上位種(アルフレッド視点)
気楽な足取りで進みだす導師。その杖を一体の魔物に向けると、即座に魔法を発動させた。
「ライトニング」
――ガッ! ガガッ!! ズガガンッ……!!!
腐った死体にしか見えない魔物は、その一撃で消し炭と化した。叫び声の一つもなく、灰になって崩れ去った。
更には導師は、骨の魔物へと鋭く踏み込む。そして、その杖を振り下ろすと、相手はバラバラに砕け散ってしまう。
崩れ去る魔物に驚いていると、次の瞬間には別の魔物が砕け散る。更には魔法を発動させ、別の一体を打ち滅ぼす。
「な、何だあの強さは……」
群れの中を舞う様に移動する。そして、相手の攻撃すら許さず、確実に数を減らしているのだ。
強いとは聞いていた。道中の強い魔物は、あの魔法で全て屠って来た。私は知っていたはずなのに、その強さに今更ながら驚嘆させられた。
私はただ、そこの光景を呆然と眺め続ける。しかし、唐突にアトリがカタリナの元に駆け寄った。
「お師匠様は骨の魔物は杖で、死肉の魔物は魔法で倒しています。私達もそれに倣いましょう」
「――なるほど! 死肉の魔物はグール。毒を持つと聞くのでその為だな。よし、それで頼む」
カタリナは他の騎士にも指示を出す。骨の魔物を積極的に牽制し、グールとやらはアトリに任せるつもりらしい。
そして、グールは骨の魔物よりも動きが遅かった。ゆっくり歩み出す一体に、アトリは魔法を発動させた。
「アーススパイク!」
――ドッ! ドドシュッ!
三本の槍が足元より飛び出し、グールの体を貫いた。頭部、胸部、腹部に穴が空き、ビクリと震えた後に塵となって崩れ去る。
「我々も負けてられませんね!」
カタリナと他の騎士も、手にした剣で応戦していた。骨の魔物は剣を持つが、腕前は大した事がないらしい。ニ、三度の打ち合いをすると、簡単に倒せてしまうみたいだった。
周囲を囲む魔物数は多い。数えるのも億劫になる程である。私も最初はその数に絶望し、ここで死ぬのかと諦めかけた。
だが、蓋を開けて見れば善戦していた。カタリナ達の強さもあるが、魔物の大半が導師に群がっているのが大きいのだろう。
私は放心して、ただ状況を見守るだけであった。私の魔法程度では、逆に邪魔になるだけで何も出来ることがなかった。
そう思って手を握り締めていると、ふと隣に気配を感じた。
「……ああ、気にしないで下せえ。いざという時は、盾代わりにして貰って構いませんので」
隣に立っていたのは、ヘイパスと言う鍛冶師だった。彼は肩にツルハシを担ぎ、安心した様子で状況を見守っていた。
陽気なドワーフと思っていたが、意外と場馴れしているみたいだ。娘が戦っているのに、それを心配するでも無いのだからな。
そして、私はただ怯え、立ち竦むだけだった自分を恥じる。私がこれ程までに弱いとは思っていなかった。『炎の加護』があっても、所詮はただの子供と言う事なのだろう。
同じく『大地の加護』を持つアトリは、カタリナと並んで活躍している。それはただ腕が立つと言うだけではない。その心の在り方も、私とは違うと見せつけられているみたいだった。
「私は……。驕っていたのだろうか……?」
特別な能力を持ち、教会に祭り上げられた。剣術も扱えて、魔法の腕もそれなりに使える。この年齢で考えれば、十分に優秀な方だと考えていた。
しかし、上には上が居るのだ。この程度の能力では、実践では役に立たない。いつからか上を目指さなくなった私では、良き国王になんて成れないのかもしれない……。
自分の弱さを嘆き、私はただ顔を伏せるだけであった。だが、そんな私の元に、切羽詰まった声が投げつけられた。
「――殿下! 危ない!」
顔を上げると、そこにはカタリナの背中があった。いつの間にか駆け付けて、私の前にやって来たみたいだった。
そして、そこで私は気が付いた。カタリナの眼前に一体のグールが居たのだ。足元に穴が空いており、そこから這い出して来たらしかった。
「――吹き飛べっ! パワースマッシュ!」
カタリナが力を込めて、渾身の一撃を叩き込んだ。グールは衝撃で転がり、カタリナから距離が離れる。
だが、大きなダメージでは無かったらしい。その魔物は平然と立ち上がると、カタリナの方へと一歩を踏み出した。胸に薄っすらと傷跡を残すが、何故だか致命傷とは程遠い様に思われた。
「――ぐっ……。かはっ……」
何故かカタリナが、唐突に血を吐いた。その信じられない光景に、オレは頭が真っ白になる。
私を庇って攻撃を受けていたのか? それであんなに身を震わせているのか?
私が知る限り、カタリナは強い。騎士団の中でも上位の腕前を持っている。そんな彼女が傷付いた姿に、私は強い衝撃を受けていた。
「――離れろ! アーススパイク!」
――ドッ! ドドシュッ!
アトリがカタリナの援護に入る。岩の槍はグールを穿つが、その刺さりが何故か浅い。これまでと違って、一撃で仕留める事が出来なかった。
その事を怪訝に思い、私は改めてその姿を見る。そして、そのグールは普通でない事に気付いた。
「一回り大きい……。それに、色が違っている……?」
他のグールよりも、明らかに筋肉の付き方が違っている。筋肉が異常に発達したみたいに、奇妙な膨らみを見せているのだ。
更に、その表皮も茶色や灰色の様な、腐った肉の色では無い。青や緑が混じった様な、毒々しい色をしていたのだ。
オレはその違いが理解出来ず、ただ戸惑っていた。すると、カタリナが駆け付けたアトリに告げた。
「あれは上位種のヴェノム・グール……。放っては置けません。速攻で片づけますよ!」
「わ、わかりました! 援護します!」
カタリナはしっかりした足取りで構えを取る。オレが思うよりも、傷は浅かったのかもしれない。
その証拠に、カタリナから勝負を仕掛けた。スキルを使った、疾風の突きで距離を詰めたのだ。
「スピードアサルト!」
――シュッ……。ズガッ……!
カタリナの剣が、ヴェノム・グールの胸を貫く。奴が普通の魔物であれば、それだけで終わっていたと思われる一撃だった。
しかし、ヴェノム・グールは気にした様子も見せなかった。右手を振り上げると、その巨椀でカタリナの身を吹き飛ばす。
「ぐあっ……!」
「――アーススパイク!」
――ドッ! ドドシュッ!
アトリの魔法が発動した。ヴェノム・グールの体を貫き、少なくないダメージを与えている。
しかし、それでも奴は倒れない。傷だらけでふらついてはいるが、それでも前へと歩み続けていた。だが、そこでヴェノム・グールの視線が、唐突に私へと向けられた。
「――あっ……」
カタリナは攻撃で吹き飛ばされていた。そのカタリナから距離を空ける為、アトリは魔法で援護を行ったのだ。
そして、よろめいて更なる距離が開いた結果。ヴェノム・グールに一番近くに居たのが、偶然にも私となってしまったのだ。
「――チイッ……! 下がれ、王子様……!」
ヘイパスに腕を掴まれ、強引に引っ張られた。よろける私の前に、彼は迷わず飛び出す。そして、手にしたツルハシを構えていた。
だが、そんなもので何とかなると思えない。そう思った所で、私の耳に怒声が届いた。
「――殿下から離れろ! スピードアサルト!」
横から飛び出すカタリナが、その剣でヴェノム・グールの肩を貫く。そして、横腹に蹴りを入れ強引に剣を引き抜く。
「いい加減に滅べ! パワースマッシュ!」
「これでトドメです! アーススパイク!」
カタリナの一撃がヴェノム・グールの首を刎ねた。アトリの魔法が、その体をズタズタに貫通した。
そして、ようやくヴェノム・グールを倒せたのだ。奴の体はボロボロと崩れ、灰となって消え去って行く。
「……は、はは! やはり、カタリナが負けるはず……」
安堵して笑い掛け、その言葉を止めてしまう。カタリナが膝から崩れ落ち、その場に倒れ込んでしまったのだ。
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