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真実

 オレは暗殺者のリーダーに視線を向ける。出来るならこのまま、彼等には引いて欲しいのだけどね。


 しかし、リーダーの行動はオレの願う通りとはいかなかった。倒れたヴォーグルに向かい、憎々し気に怒鳴りつけたのだ。


「何やってやがる、銀狼! 仲間がどうなっても良いのかっ?! さっさと立ち上がれ!」


「え……?」


 背後で驚きの声が漏れる。チラリと見ると、アトリが呆然と立ち尽くしていた。


 しかし、オレはすぐに視線を移す。なんと、ヴォーグルが立ち上がったのだ。今にも死にそうな無残な姿で、執念だけで立ち上がってみせた。


「そうだ、それで良い! 仲間を救いたけりゃ、そいつを殺せ!」


「ふうっ……。ふうっ……。ふうっ……」


 ふらふらと体は揺れ、目の焦点も合っていない。それでもヴォーグルは、ダガーを握って一歩踏み出す。


 まともに戦える状態では無いだろう。それでも彼は諦める事が許されないのだ。オレはかつて見た、ゲームのワンシーンが脳裏に浮かぶ……。


『もっと早く真実に気付けば……。一族を救う事が出来たのに……』


 シナリオ中盤に四勇者の前に立ち塞がり、何度も苦戦を強いられる中ボス。その彼が命を落とす間際に、最後に呟いたセリフである。


 ベイル暗殺団の頭領に、ヴォーグルは騙されていた。一族の奇病を治す薬を、彼等が分け与えていると信じていたからだ。


 だが、その薬自体が麻薬であったのだ。騙されて薬を飲み続ける事で、彼の一族は滅びに向かっていたのである。


 ベイル暗殺団――いや、その背後で糸を引く、ミズガル合衆国こそが黒幕なのだ。真実を知らねば、彼等は使い潰される事になる。


 ……けれど、今ならばまだ、間に合うのではないだろうか?


「――ダライ族に蔓延するクエール病。その病名も、治療薬も真実ではありません」


「な……。それは、どういう……?」


 ヴォーグルは目を見開き、その動きを止めていた。オレの言葉に理解が追い付いていないらしい。


 だが、オレは真実を伝えなければならない。このままでは彼も、彼等の種族も滅亡に向かう。それを止められるチャンスは、今しか無いのだから。


「ベイル暗殺団の裏には、ミズガル合衆国の存在があります。彼等が毒を蒔いて、偽の治療薬を広めているのです。治療薬とは名ばかりの麻薬を飲み続ければ、やがて全員が廃人となって死んでしまうのです」


「う、嘘だ……。そんな、はずは……」


 ヴォーグルの手から、ダガーがすり抜ける。仲間の為と信じた行動が、仲間の危機を招いていたのだ。彼の心が折れても仕方が無い……。


 だが、それでは彼等を救う事が出来ない。彼等の滅亡を防ぐためには、彼に動いて貰う必要がある。その為には、彼に解決策まで示す必要があるだろう。


「静寂の森に向かい、そこに囚われた魔女を救って下さい。彼女は人質を取られ、毒薬を作らされています。彼女を救う事が出来れば、本当の治療薬も手に入ります」


「まだ……。助けられる、のか……?」


 オレの言葉を聞き、ヴォーグルの瞳に光が戻る。絶望に沈んだ表情から、希望を見出した者の表情へと変化した。


 ヴォーグルの心は、まだ折れていなかった。その事にホッとしながら、オレはしっかりと頷いて見せた。


「残された時間は多くありません。手遅れになる前に、貴方が救い出すのです」


「お、おぉ……! 一族が救われるなら、俺は何だってやってみせる……!」


 ゲーム開始は二年後である。その時点で、ダライ族は大半が亡くなっていた。そう考えると、彼等の一族を救うには時間との勝負となる。


 それに、その毒薬はダライ族だけに使われている訳では無い。他の亜人と呼ばれる人種。ミズガル合衆国が吸収したい、周辺の小国にも撒き散らされていた。


 ヴォーグルが原因の魔女を救い出してくれれば、多くの国や種族が救われる事になる。勿論、そうなっては困る人達も多く居る訳だが……。


「くそっ……! 死ね、銀狼……!」


 暗殺団のリーダーが、青い顔で駆け出した。真実を知る彼は、銀狼を放置できないと考えたらしい。


 ヴォーグルが真実を持ち帰っては不味い。そうなれば、彼だけでなく、暗殺団も粛清の対象となりかねない。その真実をもみ消す為にも、銀狼の始末は必須なのだろう。


「――ヒール!」


 しかし、説得に成功したヴォーグルを、ここで失う訳にはいかない。オレはヴォーグルの傷を癒した。そして、再び彼に戦う力を与えたのだった。


「よくも……。許さんぞ、貴様等……!」


 HPを半分以上回復させたヴォーグルは動ける様になったらしい。彼はダガーを拾うと同時に、迫りくる暗殺者に刃を振るう。


「ソニックブロウ!」


 左右から大きく振るわれたダガーは、三条の刃となって彼の敵を薙ぎ払う。その斬撃は巨大な獣の爪を連想させ、相手の命を瞬時に狩り取ってしまった。


 バラバラに刻まれた体を、ヴォーグルが冷たく見つめる。しかし、彼はそれだけで終わらず、更に攻撃を繰り出し続けた。


「ぐるるるぁぁぁ……!」


 憤怒の籠った唸り声を上げ、彼は周囲を駆け回る。そして、ダガーを振るいながら、身動き出来ぬ暗殺者達を切り刻んで行った。


 それは復讐という意味もあったのだろう。しかし、それだけではなく、口封じという意味もあったのだと思う。


 オレ達からすれば、アトリを守れればそれで良かった。しかし、一族を救いたいヴォーグルには、彼等に生還されると困るのだ。


 ヴォーグルが真実を知ったとわかれば、暗殺団は動かざるを得ない。彼だけでなく、彼の一族も抹消しようとするだろう。


 その為、オレは無言でその光景を見守る。彼等の死に心が痛むが、それでもただ見守るしかない。彼の行動が善か悪か、オレには決める事が出来ないのだから。


「お、お師匠様……」


「うん、大丈夫だよ」


 アトリが怯えてマントを握る。沢山の断末魔を聞き、沢山の死を見て怖くなったのだろう。


 オレとしても直視したい光景ではない。それでもアトリが傍にいる以上、平然とした態度で居るしかなかった。


 オレが優しくアトリを抱きしめていると、ヴォーグルがこちらに向かって来る。全ての暗殺者を始末し終わったらしく、ダガーは腰の鞘へと納めていた。


 ヴォーグルはアトリの姿を見て、悲しそうな表情を浮かべる。しかし、すぐに気を取り直して、オレに対して頭を下げた。


「済まなかった。俺はとんでもない間違いを犯していた。貴方には感謝している」


「いえいえ、お気になさらず。こちらも降りかかる火の粉を払っただけですから」


 ヴォーグルは頭を上げると、複雑そうな表情を浮かべていた。……そう言えば、彼自身も降りかかる火の粉だったね。


 それはさて置き、オレはヴォーグルの酷い姿に眉を寄せる。未だに残る火傷跡を見て、オレはぱぱっと魔法を使う。


「ヒール」


「あ……」


 HPは完全回復し、ヴォーグルの傷が完治する。基本的にオレのヒールは、二回でHPが完全回復だからね。


 しかし、治療を受けたにしては、ヴォーグルは難しそうな表情を浮かべている。躊躇しながらも口を開き、オレに対して問い掛けて来た。


「あの……。貴方は何者なのでしょうか……?」


「ん? 私ですか?」


 ああ、あれだな。神官に治療して貰うと、高額の費用が必要だと聞いている。こんな所に神官が居るのも疑問だし、色々と心配なのだろう。


 オレは手を振り、心配いらないと伝えようとした。しかし、それよりも先にアトリが前に出て、胸を張って答えた。


「この御方は『導師』アキラ様です! そして、私の自慢のお師匠様です!」


「おいおい、アトリ……」


 発言は間違って無い。ただ、どうしてそんなに胸を張っているのだろう? アトリってば、こんなに自己主張が激しい子だったかな?


 アトリの態度に苦笑を浮かべ、オレはヴォーグルに頷いて見せる。その主張が正しいと認めた事で、ヴォーグルは明るい表情で笑い出した。


「ははは、なるほど! これも神のお導きと言うことですか!」


「うん、まあ……。そんなところかな?」


 何とも答え難いが、神官と思われてるのに否定も出来ない。オレは曖昧に笑って誤魔化した。


 ただ、ヴォーグルってこんな爽やかに笑うんだな。ゲーム内では陰気なキャラだったので、それが妙に新鮮に感じられた。


 ただまあ、単純だとは自分でも思うのだが……。その笑顔を見ていると、彼とは上手くやれそうな気がしていた。

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