入国
森を抜け、山を越え、やって来たのはラナエール王国。山自体が国境となっていたが、関所のようなものは特に無かった。
そして、一日歩いて農村に到着。宿場町も兼ねているらしく、宿に泊まって温かなベッドで眠る事が出来た。
ちなみに、支払は埋葬時に失敬した遺品からだ。遺品の回収には抵抗があったが、ヘイパスさんとアトリから、貰うべきだと圧力を掛けられた。
どうせ放置しても、通りかかった誰か取られる。それなら供養してあげた、オレが貰うべきだと言われたのである。
それに、血濡れのシャツを着替えたかったのもある。流石に着ていた服を剥いだりはしなかったが、最終的には馬車の荷物を頂戴する事になった。
そんなこんなで、オレのアイテムボックスに様々な遺品が眠っている。それらを使うかは不明だが、お金だけは早速役立つ事になった感じだ……。
――それはさておき。
宿場町で一泊すると、幸いな事に馬車を拾えた。オレ達はその馬車に同乗し、王都に向かう事になったのである。
馬車には五日間揺られたが、何事もなく王国まで辿り着けた。オレの仲間と言う事もあり、アトリ達に冷たく当たる人達も居なかった。
むしろ、オレの手料理が効いたのか、和気あいあいとした空気だった。皆で仲良く旅を出来た事で、アトリも心の闇を再発せずに済んだ。
そうして辿り着いたのが王都ロービュストである。王城を中心に城下町が展開し、その城下町を覆う様に城壁が築かれている。
オレ達は入場門で一旦降りると、手続きの為に受付へと向かうのだった。
「――それでは、次の方どうぞ」
「どうも、宜しくお願いします」
受付手続きを行っているのは、この国の兵士らしかった。軽装な鎧を見に纏った男性が、笑顔でオレを迎えてくれた。
そして、彼は視線を落として、受付台の水晶を見る。どうやら、これに触れろと言うことらしい。
ちなみに、これは『鑑定の水晶』である。ゲームには登場しなかったが、『鑑定 Lv1』と同じ効果を持つアイテムだとか。馬車の中で同乗者から聞けた話だ。
これで名前と職業とレベルが判別できる。その情報と簡単な聞き取りを経て、お金を払えば入場となるそうだ。
大きな街なら何処でも行う検査らしい。そして、『盗賊』『殺人鬼』『詐欺師』等で無ければ、基本的には問題になる事はないらしい。
その様に聞いていた為、オレは気楽な気持ちで水晶に触れる。すると、水晶を覗き込む兵士は、その目を丸くする。
「ん、導師様? それもLv30ですか。いや、これは凄い……」
「えっと……。何か問題でも?」
やはり、職業かレベルが引っ掛かったか? そう不安に思ったが、兵士は苦笑を浮かべて首を振る。
「いえ、珍しい物を見たなと思いまして。問題はありませんので、手続きを進めましょう」
「そうですか。それは良かった……」
ほっと胸を撫で下ろし、オレは兵士の質問に答えて行く。街に入る目的とか、滞在期間がどの程度とかだ。
元の世界でも海外に行けば、こんな入国検査があったはずだ。そう考えると、特別な対応は何も無かった。
ヘイパスさんとアトリも、対応としては似た感じである。オレ達は入場料を支払うと、すんなりと街へ入る事が出来た。
「思ったよりも何事も無かったな……」
「何か起こると期待してたんですか?」
アトリが隣でオレを見上げ、おかしそうに笑っていた。オレは苦笑を浮かべて首を振った。期待と言うか、不安を感じてはいたのだけどね。
ただ、馬車の中でも同乗者に『導師』と伝えたが、凄いですねと言われるただけだ。それ以外は普通に接してくれた。
『導師』やレベルについては、思ったよりも気にしなくて良いのかもしれない。オレは肩の荷が下りた気分で、二人に対して声を掛けた。
「まずは、お城へ向かいましょうか? 王様への謁見申し込みが必要みたいですし」
「そうですな。まだ昼前ですし、その後に昼食と宿を探す感じで良いと思いますよ」
オレの提案に、ヘイパスさんが同意してくれる。特に異論はないみたいだ。隣でアトリも頷いている。
先程、兵士からも聞いたが、謁見はすぐに出来ないそうだ。予約を入れて王様の予定を確認し、早くても数日は掛かるだろうと言われた。
来客がある際や、遠地への訪問予定があれば、更に遅くなる事もある。まあ、そういう理由もあって、とりあえず先に予約という感じである。
「じゃあ、城に向かうとするか」
オレを先頭にして、城に向かって歩き出す。中心に聳え立つラナエール城は、街のどこからでも見る事が出来る。マップを見ずとも迷う事は無さそうだ。
それに、オレにはゲームの記憶もある。始まりの街として、この辺りは何度も歩いた。道具屋、武器屋、鍛冶屋などの位置も覚えており、オレにとっては庭みたいなものだ。
「……いや、鍛治屋は無いのか」
オレは小さく呟くと、背後のヘイパスさんに視線を向ける。彼は物珍しそうに、いくつかの商店を覗き込んでいた。
そして、それらの商店は、プレイヤーに有用では無かったからだろう。ゲームでは存在しなかった、生活用品店が多く存在していた。
その逆に、最も利用していたマナガンの鍛冶屋は存在しない。彼がこの王都に来たばかりで、店を手に入れていないからだ。
そう考えると、ここはオレの知る城下町では無いのかもしれない。時間があれば、改めて散策しても面白い発見があるかもしれないな。
「……ん?」
マントが引かれるのを感じ、アトリの方へと視線を向ける。しかし、意図して引っ張った訳では無いみたいだった。
アトリはマントを握りしめ、周囲をキョロキョロと見回している。目をキラキラと輝かせ、とても楽しそうに笑みを浮かべていた。
そして、オレが見つめていると気付き、ハッと俯いてしまう。頬を赤らめると、上目使いでポツポツと語りだす。
「あの、すみません……。こんなに堂々と、街を歩くのが初めてで……。お師匠様が居ると、周りからも冷たい目を向けられませんし……」
「ああ、なるほどね……」
ここまでの馬車でも、しばらくアトリは人目を気にしていた。どうも乗客から、冷たく扱われると考えていたらしい。初日はオレの隣で、ずっと縮こまっていたのだ。
しかし、オレが周囲に話を振り、会話が和むとアトリにも変化が起きた。他の乗客もアトリに話し掛けるし、それで彼女の緊張も徐々に解けていったのである。
その結果、最後の方は他の乗客と、普通に会話が出来ていた。ただし、それは彼女の中で、オレが傍にいたお陰と思っているのだろう。
まだまだ、人間全体を信用している訳では無い。この国の人達が、他とは違うと理解出来ていないのだろう。
アトリの考えを理解して、オレは彼女に微笑みかける。そして、オレの考えを彼女に伝える。
「事前に説明した通り、この国に亜人差別はないからね。むしろ、住人の人間以外が珍しく、殆どの人がドワーフ族を見た事が無いんじゃないかな?」
「そうなんですか? 私が人間じゃないって、誰も気付かないんですね……」
不思議そうな表情で、アトリは街の様子を確認する。しかし、どこを見ても人間以外の種族は見当たらない。
陸の孤島と呼ばれるラナエール王国。この地にやって来る、他国の人間は非常に少ない。せいぜいが、南のガーランド王国からの商人くらいだろう。
一応、西には獣人国が存在するが、そちらとの交流も乏しい。稀に取引があったとしても、わざわざ獣人が王都までやって来る事はないはずである。
なので、住人がドワーフ族に気付かない可能性は高い。ドワーフ族は背が低くて、耳が少し尖っている程度。良く見なければ、人間との見分けがつきにくいしね。
「そういう訳だから、もっと気楽にして大丈夫。安心して街の様子を楽しんだら良いよ」
「はい、わかりました! ありがとうございます!」
アトリは嬉しそうに笑みを零す。満面の笑みを見て、こちらまで笑顔になってしまうね。
そして、アトリは街の観察に戻るのだが、マントは握ったままであった。無意識なのか、その手を離す気配が無かった。
「……うん、まあ良いかな」
それでアトリが安心出来るなら、そっとしておくべきだろう。敢えて指摘する必要も無い。
アトリには五年間の辛い記憶がある。それをすぐ消し去れるはずが無い。この国で生活しながら、少しずつ薄れて行くのを待てば良いのだ。
そう考えたオレは、アトリに合わせてゆっくり歩き続ける。彼女の歩調に合わせ、急かす事なく歩き続けるのであった。
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