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お花の妖精と僕の物語。  作者: 胡桃澪
1/6

1-1 チューリップの妖精があらわれた!

俺、長谷川雅也(はせがわまさや)は子供の頃から人と関わるのがあまり得意では無かった。内気な性格であまり自分から同級生に話しかける事もなく、友人という友人がいないまま30年。


唯一自慢できるのが学力だけだった俺はそれなりに良い大学を出て有名企業に勤めている事くらい。


とはいえ、実際に働いてみるとかなりブラック企業だった。


そんな会社に7年近くいる俺はおかしいのだろうか。


「はーせーがーわ! なんだ、この資料は!」

「申し訳ございません!」

「全くお前は本当ーに使えないな。こんな資料すらまともに作れない。最初から田中に任せるべきだったよ」


課長は今日も俺にきつく当たる。


資料を作成した本人の目の前で資料をシュレッダーにかけるようなパワハラ上司に毎日毎日何かしら嫌味を言われる日々。


よく今日まで生きてるよ、俺。


「あの、もう一度作り直しま……」

「もういい。お前なんかに期待しても無駄だしな。一年目の田中を見習えよ。あいつは仕事ができる、学歴しかないお前と違って有能だよ」


何で今日も生きているんだろうか。


こんな地獄のような会社で稼いで、ただ食べて寝るだけの日々を繰り返して。


心療内科で貰った薬を飲んでも、なかなか気持ちは晴れない。


俺以外の会社員でも理不尽な目に遭ってる人間はたくさんいる。だけど、彼らには充実したプライベートがある、家族を守る為と使命感を持って働く者もいる。


それが俺には無いのだ、悲しい事に。


いい加減、癒しが欲しい。


だけど、ペットを構う時間はそんなに取れるとは思わない。癒されたいからという理由だけでペットを飼うのは無責任だ。


せめて花くらいは育てても良いか……。


久しぶりに仕事が早く終わった俺は会社の近くの花屋に立ち寄った。


チューリップなら昔家で栽培した事あるし、好きな花だからちょうど良い。


「すみません、チューリップ育てたいんですけど」


俺はチューリップの球根を一つ購入した。


まさか自分の些細な行動が人生を変えるきっかけになるとはこの時は思いもしなかった。


気候が暖かくなるにつれ、チューリップは順調に育っていった。


そろそろ一輪の花が見られると感じたのは3月下旬の事。


水やりを始めた瞬間だった。


突然、土から強い光が放出され、俺はあまりの眩しさに瞳を閉じた。


何が起きたんだ……?


突然の事に戸惑いつつ、数分が経つと恐る恐る瞳を開けた。


その瞬間、目の前には5歳くらいの赤いチューリップのような髪色をした男の子がしゃがみ込んでいた。


「えっ! 君、一体どこから?」

「おにいしゃん……おにいしゃんが僕のパートナーなんだぁ!」


今迄誰からも向けられた事の無い無邪気な笑顔に戸惑いながら、俺は状況を整理する。


ここはマンションの10階の一室。


ベランダには侵入可能な経路は無いし、家の鍵も毎晩しっかりと閉めているはずだ。


目の前にいる彼がどこからやって来たのか全く分からない。


先程まで一切人の気配なんて感じなかったし。


「君、お父さんお母さんは?」

「僕はチューリップのようしぇいだよ! 生まれた時、一人だよ!」

「は? チューリップの妖精?」


まさかまだ夢を見ているとか?


自分の頰を抓ってみると、痛みは確かにある。


「おにいしゃんに出会えて嬉しい!」

「えーっと……」

「僕はね、おにいしゃんを幸せにしゅる……チューリップから生まれたチューリップのようしぇいなんだよ! おにいしゃんと仲良しこよしなりたいなぁ!」

「チューリップの妖精ってさっきからやたら言うけど……」

「これならチューリップのようしぇいって分かるかな? えいっ!」


彼が手を振った瞬間、いきなりベランダの地面からチューリップが大量に生えて来た。


「えっ! 何が起きたんだ!?」

「あとね、チューリップに変身も出来るよ! ほら!」


彼は突然、チューリップへと姿を変える。


やばい、一気に色々起きすぎて頭が追いつかない!


「ほ、本当にチューリップの妖精……」


今目の前で起きた事を並べてみたら人の子だとは説明がつかない。


「ほんとのほんとなんだよ!」

「そ、そうか。あ、やば! もうこんな時間! 会社行く準備しないと……」

「おにいしゃん、お顔青いよー?」

「昨日夜遅くまで残業しただけだ。あぁ、どうしよう」


この子の扱いどうしたら良いんだろう。


実家に預けに行く時間も無い。


「おにいしゃん、おねんねしなきゃだめだよ!」

「いや、今日も大事な仕事が……」


あれ?


今、目眩が……?


「おにいしゃん?」

「はぁ、仕方ない。こんな小さな子を置いてくわけにも行かないし……会社、今日は一旦休むか」

「おにいしゃんお出かけしない?」

「電話したらな」


上司にはもちろん怒鳴られたが、何とか会社は休んだ。


「おにいしゃん大丈夫?」

「はぁ、なんか身体だるくなってきた。横になりたいけど……」

「大丈夫、僕ずっとおにいしゃんといるよ!」

「え?」

「おにいしゃんをいやしゅ! だから、いるの!」


純粋無垢な笑顔に心が暖かくなるのを感じた。


「君……」

「大丈夫! 僕がいるからおにいしゃんはもう大丈夫だよ!」

「あ、ありがとう……」


こんな小さな子供に励まされてしまうとは情け無い。


「ちゃんとお布団入っておねんねしようねっ」

「あ、ああ……」


言われるがままにベッドに入る。


「僕も一緒におねんね!」

「えっ! そんないきなり知らない大人のベッドに入るのか?」

「僕、おにいしゃんのパートナーだよ! おにいしゃんハッピーにしゅる為に一緒におねんねもしゅる!」


一切警戒心の無い子供だな。


普通の子供からしたら暗くて物静かな大人の男性は近寄りがたいと思うけど。


とりあえず寝る事にした。


自分でも気付かない内に無理をしていたようだ。


チューリップの妖精と一緒のベッドで眠りにつくと、いつもより安眠出来た。


「あれ……俺、結構寝てた?」

「おにいしゃん、おはよう!」

「夢……じゃなかった!」


目覚めると、目の前にあった小さな子の顔を見て改めて現実を理解した。


「もうお空の色変わったよ!」

「マジか。夕方まで寝てたのか、俺。あ、お腹! 空いたりするのか? 妖精って」

「僕は妖精だからお腹あまり空かないよ! おみじゅだけで元気!」

「なるほど、水だけか」

「けど、おにいしゃんと同じご飯は食べられるよ! 一緒にハッピー感じたいから!」

「マジか」

「ちっちゃいからたくさんは食べられないけど……」


そうなると、人間の子供みたいに扱えば良いのか。


子供と関わった事が無いから勝手は分からないけど。


「おにいしゃんお顔が青くなくなったよ!」

「え? そうか?」

「いっぱいおねんねして元気になったんだね!」


確かに久しぶりにたくさん睡眠をとったからかすっきりした感覚は俺にもあった。


「ありがとうな、チューリップ」

「あいっ! おにいしゃんがハッピーだと僕も嬉しい!」


初めて会ったばかりだというのに何でこんなにこの子に癒されるんだろう。妖精パワーってやつか?


「夜ご飯考えないと……」

「おにいしゃんのご飯だね! いっぱいもぐもぐしようね!」

「とりあえず、スーパーに食材買いに行くか」

「スーパー?」

「食べ物をお買い物するところ」

「僕も行って良いの!?」

「ああ、置いてはいけないから」

「お出かけ、お出かけー!」


来たばかりとは思えないくらい環境に順応しているチューリップだな。


チューリップの妖精を引き連れ、俺はスーパーへと向かった。


「すごい髪色ねぇ」

「今の子って派手なのねぇ」


スーパーに向かって歩いていると、すれ違う人皆がチューリップの妖精を見て行く。


妖精だからといって他の人に見えないわけではないらしい。


やっぱり髪色は珍しがられるか。


「チューリップ、変かな。みーんなに見られるよ」

「まあ、こういう髪色の子供はあまりいないからな」

「まっかっかな髪の毛、変?」

「いや、それも個性だから」

「こしぇい?」

「えっと、みんな違ってみんな良い的な?」

「チューリップ変じゃないのね!」


変じゃないって言われたら嘘になるけど。


「俺にはできない髪色だからすごいな」

「おにいしゃん髪まっかっかできないの?」

「君みたいに似合うわけじゃないから」

「おしょろいしたかった!」


しかし、初めて会ったばかりとは思えないくらい俺に懐いてるな、この子。


「なぁ、俺がその……パートナーやらで嬉しいのか?」

「うんっ! 僕、おにいしゃんと出会えて嬉しい! おにいしゃん、いつもチューリップに話しかけてたでしょ? だからね、優しい人なんだなって僕知ってるんだよ! 美味しいおみじゅもくれた!」


こんなに誰かに懐かれるのなんて人生初めてな気がする。


猫も寄り付かないような人間だったから。


この子はパートナーが俺で良いって思ってくれてるんだな。




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