はない。傷を癒す魔法は使えても、『猛毒』を治療する魔法は……。


「はい、出来ますよ」


「――って、出来るのかっ?!」


 あっさりと告げる導師に、私は驚きの声を上げてしまう。そんな私に、彼は苦笑を浮かべて見せた。


 導師は立ち上がると虚空を見上げ、何故かぼんやりし始めた。私は彼の腕を掴むと、必死に頭を下げる。


「頼む! カタリナを助けてくれ! 礼ならば何でもする! 彼女が助かるなら、私は何だってやる!」


「――ちょっ! ちょっと、落ち着きましょうか!」


 必死に縋る私に対し、導師は慌てた様子で引き剥がしに掛かる。しかし、私はその手を放しはしない。微かに残された希望なのだ。決して放す訳にはいかなかった。


 そして、私と導師がもみ合っていると、アトリがゆっくり近寄って来た。何だと思って視線を向けると、彼女の拳が私の鳩尾にめり込んだ。


「ごっ……! ごはぁっ……?!」


「お師匠様の邪魔をしないで下さい! カタリナさんを助けられないでしょ!」


 余りの苦しみに、私は呼吸も出来ずに蹲る。そんな苦しんでいる私を、あろう事かアトリは蹴り転がすのだった。


「ア、アトリ! 流石にそりゃあ、やり過ぎだろう?」


 父親のヘイパスが慌てていた。しかし、アトリはそんな忠告に対し、知らない振りを決め込む。


 そして、導師に向かい笑顔を向ける。それはこれまで見た中で、一番良い笑顔であった。


「さあ、お師匠様! よろしくお願いします!」


「う、うん……。それでは、治療しますね……」


 導師は空中で印を切る。それは何かの祈祷の類だったのだろうか?


 だが、その後に奇跡が示される。導師はカタリナへと手を翳し、そっとその奇跡を行使した。


「――メディック」


 柔らかな光がカタリナを包む。ほんの数秒程度の光であったが、その効果はすぐに発揮された。


 青かったカタリナの顔に、温かな色が戻ったのだ。苦しそうな呼吸も落ち着き、ぼんやりとした眼差しもはっきりとする。


 カタリナは驚きの表情を浮かべていた。そして、震えの止まった手を開閉し、導師に向かって問い掛けた。


「……もしや、助かったのでしょうか?」


「はい、『猛毒』なら綺麗さっぱりとね」


 導師は片目を瞑り、明るい声で答える。驚いた事に、本当に治療してしまったらしい。


 今度は失わずに済んだ。そう思うと涙が溢れ、気付くとカタリナへ抱き着いていた。


「よかった! 本当によかったな、カタリナ!」


「いだだっ……! 殿下、落ち着いてっ……!」


 カタリナが元気に叫んでいた。本当にカタリナは助かったのだ。そう実感した私は、ただただその感触を確かめた。


 アトリが私の腕を掴み、引き剥がそうとしていた。しかし、私は歓喜で笑みが零れ、それも気にせずしがみついた。


「あー、えっと……。それじゃあ、このまま傷の治療もしますね?」


 導師が何かを告げていた。カタリナは必死でブンブンと頷いている。


 そんなカタリナの姿を見て、私は再び嬉しくなる。今の私は、ただこの幸せを噛み締め続けるのであった。

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