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供養(アトリ視点)

 お師匠様の主導で、死者の埋葬が行われています。馬車の人間達が全て、襲撃者によって殺されていたからです。


 ヘイパス叔父様が穴を掘り、お師匠様が埋葬して行きます。お師匠様は一人一人を丁重に運んでおり、ずっと痛ましそうな表情なのが印象的でした。


 そして、ヴォーグルさんは襲撃者の後処理です。お師匠様が手加減した相手も、彼が全て殺しました。その死骸を森の茂みに投げ捨てています。


 敵だったヴォーグルさんと、行動を共にする事は問題ありません。彼は先程、憎しみを込めて全ての人間を殺しました。


 ヴォーグルさんと私達は同類です。彼が人間に従っていた理由も、私達からすると同情の余地がありますからね。


 私がそんな風に考えている内に、街道から全ての遺体が消えていました。そして、その状況を確認したお師匠様は、穏やかな笑みで皆に告げられました。


「さて、これで一通り片付いたかな?」


「ああ、中々に重労働じゃったな……」


 疲れた表情で頷くヘイパス叔父様。その隣でヴォーグルさんも、無言で頷いていました。


 お師匠様は二人に笑みを受けます。そして、二人に対して頭を下げて、お礼の言葉を述べます。


「皆さん、ありがとうございます。これで亡くなった方々の魂も、浮かばれる事でしょう」


 ヘイパス叔父様は肩を竦め、ヴォーグルさんは無言で頷きます。どちらも亡くなった方々に興味が無く、お師匠様の頼みで手伝っただけですからね。


 淡泊な反応ですが、お師匠様は気にしていません。そして、埋葬場所に向き直ると、そっと両手の掌を合わせ、すっと目を瞑りました。


 見慣れない形式ですが、恐らくは祈祷の一種でしょう。聖職者であるお師匠様が、その様な儀式を執り行うのは特におかしな事ではありません。


「けれど……」


 私は死者の埋葬地を強く睨みます。あそこで眠る人達の仕打ちを、私は忘れた訳では無いからです。


 私達を囮にして、自分達だけ助かろうとした人達。そんな人達を弔う必要なんて無かったはず。その亡骸は、獣に喰われてしまえば良かったのです。


 私の心にはまだ、黒い炎が燻っています。しかし、目の前で起こる事象を前に、私は思わず放心し、叫び声を上げてしまいます。


「――お、お師匠様……。これは、何が起きてるんですかっ?!」


 埋葬地から青白い球体が湧き出てきたのです。その球体はユラユラと揺らめき、空に向かって昇り続けています。


 私には何が起きているかわかりませんでした。ヘイパス叔父様とヴォーグルさんも、ただ驚いてその光景を凝視していました。


 しかし、お師匠様だけは様子が違います。空へと向かう球体を静かに見つめ、落ち着いた口調でこう言うのです。


「……恐らく、あれは亡くなった人達の魂です。神様の元に召されるのでしょう」


 一部の神官は魂を見る事が出来ると言います。お師匠様がそう言うなら、あれは魂で間違い無いのでしょう。


 しかし、どうしてそれが、私達にも見えるのでしょう? お師匠様は一体何をなさったのでしょうか?


 疑問だらけで、何から聞けば良いのかもわかりません。しかし、一番に口を開いたのは、意外な事にヴォーグルさんでした。


「その神様とは、どの神様のことだろうか?」


「きっと、彼等が信仰していた神様でしょう」


 お師匠様の説明に、ヴォーグルさんが納得した様子でした。そして、その説明は私とヘイパス叔父様にも納得出来るものです。


 森で暮らす獣人族は、風神エウロス様を信仰しています。我々ドワーフ族は、大地神ドルーガ様を信仰しているのです。


 召されるとすれば、自らが信仰する神様の元に。目の前の不思議な光景でも、その辺りに代わりは無いみたいでした。


 しかし、そうなると別の問題が出て来ます。お師匠様はどうして、彼等の魂を神の下に導いたのかという疑問です。


 しかし、それを問うべきか躊躇していると、ヴォーグルさんが話の流れを変えてしまいました。


「俺はそろそろ出発しようと思います。ただその前に、静寂の森の場所を教えて頂けませんか?」


「うーん、静寂の森か……。地図があれば説明しやすいんだけどな……」


 ヴォーグルさんは、一族を救うと言う使命があります。早く行動を開始したい気持ちは、私にも理解出来ました。


 ただ、お師匠様は回答に困っている様子でした。すると、ヘイパス叔父様はそれを見て、ポンと手を叩きました。


「ふむ、少し待っておれ。馬車にワシの地図があるはずじゃ。静寂の森なら、ワシが説明してやろう」


「本当か? それは助かる」


 そこで私も気付きました。私達の乗っていた馬車が停まっています。ならば、私達の荷物も戻ってくるのだと。


 ヘイパス叔父様は馬車へと向かい、ヴォーグルさんもその後を追い掛けます。そして、その場に残されたのは、私とお師匠様の二人となりました。


 見るとお師匠様が、困った表情で私を見ています。恐らくそれは、私に何と声を掛けて良いかわからないからでしょう。


 それと同時に、私の気持ちを察していると気付きました。私はそう判断し、お師匠様へと尋ねる事にしたのです。


「どうして、彼等の魂を……。神様の元に導いたんですか?」


 私の問い掛けに対し、お師匠様は苦笑を浮かべます。そう問われると、きっとわかっていたのでしょう。


 そして、お師匠様は真っ直ぐに私と向き合います。私に対して、優しい声で問い掛けて来ました。


「もしかして、アトリには納得出来なかったかな?」


「――当然じゃないですか! 神様の元に招かれるのは、その教えに従った者だけ! 神様から認められた者だけです! あんな酷い事をしておいて、彼等が許されるはずがありません!」


 崇める神様が違っても、基本的な考えは全て同じです。神様の教えに従い、神様から認められれば、その魂は神の元に招かれます。


 神様の教えに背けば、その魂は地上を彷徨う事になります。そしてやがては、魔物となって人々に害成す存在になるのです。


 そして、彼等が神様の元に招かれたなら、彼等の行動は正しかった事になります。彼等は神様の教えに従い、背いていなかった事になるのです。


 どの宗派にもある教え。『同じ人類を殺傷してはならない』という教えに背いていない……。



 ――つまり、亜人は人類では無い。そう神様が認めた事になるのです。



 しかし、お師匠様は私の怒り等どこ吹く風です。そして、顎に手を当てながら、何かを思い出す様に語りだしました。


「……これはオレの故郷の考えなんだけどね。死んだ魂は、死後の世界で裁判を受けるらしいよ」


「え? 裁判、ですか……?」


 お師匠様の故郷が何処かは知りません。しかし、普通の考えでは無いという事はわかります。


 そもそも、どの神様の教えでも、死後の世界なんて語られません。神様の元に召され、その世界の知識を持ち帰った人なんて居ないのですから……。


「――あっ……」


 しかし、私はある考えが思い浮かびます。導師であるお師匠様は、私達の知らない知識を持っているのではないかと。


 世界中の大半の人が知らない真実。神様の元に召された後に、その魂がどうなるのかについてを……。


「死ぬまでに、どれだけ善行を積んだか。或いは、悪行を積んだかって調べられるんだよ。それで善人だと判断されれば、その魂は天の国で幸せになれる。悪人だと判断されれば、地の底で刑罰を受けることになる。つまり、全ての死んだ魂は、死者の世界で裁きを受ける必要があるんだ」


 神様の元に召されたら、それで終わりではないようです。その後に審判を受けて、その結果で向かう先が変わるみたいです。


 その教えが真実なら、私達は大きな考え違いを犯している事になる。この教えが世界に知れ渡れば、世界の在り方も変わるのではないだろうか?


「天の裁判官は公平だからね。アトリに酷い事をした人達は、余程の善行を積んでなければ地獄行きじゃないかな? 生きている間に好き勝手した人は、死んだ後に後悔することだろうね」


「死んでから後悔……。そう、なのですね……。ふふ、それは素晴らしいです……」


 あの人間達が、全て死後に苦しむ事になる。そう考えると、私の心が愉悦で満たされます。


 神様は私達を見捨てた訳では無かった。公平に裁いてくれるとわかり、私の魂が喜びで打ち震えていました。


 しかし、私はお師匠様の視線に気付きます。それはとても悲しそうなのに、何故か温かな眼差しでした。


「人は必ずその報いを受ける。だから、嫌な過去なんて忘れてしまおう。……そんなことよりオレは、アトリは他人に手を差し伸べられる、優しい子になって欲しいんだ」


「お、お師匠様……?」


 決して強い口調ではありません。私を非難する言葉では無いはずなのです。


 それなのに、私は酷く動揺していました。何故かその眼差しが、とても居心地悪く感じたのです。


「それに、アトリは見続けて来たよね? ヘイパスさんの戦う姿を。どんな苦境でも諦めない強さを」


 ヘイパス叔父様が苦しんだ過去が、私の脳裏に思い浮かぶ。心無い扱いを受け続けたのに、いつもヘイパス叔父様は笑顔であった。


 辛くて悲しい過去でもあります。けれど、ヘイパス叔父様は私の誇りです。誰よりも尊敬する恩人です。


 様々な思いが私の中で渦巻き始めました。すると、お師匠様は何故か嬉しそうに微笑んだのです。


「そう、彼は耐えきった。だからアトリは無事だった。そのお陰で、オレ達は出会えたんだ」


「――あっ……」


 何故かわからないのに、私の心が震えています。理解出来ない感情に、私はただ困惑していました。


 私の瞳は熱くなり、涙がどんどん溢れ出します。そして、自然にその問いが口から零れたのです。


「……無駄じゃ、無かった?」


「ああ、無駄なんかじゃない」


 私の問い掛けに、お師匠様は即答します。力強く頷きを返してくれました。


 その返答は、私の心を照らす光でした。心に暗く渦巻く何かが、ゆっくりと晴れて行くのが感じられました。


「ヘイパス叔父様は報われたのですか?」


「アトリが無事なんだから当然だろう?」


 ああ、そうか。ヘイパス叔父様は報われていたのだ。苦しいだけでは無かったのだ。


 ヘイパス叔父様はいつも笑顔でした。私と同じ笑顔でしたが、それは偽りでは無かったのです。


 そう思うと涙が止まりません。次から次へと、堰き止められていた想いが溢れ出して来ました。


 お師匠様がそっと私を抱きしめました。そして、優しく私へと語り掛けるのです。


「だから、怒りや憎しみに囚われるんじゃない。人の優しさに目を向けるんだ。アトリなら出来るって、オレはそう信じているよ」


「はい……。わかり、ました……」


 ヘイパス叔父様の優しさを思い出します。そして、お師匠様の優しさが伝わって来るのです。


 これまで心地良く感じていたのに。私はその想いに、しっかりと向き合っていませんでした。


 お師匠様の言う通りです。私は怒りや憎しみに囚われていたのでしょう。そのせいで私は、本当に大切な物がわかっていなかったのです……。


「私も、ヘイパス叔父様や……。お師匠様みたいに、なりたいです……」


「ははは、そう言ってくれるか。ならオレも、もっと頑張らないとね」


 楽しそうに笑うお師匠様。しかし、お師匠様が何を頑張るのかは、私にはわかりません。ただ、嬉しそうな雰囲気は伝わって来ました。


 私はその背中に手を回し、お師匠様の温もりを確かめます。お師匠様が信じてくれている。それならきっと、私にだってなれるのでしょう。


 私は心の中で、そっと誓いを立てます。いつか必ずお師匠様の様に、他人に手を差し伸べられる、優しい人になってみせるのだと……。

少しでも面白いと思って頂けましたら、

ブクマと★星を入れていただけますと嬉しいです!

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