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情報の線に境は無く

駅を出てから、分針の回転と共に強まる日差し。


ひりつくオリハル。

揺れる景色。


たった数分で跳ね上がっていく温度に腹を空かせてひっくり返りそうになる少女を、少し休もうとした一時間後には地獄に浸かる羽目になるのだと急かして歩かせる。


一応、緊急の避暑として駆け込める様な冷えた所はあり、コンビニ兼スーパーマーケット兼オンライン倉庫の『マテリアルステーション』略称が『マテステ』の店は稼働が保証されているのだが……

その店は俺の家から十数分以上歩くしかない。


水筒の無い今、熱されていくペットボトルでしのごうとしてもいずれ熱さ負けするだろう。

昼に外に出た子供がその晩に死体になっている事件は、最近こそ聞かないが、小学校入学と共に義務として水筒が配られる事例は今でも続いている。



「この未開封の水、どうせだし浴びるか?」

「……えっと、熱が籠りますので最終手段が良いかと。」

「そうか。」



空腹以外は万全だった彼女が常に塩水を飲んでいるにも関わらず、既に軽度の脱水症状である。

こればかりは……子供の体感温度が極悪になりやすい事実と、腰を通り過ぎる長さの髪、そして目元を帽子やサングラスで保護していない以上、どうしようもない。



「一応、体に力が入らなくなると感じたら言ってくれ。そこら辺の民家に玄関を貸してもらう。」

「はい、分かりました……」

「……こんな快晴の下でオリハルの体に触れると、動物は火傷になるからな。お前を背負って走る事が出来なくてすまない。」

「いえ!いえ……大丈夫です……」



住宅街を歩きながら、並んだ俺は太陽の側に立っている。

僅かにでも少女に向かう直射日光を遮る為だが、なかなかどうして難しい。


急かしながらも歩調を合わせるだけなのに、ふとすれば俺の歩幅に彼女が合わせる形になってしまう。


ほぅ、とため息をつく俺。

そして焦っているのも俺だ……落ち着いていこう。




海からきたる潮の匂いが、風から逸れて俺たちを取り巻く。

防波堤と落下防止を兼ねる灰色の壁から数戸手前の十字路を曲がり、寂れた家屋が並び立つ道路を歩いた。


それから一分も経たずにくすんだ一軒家が、割れたカーブミラーの左側から現れる。

剥げた緑の屋根、汚れた白い壁、割れたレンガの壁から雑草が飛び出しているこの家が、俺の家だ。



「……よし。到着だ。」


頭の位置を彼女に合わせて声をすぼめる。

焦点が合わない彼女は、まるで熱に浮かされているよう。


「はいぃ……」

「あぁ、だがもう少しの辛抱だ……すまん、ちょっと待っていてくれ。」



柵を押し開き彼女を敷地の中に入れ、影で少しでも涼ませてから扉へ向かった。

取り出した鍵で堂々と解錠し、しかし音を立てずに扉を開いた。



「…………」



網状に敷かれた石が迎える玄関、そこで俺は入れる靴を無くしたことを思い出した。


足の汚れを雑巾でざっと落として円錐状の霧吹きで体を冷やした後に、玄関横の感圧式タッチパネルを起動して俺宛に届いた物が無いかの通知を確認する。

メールも配送もない、前にゲームとかはまだ配送が遅れているのか……



それにしても、嫌に静かだ。

家の中に俺以外の気配はひとつもなく、蜘蛛の跳ねる音さえ聞き逃すことは無いだろう。


……踵を返して玄関を確かめることも視野にあがったものの、その行動を察知された場合にどう返すべきか困る。

外で疲弊している彼女には申し訳ないが、不規則な動きをしているならばきちんと確かめるべきだ。


玄関からバッグを階段の下に投げ置いても、苛立った足音は無い。


いや、それどころかテレビの音がしていない。

朝ドラなり、主観混じりの報道なりを聞いていると思っていたが……



「いや、まだ朝も早いし、寝ているのか?」



今の時刻は、ちょっと長く寝ればあっという間に過ぎる8時。

親の寝室は一階にあるのだが、扉のノブに手をかけても、鍵がかかっていて回らない。



「……待て、雨戸が閉まっていないぞ。」



太陽光はカーテンに塞がれることで家の中は暗かったが、それでも布を引っかけるレールの隙間からの光で、部屋が見渡せる程には明るい状況だ。

雨戸が開いているという事は、すなわち親が起床して行動を始めているはず。



「……何か違うな。」



とりあえず、家の中に人の気配が無いのだから玄関で靴を確認して問題ないだろう。


木の床を軋ませながら靴箱を覗く。

明らかに一足分の空間が中央に開き、しかも汚れが引きずった様な形で除けられていた。

他の色味の少ない靴が埃を被っていることからも、推測は簡単だ。


あぁ、靴がないということは外出中か……


その判断に至った俺は、表の少女に向かって家に入るよう呼んだ。



「おい、入れ。問題ない。」

「わ、分かりました……」



今にも横になりたいのだろう、だるそうな様子を無理やり背筋を伸ばして隠しながら少女は玄関に入る。


つけっぱなしのクーラー、そして暗い廊下に刹那、恍惚の表情が浮かぶ。



「あぅ……お邪魔します。」


俺の前を通り過ぎた患者服は、汗でぐちゃぐちゃになっていた。

流石にこのままだと不快だろう。


「どうする、風呂入るか?」

「んぇ?えっと……」


間抜けな声が、振り返る。

緊張の糸が切れた彼女の目には、一切の光がない。

今にも倒れこんでしまいそうだ。


「水風呂にしろ、沸かすにしろ、とりあえずさっぱりした方がいい。」

「……分かりました。」

「それでリビングでのんびり待ってろ。着替え……がねぇな。親のはバレたら面倒だし、買ってくるか……」

「いえ、そこまでしなくても!」


慌てて遠慮し、咄嗟に手を振り始める少女。

ぼんやりしていた彼女の眼光は生気を取り戻す。


「いや、その服だと外出が出来ないじゃないか。」

「確かにそうかもですが……でもお金は……」

「いいから、気にするな。それに最後、警察にお前を預ける結果になった時に患者服だったら管理問題も引っ提げることになるだろ。」


ようやく少女は手の力を抜いた。


「……はい。でしたら、お言葉に甘えてリビングにいます。」

「おう。じゃあ沸かすか。」




さっさと風呂を洗って、お湯を入れて。

それからバッグを2階の自室前に運んで、部屋の中からタブレットを持ち出してリビングに。


マテステのサイトを開き目測より少し大きめの体型を入力して、シャツとコーデセットドローンの速達を注文しながらリビングへ向かうと、彼女が何か机の上の紙に向かって視線を落とす姿があった。


歩きながら、問いかける。



「どうした。なんかあったか?」



少女は紙と俺を見比べて、それから口を開く。




「あ、はい……『サトべ・アクト』さんという名前でいいですか?」




最悪だ。

いや、別に問題がある訳じゃない……だが、最悪だ。


苗字は里部、名前が明斗。


それが俺の戸籍の氏名なのだが、アクトという響きはどうにも色眼鏡をもたれる事が多い。

課題で聞いたこの名の理由も『カッコイイ響きだから』と、歯に衣着せぬ物言いで言われたこともあり子供の頃から大っ嫌いだ。


親しい友人であれば名称など記号でしかなくなるから抵抗感は無くなる。

だから、自身の知らないところで名前を見られて、それをきかれるとまぁ、気分が優れない……



「……それで……それ、なんの紙だ?」

「はい。『マキナ体成長期メンテナンスのお知らせ』です。」

「あぁ、夏休みだからか……」



彼女が見えるように退いてくれた紙には、白地に青や緑の文字が踊っている。

もはやここから見るのも億劫になる程に、遠目から見てダサい。


少女は縁にあった黄色い紙を剥がし、それを俺に渡してきた。



「それと、何かメモ書きが貼ってありました。」



受け取って目を通すと、そこには『いい子で留守番してください』と書いてあった。

この物言いだと、おそらく親は深夜になる前に出かけていたのだろう。



「……ヤツの字だ。」

「家族の方ですか。お出かけしてるみたいですね。」

「どうせ数日空けるだろうし、これなら焦らなくて良さそうだな。」

「それは旅行ですか?」



彼女の純真な疑問は、俺の喉を詰まらせる。

どう答えたものか思索したが、彼女を心傷させるような真似はしなくていいと結論を出した。


……親はどっかの山で宿泊なりをしてるだけだ、複数人で……あんな人間にはなりたくない。



「……そんなもんだ。」

「羨ましいですね!」

「あー、そうだな。いやそんなことより、服の注文をしたからさっさと風呂入れ。」

「はい、分かりました。」


「あぁ、それと俺が体を洗ってやるから。やり方、分からないんじゃないか?」

「……その、それは恥ずかしいのですが……!?」


その反応は分かっていた。

だが、個々の意思より重要なことはあるものだ。


「風呂の中で転倒して怪我する可能性があるんだよ、お前は。」

「え……あっ、と……」

「言っておくが、マキナの俺も時々シャワーを浴びているから床がかなり滑るぞ。」

「…………?」

「人は風呂でもトイレでも洗面器でも溺れ死ぬ。家屋内での水難事故は意外と多いし、脱水症状も取り沙汰されて耐水型体調管理リストバンドが保険適用内で売られるぐらいには……」



俺が水の危険性を解説していると、最初は小っ恥ずかしいと表情で伝えてきていた少女は少しずつ肩の力を抜いていく。

それに反して眉をひそめていくのは、俺の説明が冗長で鬱陶しいからかもしれない。

危険性を理解してくれたと考えれば目的は達成している、この話もそろそろ切り上げよう。



「……とにかく、お前のここまでの経過を考えれば当然の処置だと俺は思う。」

「……えっと……はい、分かりました……」


釈然としない返答を聞いて少し考えを振り返り、俺は彼女の羞恥心を緩和する方法を思いついた。

もしかしたら肌色に反応しているのかもしれない。他者の裸を見て快く思う人間はそうはいない筈だ。


「RARを切るよ。マキナ体なら同族らしさがなくて楽になるだろ?」

「あ、はい……ご配慮、ありがとうございます……」



何処からか鳴り響く音楽。

湯気が彼女を待っている合図だ。


俺は丸めたメモをゴミ箱に落としながら、リビングから出ながら少女に言い残す。


「それじゃ俺は棚からタオルを持っていくから服脱いでろ。」

「は、はい。分かりました。」



「まさか、おくるみ……」


こそりと何か言葉を発したようだが、俺には聞こえなかった。






風呂に入るに、洗濯機に突っ込んだ患者服と同じ臭さを纏っていた彼女を、湯船に入れる前にタオルで洗う。



「くっ……!」

「いや次は腕をあげろ、腹も腋も拭けねぇだろ……」

「分かりました……!」



一応タブレットで調べ、要介護老人女性と同じように扱うことにした。


既に頭と顔は洗い終わっている。

むにむにとした感触は肉まんの様であり、ぺたりとタオルを押し付ければ潰れてしまいそうだ。


……年不相応の肌。

サラサラとしているのに弾力があるこの肌は、モチモチと表現される肌についてくる水っけを伴っていない。


違和感の最たるものはこれだろうか。


僅かな刺激で腫れてしまいそうな柔肌が5頭身以上の体にくっついているのが、僅かだが悍ましく感じている。

それは俺が死体に慣れた反動で生体に忌避を抱いているのか、それとも常人の感覚なのかは分からない。

それでもやはり、彼女は大切に扱われていたということだろう。


だがこうやって丁寧に表面の汚れを取るだけで柔肌が表に出てくるというのは生物としてありえないと思うのだが……いや、何か条件があったり、それとも体質で片付く些細な事なのだろうか。



「次は背中だ、髪どけろ。」

「はい、分かりました。」



使い捨てのビニール手袋がずれていないか確かめながら立ち上がり、タオルの泡立ちを握り潰すことで確認しながら彼女に背中を向けるよう指示する。


彼女の頭を見下ろすと、生え際からの髪の細さが際立っていた。


先にシャワーで流したため顔、髪と額から滴る水が彼女の目を閉ざさせている。

少女は手探りで髪を手の甲で前方に弾き、背中の肌を露わにする。



「さて、汗疹が心配だが……!?」


何気なく腰をおろし、泡にまみれたタオルを彼女の背中に押し付けようとした俺は……

体に浮かぶ異形に絶句する。

細い体を駆け降りる雫。

こちらも前面と同じで炎症は無い、綺麗な肌だ。


だが、丸く白い環状の穴が、肩甲骨より下の位置に大きく埋め込んである。

横から見ても殆ど飛び出していないということは、肉や背骨が変形しているということか……!?


開くのだと理解させる蓋は扇風機のような軽い捻じれを敷き詰めることで塞いでいて、更に臀部にかけてそれと同質の穴が複数、蓋を閉じた状態で連なっていた。



「……どうしましたか。」

「お前……マキナ化してるのか?いや違うよな……生理現象の様々がある時点で……」

「えっと……電車で横になっていた時から何か硬いとは思っていたのですが、刺さっていたのですか。」


その声色は、自身の体が博物館で飾られる程に奇妙な状態となっているのに気づいていない。

俺は床に泡を落としながら、片手でなぞり、もう片方の指でコツコツと蓋の縁を叩いてみる。


「ん……えっと、なんでしょうかこれは。」


痛くはないようだ。

神経が通っているのではないということは、彼女の体が障害で変形しているということではないのだろう。


今の時代は、金さえかければ四肢は生やせるし六本の指も五本に減らして健全な硬度を保てる医療技術があるのだが、背骨の代わりに非生物的物体を突っ込む手術は聞いたことがない。


「なんかお前の体に蓋がくっついているが、覚えがないのか?」

「すみません、全く……」

「ガチでなんだこれ、えぇ……?」



異物も縁も綺麗に融合していて、爪の根元より見事な接着だ。

血の通った肌に覆われたこれはレントゲンにどう映るのか……本当に健康上の問題はないのか……


爪が剝がれると痛いのだと聞いたことはあるが、これも衝撃でずれると強烈な痛みが襲うのだろうか。

丁重に扱わないと、かなりの苦痛が伴う危険性がある……



「あの、アクトさん。大丈夫ですか?」

「え、あ、あぁ……体内に水が流れる感覚はあるか?」

「いえ。」

「ならいい、のか?とりあえず、血液に空気が流れ込むような危惧はしなくていいということか。」



今後、気づいたら引き返せないほどの病気が発生するかもしれないというのに自身を納得させるだけで精一杯だ。


勉学に励むような人ならば、こういったことに心当たりはあるだろうか。

そう考えれば、アイツの顔が思い浮かぶ。


『環境音提供ありがとう、ついでにエキストラの声優してみないか?』

『あらゆる経験は企画上とても大事だが、自己完結を目指すというのは視野狭窄になった苦い経験もあって毛頭ない……だから、アクトが僕を頼る日を待っている。』



そういえば、そのうち写真が必要になるから~とかなんとか言っていた記憶があるような、ないような。

コイツの体を見てもらうついでに聞いておくか。



「あー、直ちに問題がないならいいんだ。俺が不用意に触るよりリスクを弁えて行動出来る人間の方がいいだろ。」

「はい……」

「……」



会話が止まる。

束ねられた熱湯が、彼女の肌に弾かれる音が反響する。


彼女の足を拭き、指の汚れをシャワーで流して俺は湯船に漬かるよう言った。

俺は足をシャワーで流しながら、少女が黒っぽい石の中心に体を沈め、肩までぬるま湯に使ったところまで見届ける。



『お知らせいたします、マテステ発の配達物が到着いたしました。10分以内にお受け取りください。』


脱衣所から合成音声アナウンスが届いた。

普段とは調声が違うように思える、普段とは違う運送ドローンだろうか。



「注文した服が届いたみたいだ、俺は取りに行ってくるが何かあったらすぐに呼べよ。」

「はい、分かりました……そんなに心配しなくても大丈夫です。」

「分かった、それじゃ。」



別のタオルでオリハルを拭いた後、全身にドライヤーを吹き付けて水分を飛ばしてから、データアクセサリーを指にはめる。

俺のは一般的な指輪型であり、色は鈍色で所有者のタグがついている以外はただの金属輪だ。


データの読み込みが終わると脳裏に時計とは別に操作できるUIが発生し、それを選択することでRARを行使するか否かを決めることが出来る。

普段はRARがつけっぱなしなこともあり、久しぶりに開いたファッションデータを見ては着替えることも出来るなと珍しく衣服の事を考えながらRARを起動して玄関を開いた。


浮かんでいるのは一機のドローン。

認証カメラの箱が水色に染まっているのはこのドローンの夏仕様ということなのだろうが、普段の黒と濃い青で構成されたいつもの会社の方と比べるとチープに見える。



『ご本人確認をお願いします。』

「あ、タブレット……じゃぁサイン……いや違う、この指輪で。」

『情報参照中です。』


『確認が終わりました。お渡しいたします、このドローンより前に出ないでお待ちください。』



直上、数十メートルに浮かんでいた巨大ドローンがその身で日から守っていた箱と共に地上に着地し、俺の前方でロックを外した後に再度浮かび上がる。

巨大ドローンが十分な高度をとったところで、認証ドローンは合成音声を放ちながら遠ざかっていく。



『どうぞお受け取りください、ご利用ありがとうございました。』



箱を抱えて自室へ向かい、ダンボールの切り込み口を破いて中身を取り出す。

ガサガサとビニールや薄い紙が散らかる。掃除しながらやる方がいいのだろうが……面倒だ、後にしよう。



……なんか、初手に取り出した黒めの服は少しゴシックめいている……着れるのであれば別にいいか。

ベージュの服には短い丈のズボンがセットらしい、花がプリントされたワンピースには小さい上着がおまけ……他にも数点、皺はないもののぎゅうぎゅうに梱包されている。


とりあえず肌着と、長くて軽いズボンだけ持っておこう。



……段々と思考に靄が影を落とし始めていると、階段を降りながら自覚し始める。

俺が寝ている間、彼女にはゲームを渡していればいいだろうか。

食事は冷蔵庫に果物があるからそれで凌いでもらって、後はアイツに会う連絡だけいれておくか。



扉を開き、俺の方に体を回す少女を見下ろす。


「おい、服はここに置いておくから風呂から出たら着ろよ。あとこのタオルとドライヤー、使っていいから。そうしたら……適当にリビングに置いてくれ。床を濡らさなきゃなんだっていいからさ。」

「わかりました。ありがとうございます。」


……質問の一つもなく頭を下げるのを見ていると、少し不安になる。色々と伝えたところで、きちんと覚えていてくれるのだろうか……少し過保護な愚考かもしれない。眠いせいか。


「あー……メモに色々書いておくし、ゲーム機も俺の部屋にあるやつ使ってくれて構わないから……」

「はい、分かりました。」

「じゃあ、好きなタイミングで出ろよ。俺は自室でひと眠りする。」

「……わ、分かりました。お疲れ様です、お休みなさい。」

「それじゃーなぁー……」



若干目が覚める程に間延びした声を放った俺は、台所へ向かいながらタブレットでメールを飛ばす。

野外にタブレットを持ち出さない俺と、ゲーム作りが大好きなアイツの間では、連絡手段にはもっぱらメールしか使わない。


『昨日から今日にかけて女拾った。背中に人工物くっついているから明日来てほしい。寝る。』


これでいいだろう。

あとはメモ書きして、水道から水を充填して、寝るだけだ……






マキナ体だが、一つだけ人間の部品を使うことで人権を認められている。

それが傷つけられるとマキナ体も死ぬ、その名称は誰もが知っている。



『脳』だ。



脳細胞再生医療はあっても、脳移植が存在しないのは人類が脳を人間として認めたからだ。


だから、一晩中動き続けた俺は眠い……

クーラーの効いた部屋で布団を被るのは、昔も今も極上の至福として共通しているのだろう……


マキナ体の人権問題の歴史とか気にする気概さえないが、布団に包まる意識が同等ならそこまで恐れることはないだろうに……



混濁に埋もれながら、意識は時間から離れていく。

ゲーム機の起動音がアクションゲームのステージ開始と重なるほどに、秩序を解していく……

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