作戦会議2
会議室には要職に就く方々が集まっている。ジルクニル王にサイフォス宰相。それ以外にも、四名の重要人物が集まってくれた。
一人は北の領地を治めるグレイシス卿。侯爵の地位にある貴族で、騎士団長を務める強面の人物だ。女騎士カタリナの父親でもあり、代々騎士を輩出する家柄なのだとか。
二人目は東の領地を治めるザルター卿。鉱山都市を抱えており、工芸品にも強みを持つとか。爵位は伯爵だが発言力は強い。寡黙な老人で何を考えてるかは読みにくい人物だ。
三人目は南の領地を治めるバルス卿。ガーランド王国に隣する土地で、交易関係を一手に引き受けている。爵位は侯爵であり、白髪の渋い老紳士である。印象としてはやり手の商人といった感じだ。
最後は西の領地を治めるガナン卿。ゲルド大森林に隣する土地で、獣人国との交渉を担当している。食料生産に強い領地らしい。ただ、一番地位の低い伯爵だからか、どこか自信が無さそうな雰囲気を醸し出している。
大きなテーブルを囲み、全員が席に付いた。それを確認したサイフォスさんが、全員に対して声を掛ける。
「皆さま、お集り頂き感謝致します。それではこれより、魔王対策会議を開催させて頂きます」
「「「…………」」」
会議室に緊張した空気が張り詰める。大半の参加者は無表情だが、ジルクニル王とガナン卿だけは不安気な表情だった。
最低限の情報は事前に伝えられているのだろう。特に質問なども無く、サイフォスさんが話を進める。
「二年後に現れるという魔王および魔王軍。それらへの対策を検討する為にも、まずは導師様よりご説明をお願いします」
「承知しました。それでは僭越ながら、私から説明させて頂きます」
進行については事前に打ち合わせ済みである。オレは想定通りに立ち上がると、参加者に対して説明を始める。
「まず、魔王が復活すると、世界に闇の力が満ちてしまいます。その結果、世界中でこれまで以上に、強大な魔物が発生する様になります。例えば、今のラナエール王国ではゴブリンやオークは多くみられます。それらが全て、上位種のホブゴブリンやハイオークになるとお考え下さい」
「上位種か……。そうなると、平均レベルが最低でも10は上がるな……」
グレイシス卿の発言で、参加者全員が脅威度をイメージ出来たらしい。皆の顔にはっきりとした驚愕の色が浮き上がった。
何せこの国では兵士は平均Lv5。騎士も平均がLv15である。兵士は役に立たなくなり、騎士も数が圧倒的に足りないと理解出来るはずだ。
しかし、今の説明は序の口でしかない。オレは更に説明を続ける。
「そして、問題なのが魔王軍です。指揮官クラスは最低でもLv20はあり、魔物達も統率が取られるのです。数百規模の魔物の群れが、各国の各地で暴れ回る事になります」
「「「――なっ……?!」」」
この説明には皆が絶句していた。グレイシス卿は顔を顰め、その他のメンバーは青い顔となっている。
オレはテーブルに広げられている地図を見る。そして、そっと指さしながら、参加者へと更なる説明を続ける。
「まともに抵抗出来るのは、北西のイシュタール帝国。それに、東のミズガル合衆国のみです。それも、城壁を持つ主要都市のみであり、小都市や農村は全て壊滅することになります」
「「「…………」」」
魔王軍の戦力を考えれば、それは当然の結果である。誰もが理解出来るだけに、反論も疑問も出てはこなかった。
とはいえ、このまま皆を黙らせても仕方が無い。次の展望について話を進めるべきだろう。
「それらを見越し、まずはこの国の軍事力を強化します。幸いな事にドワーフの名工を招く事が出来ましたので、騎士や兵士の装備はより強力な物へと入れ替える事が出来ます」
「ほっほっ。マナガン殿であるな? かねがね噂は耳にしておったよ」
ザルター卿が面白そうに口を開く。どうも、ヘイパスさんの噂を聞いていたらしい。鉱山都市を持つだけあり、各国の名工について情報を収集していたのかもしれない。
材料の提供等で、彼にはこれからお世話になる。今の反応からすると、上手くやってくれそうな気がする。こちらに関しては、特に心配しなくても良さそうだな。
オレは笑みを浮かべ、ザルター卿へと頷きを返す。そして、次にグレイシス卿へと視線を移す。
「装備の強化だけでは不十分です。この国の騎士および兵士の訓練が必要となります。その辺りに関しては、グレイシス卿へお願い出来ないでしょうか?」
「……承った。二年間で徹底的に鍛えてみせよう」
オレの依頼をグレイシス卿が快く引き受けてくれる。彼はニヤリと、凄味のある笑みを浮かべていた。鍛えられる者達については、お察しという奴である……。
一旦、騎士や兵士達の事は忘れる事にする。オレはその次に、バルス卿へと視線を向ける。
「魔王軍への備えは我が国だけでは不十分です。大陸東部へ渡るのに船も必要ですし、ガーランド王国との共闘は不可欠です。一月後を目途に、ガーランド王との謁見を調整頂けないでしょうか?」
「承知致しました。事前に日程を調整し、移動の手配も進めておきましょう」
バルス卿から何やら、シャカシャカと計算する音が聞こえてくる。幻聴だとはわかっているが、彼の顔を見ていると裏で凄く計算していそうだと思えた。
こちらに関しても問題は無いだろう。細かな話は後で詰めるとして、先に全体の話を済ませてしまおう。
オレは最後にガナン卿へと視線を移す。ゴクリと喉を鳴らす彼に、オレは笑顔を向ける。
「ガナン卿には食料の増産をお願いします。二年後はどこも食料が不足します。特に獣人国は狩りが困難となり、全種族が飢餓状態となるのです。支援体制を整えねば、彼等はこの国から食料を強奪しようと試みるでしょう」
「え、えぇっ……?! 獣人の皆さんが襲って来るんですか……!」
ゲームのシナリオでは襲って来た。序盤でラナエール王国と獣人国は、食料を巡って戦争となるのだ。
そして、獣人達は戦争に敗れ、その数を半減させる。その後はアルフレッドの恩情で同盟関係を築き、生き残った者達とは手を結ぶ流れとなる。
しかし、この未来は回避出来ると考えている。予め食料を確保しておき、支援することを約束しておけば良いのだ。
実際に支援を続ける限り、あちらが襲って来るとは思えない。どちらも損害を出すことなく、共に魔王軍対策に注力出来るはずなのだ。
その未来を切り開くには、ガナン卿の協力が必要である。オレはニコリと微笑み、ガナン卿へとお願いをする。
「獣人の皆さんとは友人のままで居たいものです。その為にも、ガナン卿には頑張って頂きたい」
「は、はいぃぃぃ……! 襲われないように、一生懸命頑張りますぅぅぅ……!!!」
涙目でガクガクと頷くガナン卿。これは決して脅しではない。お互いの意見が一致した結果である。快く引き受けてくれて本当に良かった。
そして、オレが満足して頷いていると、サイフォスさんが唸る姿を見た。どうしたのかと視線で問うと、彼は眉を寄せてオレへと問い掛けて来る。
「ガーランド王国に獣人国。これらの協力関係は大変に結構です。しかし、これは大陸の南西に限った話となります。その他の地域はどうなるのでしょうか?」
皆の視線が地図に向く。サイフォスさんの指摘通り、同盟三カ国は大陸南西の国々のみ。大陸全体で見れば、四分の一のエリアでしかなかった。
まだ早いかと思ったが、聞かれた以上は答えねばなるまい。オレは残りのエリアについて、自分の考えを口にした。
「まず、北西のイシュタール帝国は放置します。現時点では三人の皇子が後継争いを行っており、こちらの話を聞いて貰えないと思います。例え聞いて貰ったとしても、今のあの国は一枚岩にはなれませんので」
「なるほど。確かに難しい状況ですな……」
イシュタール帝国は力ある者が皇帝を継承する。今はその後継者を選ぶために、三つの勢力が競い合っている状況なのだ。
話を持って行っても、勢力争いに役立つかでしか判断されない。本当の意味で協力関係を築く事は出来ないだろう。
余裕が出来れば別なのだが、今は介入するべきではない。あの国に関しては、関わるにしても一番最後になるだろう。
「そして、東のミズガル合衆国は余裕が出来次第、介入したいと考えています。無理な併合で弱体化した地域が多く、支援を行わねば多くの死者が出てしまいます」
「それは、ミズガル合衆国と事を構えるという意味でしょうか?」
サイフォスさんの表情が曇る。オレの言う支援が、ミズガル合衆国の利害に影響すると察したみたいだ。
実際にミズガル合衆国から離脱したい領地は多いのだ。併合された国は搾取され、中央政府に多くを奪われている。
それらの地域への支援とは、はっきり言えば合衆国からの離脱。そして、離脱後の自立支援に他ならない。
それをミズガル合衆国が許すはずもなく、支援国は敵対関係となるだろう。それはオレも理解している。それでもいずれは、行わねばならないのだ。
「あの国の地下にはレジスタンスが存在します。いずれは彼等との接触が必要となるでしょう。もっとも、それは我々の足場が固まった後になるでしょうけどね」
「ふーむ……。その件に関しては、現時点では保留と致しましょう……」
判断の難しい話である為、皆がそれに同意する様に頷いた。それでこの話はお終いとなった。
そして、話は先程の大枠から具体策へと移っていく事になる。皆が自分のやるべき事を明確化し、疑問を残さぬ様にと議論が交わされ始める。
そして、その流れにオレは胸を撫で下ろす。最も聞かれたくなかった質問が、誰からも出て来なかったからである。
――大陸の北東はどうなるのか?
その問いが出たら、オレは何も答えられなかった。その土地はイシュタール帝国とミズガル合衆国が領地争いを行っている。小競合いが続いて、現状でも被害の大きな土地なのだ。
魔王が復活すると、真っ先に滅びて荒野と化す。ラナエール王国から最も遠い地であり、ここの人々を救う手立ては何も無いのだ。
ゲームの知識があろうと、導師という職に就こうと、どうにもならない事がある。その悲しい現実から、オレはそっと目を背けるのであった。
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