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王族(アルフレッド視点)

 導師一行が滞在して五日が経つ。視界に入るのも不快なので、出来る限り部屋に引き籠る事にしていた。


 しかし、明日はダンジョンへ向かわねばならないらしい。どうしてこの私が、鉱石の回収に出向かねばならんというのだ。


 不満には思うが拒否は出来そうにない。父上はともかく、サイフォスがそれを認めなかったからだ。あいつは淡々と正論を語るので、口では勝てない厄介な相手だ……。


 やり場のない怒りを抱きつつ、オレは風呂へと向かう事にした。汗を流せば、少しは気分もスッキリすると思ったからだ。


 しかし、浴場へ向かう途中に、一人の少女を発見する。上機嫌に鼻歌を歌い、湯気を上げる小柄な少女である。


「待て! アトリ=マナガンと言ったな?」


「え……? は、はい、そうですけど……」


 私に呼び止められ、アトリはビクリと身を竦める。そして、不安そうに顔を伏せ、上目遣いにこちらを見つめていた。


 私は彼女の元に歩み寄る。そして、周囲に人の気配が無いのを確認し、彼女に対して話し掛けた。


「貴女には聞きたい事があったのだ。ドワーフ族の王女らしいが本当か?」


「……『元』王女です。今はもう、ドワーフ王国が存在していませんので」


 そういえば、ミズガル合衆国に飲み込まれたのだったか? 国を取り戻すために戦うとか、そんな話をしていた気がするな……。


 まあ、それはどうでも良い話だ。彼女が王族であるなら、オレとしては同じことである。


「貴女も同じ王族であり、加護を与えられた存在なのだろう? ならば問いたい。どうして、あの導師に従っているのだ?」


「……は?」


 アトリはポカンと口を開いていた。私の質問が、いまいち理解出来ていないみたいだった。


 その態度にイラっとするが、そこはぐっと堪える。そして、彼女にもわかる様に問い直す。


「貴女も祭り上げられているのだろう? 神官共に良い様に使われ、王族としての誇りは無いのか? それとも、何か弱みでも握られているのか?」


 私が問い直すと、アトリの表情がすっと変わる。顔から色が抜け、恐ろしい程に冷めた眼差しとなった。


 私は急な変化に思わずたじろぐ。そんな私に対し、彼女は冷たく問い掛けて来た。


「……王子は何か勘違いをされていませんか? そもそも、王族の誇りって何でしょうか?」


 口調こそ丁寧だが、そこには敬意が込められていない。どこか馬鹿にした響きに、私は内心で苛立ちを感じてしまう。


「貴女も王族ならば、民を導く責務があるはず。神官共の言いなりになり、それが果たせると思っているのか?」


 そう、王族である我々は、民を導く義務がある。我々がその責務を果さねば、すぐに国は傾いてしまうだろう。


 王族であるなら、その程度の教育は受けて然るべき。それとも、ドワーフ族の王族は、そんなことすら教わらずに育つのだろうか?


 しかし、私の言葉が伝わっていないのか、彼女には表情に変化は無い。それ所か、淡々とした口調で問い返して来た。


「民を導く? 王子はどうやって導くつもりですか? その導き方をご存じなんですか?」


 問い掛けに対して言葉に詰まる。ぱっと思いつかなかったのもある。しかし、それ以上に彼女の圧力に飲まれていたのだ。


 この瞳は何なのだ? どこまでも飲み込まれそうな、底の見えないこの眼差しは?


 怯まされた事を悔しく思った。しかし、それでも私は意地で答えた。


「王族の責務は、民の幸せを守る事だ! その為には、正しい統治が必要となる!」


 その答えに間違いは無いはず。それだというのに、何故か鼻で笑われた気がした。


 表情は変わっておらず、言葉も発していない。それなのに、何故か私にはそう感じられたのだ。


 本当に私を笑ったのかはわからない。だが彼女は、私を更に追い詰めて来た。


「民の幸せ? 正しい統治? それが何かわかってるんですか? 王子に民の望みがわかるというのですか?」


 強い言葉と言う訳では無い。怒鳴りつけられている訳でも無い。なのに私は反論出来ずにいた。


 これではまるで、サイフォスからのお説教と同じだ。静かで淡々とした口調なのに、逆らえない圧力が込められている。


 そして、何も答えられない私は、苦し紛れに彼女へと問い返した。


「ならば……。貴女には、それがわかると言うのか……?」


 その問いに、彼女が薄っすらと笑った気がした。だが、気のせいだったのか、彼女は無表情のままだった。


 しかし、次の瞬間に優しい声で彼女は語り出した。その深い声に、私は背筋の凍る思いがした。


「王子は飢えた事がありますか? 冬の寒さに凍えた事は? 家畜の様に鞭打たれた事は?」


「な、何を言って……?」


 彼女の言葉には、理解出来ない凄味があった。どうしてか、私は体の震えが止まらなかった。


 理解出来ない恐怖により、私はその場に腰を抜かす。そんな私を見下ろしながら、彼女は私へはっきりと告げた。


「温かな食事。安心できる住まい。そして、人としての尊厳。それこそが、民が求める物です。私達が守るべき物です」


「あ、あぁ……」


 恐らく、それは正しい答えなのだろう。何となくだが、私にもそう思う事が出来た。


 しかし、本当に理解出来たとは思えない。少なくとも彼女に対し、そう言う気持ちにはなれなかった。


「皆より託された願い。その為に、私はこれから戦い続けます。お師匠様に示して頂いた道を、信じて進むと私は決めたのです」


 私は恐れと共に彼女を見上げる。しかし、恐ろしいはずの彼女から、私は目が離せずにいた。


 そこには恐ろしさ以外の何かがあった。その何かに、私は魅了されていたのだ。


「私は王子に興味がありません。何を思おうと勝手です。けれど、お師匠様を馬鹿にするなら……」


 彼女は小さく息を吐く。オレを見つめる瞳が冷たい。まるで虫けらを見つめる視線だった。


 普段の私であれば、不敬だと怒ったはずだ。なのに今は、そんな気持ちも沸き上がらない。


 私が呆然と見上げていると、一拍の間をおいて彼女が吐き捨てた。


「――私は、決して貴方を許さない」


 冷たいセリフが私を射抜く。その短い言葉に、思いの全てが詰まっていた。彼女の逆鱗に触れたのだと、私の本能が理解してしまった。


 そして、私は息も忘れて、彼女を見つめ続けた。だが、彼女は興味を失った様に、オレから背を向けてしまった。


「――あっ……」


 思わず声が漏れてしまう。しかし、彼女は気にせず歩き出した。私はその背を見つめ続け、理解出来ぬ感情に困惑し続けていた。


 彼女は何者なのだろうか? 私の知らぬ何を知っているのだろうか?


 彼女が正しいのかはわからない。自分が正しかったのかもわからない。けれど、私には何かが足りていないのかもと、そう思わずにはいられなかった……。

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