第8話 ヘンタイと契約
地図師カティ・エルマノスとの会談は、御三家の前評判とは打って変わって落ち着いた様子で始まった。
「細かい話だとか、そういうのは全部後回しでまず聞こうか」
最初に口火を切ったのはルベルであった。
交渉の主導権はこちらが握っていると示す意味でもあるが、まず彼女が問うことは一つであった。
「あたしらの情報に、あんたはいったいどれほどの値をつける?」
相手を測るには相手に情報を吐き出させることである。
そこで相手がこちらにどれだけの価値を感じているのか、どれほどまでなら出せるのか限度で見るのである。
「全財産を」
その返答は簡潔であった。
先ほどまでえへへとだらしなく笑っていた女とは思えないほどはっきりとした返答が帰ってきた。
それも超特大の爆弾じみたものが。
「地図師として築き上げてきた全ての情報と屋敷、宝石、金貨、ぼく自身の身体も全部で、どうですか?」
カティはこともなさげに自分の全てをさらっとテーブルの上に差し出して見せたのである。
「本気か?」
「本気ですよ、えへへ。家は綺麗にしてるし、ぼく自身もそれなりに具合は良いはずだし。ああ、でも情報にしか興奮できないから、性処理道具にしかならないかもだけど、頑張って演技はするよ、えへへ……」
ルベルはリードに目線で問いかける。これは本当に本気なのか? ブラフとかではなく? と。
リードは大きくうなずくことで答えた。
地図師が全財産と言ったら確定で全財産出す。
彼らにとって未知の情報の価値とはそれほどまでに高いのである。
「そこまでする価値があるのかねぇ」
――という理屈は地図師と呼ばれる連中だけの理屈であり、正直、活用のしようもない強敵出現の情報にルベルもそうだが、ルベルも価値を見出せないでいた。
「えへへ、情報の価値はそれがどんなに役に立つかでなく、ぼくが知っている、他が知っていないことが重要なので。ルベルさんたちが持っている情報は誰も知らない未知の情報ですし、これでも安いくらいですよ、えへへ」
「まあ、高値で売れるっていうんならこっちとしてはありがたいことだから良いんだけどね」
冒険者の収入は不定期であり、金はいくらあっても困らない。
酒代に装備代、酒代にアイテム代、酒代に地図代、たまに遊びに使う金などなど、それから酒代。
装備は特に自らの命を守ることに直結するため、絶対に切り詰めることは不可能なものだ。
装備の状態が悪くて死にましたでは笑えないので、冒険者はそこだけはしっかりとする。
だから、金はいくらあってもいい。
ただしあまりやりすぎると金の問題でパーティ崩壊などいくらでもあるのでそこらへんはデリケートに扱う必要があるのだが。
とかく、ルベルは目の前のカティを交渉相手として十分であると認識した。
やるといえばやる凄味があるし、どこまで吊り上げたところであちらの方が青天井で代金を吐き出すことがわかればいい。
相手の限度もわかったあとはすり合わせだ。
「良し。んじゃあ、あたしらが売った情報をあんたはどうしたいんだい?」
「ぼくとしては、まだ詳細がわからないけど、基本的には売る方向ですね。えへへ、未知の情報、ぼくが仕入れた情報をたくさんの人に見られる、じゅるり」
「売れなかったら?」
利益になるからこそ、あちらも金を出せるのだ。
利益にならないものに金は出さないのは鉄則である。
知ってしまえば金にならないだろう情報を売りつけるとなってリードもそう口を挟む。
「商売敵に自慢します。それだけでもお釣りくる、うへへ」
「……なるほど」
ここまでくればリードもアルシェがカティを選んだ理由がわかってきた。
このカティという女はまず対外的な利益を重視しない。
己の快楽を優先する手合いの人間なのだ。
こういう相手は、天秤のつり合いが取れていなくともそれが自分にとって気持ちが良ければ、全財産を捨て去っても構わないという人種である。
危うさはあれども、こちらが相手の琴線に沿える間は採算度外視で動いてくれる。
「悪くないねぇ。売れなくてもいいってのは実に良い。じゃあ、条件面の話をしようか。あたしらは正直、この情報を扱いかねてる。だから、あんたが矢面に立ってくれると助かる」
「え、良いんですか! そんな美味しい役もらっちゃって!」
「ただの冒険者だからね。そんな面倒くさいことは他に任せちまいたいのさ。専属で契約ってのはどうだい。これからもあんたに未知の情報を渡すから、それについてどうするかはあんたに一任する」
「なるほど。これからも今回のと同じだけの情報を得る手段があると……」
そっと形のよい顎にカティが手を置く。
彼女の脳内では今、すさまじい速度で計算がなされていることだろう。
未知の情報、更新、称号。
それらを継続的に得られる可能性。
そこから生じるもの。
それらをひっくるめて――結論は最初に戻った。
「では、全財産をお支払いしますので、ぜひ、ぼくと専属契約を結んでください」
「こっちが頼む側なのに、そっちが頼んでるよ」
しかし、問題はない。
彼女の興味を引けた時点で、交渉の八割は終わっているのだ。
あとは細かな条件で合意さえとれれば済む話だったのである。
というわけで、諸々アルシェも交えて契約内容を決め、契約の神の名の下に術的契約を交わす。
これによりこの契約を破棄するには神を介すしかなく、さらに世界的に適用されたことになる。
一、ルベルパーティは、得た情報をカティにのみ売ることとする。
二、カティは情報の対価を現金、または現物で支給する。
三、ルベルパーティから得た情報の取り扱いはカティに一任される。
四、パーティの不利益になるあらゆる事柄を禁ずる。
五、パーティはカティ以外の地図師と契約を結ぶことを禁ずる。
六、パーティメンバーが得た塔に関する未知情報のカティ以外への漏洩を禁ずる。
七、この契約はルベルパーティの一存で破棄することができる。
八、上記以外に必要な条項が発生した場合、互いの了承及び第三者アルシェの了承を以て追加することが可能である。
「えへへ、こんな感じで。これであなた方の情報はぼくを介さないと話せなくなりました。もし言い寄られたらこの証文を見せればこっちに来るはずなので、えへへ、美味しいぃ……。では、先払いとして、こちらぼくが記録した九十階層までの詳細な地図と攻略情報です」
一冊の分厚い本がテーブルの上に置かれる。
地図は冒険者ならば必須であり、御三家のものとなれば殺してでも奪うというような輩すらいるほどの価値がある。
「では、オーバートレントの情報をハリーハリーハリー!」
「はいはい、今話したげるから落ち着きな」
「はい」
「急に落ち着くな、怖い」
「わい、美人だとしてもああいう人はやめようと思うわリード」
「うん、僕もそう思うよ」
「――――」
というわけで、早速オーバートレントと戦った時の状況や、そいつがどんなものだったのか。
推測ではあるが、そいつが出現する条件とリードの読書スキルのことを話した。
「読書……スキルが二つ以上……ふ、ふふ、ふふふふふ、み、未知! えへ、えへへへへえぇ。ぼく、この子欲しい……! これは、金の卵、売ってほしいぃ!」
「うわぁ!?」
「子作りしよ、子作りぃぃ、そのスキルうちの家にほしぃぃ!」
ぐいぃとリードの右手が引っ張られる。
何やらすさまじくねっとりとしたオーラをまき散らしながらカティが笑っている、コワイ。
「駄目です」
それを止めたのはアルシェだった。
カティの手を払ったかと思えば、そのままリードを己の胸元に抱き寄せる。
彼女の豊満な胸が背中に当たって思わず赤面するが、アルシェは気がついていないようである。
「あ、え――」
「彼の販売権は私が持っています。その上で、彼を売買することはありません」
「えへへ、そうですよね。当然当然、じゃ、じゃあ――ぼくもついていっていいですか? いえ、ついて行かせてください!」
「あたしらにかい?」
「はい、元からそうするつもりでしたし。情報の窓口はぼくの一族の誰かを生贄にするので、安心してください。ついていった方がより良い情報が取れるはずですし」
「でもあんた戦えるのかい? 地図師ってのは地図スキル持ちだろ?」
「え? ぼく地図スキル持ってませんよ?」
普通、地図師というのは地図スキル持ちの事をいうはずである。
地図スキルはいわば地図を描く才能と言えるのだから、持っていなければ地図師などなれるはずがない。
「というか、御三家は誰も地図スキル持ってませんよ? いえ、一族にはいますけど、ぼくら当主は誰も持ってませんよ?」
だが、カティから繰り出される衝撃の事実。
「マジか……」
「だってそれじゃあ、未踏破領域に挑めないじゃないですか」
地図スキルは戦闘に使えない。
しかし、塔の内部を進むには戦闘能力がいる。
そして、御三家という連中は誰よりも未知を目指す生き物である。
根底から生物種が違うのではと思うレベルで頭おかしく塔の最前線をひた走り続ける、冒険者以上の冒険者たちである。
護衛を雇うと自然な調査ができないと悟った御三家は、じゃあ地図スキルは一族の別の誰かでいいから、自分たちは超絶強くなれるように掛け合わせしたりとかしよう、と思ったわけである。
そういうわけで、地図師御三家は強さと地図描く奴を分けたのである。
そのためにも若いころから子作り推奨。
強い奴とは金払ってでも子供作れ。金に靡かないなら無理矢理にでも子供作れ。
地図作れる奴は死んでも絶やすなというすさまじいことをやってきたのである。
「えへへ、そういうわけで、ぼくは死霊術師というスキルを持ってます。これ便利なんですよ。死んでも情報を持ち帰れるのでぇ。まあ、地図も書けますけどね? 地図スキルは紙持ってるだけで地図ができあがる便利スキル。でも、ないならないで地図描けるようになれば問題なし。それに自分が書いた方が興奮できるし、えへへ」
――一番わたってはいけない人にヤバイスキルがいったのでは……?
部屋の中のカティ以外の人間の思考が一致した瞬間であった。
「あ、そうだ。皆さんも、死んだらきちんとアンデッドにしますね。有効利用……! えへへ」
「せんでいいせんでいい」
結んでしまった契約は今更どうしようもないし、これと同じかヤバそうなやつらとまた交渉する気力はルベルにはなかった。
それにアルシェがまだマシと選んだのだから、それ以外はやめておいた方が無難だ。
「とりあえず、情報に関しては今のところは伏せておきますね。ぼくだけの情報という時間を味わいたいので」
「好きにしてくれりゃあいいさ」
交渉も終わり、一番に席を立ったのはカティであった。
彼女は扉を開けると、にやりと笑みを浮かべながら、契約書を掲げていた。
「ぐぎぎぎぎぎぎ!」
「ぐふぅおおおおお――」
鬼も殺せそうな怨嗟の声がギルドに響き渡る。
誰がやったって、地図師御三家残りの二人である。選ばれなかった者の悲哀と嫉妬がこれでもかとばかりにカティに叩きつけられているが、カティはどこ吹く風。
というか、恍惚の表情を浮かべてうっとりとしている。
それからしばらくしてリードらも応接室を出た。
ギルド内部は閑散としている。
どうやらギルドにいた情報を知りたい者らは全員、カティの方に行ったらしい。
最初にカティが契約を周知させたために、狙うのはカティひとりで良いということになったからであろう。
「これでゆっくり動けるってもんだね」
「あの人、大丈夫ですかね」
「あれでも最前線を突っ走る地図師や、きっと大丈夫やろ」
「まあ、大丈夫じゃなかったら困る。それじゃあ、あたしらも冒険に戻るよ。高い地図ももらえたんだ。活用したいからね」
「ルベル姉さん、新しいもん大好きやからなぁ。すーぐ使いたがる」
「良いじゃないか。新しいものはいいぞ」
「へいへい。あ、そういや、フロアボスの宝箱から出てきた剣ってどないなもんやったんや?」
「あー、ギルドに来たら鑑定師のとこに持って行こうと思ってたんだけど、拉致られたから忘れてたよ」
「待ってるから先に行ってきな」
「そうします」
命を預ける武器の詳細を知っておくことは大事だ。
大事な時に二つに分解したり、長く伸びたりしてミスを犯して死んだなどというマヌケになりたくないのであればギルドか、市井の鑑定師を頼るのが良い。
鑑定師はその名の通り、塔や迷宮からの出土品を鑑定して、どのような効果があるのか、呪われているのか、呪われていないのかなどを判別する者たちのことである。
アンテルシアにもピンからキリまで様々な鑑定士がいる。
懇意にしている鑑定師がいないならば素直に冒険者ギルドの鑑定師を頼るのが良いだろう。
良心的な値段で仕事をしてくれる。
リードが向かった先は冒険者ギルドの鑑定区画である。
いくつか鑑定師の個人作業部屋がある。どこも満室であるが、一つだけ空きがある部屋があった。
一番奥の錆びれた雰囲気を感じさせる角部屋。
リードは迷うことなくそこへ向かうのであった。
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