襲撃(アトリ視点)
お師匠様の指導により、私の腕は順調に磨かれています。目に見えてはっきりと、戦闘能力が上がっているのです。
通常であれば、一つの魔法習得に半年は掛かると言います。その習熟度を上げるなら、数年は掛かると言われているのです。
それなのに、お師匠様は非常識です。『アーススパイク』のみですが、私は熟練の魔術師クラスの腕となっていました。
規格外の指導力ですが、これがお師匠様の力なのでしょう。既に私もヘイパス叔父も、お師匠様をそういう存在と思う様になっていました。
「さて、街道に戻ったし、そろそろ休憩に……って、あれ?」
先頭を歩くお師匠様が、急に立ち止まりました。そして、森から抜け出した所で、少し先に見える馬車を見つめています。
あの馬車がどうかしたのでしょう? そう疑問に思った直後、私はあることに気付いてしまう……。
「あの馬車は……。私達を見捨てた……」
そう、あの馬車には見覚えがある。少し古めかしい大型の幌馬車。あれは間違い無く、私とヘイパス叔父様の乗っていた馬車です。
私は手を握り締め、憎き馬車を睨みつけます。あの馬車には私達を囮にした剣士。それと、止めようとしなかった人間達が乗っているのです。
――今なら復讐が可能では……?
私の心にドロリとした、黒い感情が沸き上がります。今の私には力が有る。力が有るなら、復讐しても良いのではないでしょうか?
そう考え始めた所で、肩にポンと手が置かれました。見上げるとお師匠様が、困った顔で私にこう告げました。
「何故か、あの馬車は無人みたいですね。様子を見て来ますので、二人はここに」
お師匠様は一人で馬車へと向かいました。その背中を見つめていると、ヘイパス叔父様が傍にやって来ます。
ヘイパス叔父様は私の頭をポンポンと叩きました。そして、明るい笑顔で私に声を掛けます。
「ここはアキラ様に任せよう。あの御方なら、悪いようにゃせんだろうさ」
その言葉には信頼が込められていました。ヘイパス叔父様は、お師匠様の事を本気で信じているみたいでした。
そして、私はその言葉にコクリと頷きます。私もお師匠様を信頼しています。あの御方ならば、私達を守ってくれると確信していたからです。
気付くと私の胸からは、黒い感情が消えていました。その事に驚きながら、私は再びお師匠様の背中を見つめます。
すると、そこで私は改めて気付きます。馬車から何の物音もしない。そして、馬車の荷台は、馬が繋がれていなかったのです。
「どうして、馬車だけが……?」
落ち着いて見ると、明らかに不自然です。馬が居ない以上は休憩と思えない。かといって、魔物に襲われたにしては、馬車が綺麗過ぎる。
その異常さに、お師匠様は一早く気付いていました。これだけ距離があり、即座に気付いたお師匠様は、流石としか言いようがありません。
馬車を覗き込んだお師匠様は、腕を組んで考え込みます。誰かに話し掛けたりしていないので、やはり無人だったのでしょう。
しかし、何を悩んでいるのでしょうか? まだ安全が確認出来ないのでしょうか?
背中を向けたまま、私達を呼ぼうとしないお師匠様。その様子を不思議に思っていると、異変は唐突に起きました。
「――えっ……?」
お師匠様が踵と返し、こちらへと駆け出したのです。その表情は酷く真剣で、何やら焦りを感じさせるものでした。
そして、お師匠様は私に向かって右手を伸ばします。苦々し気に睨みながら、こちらに向かって叫んで来ました。
「ライトニング!」
――ガガガッ……!!!
「――きゃっ……!」
「が、がぐっ……!」
白い閃光は私の横をすり抜けました。そして、背後で叫び声が上がります。
慌てて私は振り返ります。すると、そこには煙を上げて痙攣する、黒ずくめの人物が倒れていたのです。
「ヘイパスさん、アトリを守るんだ!」
「お、おうっ! 了解だ、アキラ様!」
お師匠様は私を庇う様に、私の側で背を向けます。ヘイパス叔父様も、私を挟んで反対側に移動します。そして、手斧を握って周囲の様子を伺うのです。
すると、森から物音一つ立てず、黒ずくめの人物が姿を見せます。彼等は皆が覆面で顔を隠し、手には短剣を握っていました。
「あ、あぁ……」
覆面の集団は、私に対して視線を向けています。彼等の狙いは、私という事なのでしょう。
得体のしれない集団に狙われている。そう考えて、私の体は恐怖で震え出します。頭が真っ白になって、その場にへたり込んでしまいました。
そんな私の態度を見たからかもしれません。リーダーらしき人物が、仲間達に向かって指示を出したのです。
「まずは魔術師だ。一斉に掛かれ!」
お師匠様の魔法を見て、一番の脅威と感じたのでしょう。黒ずくめの集団は、お師匠様に向かって一斉に襲い掛かるのです。
お師匠様の魔法は確かに強い。しかし、魔術師である以上は、どうしても接近戦に弱くなる。いかにお師匠様が強くても、この数に敵うはずがありません。
「だ、だめ……」
私を狙っている以上、彼等の素性は予想出来ます。恐らく彼等は、ミズガル合衆国の手の者なのでしょう。
あの国は既に、私の素性を割り出しています。そして、ドワーフ種族を支配する為に、私の身柄を確保しようとしているのです。
何故なら、私はドワーフ族の姫にして、ドワーフ族の希望。私の身を盾にされては、ドワーフ族は彼等に逆らう事が出来ないからです。
「わ、私の為に……。お師匠様まで……」
私は身を震わせながら、お師匠様へと手を伸ばす。私が頼ったばかりに、お師匠様が殺されようとしている。
お父様の様に強く、お母様の様に暖かい。私が憧れた存在なのに、私のせいで亡くなってしまうのだ。
私は自分の運命を呪わずにいられなかった。私は生きているだけで、どうしてこうも周囲を不幸にしてしまうのでしょう?
私の頬を涙が伝う。お師匠様へと迫る凶刃を前に、私はぎゅっと目を閉ざした……。
――ズドン……!!!
「がはっ……!」
聞こえて来たうめき声は、お師匠様のものではありません。その事に驚き目を開くと、そこには信じられない光景が待ち構えていた。
「ぐふっ……!」
「なあっ……?!」
スルスルと蛇の様な動きで、お師匠様が駆け抜けている。そして、すり抜けざまに拳を叩き込み、杖で打ち据え、覆面達を沈めて行くのです。
お師匠様を囲んでいた覆面の集団。しかし、彼等は抵抗すら許されず、次々に戦闘不能になっていきます。
「す、すごい……」
お師匠様が強い事は知っていました。しかし、肉弾戦でも圧倒的とは思っていませんでした。襲撃者は誰も、お師匠様に触れる事すら出来ないのです。
そして、お師匠様がぐるっと一周し終わると、全ての覆面達が地に伏せてしまいました。残っているのは円陣に加わらなかったリーダーのみです。
「き、貴様は何者なのだ……? この化物めが……!」
「化物は酷いな。ただ、武術をマスターしただけですよ」
怯んだ様子の相手に対し、お師匠様は軽く肩を竦めています。統率の取れた集団を壊滅させても、それを自慢するでも、驕るでも無い姿には驚かされます。
彼等とて素人では無かったはずです。恐らくは訓練された特殊部隊だったはずなのです。それを一人で壊滅させるなど、どれ程の腕を隠し持っていたと言うのでしょうか……。
「武術をマスターしただけ、ってか? まったく、アキラ様は簡単に言ってくれるな」
隣を見上げると、ヘイパス叔父様が苦笑いをしていた。手斧を肩で担ぎ、呆れた様子で首を振っている。
そして、ヘイパス叔父様の態度で、私はハッと気付きます。先程の言葉は、お師匠様が武術を極めたと言う意味だからです。
本来ならば鼻で笑われる話でしょう。しかし、この光景を見て、笑える者など居ません。特に覆面集団のリーダーにしてみれば、まったく笑えない状況です。
彼はダガーを懐にしまうと、一歩下がりました。諦めて引くのかと思いましたが、そうでは無い様子です。彼は森へと視線を向けると、苦々し気に叫び出しました。
「銀狼! お前が始末しろ!」
「――ふん、仕方ないか……」
誰も居ないと思われた茂みから、ゆらりと一人の人物が浮き上がる。それは銀色の長髪を持つ、獣人らしき男性であった。
黒いジャケットを身に付け、左右の手には短剣が握られている。街道まで進み出ると、その鋭い視線をお師匠様へと向けた。
恐らくは狼の血を引く獣人です。身体的能力は高いのですが、魔法には弱かったはずです。
強そうですが、お師匠様なら大丈夫。そう思っていた私の耳に、お師匠様の呟きが聞こえます。
「まさか銀狼とはね……。うーん、ちと不味いか……?」
「――えっ……?」
自身無さげなその言葉に、私は不安を覚えてしまいます。ここまで余裕を見せていたお師匠様が、初めて警戒して構えを取ったのです。
お師匠様は相手を知っているみたいです。その上で、相手に勝てるかわからないと考えている様子でした。
何も出来ない私は、胸の前で手を握ります。そして、どうか勝てます様にと、強く祈り続けるのでした。