毛の無い猿
雨音が止んだ気がした。
気が付けば、後藤大吾は――知らない世界の檻の中にいた。
空には見たことのない三日月が二つ浮かび、
周囲には牙の生えた鬼や羽の生えた小鬼、
獣の耳を持つ娘たちが行き交っている。
(……どこだよ、ここ)
最後の記憶ははっきりしている。
道路に倒れた少女を助けようとして、車に跳ね飛ばされた。
金色の瞳の、あの少女の顔だけが焼きついている。
「おい、新入り。毛のない猿」
隣の檻から爬虫類のような男が笑う。
毛のない猿――
この世界には“人間”という種族が存在しないため、
大吾は見慣れない存在としてそう呼ばれているらしかった。
「珍しい奴が入ったもんだぜ。値がつくかどうかは買い手次第だがな」
(……どうなってんだ、本当に)
その時、周囲がざわつき始めた。
白銀の尾が揺れ、金色の瞳が人混みを切り裂くように進む。
薄い羽織に学院の紋章。
どこか育ちの良さが漂う少女――妖狐の族、狐白。
年の頃は大吾と同じくらいだが、
歩くだけで市場の妖怪たちが道を開く。
「……あの、すみません。このあたりに珍獣みたいなのは……」
どうやら何かを探しているらしい。
狐白は焦ったように視線を走らせ、次々に檻を確認していく。
(なんだ、迷子のペットでも探してんのか……?)
一歩、また一歩。
そして彼女の視線が――大吾の檻で止まった。
「……え……?」
狐白は目を瞬かせた。
「な……なんて……珍妙な生き物……?いい感じに珍獣だわ!!」
「珍妙って言ったよな!?聞こえてんぞ!?」
狐白は檻に顔を近づけ、指先で大吾を指す。
「毛が……ない……!?猿なのに……!しかも喋るわ!」
「いや俺は猿じゃねぇ、人間だっての!」
「にんげん……?聞いたことのない種族ね……でも、これは……!」
狐白の表情がぱっと明るくなる。
「きっと使役に向いてるはず!私でも扱えるかもしれない!」
「ちょっと待て、なんだそれは
!?」
狐白は店主の妖怪に振り返った。
「この“毛のない猿”、いくらですか?」
「お嬢さん、目が高い。珍品ですよ。
値は張るが……この通り元気だ」
特に特質する点が無いのか爬虫類店主は適当な説明をした
「お願いします、その子をください!」
「ちょっ、おい!?勝手に決めんなって!!」
狐白はためらいなく金貨袋を差し出し、
店主は機嫌良く鍵を開ける。
大吾の腕を掴み、狐白は満面の笑みで宣言した。
「今日からあなたは私の……えーと、なんて言えばいいのかしら……?」
「買われた時点で嫌な予感しかしないんだが!」
「とにかく、私と一緒に来て!学院に提出する“使い魔候補”として連れていけば、絶対に何とかなるはずなの!」
「何がどう“何とかなる”んだよ!?」
「考えるのは後!急がないと!」
狐白は大吾の手を引き、市場を小走りで駆け抜ける。
尻尾をふわふわ揺らしながら、
どこか必死で、でもどこか嬉しそうに。
(なんなんだよ……本当に……)
気付けば大吾は――
異世界で、知らない妖狐の少女に手を引かれ、走っていた。
その先に、どんな運命があるかも知らずに。




