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第9話 鑑定師

 鑑定室の扉にはプレートがかけられていて斜めになったそれにはシュネー・リーリヤと書かれていた。

 ノックをする。

 返事はない。


 ノックをする。

 返事はない。


「相変わらずか」


 返事はないが、中にいることはわかっている。


「入るよ、シュネー」


 最近、油を差したのか軋むことなくすんなりと扉は開く。

 塔の内部のように特に罠があるということもなく安全に扉をくぐることができた。

 中に入って後ろ手に扉を閉めておく。


 部屋の中はまず埃っぽかった。

 換気不十分なようで、古書やら何かかびたような匂いが混合されて複雑怪奇な異臭を醸しているようだ。

 最も鑑定師の下に持ち込まれるものは魔物の死骸から古代の遺物まで様々であるため、この匂いはまだマシな方である。


 入って正面には曇ったガラス窓があり、排煙雲にフィルタリングされた太陽光をとりいれ部屋の中を照らしていた。

 そのおかげで巻き上がった埃が良く見て取れてしまった。

 煙たくなって急きこんでしまいそうだ。


 壁は書棚になっていて天井までびっしりと本が入っている。

 ほとんどが作業日誌や過去の膨大な記録であり、娯楽小説の類がないことがわかる。


 鑑定室なのだから当然だが、他の鑑定師のところには多少趣味が入っていたり色がある。

 ここの主人はそういうことには頓着しないらしい。

 他にはたくさんの道具が載っている作業台と応接用の長椅子があるだけだ。


 そして、この部屋の主はその作業台に突っ伏して寝息を立てていた。

 一見してくすんだ灰色のミノムシである。

 よく見れば部屋の主が女性で、ミノムシの正体がぼさぼさに伸ばしっぱなしになった髪の毛であることがわかる。

 気持ちよさげに寝こけているのがこの部屋の主であるシュネーだ。


「……すぅ……すぅ……」


 起こさないようにという配慮なくリードは近づいていく。

 このまま口づけでもできるのではと思われる距離まで近づいたところで、ぱちりと眠っていたシュネーの目が開いた。

 綺麗な灰色にリードの顔が映っている。


「……あー。なに、また馬鹿野郎なの」

「相変わらず、酷いな」

「才能ないのに冒険者にしがみついてるやつを馬鹿野郎と言わないなら何て言うのか教えて」

「それはそうだけど、まあ、ちょっとそれは解決したし。とりあえず起きてくれ」

「ん」


 ぶつかるのを避けるようにリードが後ろに下がったところで、むくりとシュネーが身体を起した。

 作業台を左手が彷徨う。


「はい、眼鏡」

「ん……」


 その左手にすっかりと床に落っこちて埃をかぶってしまっていた眼鏡を渡してやる。

 ふっと一息吐いて、シュネーが眼鏡をかけるとようやく仕事モードに入ったようだった。


「何しに来たの」


 ただ低めの声全体からけだるさが漂ってくる。

 気持よく眠っていたところを起されてお冠というわけではないが、仕事のやる気がないらしい。


「鑑定だよ。それ以外にないでしょ」

「アンタ、鑑定が必要なほどのものださないじゃん」

「ふっふっふ、今回は違うんだなぁ」


 後ろ手に隠すように持っていた剣をシュネーが身体を起したことで確保されたスペースに置く。


「何これ」


 シュネーは一目でそれがただものではないことを察したようだった。


「剣」

「見ればわかる。どこで手に入れたの」

「三十層のフロアボスから」

「トレント? アレ剣なんて落としたっけ」


 シュネーは、ぶつぶつと思索にふけり始める。

 記憶の中にある事例から類似を探ろうとしているようであるが、そのままにさせても答えはでないから、頬を突っついてこっち側に引き戻す。


「ひゃあ!? ばっ、な、何すんの!? 可愛い声でちゃったじゃん!」

「話を最後まで聞かずに考え込むからだよ。とりあえず新聞見るか解析機関で歯車情報網を検索してみてよ」

「アンタが直接教えればいいじゃん」

「ちょっと契約に引っかかるかもしれない」


 リードの物言いに訝し気にしながらも、作業台横の歯車のお化けのような装置に彼女は向かう。

 がちりがちりと歯車が切り替わり、アンテルシア地下に編み目のように張り巡らされた地下情報機関隧道から今現在、この都市で最もホットな話題を組み上げる。

 必要な情報が揃えば歯車が組み代わり、それをパンチカードにして出力していく。


「えーっと……?」


 リードならば翻訳書が必要になるが、シュネーはパンチカードを機械も使わず読み取れる。


「十数年ぶりの石碑更新。称号、オーバートレント……アンタ、パーティ変わったんだ」

「一番に言うことがそれなの? うん、アルノールのとこ追い出されたよ」

「ふーん、良かったじゃん」

「いや、そこは慰めるとこじゃないのか?」

「ワタシに慰めてほしいわけ?」


 半眼で睨まれたので首を振っておく。


「それにアンタの性格上ワタシのとこに来たのならそれはもう解決してる。アンタ、かっこつけだもんね」

「うるさいよ。とりあえず、今は良いパーティに入れてもらったし、才能の方も何とかなったんだ。スキル使って僕を鑑定したらわかるよ。一応、契約だから抵抗するけど、シュネーなら大丈夫でしょ」

「気安く言ってくれるね。ワタシ、人の鑑定苦手なんだけど。まあ、アンタの弱いとこは大体知ってるからなんとかするけど。じゃあ、遠慮なく…………」


 ふっと彼女の銀の瞳が黄金に輝く。

 彼女がスキル『鑑定』を使った証拠だった。


 『鑑定』。

 リードがシュネーに聞いたことによれば色々と種別や分類などがあるものの効果はわかる。

 それが何だかわかる。それの詳細な情報がわかる。

 それだけである。


 未見のものであろうとも、未知のものであろうとも、鑑定のレベルが高いか、専門性があればそれが何かわかる。

 それが鑑定スキルである。


 人に使えばその人のスキルがわかったりする。

 今シュネーがやっているのはそれだ。

 もちろん簡単ではない。鑑定されている本人の魔力抵抗値などの関係でレジストされる可能性があるのだ。

 スキルレベルが高ければ突破して情報を閲覧できる。

 また、鑑定する側の鑑定弱点――鑑定する際に探りやすいポイント――などを知っていると成功しやすい。


「うそ……」


 見事、シュネーはリードの情報を閲覧できた。

 そして目を見開くことになる。


「わかった?」

「アンタが非常識すぎるってことがわかった。でも、おめでとう。良かったね」

「ありがとう。それじゃあ続けるよ」


 とりあえずオーバートレントと戦ってそれを手に入れたことを伝える。


「なるほどね。まあ、鑑定したいのはわかるんだけど。どうしてワタシに持ってくるかな。武器専門にやってる鑑定師だっているのに」

「幼馴染だから」

「うわー、出た。そうやって身内贔屓すると後で大変なことになっても知らないよ。嬉しいけど。でも鑑定代はまからないからね」

「少しはおまけしてくれてもいいじゃん」

「ワタシの生活の面倒みてくれるなら考えたげる」

「わかったよ。払う払う」

「あっそ」


 リードが代金を応接用の長椅子横にあるボックスに入れると、シュネーも剣に視線を戻して瞳を黄金に輝かせる。

 見えた情報をシュネーががりがりとペンを紙に走らせていく。


「どんなもん?」

「ん、久々に鑑定っぽいことやった気がしてる」

「それは良かった」

「アンタが毎回もっといいもの持ち込めば済む話だけどね。ともかく、この剣は普通の剣じゃない」

「まあ、それは何となく察してる」

「これが木製って言っても?」

「マジで?」

「ん、マジ」


 見た目でも触覚でもわからない上に、異様に頑丈で木製とはまったく思えない剣であったが、シュネーが出した鑑定結果通り、この剣は木製であった。


 ――オーバートレントの落封品(ドロップアイテム) 無銘

 神への超越資格を有するトレントが生涯をかけて成長させた根源木を加工した魔剣。

 特別な力はないながらも、この剣は冒険の道行きを助けることだろう。

 折れず、曲がらず、刃毀れしない様は、どのような自然災害の中であろうとも立ち続ける樹木を思わせる。


 本来ならば弱点となる火にすら高い耐性を有する。

 それは宿主が持った強大な生命力故であろう。

 この銘もなき剣には、死して加工されたオーバートレントの生命力が宿っている。

 剣となりながら未だ生きていおり持ち主と共に成長する、いつか至るべき塔の最果てを目指して。


「まーた、神様ってやつは……。本当に木なのか。確かに普通の剣より軽いとは思ってたけど」

「それでいて、切れ味は今まで見たどの剣よりも鋭いし、頑丈さは星銀(ミスリル)に匹敵する。それから持ち主と一緒に成長するとか意味わかんない」

「実際成長すると、どうなるとかわからないのか?」

「ワタシに聞かないでよ。ワタシは見たまんま書き写しただけなんだからわかるわけないじゃん。むしろ使って教えてほしいくらい」


 鑑定でわかるのは神がそのアイテムや魔物、人物に書き記した事柄だけだ。

 鑑定師曰く、そのアイテムの説明の量や詳しさについては、それを用意した神々の性格によるところが大きいらしく、鑑定してもなんだかよくわからないものや神の日記としか思えないようなことしか書いてないこともある。

 そこから少しでも効果を読み取ったりするのが鑑定師の腕の見せどころや実力と言われているのだ。


 この剣に関しては、他のドロップ品と比べてもかなり詳しく書かれている方だという。

 火への耐性や頑丈さ、成長することがしっかりと書かれている分、むしろこの剣を用意した神々はかなりマメな性格だと言えた。

 といってもどの神が用意したのかわからない上に、神というものはとてつもなく多くいると聖勇教の聖典に書かれている。

 ただし、その言葉は晩年の勇者の言葉なので、真偽は不明ではあるのだが。


「そういえば名前だけど、これ無銘の場合はどうすればいいんだ?」

「無銘だから、アンタがつけて良いんじゃない?」

「そういうの苦手なんだよなぁ」

「なら思いつくか誰かにつけてもらうまで無銘でいいでしょ」

「そうする」

「とりあえず、これで鑑定終わり。はい、これ証書ね。下でギルドに登録してもいいし、しなくてもいい。したらワタシにボーナス入るけどね」

「しろって言ってるよね。でも、この情報も何か契約に引っかかりそうなんだよなぁ」

「面倒だね。有名税と思って甘んじて受ければ良いよ。ワタシは別にそこまでお金欲しいわけじゃないし。ただし今夜の食事を忘れたら知らないけど」

「はいはい。何かもって行くよ。それじゃあ、行くわ」


 剣を鞘に戻す。

 証書は厳重に封をした上で懐に入れる。


「ん、またね」


 シュネーに別れを告げて、彼女が再び作業台に突っ伏したのを見届けてからリードは鑑定室から出てルベルたちの所に戻る。

 彼女たちはリードが鑑定している間に冒険の準備を整えたようで既に出発できる状態になっていた。

 リードの分の荷物はエラトマがまとめてくれたらしく、彼女が持っている。


「お、どやったリード」


 鑑定結果が気になっていたのだろうハイゼが一番に聞いてくる。

 だから、鑑定証とともに驚きの結果を伝えてやる。


「これ木だった」

「マジかあああああ!? ……え、それくっそ切れ味良いわ、くっそ頑丈やなかったか?!」


 それがまた良い反応を返すもので思わず笑ってしまう。


「そういう特性なんだってさ」

「はえぇ……で、何か特殊能力とかないんか? ルベル姉さんみたいな?」

「お、それはあたしも気になるねぇ」

「そういうのはない代わりに折れないし曲がらないし刃毀れもしないらしいですよ、ルベルさん」

「残念だねぇ。まあ、下手なものがないだけ上等というもんだよ」


 魔剣や魔槍の類は、強大な効果を持つ代わりに対価を要求してくるものが様々だ。

 対価でなくとも何かしらのデメリットも同時に背負っている。

 特殊な効果がないのは切り札足りえないが普段使いするには使いやすいさ優先で言えばかなり上等と言えた。


「さて、それじゃあ揃ったところで今日の冒険の話と行こう。じゃあ、アルシェ、頼むわ」

「はい。今回の依頼は塔十一階層にある開かずの扉の調査になります」

「開かずの扉ですか? 今更調査……?」


 塔十一階層には何をやっても開かない扉が存在する。

 どんな攻撃でも、どんな魔法でも、どんな盗賊の鍵開け技能でも開くことがなく、開かないことがデフォルトであるとされている扉だ。


「えへへ、でもあそこはどう見ても部屋か通路が続いているんですよ」


 いつの間にか準備万端に戻ってきていたカティがひょっこりと作戦会議に顔を出す。


「この依頼は彼女からです」

「えへへ、条件を満たしたらオーバートレントが現れた。つまり、条件を満たしたら他にも何か起きるんじゃないかと思いましてぇ。で、リード様がいるなら何か起こるんじゃないかと」

「なるほど……って様!?」

「敬います全力で、えへへへ」

「まあ、そういうわけで、割のいい依頼だし、カティの実力を見るにも丁度いい。なら受けない道理はないからね。んじゃ、行こうか」


 こうして一行は塔の十一階層にある開かずの扉へと向かうことになった。



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