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腕試し

 王都に訪れ五日が経つ。毎日が会議続きで、オレは中々に忙しく過ごしていた。


 しかし、ようやく鉱山ダンジョンへ挑む準備が整った。やっと会議から解放され、アトリ育成に取り組めそうなのである。


 ヘイパスさんの手伝いをしていたとはいえ、アトリも寂しそうにしていたからね。ダンジョン攻略中は、沢山構ってあげたいと思っている。


 まあ、それはとれとして。ダンジョン攻略を明日に控え、オレはとある呼び出しを受けていた。


 場所は城内の訓練場。騎士や兵士がグレイシス卿に扱かれる場所である。オレはその場にやって来て、呼び出した人物と対峙していた。


「導師様。お時間を頂きありがとうございます」


「いえいえ、この程度であれば構いませんとも」


 オレに頭を下げる金髪美女。その相手とはカタリナさんである。今は鎧を纏っておらず、トレーニングウェアみたいな、動きやすそうな姿である。


 そして、オレもラフな部屋着姿で、杖とマントは部屋に置いて来た。今は夕食後であり、この後の予定もないからね。


 向かい合って、互いに見つめ合う。とはいえ、甘い空気とかは一切ない。カタリナさんは手にした木剣をこちらに構えていた。


「それでは、御手合せをお願いします」


「……あー、うん。お手柔らかにね?」


 そう、お誘いの内容とは腕試しである。オレの能力を知るカタリナさんは、オレに対して指導をお願いして来たのだ。


 正直、指導できるかは自信が無かった。ただ、オレも自身の実力と、一般的な騎士との実力差を知りたいとは思っていた所ではあった。


 オレは素手のまま、特に構える事無く立っている。『武術Lv5』のお陰で武器は必要無い。むしろ、『導師の杖』を使うと、怪我をさせる恐れがあるしね。


「…………」


 険しい表情で隙を伺うカタリナさん。彼女の息遣い、剣先の揺れ、視線の移動が情報として伝わって来る。


 その情報から、相手の考えが手に取るようにわかる。オレは重心をずらし、視線を揺らし、呼吸を乱して相手を翻弄する。


「――くっ……?!」


 一手も打てぬまま、カタリナさんは焦りの声を漏らす。今のやり取りで、手の内が読まれていると気付いたらしい。


 そして、オレとしても実力差が理解出来た。カタリナさんの実力では、オレに一撃を入れるのも難しいだろう。


 とはいえ、このまま睨み合っていても仕方が無い。オレは二っと笑みを浮かべ、クイクイと相手に手招きを行う。


「……参ります!」


 覚悟を決めて、カタリナさんが飛び込んで来た。フェイントも交えず、渾身の振り下ろしである。


 その剣筋は見事で美しかった。スキルの恩恵が無ければ、決して反応出来ない程の一撃であったのだろう。


 しかし、オレの体が自然と動く。一歩踏み出し体を捻る。そして、振り下ろされた剣は横に逸れ、オレは彼女の脇腹にそっと拳を押し当てた。


「――っ……?!」


 攻撃を目的とした訳では無い。オレはカタリナさんに、一切のダメージを与えてはいない。


 しかし、彼女の額からは、どっと汗が噴き出していた。これが実戦であれば、彼女は確実に戦闘不能になっていたからである。


 今の攻防でわかる通り、『武術Lv5』の効果は圧倒的だった。スキルを獲得しただけで、オレは本当に武術の達人になってしまったらしい。


 本来ならば長い修練を経て、知識と経験が積み重なるはずのもの。それが、ポイントを消費するだけで、簡単に手に入ってしまったのである。


 オレは今更ながらに、はっきりと理解することになる。このスキルを取得する力、スキルを与える力はチート能力なのだと。


 ゲーム感覚て気軽に使うと不味い力なのだ。使うべき相手と効果を吟味して、慎重に扱う必要があるのだと気付く事が出来た。


 その戒めを胸に刻み、オレはカタリナさんへ微笑みかける。そして、彼女へと問い掛けた。


「まだ続けますか?」


「……いえ。ご指導、ありがとうございました」


 カタリナさんは真っ直ぐ頭を下げる。とても綺麗な姿勢であり、こちらへの敬意が感じられた。


 顔を上げたカタリナさんは、とても穏やかな表情であった。悔しがるでも、羨ましがるでも無い。とても満足した笑みだったのだ。


 その事を不思議に感じていると、彼女は柔らかな声をオレに向ける。


「実力も人柄も申し分ありません。導師様であれば、安心してお任せ出来ます。殿下のご指導、どうかよろしくお願いします」


「はい、それは勿論……」


 元々、そのつもりでいたのだ。カタリナさんから頼まれる話では無いはずである。


 しかし、この態度はどういうことだろう? まるで家族――自分の子供に対する、愛情の様なものを感じさせるのは何故なんだ?


 疑問に思って眉を顰める。すると、カタリナさんは楽しそうに語りだした。


「私は殿下の護衛を務めて10年になります。幼い頃より、殿下を見守り続けて来ました。剣の指南役も務め、その成長を誰よりも身近で見て来ました」


「へぇ、そうなんですね……」


 10年前と言うと、アルフレッドが3歳の時から? 彼女も15歳頃からになるのだろうか?


 そうなると、騎士となってから、ずっと側で仕えていた事になる。それは家族同然に、親愛の情も沸くというものだろう。


 ただ、同時に疑問も沸き上がる。カタリナさんは、アルフレッドにとって重要な立ち位置に居る事になる。なのに何故、シナリオ上に登場していないのだろうか?


 その疑問が頭を過り、思わず考え込んでしまう。それを何か勘違いしたらしく、カタリナさんは難しい表情で語りだした。


「やはり、殿下の態度を心配されているのですね。ですがあれは、本来の姿ではありません。殿下のことを、悪く思わないで頂けないでしょうか?」


「え……。それは、どういう意味でしょうか……?」


 何やら勘違いがあるみたいだが、重要な話が飛び出して来た。アルフレッドの違和感について、カタリナさんは何かを知っているみたいだ。


 これは問題解決のチャンスかもしれない。オレが耳を傾けていると、カタリナさんはそっと目を伏せた。


「殿下は5年前に、病気で弟君を亡くされています。それ以来、弟を救えなかった教会に対し、恨みを抱いているみたいなのです……」


「ふむ……」


 その話なら記憶に残っている。過去に家族を亡くし、その時に決意を抱いたという話があった。


 亡くした大切な家族に、正しき王になると誓ったのだ。それ故に、アルフレッドは真っ直ぐな好青年として、成長しているはずなのだが……。


「そして、今でもその死を引きずっているのでしょう。周囲へ当たる事も多々あります。そして、教会関係者へは特に激しい嫌悪を示すのです……」


 教会関係者の嫌悪? ゲームのシナリオでは、そんなシーンは無かったよな?


 それよりも、亡くなったのは5年前だ。それを今でも引きずっており、周囲へ当たっているらしい。


 今から二年の間に何かが起きるのか? アルフレッドの考えが変わる程の何かが?


 オレは状況が理解出来ずに混乱する。しかし、そんなオレに対して、カタリナさんは再び頭を下げて来た。


「失礼な態度があるかもしれません。それでもどうか、殿下のことをお願いします」


「え、えぇ……。出来る限りやってみましょう……」


 結局、話を聞いても状況はわからなかった。アルフレッドがこの先、何を切っ掛けに変わっていくのか。


 だが、それでもやる事は変わらない。オレはアルフレッドに認められなければならないのだ。そして、彼を育てて行かねばならないのである。


 不安な気持ちを押し殺し、それでもオレは彼女の願いを聞き入れるのであった。

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