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ヒトガタゼンノウモドキ

少しフラフラしている体を背中からコンクリの箱に預け、とても長い茶髪を絹の如く広げている少女が再び食塩入りの水を飲んだ。

初手に抱いた儚いという印象に、危なっかしさが付随していた。


対して俺は、地面に胡座をかいて様々な難題に歯を立てては諦めている。



「どう帰るか……いや、一番はバッグ……不明なだけで、きっとある筈だ……」



背中は空気に触れていて、それなのに部屋の片隅へ注意を向ける必要が無い。

成り立ったルーティンが崩れている為に俺は、俺が驚く程に不安に襲われて口に出していた。


視界の端で揺れていた肌色が直立して安定する。



「バッグ、ですか?無くされたのですか?」

「ん、あぁ。」


独り言に反応され、俺は間抜けな音を喉から放つ。


「ここに落ちてきた時、何処かに吹っ飛んだから。」

「えっ、お体は大丈夫ですか?」

「特に問題は……」


体を軽く動かして、声が詰まる。


「……えっと?」


憂慮の目を向けられ、急いで取り繕う。


「いや、無い。大丈夫だ。」

「本当ですか?無理はしないでください……」

「お前こそ、急がずに休めよ。」

「はい、ありがとうございます。」



再び水に口をつけた少女から隠すように、俺は体を何気なく回して腕を隠した。

もう一度、気取られないようゆっくり動かす。


……あの気持ち悪い感覚が消失している。

まさか、これは俺の体ではないのか?


しかし、表面にあるオリハルの凸凹の手触りは慣れきったいつものソレと違いはない。

やはり落下に関する事は笑ってしまうほどおかしい事ばかりで、幾度も爪を立てようとしても霧のごとくすり抜けていく。


……少女が立ち上がる。

さして目の位置が高くない彼女の行動をぼんやり待っていると、どんどんと近づいてきた。



「それで、バッグなのですが……」



彼女の足が俺まで数歩のところで止まると、勢いで前に振られた髪の中から若草の匂いが舞った。それには幼児のような匂いが混ざっていて不思議な感情に陥る。


そして、前に身を乗り出した正座になり俺の目をじっと覗き込む。



「小さいですか?大きいですか?目印とかはありますか?」



そう言って口を閉ざし、一言も聞き逃さないように答えを待つ彼女の顔には嘘の色が少しも無かった。

まるで何かが出来ると言わんばかりの、しかし一切驕った雰囲気を纏わずに俺を見ている。


そんなに堂々と聞かれると突き放すことは出来ず……



「横幅はそんなにないバックパックみたいなデカさで……バールがあるはずだ。財布も中に入っているけど……」


「はい、分かりました。」

「……は?」



ドローンでも持っているのかという予想はおかしな返事で即座に断たれ、呆然とした俺をよそに少女は立ち上がって遠ざかっていく。



「強い光が出ますから、気をつけて。」

「はぁ……?」



十分離れた所に立った少女は、ドームの中央に立つと一呼吸おいて何も無い空間に向かって手を伸ばした。

その先に積み重なった機械のタワーがあるものの、彼女の手に対してトラッキングしている様子もなく本当にただ手を伸ばしているようにしか見えなかった。


貼りつまった空気。

機会のタワーが、少しだけ明滅。


何かが、歪む。



「うわっ、なんだっ!?」



突然の事だった。


群青色の雷がドームの内側を駆け回り、少女を取り巻くように固定されていない機材を巻き上げながら暴風が踊りだす。

箱の中から飛び出した草花はあっという間にどこかへ姿を消して、しかし少女の様子は周囲の惨状と比べると弱めのビル風を浴びている程度でしかないように見える。


更にドームを吹き飛ばすような閃光。

乾いた路面に打ち水したような音と共に、視界が眩く染まってしまう。


焼けかけた世界に、彩色が侵食するようにじわりと戻ってきた。



「なん……だ!?」

「うるさ……す…ませ……っ!!」



風に阻まれて声が切れ切れになっている少女の、懸命に伸ばしている手は渦をまくように歪むようにして黒い穴に吸い込まれていた。


おぞましささえ覚える黒い穴……上下左右、どこから見ても空間に現れた穴でしかない謎の存在。


ブラックホールのイメージ映像みたいな、適当に設置された別次元のような存在は周囲の光を曲げて呑みこんでいるようだ。

それは、少女が伸ばしている腕も例外ではない。



「なんだよそれ!?お前、大丈夫か!?」

「は…ぃ!……ありま……ぁ!!」



俺の言葉も風に阻まれ、恐らく一方的な情報の伝達さえ出来ていないに違いない。

俺の心配をよそに黒い穴に両腕を沈めて景色と共に顔を細く歪める姿は、もはや人間とは違う存在のよう。


彼女は全身で何かを引っ張り始める。

伸ばした足と共にバランスを崩しかけながらも、段々と腕が本来の造形を保ちながら出てきた。



再び稲妻が部屋を切り裂く。

輝く軌跡は刹那のみ、跡は一切残さず消える。


さて。

彼女が何をしているのか分からないとはいえ、ただ座って震えている訳にもいかないし手伝いをしよう。

恐らく俺のバッグに関する何かなのだろうが……尚更、俺より子供な奴に負担をかける訳にはいかない。



「おい!」

「えっ、来なくて大丈夫ですよ!?」


俺は、匍匐前進に近い形で風を避けながら近寄る。

その姿を見た彼女は、目を丸くさせていた。


「いいから!重い物を引っ張るなら俺の方が適役だろ!?」

「えっと、いや……なんでだろう……」



何かを呟きながら穴の奥へ視線を動かし、返答に詰まっている。

だが俺が腕を使って立ち上がる前に風の音に負けない叫び声が、閃光を背景にして響いた。



「お願いします────」



許可が出た俺は快活な返事を、相手が気兼ねなく頼れるように簡単な言葉を組み立てる。


……彼女の続けた説明によって、放つことは出来ずに終わったが。



「────このゲートの先にバッグがあるので!」


「……は?……はぁっ!?」

「私も頑張りますので、お願いします!」

「……チッ!」



何故、ここで舌打ちをしてしまったのだろうかと腕を伸ばしながら考える。嫌悪の感情ではないからか。


恐らくそれはきっと、『ゲート』と呼称された物体の中に手をぶちこまないといけないと理解した。その上でバッグを取り戻せるチャンスに挑むための必須条件だったから。

……あぁ、低俗な鼓舞だ。


黒い穴に既に差し込んでいる彼女の腕。

柔らかい皮膚が惨たらしく歪む直前の位置まで顔を近づけても、穴の底は見えない。


俺は舌打ちによる不穏な空気を打ち消すため必要以上に咆哮し、その勢いで右手を突っ込んだ。



歪んだ俺の腕を覆い尽くすのは、冷水のように冷たい、ゲル……?


見えない冷水に入れた腕を風が撫でる様な奇妙な感覚は、指の先へ向かうにつれて乾いた空気に変わっていく。

そのままより先へ沈めていくと、荒い布のクッションに指の端がくいこんだ。


彼女の説明が無かったとしても、少し周囲を撫でるようにして確かめれば分かる。

バッグを前面に持ってくる時にいつも掴む、横のポケットの箇所だ。



「マジかよ……よっ、と!」

「ひゃ。」


俺がゲートの向こうからバッグを投げるように引っ張り出すと、少女はバッグの回転に巻き込まれる形でバランスを崩した。


「あぁすまん……そうか、掴んでいたか。」

「大丈夫です、気にしないでください。」



そうか、と生返事を返しながら地に投げ出したバッグの方へ意識を向ける。

バッグの一部が中身に突き破られ、蒐集品の破損状況は見なくとも絶望的だった。


財布を内側から取り出して中身を確認していると、バッグを挟むようにして輝く瞳が腰を下ろした。



「えっと、これであってましたか?」

「……間違いない。ありがとう。」

「良かったです。」



目を細めながら柔らかな微笑を湛えてこちらを見る様は、慈愛を振りまく聖母と同様の存在みたいで暫く視線が外せなくなりそうだった。

だが出会ったばかりということにより、湧き出る羞恥心によって行動を律する。


代わりに当然の疑問を問うことにした。



「なんだ、さっきの?ゲートっていうのは?」

「先程の事象は私が起こしました。空間に対して電波の反響による3D立体検索を行い、近似する形の物体を目処にまず観察用の、そして引き込むための門、ゲートを設置したことが一連の流れになります。」


「ゲートってなんだよ……」

「えっと、それはある地点とある地点を結ぶ、技術的にかなり難しい再現可能なワープホール……だと思います。」

「分からないのか?」

「はい……出来るのですが、なんでこうなるのかは分からないです……」



首を捻るしかない。

そして言葉がしばらく腹の中で渦巻き、喉にあがることなく消えた。


部屋を荒らしていた風が緩やかに鎮まっていく中で荒れきった中身を確認しながらバールを横に置き、暫くゲートが閉じていく様をちらちらと傍目に眺める。


不可思議な存在は力なく潰れていく。

その機能は既に崩壊して閃光は放たれず、空間の歪みによる残滓が目に映る色として残っていた。



「うっ……!」

「ん?」

「痛い……!お腹、空いて……!?」

「なんだ、次はどうした!?」



吹き出す炭酸飲料のような勢いで歯を食いしばり、腹を抱えて苦痛に蹲る少女。

確認の終わったバッグをそのままに、少女の隣へ移動した。



「あ、あ……!?お、おえぇぇ……!?」

「どうした、お前……大丈夫じゃねぇよな!?」

「かふっ、かはっ、あぁぁ……っ!?」



バタバタと零れ広がる酸っぱい匂いの液体は、殆ど色が無くて水のようだった。

数秒間吐き続け、やっと咳き込む少女。


過呼吸の体で床に嘔吐液を垂らしながら、その顔に涙を目に浮かべて俺に助けを求めている。



「くそっ……分かんねぇ!お前には分からねぇのか!?」


コクコクと辛そうに頷く。


「……いやでも、死にはしねぇよな!?なぁ!?」


我ながら突き放すようだと思う問に暫く硬直した少女は、歯を食いしばりながらゆっくりと首を縦に振った。


「まだまだ残ってるからペットボトルで口を洗え!飲むなよ!」




再び倒れた少女を、脳裏の時計の右側が一周する頃まで、ずっと苦しんでいる彼女の世話をやいていた。


もしかしたらペットボトルの中身が腐っていて、悪い細菌が胃に突き刺さったのかもしれない……寄生虫が巣食っていたら?






背筋の凍るような思いをしながらタオルなりクッキーなりを与えていると、経過していくにつれて症状が治まってきてくれた。

酷い顔に変わっていたが、規則正しく息を吸って吐いていた。



「す、すみません……」

「あぁ……腹が減ったのか?」

「いえ、突然お腹が減って激痛が走ったのですけど、吐き気はなんか違うところからきたみたいで……けふ……」



震える足で立ちあがった彼女は、飢えた獣のような危機感を目力として放っていた。

その気迫は無意識のものなのだろう、口元の微笑みとはかけ離れていて不気味だ。


俺は彼女の助けになるものが無いかと散らばらした雑多な物体をバッグに詰め直す。



「帰り方、分かります……準備が出来たら……」

「……座っててもいいが?」

「いえ、座ったら……立てなくなりそうで……」

「分かった、暫く立ってろ。」



そう返答しながら、暴風に巻き込まれ吹き飛んでいた小金を床から拾い集める。

様々な方向に散っていたが目につきやすい位置に大半が転がり、俺も掃除機のようには細かくチェックするつもりではない。


金に誘導されながら少女の事を考えて、俺はそろそろ切り上げようかと足を止める。



「……おっと、箱のところに吹き溜まってるな。」



配線に挟まっている煌めきを財布に閉じ込め、俺は頭の位置を低くしていく。

最後に手の横でかきあげて、纏めて回収して終わりとした。



「……ん?」



そうして踵を返そうとした目の中央に、ケーブルに刻まれた文字が記憶に焼きつく。

……いや、突拍子もないことが続いたから何か一纏めにする単語が欲しかったのかもしれない。


それは……



『Deus-2e』



Deus。


デウス。



確か……神のことだ。

箱の中から足を出していたのは、今にも倒れそうな人影。


……あの少女が、神?



「……あんな事が出来るのに、ただの腹痛に苦しむのは……神ではないだろ。」



酒に酔っ払って殺された蛇がいるが、それはただの伝承だ。それに冷静な判断が出来るのに対処出来ないのはおかしいだろう。


……少なくとも俺のバッグを取り戻してくれるような都合のいい神なんている訳がない。

そうだ、彼女は神ではなく人間だ。


「はぁ……」


刻印一つ、それに動転していると知られては彼女に格好がつかない。

この不安は横に置いて、早く少女の元へ行こう。





扉を開き、階段を降りる。

割れたライトを点灯させて先を照らし、地下へ歩みを進めていた。


いくつかゴミを捨てて軽くなったバッグを前にして、歩くのも大変そうな少女を背負っていると彼女の軽さがより分かる。



「食ってるのか?軽すぎるぞ、お前。」

「えーと……記録が無くて……」



高い温度。

細くなびいてくる髪。


深窓の令嬢という奴だろうか。


比喩にしか使えないはずの表現が、最も彼女を捉えているとしたらそれは悲惨でしかない……想像上でしかないはずの極端な状況に置かれていたということの結果だから。

とりあえずまともに生きれる環境に送り届けるまでは、気が気でない日々が続きそうだ……



「この扉を出たら右なんだな?」

「はい。その後は出口まで、通路を曲がらずに道なりです。」



食事の記憶は無くて出口までの道のりが分かっている……いや、もう深く考えるのはやめよう。


バッグに括りつけたライトがフラフラと石の床を照らす。


冷たい空気によってオリハルが冷たい。少女の体温が相対的により温かく感じる。

重量過多により歩幅が狭い俺にとっては、駆動している体が火照るのを抑えてくれるので負担が減って助かっていた。



「なぁ、なんでお前はあそこにいたんだ?」

「わかんないです……たしか、何かを行使する為に……うーん……」


「……思い出せないなら別にいいよ。」

「えっと、ゲートも開こうと思ったら開いたじゃなくて、漠然とした判断基準から選択したみたいな……」



少女の困ったため息が首元を掠めていく。

その後の唸るような低音は、悩み続けている彼女が出したのか、それともその様子に呆れた俺が出してしまったのか……



時間潰しのために、大量に干していた質問を一つ選ぶとしよう。

勿論、この調子では彼女の返答に期待しない方が良いだろうとは思う。



さて……



「なぁ、ここの施設はなんなんだ?」

「あ、はい。ここは二社合同研究施設です。」


淡々と答えが返ってくる。

声のトーンに一切の変化はなく、聴き逃しかける程だ。


「えっ、それは分かるのか……?」

「……確かに。」

「……何故分かるのかが分からないのか……分からん……ごめん、説明を続けてくれ。」

「はい……」



「こちらは某日、アンリアル社とテーイェ社が共同出資を行い、熱に溺れていく世界の変革を求めて研究施設を建設致しました。そして十数年後、炎天下においてと活動可能なマキナ体を作り出す事に成功したのです。」


「へぇ、俺みたいなマキナ体はここで作ったのか。」

「はい、ただ部品を量産する為の研究はまた別の部署になります。」


「こちらの建造物の中央のドームと地下の全域を、当時から空間認識に関する技術の高かったアンリアル社が管理しています。」


「そして両サイドに聳え立つ電波塔は、南極を5つの基地局のみで全域を覆うことが出来る世界最高峰の通信会社、テーイェ社が主導しています。」



アンリアル社の名前はニュースを気にしない俺も良く見ている。


日本支部の前社長が発電所に向かって自爆テロをかましたこともあり、世間の目は厳しいものとなって現社長の書籍が良く売れている……余りにも斜に見ていると俺は自省した。


だが、テーイェ社は知らない。

通信会社と言われてもジュニア社、ハードリザーブ社、地畳社の三社しか知らない……海外の企業だろうか。



「現在、マキナ体は社会において様々な意見を頂いています。しかしいずれ、これが人類を救う主軸の一つなると私たちは確信しています。」


「ん?」


「将来、季節に適応できないセミが死滅すると言われています。喪って初めて気づく情緒を、ぜひ守りたいのです。私たちは泥を被ってでも進みますので、是非応援してください。」



彼女の説明は改稿されていないのか。


現代では蝉は殆どの種類が絶滅している。

それに、俺が産まれる時には既に生前からマキナ体を適応させる手筈が整えられる程にマキナに関する法の整備がされていた。


……さては、古いな?

何かを読み上げるような喋り方もあいまって、古いビデオを再生している時特有の画素の荒らさを現実に投影してしまう。



「なに、いつの時代の話?」

「……分からないです。」

「まぁそうだろうな。」



その返答は容易に想像出来ていた。

痒いところに手が届かないなら気にするだけ無駄。


俺の中では、『なんか凄いことが出来る記憶喪失の少女』といった認識で固まりつつある。


……じゃあ俺は?

……いや、いや。俺のことは関係ない。


胸の内で他者を評価するのに自己評価は関係ない。

それが真っ当な人間の思考だ。



「なぁ、そういえばお前の名前は?」


「……分かんないです……」


「そう。」



……静寂が、オリハルを縮める。




闇の向こうから、俺の足音が跳ね返り始めた。

他の人がいるのかと勘違いしそうだ。


行き止まりの壁に見える黒いそこに、彼女の言うままに近づく。

あと20mといったところで表面がざらついている無骨な巨大なシャッターが、横方向に対して重々しく動き出した。



「分厚い……って、なんでこの部屋だけ明かりがついているのか……」



扉の先では足元の材質が大きく代わり、プラスチックのようにサラサラした白い床が敷かれている。


俺は貨物専用航空機のような、しかし大声を出しても反響が吸いこまれる壁で出来ている巨大な空間に出ていた。

半円状の空間を左右に向かって距離を計れば、きっと50mは超えている。



「なんだよ、ここは……」



一日に何度吐いたか数えていないセリフをトンネルのような空洞に向かって呟く。

観察したところで連想の選択しかない俺は、そのまま足が止まってしまっていた。



「ここが出入口です。あっちの方にタッチパネルがあります。」

「あそこにある映画館とかで予約するような奴か。」

「はい。」



『お疲れ様です。使用目的の選択をお願い致します。』



両手を広げて手を省いたぐらいのこれまた巨大なパネルが点灯する。運搬、通勤、点検、確認と、これら四つの文字列が表示された。


画面の片隅には緊急と表示されているが、急いでいないので通勤に向かって手を伸ばす。



「通勤でいいよな?」

「はい。」

『承りました。到着までしばらくお待ちください。』



もはや肉声と変わらないが、合成音声特有のイントネーションが見え隠れしている。


しばらくとはどれくらいだ、と呟こうとしたところでローラーの回転する音が何かを運ぶ音を出しながら近づいてくる。

点々と設置された白い光に照らされながら……ジェットコースターの座席みたいな物体が迫ってくる。

アトラクションで見るタイプと違うのは、遊びのない形状であることと色が灰色なところか。



「あれ……だよな。」

「はい、座席は自由ですよ。」

「……本当に出口に行くのか?一周して戻ってきたりは?」

「ん……あはは、遊園地じゃないから安心してください!電車みたいなものですから大丈夫ですよ。」



「お背中、ありがとうございました」と降りる少女。

前面にあったバッグを左手に持ち、コースターに乗り込む。

ゆったりとした間隔のある座席は柔らかい、まるで新品のようだ。


シートベルト装着の表示がオレンジ色に光っているのを確認し、腰の位置から回して止める。

隣で少女がシートベルトを止める音を聞きながら、大きなバッグを隣の椅子の下に踵で蹴りながらさしこむ。



それから手持ち無沙汰で待機していると、流れ始めるチャイム。

無人駅を思わせる音楽の後に、先程の合成音声が残響の中に響く。



『間もなく出発致します。今一度、シートベルトを引っ張りしっかり固定されているかご確認ください。』



視線を向けていないが、少女は再三確かめている動きが振動となって伝わってくる。

俺もぐいと引っ張って確かめた。



『それでは発車致します。お疲れ様でした!』

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