罠
ハルの荷物をハルの部屋へ運び入れ、俺達はリビングでお茶を啜っていた。
「剣は明日にでも刀匠のところに持ち込んでみるんだろ」
言うと、イオは饅頭の包装を剥きながら答えた。
「でも、その人って島根県に住んでるのよ」
「あらあ。出雲ねえ。素敵。私も一緒に行っていいかしらあ?」
「行こうよ、うん。温泉もあるし」
イオとチサは、ウキウキとして言い始めた。
「そうだ。シュウとハルも行きましょうよ。退職してから、旅行とかも行ってないし」
言われて、俺も満更でもない気分になった。
「そうだなあ。辞める前から忙しい日が続いてて、温泉とかも久しぶりだなあ」
ハルも遠い目をする。
「僕も、就職が決まって以来だよ」
それで俺達は、温泉旅行を兼ねて行く事にした。
「島根の名産品って何だ?瑪瑙と土器か?」
「土器って名産品なの?」
「出雲そばとかしじみも有名よねえ」
「海産物とか、ゲゲゲ関連のお菓子もあるよ」
修学旅行前のような騒ぎである。
と、ドアチャイムが鳴って俺達は冷静になった。
「誰だ」
俺は気恥ずかしさを隠すように咳払いをひとつして、インターフォンの画面を見た。
「ん?」
思わず出た声に、イオの怪訝そうな声がかかる。
「誰?」
「前の会社の元上司達。
ああ。ポーションが出たの、知られたのかな」
俺は玄関に出たくなくて居留守を使いたくなったが、いつかは再びやって来るだろう。
「仕方ないな」
俺は嫌々玄関に向かった。
ドアを開けると、見たくもなかった顔が並んでいた。係長、課長、部長だ。係長は引き攣った笑顔、課長は諦めたような顔、部長は不機嫌そうな顔をしている。
「ああ、桃城君」
「……こんにちは。まだ何か」
係長は横目で課長と部長の表情を窺い、課長は困ったような顔をし、部長はムッと黙ったまま眉を怒らせた。
代表して係長が口を開く。
「ポーションの件だよ。ポーションを出したのは桃城君のチームなんだってね」
協会へ報告の義務はあるが、それを簡単に洩らすというなら抗議しよう。そう思いながら、訊く。
「誰に聞いたんですか」
「記者会見で、協会が言ってたよ。剣とポーションを出したチームがいるって。犬飼伊緒さんだろう?ネットで特定されてたよ。それから、同じチームのメンバーの住むアパートが崩落したってニュースに君達が出てて、桃城君は犬飼さんと同じチームだとわかった」
名推理だろうと言わんばかりに係長が胸を張るが、ただネットを見て、それらを突き止めた記事を読んだだけだろうに。
「そうですか。
それで、何か」
そう言うと、部長が怒鳴るように声を張り上げた。
「決まってるだろう!?数千万円をかけてようやく手に入れたポーションが使えなくなったんだ。もう1本手に入れない事には研究ができないし、研究ができない事には他社に先を越されるだろうが!」
「それが私に何の関係があるんですか」
部長は顔を赤くして、俺に詰め寄って来た。
「部長、落ち着いて下さい」
それを課長と係長が両側からなだめ、係長が俺に上ずった声をあげる。
「もっ、桃城君が、ポーションをダメに──!」
「はあ?」
俺は不機嫌極まりない顔と声をしていたと思う。
「あれは、重白のミスでしょう。俺──私はタッチしていません」
部長がフンと鼻を鳴らす。
「電話をかけた方も、お前が電話に出たと言ったぞ!お前のせいだ!弁償しろ!」
証拠がない以上、社員の証言を取れる重白の方が正しいとされかねない。困った。
「それでも、私は関与していませんから。
第一、あれはチームのもので、私個人のものではありません」
「いいか!上が黒と言えば黒、それが会社ってもんなんだよ!下っ端社員が!大人しくお前がやった事にしていれば、よその研究室にまでお前の再就職の妨害なんて面倒な事しなくて済んだのによ!」
会社では一応ダンディと言われて女子社員に人気があったはずの部長だが、こっちが素らしい。
と、部長が係長に目をやり、係長は柱に頭を思い切りぶつけた。
俺はその奇行に驚いたが、部長と課長は平然としていた。
いや、部長はニヤリと笑った。
「も、桃城君に突き飛ばされて、ケガをしました!」
「おう、私も確かに見ていたよ。君も見たな?」
部長がニヤニヤしながら言い、課長は困った顔をしながら控えめに、
「はい」
と答えた。
「またか──!」
俺はまたも、やってもいない事の責任を押し付けられようとしている事に気づき、血の気が引く思いがした。
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