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徒花の下を行く


外装によく使われる安物合金の板(オリハル)のヘルメットの窪んだ所を擦りながら、俺はゴーストタウンを歩いていく。



生憎の天気の下で歩く今この瞬間から、俺の夏休みが始まる。



7月中旬から9月中旬までの平均で45度を超える地獄の期間の生活を家の中だけで完結させよう……そう掲げ国際的な節電が行われる事で、少なくとも俺の同年代の記憶には夏の外の活動が殆ど存在しない。

国際的な方針が発令されてからもう90年は経っていた筈だ、その間に接客業や諸々の店は経営不振で潰れた。


更に電車の本数も減り、それでも尚上昇する気温によって人々は電気代で貯金を崩すか、死ぬかの選択を迫られていた……らしい。

睡眠中の熱中症により外出行為自体が嫌悪されて、需要もそれに伴い減少することで、夏を乗り越えた僅かな商店に枯葉が来訪しても再興は求められない。


それが、俺の知っているゴーストタウンの出来方だ。



コンクリートは触れた葉っぱを千切り、茶色い染みとして化粧をしている。



……『夏休み』という概念も小学校の頃までは一縷の淀みもなく耽美な響きだったが、高校生にもなるとただ無為に価値がない時間を過ごしているだけだった。


俺の両親を指して毒親とは言わないけども、少し気に入らない事があると物音をたてる癖は家を揺らすので、たとえ扉を閉めていようと階下から不機嫌が伝わる。

そんな環境で落ち着いてボイスチャットが出来る訳もなく、だからといって孤独に勉強出来る程に我慢強さがある訳でもない。


だから俺は周囲の人に咎められる事を気にするより、何かを気を済むまでやっていたい昼を外で時間を潰すことにしていた。



「チッ……そろそろ掃除しないとな……」



少しの違和感を覚えて腕関節の駆動を確かめるとゴミが固まっているのだろうか、ガクガクと痙攣するように回転する。

今までも多少の抵抗を感じていたが、よりによって記念すべき初日に症状が現れたみたいだ。


虫が羽音を聞かせて飛び回るような鬱陶しさに舌打ちをしながら、俺はシャッター街をに足を踏み入れた。



「はぁ……金目の物が落ちてりゃ親に頼む必要はないんだけど。」



去年の木彫り熊のようにネットオークションに売り出せるものが複数あれば、幾つかのオリハルや腕関節を取り替える小遣いは稼げるだろう。


俺しかいない道路に夏の初めを告げるようなセミの声は存在しない。

灰色の空の下を過ぎる熱波、淡々と命令を変える信号機だけが妙にうるさい。


雲が流れることで厚さが変わらなければ、俺の足は二次元の中を奥に向かって歩いていると錯覚してしまいそうな程に変化が無い景色が、色の無い街をずっと続いていく。


そんな薄い味に飽きてしまった視界の端に、彩度の高い何かが顔を出す。


赤色の塗装が剥がれて一部が鈍色に光る物体……ポストが、俺の足に合わせて確かに近づいてきていた。


生物が煮えてしまいそうな熱の中で褪せていない色を見つけた俺はそこで一区切りし、次の十字路を左に向かった。

そろそろ不法侵入を行おうと考えて、背負っていたバッグの方に腕を回すと不快な抵抗がまたちょっかいをかけてくる。



「バール……っと。」



鍵あけの技術は数年前に没頭してたけど、錆びた鍵穴が素直に受け入れるわけがないという可能性を考えてなかったことは少し後悔している。お年玉をはたいてまで本と練習用の鍵を買ったから……それを残していれば沢山のゲームが出来ただろうに、と。


曇天の細道を、僅かな興奮と共に歩いていく。


不法侵入そのものは金を手にして自身のやりたい事をするように楽しい、という訳では無いがそういった行為を実際にしている間は背徳感と優越感に浸ってしまうのは経験しているから。

だから注意は張り巡らさないといけない……


そうして周囲の建物を適当に値踏みする。

無理に集中しなくても鉛色に光る金属板の下に、強風によって出来たであろう破損による穴があった。


ひび割れた石壁、三階建ての細長い建造物。

周囲に人影が無いことを確認して覗き込む。



「……っと、少し浮いてるな。中はどうなってるのか……あ?自転車がゴムを垂らしてるな……放置されたのか。」



ここにしよう、そう来めた俺は電気メーターを探し無人であることを確認。

それから正面に回ってこの建物になら何か売れるものがあるかもしれないという期待を胸に抱き、俺はバールを振り上げる。


誰にも気にかけられることの無かったシャッターが、小さな棒によって無惨に破片を散らしながら壊れていく。

経年劣化による脆弱さは想像以上で、30秒もかけることなくシャッターのロック部分を破壊してこじ開ける事が出来てしまった。


シャッターの内側へ堂々と入り後ろ手に閉めると溶けたゴムの臭さが部屋の中が立ち上り、俺の手によって僅かな逃げ道を防がれた悪臭は毒ガスに匹敵しそうな暴力的な味をさらに黒く染めて、さながら舌に風船を押し当てられるよう。



「おぇ……移動だ、移動……」



流石に気持ち悪くて耐えきれない……俺は奥にあるレジとカウンターの、そのまた奥へ続く扉を開いて、崩れ落ちたダンボールと散らばる金属類に少し目を輝かせてから急勾配の階段を踏む。


木製の階段の老朽化も勿論酷く、体重を片足に移動させる度に木屑と悲鳴が上がり、そしてホコリが天井から落ちてきた。


登った先の横に3階への階段が控え、しかしタンスが倒れ込んで塞いでいる。

粘つく悪臭から逃げは出来たがサウナの様な環境に居続けるのも避けたい。



「奥からにしよ、ぐあっ!?」



不意に体が左の方へ、バランスを崩す。


無意識に手すりの突起に手をかけて遠心力で方向を変えたことにより、乾いた音と共にそれは裂けて先端だけが手の中に収まってしまう。


オリハルに傷がつくことはないが……

価値が下がるみたいで転ぶのは嫌だ。



「くそっ……」



バッグについたであろうホコリを叩きながら立ち上がる。

きぃ、と関節が廊下に鳴り響いた。


気が変わった、近くの扉から調べることにしよう……



「……はっ。」



自分の短気さを鼻で笑いながら扉へ向かった。

ドアノブを回転させようと力を込めると内側から錆びていたのか捻り取れてしまった。

ドアノブが壊れただけでロックはかかっている、無理に押しても開かない……


バールを手に持ち、ロックのかかった場所を破壊する。


扉が開いていくと、夏の光が蜘蛛の子を散らすように飛び出してきた。


扉の空気とともに、ハエの死骸と積み重なった汚れが渦をまく。

そして干したての毛布の様な馨しい匂いが、子供のように過ぎ去った光の代わりに佇んでいた。



「……当たりだな。」



すっかり腐臭のしない死体が机に頭を預けて横たわっていた。

足元の汚さを無視しながら近づいて様子を見る。



「……これは、ペンか。」



糸くずを纏っている紙片は太陽光の下に晒されている事もあり、シミやカビにまみれて文字を読み取れない程に崩れていた。



「寝落ちして死んだのか。」



熱中症による大量死は、過去には凄惨たる出来事として大きく取り上げられた。

阿鼻叫喚の始まりは定かではないが、歴史の教科書で習った事もある。



「……俺みたいに、マキナ化されれば良かったのに。」



何歳かは知らないが、60年前にはマキナ化が始まっていたはずだ。

その前後に生きていたのだったら選択出来た筈なのに。


俺は死体から目を離し、焦点の位置を上げる。



「……っと!これは……!」



俺が手に取ったのはフィルムカメラ。

仰々しい銀色のカメラは骨董品としての価値が高く、最低額を引き上げればコレクターを対象にして売れる。


軽くカメラを振って、灰色の煙を光の下に流す。


他にも無いかと手当り次第に探ってみるが、賞味期限が掠れて読み取れないクッキーしかバッグに入らなかった。

……別に食べないけど、味覚で楽しむ点には少し興味がある。


踵を返し、死体を後にした。




「次の部屋は何があるかな。」



2つ目の扉を開いて、カーテンのかかった暗い部屋に踏み入った。


沢山の鍵の入った箱と工具が壁にかけられていて、大きな作業台には自転車が組み立てられているようだった。

だが恐らく地震によってだろう、自転車は床に転がりタイヤを変な方向に前輪を向けている。


前輪に手を擦り付けて全力で回し、カチカチと音が鳴り響いている間にカーテンを勢いよく開いた。


灰色と勘違いするほどにホコリを纏っていた箱が目について、俺はしゃがんで観察する。



「金庫か……」



流石に破壊するには無理があると思って持ったままのバールをフックにかけて、両手で金庫の形を確認する。


ダイヤル式……とは違った形をしている。


片隅に『アンリアル社金庫』とシールが貼ってあることでこれが金庫であることは確信したものの、扉にあたる取っ手以外に触れる部分が無かった。


ワインでも入っていそうな高価な冷蔵庫を連想しながら軽く小突いてみるが反応はひとつもなく、何かスイッチや仕掛けでもあるのかと指をひっかけて傾け背面を見ると、コンセントに繋がるケーブルがビンと張る。



「電気でも必要なのか?金庫なのに……って考える時点で成功してるのか。」



元々開ける算段が無かったこともあり足で押し戻して、少し名残惜しく眺めながら体勢を起こす。

工具以外には、蜘蛛の巣をはった茶色の書類程度しか存在しない……


ため息をつきながら遮光カーテンを閉め、止まりかけたタイヤをもう一度回転させる。




3つ目の扉を破ると、他の部屋と様相が違う雰囲気が待ち受けていた。

暗い色の絨毯が敷かれていて、接客に使われていそうな空間。


まず暗がりの隅にビニール袋があるのを見て、手前のテーブルに視線を向ける。

天井から吊り下げられたおもちゃが蜘蛛の糸を垂らしながら浮いており、それを静かに雲色の光が照らしていた。



「……おっと。腕時計か。」



シミの酷いタオルの横に置いてある腕時計を持ち上げる。

……すっかり針は死んでいるが、とりあえずバッグに入れてしまおう。






8軒ほど回った所で、空は暗くなる。

今日は空が晴れることはなかった。



一切の明かりが点かない街は、完全な暗闇に染まっている。

手に持ったライトの光で道を照らしてすっかり膨れ上がったバッグを揺らし、上々な気分を抱きながら道を歩いていた。



「よしよし、ここは初めて来てみたけれども……もう少しありそうだな、また来よう。」



目を閉じて、夜の熱気をまぶたの裏で感じる。

マキナに瞼がついている理由分からないと常々思っているが、ふと目を閉じたくなる度にいつも感謝してしまう。


小指をぶつけた時、階段を登る時に転んだ時、ふと飽きて眠くなった時……意思だけではなく本能的に視界情報を遮断してしまうタイミングは何度でもある。



「はぁぁ……あっつ……」



数時間経つというのに、あの吐き気を催すゴムの味は脳裏に焼きついたままだ。

喉が、想像上の異物を吐き出そうともがいている気がして気分は落ち込む。


あぁそうだ、冷たい部屋でアイスでも頬張って上塗りによって消してしまおう、そしてネットで売るための写真を撮ってゲームしよう……




────その時だった。


帰宅後の妄想に酷いノイズが発生する。

灰色、白色、黄色、青色、赤……とも紫とも違うあの色。そして黒色。


いつの時代の表現だと。

そう悪態をつきながら目を開こうとした。




動物に囲まれている『私』


浜辺を歩く『私』


ナイトプールから光る街を見下ろす『私』


鏡を見る『 』





───かき混ぜられた思考が、逆再生のようにして元に戻る。

だが前触れなく与えられた情報の力は強く、立ちくらみで動けなくなる実害が出る程に回転し続けていた。



「ぐっ……っあっ!?」



ライトとバッグをひび割れた道路に置いて、軽くなった体に対して重いままの頭を地面に転がす。

視界を空に向けてぐちゃぐちゃの脳内が元通りになるまで、競りのに出された魚の様に身動ぎ一つもせず曇天の空を見ていた。


圧迫されるような鈍痛を覚えるが、今ここで目を閉じたくはない。


先程のノイズが、未だ闇の中で荒い呼吸をしている気がするからだ。

もし次に牙を突き立てられた時、『私』の思考は……わた、わたし……?



「ちッ、なんだこれっ!?」



俺の意識が保たれないかもしれない。

その懸念に対してまるで先回りするように意図していない言葉が出てきてしまった。


空を見る。




───遠くの山から、一筋の白い光が雲を貫いていた。


それが光源となり、俺と、寝そべっていた道路と周囲の街が青く冷たく照らされる。



綺麗であると同時に、とても静かだった。



光柱の音をなんだとするならば、俺の驚きによるコンクリとオリハルが擦れた音の事を指すだろう。

そして、熱波が相変わらず街を撫でていく音。


余りにも、この光景とは釣り合わない効果音だ。



「……」



溶けたゴムの味は舌から退場していた。

しゃっくりを驚かして消す、殆ど迷信である言葉を思い出した事が少し恥ずかしい。


何が起きているのだろう。

その興味はどんどん膨らんでいく。


余りにも静かな光は、まるで幕開けのようだ。


今から、壮大な舞台が始まる合図を打ち上げている……サーカスでは花火を打ち上げるイメージがあるが、あれが現存していたらあの光の真意を考えられたのだろうか。



「……何が……起きているんだ……?」



脳裏に時間の情報を浮かべる。


午後7時半。



「……はっ、親にドヤされる事が怖くて外出なんて出来るか。」



俺はバッグを背負って立ち上がる。

そして念の為にライトを点灯させたところでおかしな事象に気づく。



「……このライトより強さが……弱くないか?」



街を照らす、山に立てられた蛍光灯のような柱。


しかしその中央を見ても手元のライトの光よりも目に優しく、妙なことに赤子の手をひねる様に白い光を飲み込む。


あの白い柱、そして青い光は他の光源を許さない様だ。


…………

ライトを消す。



それから廃れた街の一部となって、しかし俺は歩みを進める。

俺だけが風とは違う音を街に響かせていた……



肘関節が変な抵抗をして、きぃ、と音を立てる。


……お前に求めてる訳では無かったのだけど。







山道を登るなんて何時ぶりだろうか……


呑気に思っていたかつての俺に忠告したくなる。



「なんで、この道を通らなきゃいけないんだ……道じゃねぇし!」



オリハルの隙間に刺さる木の枝と草。

植生はドンドンと変わっていっているらしいが、人の手とは程遠い場所を歩くのが七難しい事に変わりはない。


虫の羽音、獣の声。


呼吸の止まった街からこの山まで走ってきた訳だが、眠っている森はまるで異世界だ。

ここで獣を撃退するならば、きっと矢尻に毒を塗らなければならないだろう。


木の肌に指を噛み合わせて、軽く反動をつけて坂を登る。



「……あー、確かに靴が消えない訳だ。」



マキナ化すれば用途毎に足や腰をつけかえることが出来る。


痴呆症に対する介助を職にしたならば、より安定する足で対象を運べる。

建築を職にしたならば、鳥のように電線にさえ立てる足で事故を減らせる。


そしてマキナ化による大きな違いは、生物としての代謝ではなく機械としての消耗品。

つまり手についた油性インクを、擦ることでその場で取る様な真似は不可能なのだ。



「こんな沈むような湿った土、まず裸足で踏み入っちゃダメだなこりゃ。」



帰宅後はすぐに足を重点的に洗わなきゃと思うが、その他諸々の身体箇所にも草木が入りこんでいるのでは思い至り、少し憂鬱さを覚える。


だが息を潜めながら喝采の拍手を構え、始まりのブザーを待っている大衆の独特な緊張感が山を覆っている。

静の高揚感……光柱に近づくにつれて、俺の中にもふつふつと湧いてくる。



「……ここか。」



大小様々な岩が積み上がることで半分は塞がれている洞穴からは、絶え絶えに甲高い音を立てて空気が吹き出ている。

石を退かしてくれるのを待っているみたいだが、わざわざ素手でしてオリハルを無駄に傷つける必要はないだろう。


空に伸びている光柱の太さだが、俺が近づけば近づくほど細くなっているようだった。


街から見た時は山を分割しそうな程に太かった柱だったのに、今は俺が両手を広げて横一列に5人並べば同一の長さになりそうだ。



「なんだか細くないか……いや、それよりもこの光……山を貫通してるぞ?」



時間が経つにつれて段々と細くなっていたのだろうか。

目の前の草木が邪魔すぎて些細な事を見ていなかったが……今は気にする必要がない、ひとまず横に置いて更なる疑問を言語化する。



「……山の下に何かあんのか?トンネルの中から光が出てる訳だが……」



俺は入口を塞ぐ石の山を登り、足を下に向けて歪な下り坂を滑らせないように踏ん張りながら越えていく。バッグを背負ったままで頂上を越えられるのか不安だったが、虫の如く体を岩に擦ることで阻まれることが無かった。


ずっと俺のケツを青白く染めてきた光はトンネル内部も青く染め上げ、ネットニュースで見たことのある海外で行われる氷の展示室のような光景に、寒さに体が冷えるのを感じる。


それに海抜が高くなるにつれて気温が下がったことも相まり、熱波の届かないこの洞窟の中では立っているだけでもとても冷っこい。

寒暖差により伸びた金属の体が引き締まるという、マキナ化による特有の感覚が肌を走っていった。



「……この光、触っても大丈夫なのか?」



洞窟を恐らく下から貫通している白い光は、床や壁、天井の凹凸などを一切合切消し飛ばしているみたいで触ることさえ憚られる。

先に何かを通して確かめようと、適当に石を拾って勢いよく投げつけた。


鋭い音を放ちながら直線的な軌道を描く小石は、聳えるカーテンの様な光の中央に向かって逸れることなく突き進む。

石は光柱の中に向かい、溶ける様に灰色の姿をうずめて消える。



蒸発するような音は一切なく落胆の呼吸を吐こうとしたところで、何か金属質の物体に跳ね返る音が。

恐らく光の向こうから響いたそれは、何かしらの広い空洞を震わせて低く唸っていた。



予想とは全然違う事象に対し何が起きたか頭が回らなかったが、たった一つの残滓が目立たないようこっそりと消えたところで俺は一つの事がようやく分かる。



「これ、ただの光なのか。」



実感がなく、からっぽでしかない言葉でソレを名付ける。

空気中の何に反射して光っているのかといった様々な疑問が絶えないが、とりあえず石は通れたのだからオリハルの体ならば多少触れるぐらいなら大丈夫そうだ。


先程吐くことの出来なかったため息をつき、意を決して恐る恐る指先を光柱に近づける。



「……光だ。」



狼狽しながら呟く俺は、この手に何がとまることを期待していたのだろうか。

浸らせた指に微かに温もりをもたらしてくる以外に特段変化はない。


ならば、通り抜ける事も大丈夫そうだ。

ただ得体の知れない物をずっとは浴びていたくない。


俺は念の為に靴の紐を確かめる。

靴が脱げるという心配というよりは、光で見えていない向こうの世界へ突入する覚悟を決めるためだ。



「はぁ……っと。よし。」



バッグの中の戦利品を揺らしながら足を引き、反動をつける。

そうしてリズムを整えながら、反射的な思考を行えるほどの冷静さで頭を冷やす。


そして─────



「ふんっ────はぁっ!?」



光の中で1歩を踏み出そうとした俺の足は、情けなく空回りする。

息巻いて行った全力ダッシュは、相当な勢いで虚しく放物線を頂点から描くだけの行為にしかならない。



「山の中に、こんなっ、穴っ!?」



僅かに残った冷静さと共に落下しながら考えてみる。


光は確かに山を貫通していた。

しかしそれは天井、それどころか山そのものを含めて貫通していた……


まさかそこまで綺麗な一直線の状態で穴があるとは考えれない。だからこそレーザーの様な物だと考え、石で確かめた結果は素通り出来るただの光だった。

実際にオリハルが溶ける様な様子は一切なく、ただ風をきってらっかするだけだ。



……何故か奴の言っている事を思い出す。



『このシステムを渡る人間が石橋を叩いて確かめても、一過性の衝撃では下の柱が崩れない保証はないだろう?だからこそ開発者の手から離れた思惑での行動、デバッグが必要なのだよ……アクト。』


「うっせぇぇええ!!くっそがぁぁああああ!!!」



光に包まれ上下左右が分からないまま、俺の体は重力に従って加速していく。



確実な落下死……



その言葉は脳を沸騰させるには十分すぎる、驚く程の冷たさを保持してふんぞり返っていた……


頭を回しても、360°全てが白一色で構成された世界が広がっている……

無限に落ちる地獄があると聞いた事があるが、もしかしたら白色なのかもしれない……



死に向かう今の状況。

因果応報だと責める思考。


全てを一言にまとめて、俺の喉は動く。



「……ふっざけんなぁ!!」

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