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「まなちゃん、今日も大人しく、いい子にしてるのよ」
ほぼ毎日朝言うものだから耳にこびりついて離れない言葉だ。
「うん、わかってる、大丈夫だから。行ってらっしゃい」
果たしてこの会話に意味があるのか知ったことではない。挨拶のようなものだ。
「お兄さんに迷惑かけちゃダメだからね、じゃあ行ってくる」
そう言ってボロボロで立て付けの悪い扉をぎこちなく滑らせて出ていった。
程なくして、いつものゆうお兄さんはやってきた。私の家に呼び鈴なんてものはない。扉を4回叩く。普通は3回なのだが、この人の場合は用心のために4回のノックだと決めてあるのだ。
本当は家の鍵を持っているのだが、初めてやってきた時知らない人に襲われると思い込み、泣いてしまったのだ。それ以来、ノックで呼びかける。
今日は何をして遊ぼうか、どんなことを話そうか。昨日、夜中に1人でトイレに行けたことを自慢しようか。
ゆう兄が来るのが嬉しくて、浮き足立ち、頬が自然と緩む。簡単に開いてしまう鍵を開けるとゆう兄と知らない人が2人いた。
駆け寄ろうとした足が止まり、まじまじと見る。
「よっ」ニカッと歯を見せて笑い、手を挙げた。
「こいつらはなんでも屋だ。何も怖いことはねーよ。遊び相手が俺だけじゃつまんねーだろ」
の脇に立っていた2人がしゃがみ、目を合わせてそれぞれ自己紹介をした。
まだ未成年だろうか。18や19そこらに見える。そよちゃんとこうくん。
3人の笑顔を見ると若干存在した警戒心はあっという間に吹き飛んでいった。私も軽く自己紹介をし、早く一緒に遊ぼうとはしゃいだ。
だが、こうくんは家の中に上がると驚いていた。まなはすぐに合点がいった。部屋の隅には埃が溜まり、灯りは薄暗い。洗濯物は溜まり、台所もカビだらけ。吸血鬼の巣窟のようなものだ。友達を家に呼んだときもみんなよく驚く。
だが、まなにとっては何の違和感も抱かず過ごしてきた自分の家、城だ。寧ろこのくらい汚い方が落ち着く。
「ねぇ遊ぼーよ」
メガネの兄ちゃん、こうくんの袖を引っ張ったが、「ごめんね、僕は家を綺麗にするからそれまでゆうさんたちと遊んでてくれないかな」と申し訳なさそうに眉を下げて笑った。
そよちゃんはおもちゃ箱を漁り、ゆう兄はどかっとソファに座って鼻くそをほじり、意味もなさそうに虚空を見つめている。
「まな!このお人形さんかわいいね!これで遊ぼうよ」
そう言って見せたのは人形ではなく、クマの家族のぬいぐるみだった。
ゆう兄はそれを見て少し驚いたように表情を変えたが、まなはそれほど気にすることはなかった。
それより自分が大好きなお気に入りのぬいぐるみをそよちゃんに褒めてもらえて嬉しくて早く遊びたかった。