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鬼が居ぬ間、無法のアジト

油の弾ける音が響く廊下。


その上、カーテンが全て閉まっていて台所の照明の明かりが際立つ光景は、まるで虫の居所が悪い雨が外で唸っていると錯覚させる。


始発をとうに過ぎている時間ことを確認し玄関で来訪者の靴を視認すると、綺麗に管理されているスニーカーが襟を揃えて手前に並んでいた。

日焼けして履き潰れて横に広がっている形状で、しかし綺麗に掃除されている独特な管理は靴だけで彼だと分かる。



「いらっしゃい。……お前、料理出来んのか。」

「お邪魔しているよ、アクト。彼女は寝ているのだろう、起こしてくれるかい?」

「それはいいが……火傷には気をつけろよ。」

「どうも。目測で距離を固定しているから問題ないよ。」



キッチンに向かって呼びかけるとつり目がこちらに振り返り、手に持ったフライパンを持ち上げてソーセージを転がした。


彼に対しては漠然と運動以外のほぼ全てが出来ると思っていたが、スクランブルエッグや兎耳リンゴの並ぶ食器が一つ用意されているのを見ると、彼の万能性に若干ひいた。




自室で寝ていた少女を起こし、朝食の皿が揃えられた席に座らせる。

互いに彼女の正面は避けて、彼女から見て右に俺が座った。


この人物は誰か、と観察しているパラフ。

彼はおくすることなく、そして躊躇いなく少女の顔をじっと見つめた。



「初めまして、君がアクトの言っていた女性だね。」


切り出したのは彼の方だ。


「初めまして。私はパラフと言います。」

「これは本名ではないのかな?アクト。」

「ああ。」

「なるほど……つまり名づけたということか。面白いね、名前をつける機会はとても限られているというのに。」


「お前も名乗ってやれ。」

「あぁ、そうだね。」



彼は俺を見て頷き、視線をパラフの方へ向けた。


つり目で、大きい舌。

ヤツの身長は低く、今は痩せている。

そして喉には電気刺激で発声を補助する機械が埋め込まれており、黒い金属が初対面の人をゾッとさせる。



「僕は織暮多 冬夜。苗字がオボタ、名前がトウヤ。トウヤと呼んでくれ。」


そして彼は人差し指で喉に注目するよう示した。


「僕はダウン症で父親は事故で死去、母親は記憶障害といった感じだ。母方の叔母に似せたアンドロイドに家事や管理をさせているので今の時間帯はそこまで不安がる必要はない。」

「そんでエロゲーを量産して金を稼いでいる。必要のあることだ、偏見は抱かないで欲しい。」

「いや、アクト……ぼかそうと思ったのに。」

「必要ない。」



彼が隠したがっているのは分かった上で俺はトウヤを見返した。

予想出来ていた批判的な目線を受け流し、彼女の方へ移動させるよう指す。


トウヤが胡乱そうに見やると、そこには背筋を伸ばして俺たちの顔を交互に見ている少女の頭があった。



「はい、ゲーム製作者の方ですね。」



そして肝心の反応は、理解した上での濁りのない返事。

彼は息を飲みながら俺の方へ向いて、概ね理解したかのように口元を釣り上げた。



「……な?」

「なるほど、ただでさえ不必要な会話をしてしまうというのに、更に一般的には嫌悪されやすい情報をのせてこの対応……俄然、興味が出てきたよ。ただ次はやめてくれ。」

「嫌がらせがしたいわけじゃない。サプライズだ。」

「なにが。いや、まぁいいか……」



それで、と彼は座り直しながら雰囲気を改める。



「警察には?今後は?恐らくこの家で過ごさせるのだろう、でなくては不格好なシャツ一枚で過ごさせる君ではないはずだ。」

「ああ、彼女は自身に関する記憶が無いみたいでな……で、お前に聞きたいんだが、戸籍があるとは思えない人間であることを前提に必要な物ってなんだ?」

「ふぅ……必要な物か……」



腕を組んで熟考を始める彼。

そこで俺はパラフを横目で伺い、まだ箸やフォークを握ることなくじっと膝に手を置いて待機し俺たちの会話を聞いている姿を確認した。

わざわざ酸化したリンゴを食わせる必要は無い筈だ、手を開きながら俺に視線誘導を行う。



「食っていいぞ。冷えきる前に食べきってしまえ。」

「はい、分かりました。頂きます。」



手をあわせて軽くお辞儀した後に、まず切り込みのないソーセージを箸でつまんで嚙み切った。

張った皮が破裂する音と共に肉汁が溢れてきたのだろう、少女は嬉しそうに呻いた。



「んん……!」

「よかったな、美味いらしいぞ。」

「……アクト、一応考えてみたよ。」



彼は少し微笑み、満足そうな声色を交えながらも俺の方へ呼びかけた。

僅かに期待と恐怖を抱きながら次の言葉を待つと、ばりばりとソーセージの食う音が合間を埋めた。



「これから彼女と共に様々な場所へ行くのだとしたら、そのリスクケアが必要だ。怪我に熱中症、つまり病院にかかる可能性はあげるとキリがない。」

「……確かに。こいつ、体が弱いからな……」

「おや、そうなのかい。」


勿論、起因として酷い脱水症状であるのだろうと考えはするものの、廃墟は危険が大量だ。

余り立ち入らせる気はないがつかず離れずの距離を保ちたいとすると、その結果として緊急搬送の羽目になる必要な可能性は十二分にある。


「だがこいつにマイナンバーは恐らく無いから発行できないし、大量の金でどうにかするしかないだろう。」

「それは負担が大きい。親御さんにばれないかい?」

「……」

「それに多分、今の年齢では彼女に対して刑事責任能力を問われることは無い。第三者から与えられた健康保険証であれば尚のこと。」

「まぁ……そうか。それより、お前は保険証を持たせようとしているのか。」


俺が頭を抑えながらそう言うと、彼は首を横に振った。


「違うよ、彼女の保険証を作るんだ。」

「……は?」




それからは捲し立てるように早口で説明が続く。

明らかに会話の方向性が社会の道理から離れていくが、とりあえず最後まで聞いてしまおう。


パラフがリンゴを飲み込み、水を飲んだところでようやく彼の喉の機械は休止する。



「つまり……お前の伝手でヤクザが分捕っている保険証を買い取ると。」

「うむ。」

「加工もその時に頼むと。」

「そうそう。」

「……まずくないか?因縁つかないか?」

「大丈夫だよ、君は。」

「……はぁ、まぁお前が言うならいいんだが……」



彼女がごちそうさまでした、と手を合わせた。



「というか、この季節に活動なんかしているのか?出来れば早め早めに行動したいと思っているのだが。」

「ほとんどしていない、まず外に出られないし受け子も野垂れ死んでしまうから。だからこそ残った行為でお金をかき集めているんだ。アクトには何か分かるかい。」

「……ぼったくり店か。それともキャバクラ。」

「そうそう。そして薄利多売で夏をしのぎきってしまおうって算段だ。」

「……なんか、聞いている分には思ってたより現実的な経営じゃないか?」


「ご精算では酔っている人間に対してリボ払いを勧める。」

「おっと、そりゃ反社だ。パラフ、汚れた食器は食洗器にいれて稼働させておいてくれ。」

「はい、分かりました。」



パラフが食洗器の中を眺めている横でこの会話を続けていいものか少し訝しむが、トウヤはメモ帳を取り出して何かを書き記してこちらに渡してきた。

白地に破線が入った紙には沢山の横線と、それを仕切る縦線が描いてあった。



「これは電話番号か?えっと、12、8982、337……空白は0か?」

「いつもすまないね。」

「気にすんな、汎用のフォント文字しか上手く読み取れないのは分かっているからさ。それよりこの番号は何に繋がるんだ。」

「僕と関わりのあるウェブライター、つまり君を託す伝手に繋がる電話番号だ。後で僕の方から連絡を送って、その際に条件が返ってくるだろうからそれをメールで送る。通知はつけてくれたまえ、OK?」

「うい。」

「それじゃこれでいいかな?後は……夏休みの課題、見ながらでも話せるだろうし。」

「……ああ。パラフ、先にあがってゲームしてていいぞ。」



少女の軽やかな足音が階段を登っていく。

目の前でスマホを取り出す彼はゲームプログラマーであると同時にゲーマーだ、彼女の実力を目の当たりにして驚く顔が目に浮かぶ。





「ひゃぁぁいぁいぁいぁいぁぁぁ!!驚くほど強いじゃないか!」

「ありがとうございます。」


「おい、課題は……菓子を用意するけど散らかすなよ。」



彼がシングルタスク気質であることを、以前共にゲームをやった時から久しぶりすぎて忘れていた。

とはいえ接待が苦手な彼の事だ、強敵の方がきっと楽しい時間を過ごせるに違いない。





俺のシャープペンシルから芯が自由落下すると同時に、彼のスマホが唸った。

何件も通知が来ているところからもいつもは不登校な彼が如何に活動しているかが分かるが、電話がかかった途端にゲーム画面にメニューを開いて中止させる。


スマホの画面を俺に見せ、『ウェブライ(ヤ)』といった名前を読み取ったところで会話を始めた。



「やぁ、君か。ふむ……ふむふむ……ほぅ、段取りが速いね。」


そして感嘆するかのように息を吐く。

電話相手がどういった人物かは分からないが、首尾よく手筈を整えてくれているということか。


「ほぉ!?つまり君の予定していたスケジュールに合致していたという訳か!!」

「うっせ。」

「なるほど、了解した。話に出ていた彼か?今、隣にいるよ。」


くい、と目線が俺に向けられる。

電話相手が俺の声を確認したいのだろうか、スマホを受け取るために俺は座ったまま腕で体を引きずった。


「分かった、渡そう。壮健なる彼だ、音圧には気をつけたまえ。」

「そんな機械音痴ではねぇよ……はい、もしもし。」



さてどんな口調の相手なのだろうかと僅かに興味を沸かせながら電話を代わる。

根拠なき空想だったが、俺たちと年の近しい人間かと思って耳を澄ませてみる。


だが聞こえてきたのは壮年の男性の声だった。

それも若干胡散臭い、こちらに害をなしてきそうな気持ち悪さが含まれていた。



「スドウだ。貴様がアクトだな?」

「……そうだけど。」

「周囲に注意しながら少女も連れてこい、向こうは使用者が誰か確認したがっている。」

「何処で合流で、何を用意したらいい。」

「今夜、金とスマホだ。」



ぞんざいに切られた通話、取り残されたかのように鳴る途切れ途切れの高音。

黒く重厚感あるスマホが突然爆発する物体のように敬遠したくなる。


相手に対して不信感を抱くには十分すぎる応対だったと評せざるをえない。

俺はスマホを突き返し、こいつは大丈夫なのかと問う。



「面倒見がいい方だ。こっそり悪事を働くとかしなければ問題は無い筈さ。」

「本人が悪者みたいなのだが。」

「いやいや一要素で判断してはいけない、とはいえ氷山の一角とも言えるか。一本の木だって生態系の真っただ中にいるからね。」

「あぁ、そう。」



彼はスドウといった男を信用しているみたいだが、やはり不信感が拭えるはずもなく生返事を返すのみだ。

しかも今夜と言っていた。少女の体調には優しいが、向かうところに悪意が露見していそうでより警戒してしまう。


……いや、目的地が悪意そのものか。今更な思考で強張る必要は無い。



「それで、何処に集合なのか伝えられなかったが知っているか?」

「ん?あぁ、こちらのスマホにメールが来ていたみたいだ。」



提示された場所。

そこは、少女を見つけた山からそう遠くない箇所を示していた。


まさか例の建造物はヤクザの研究所なのか、そう短絡的に結びつけるもののそれを撤回する冷静さは残っていた。

万が一関連していたら少女の安全が保障できないとはいえ、全てに臆するのも不必要だ。



「夕方ぐらいには用意して行ってくるといい。」

「ああ、そんな近くないからな……」

「そうなのか、何か用事で行ったことがあるのか。」

「ああ、こいつを見つけたのが近くの山でな。」

「へぇ……そうだ、この現状までの経緯をざっとでいいから教えてくれないか。彼女の異常についても教えてくれるかい。」

「いいけど、俺の課題も見てくれよ。」





……予約した商品を代理で受け取れるというのは知らなかった。

道理で……どこからわいたのか謎だった朝食だったが……やはり彼の方がデジタルに聡いということか。


昼の間に取り寄せたベージュ色のスニーカーを履いた少女は水筒を肩から提げ、押し開いた玄関扉から流入する夕方の熱波に跳ね返されていた。

熱波に目を細めながらこちらを見送るトウヤを後目に、立てかけれた彼のセグウェイを一瞥してから少女を先導して歩き出す。



「スドウさんという方に会うのですね。」

「ああ……なんだか怖くなってきた。」



言われた通りの、しかしスマホは持っていないのでタブレットだが、追加で折り畳み傘などを入れて普段と比べ異様に軽いバッグを背負っている。

RARの稼働も確認済で人前に出ても問題は無いのだが、さて……


日が暮れる。

陽が地平に近づくほど、雲が黒く堆積していく。


今日の夜から雨が降るのだろうか……彼女のために天気の確認をしておくべきだった。

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