第7話 情報の扱いはヘンタイへ
オーバートレントを倒して翌日。
リードらはギルド応接室に集合していた。
「まさか、昨日の一件が石碑に刻まれるなんてねぇ」
アンテルシア中を駆け巡ったこのニュースは即座にアンテルシア新聞社の知るところとなり、その日のうちに号外が出されたほどである。
あの石碑は塔内の偉大な出来事などを記録すると神々が告げており、石碑に刻まれることは英雄の条件とまで言われているのだ。
しかし、現在は九十階層を突破する術がなく、その上に行けずに足踏みをしている状態である。
英雄願望のある者たちは、やきもきしながら力を蓄えたり、互いにけん制し合ったりしている。
そんな中での石碑の更新に沸き立たないはずがなかった。
それも超越神化個体とかいうよくわからない魔物を倒したという未知の情報がもたらされた。
さらに称号が付与されることも始めてであり、色々と聡い者は即座に動き出すのも当然であった。
名前がわかれば居場所を特定することなど蒸気記者には朝飯前。
いち早く情報をいただこうとした記者たちは宿まで押しかけようとしていた。
それだけでなく、未知をこよなく愛する地図作りの御三家も情報を求めてルベル一行が泊っている部屋の壁を破壊するために爆弾を仕掛け始めていた。
それを察した一行は即座に離脱し、アンテルシアの霧に紛れて安全圏である冒険者ギルドへと逃げ込んだのである。
リードだけは、朝早く家を出ようとしたところでアルシェに突然、拉致、袋詰めにされた上で応接室に放り込まれたのだが。
「九十階層を突破できないでいる中での石碑の更新ですから。誰もがその情報を求めているのは当然です」
「それはわかるんですけど、なんで僕はアルシェさんに拉致されたんですか?」
「危機感もなく普通に外に出ようとしていたので。もしかしてと思い見に行って正解でした」
「なぜにアルシェさんは僕の家を知っているので……?」
「黙秘します」
一度も教えたことはないはずなのに、何故と思わなくもないが、そんなことよりまずはこれからどうするかである。
「ひとまず説明を。ここは防音の術がかかっているので情報が外に漏れることはありませんから」
「はいはい」
これこれこのようにとルベルがオーバートレントと戦った際のことを話す。
「――なるほど……条件が達成されたからオーバートレントというものが現れたと?」
「そういうこと」
「条件とは……?」
「さあ?」
それもまたまるっきりルベルたちには心当たりがないのだから困ったものである。
これで何かしらのとっかかりでもあればいいのだが、まるでなし。
「何か特別なことはしていなかったのですか?」
「特別、特別……」
「はーい、わいがハシントかけとったよ」
「それなら他にも前例がないとおかしいでしょう」
黒の森の暑さ対策に魔法を使うというのはよくある手だし、ハシントはその筆頭だ。
フロアボスに挑むにあたって付与魔法を使ってパーティを強化するのは定石である。
それが条件であるならば、もっと早くにオーバートレントの発生が騒がれていなければおかしい。
「あいつえっれぇ強かったからねぇ。出会ったやつらが全員死んでるってのはあるんじゃないかい?」
「それは考えられますが、もしそうだとするなら多少なりとも噂になっていなければおかしいです」
「人数か、男女比か」
「ルベル姉さんの魔槍とかは?」
「そいつはないだろうねぇ。魔法の武器を最初から持ってるやつもいただろうし」
「あるいは……スキル」
じぃ、とアルシェのはちみつのように澄んだ黄金の瞳がリードを見つめる。
「お、何か心当たりがあるってかい?」
その視線に吊られて全員がリードを見る。
「あー」
降参とばかりにほほをかきながらリードは己のスキルについて説明する。
「へぇ、読書スキルねぇ。本を読んだら剣聖と火術のスキルを得たと」
「まじか……」
「――――」
「信じられませんが事実です。先日まで、彼は本当に雑魚でしたから」
「アルシェさん、傷つくので本当のことを言うのはやめてください……」
本当のことであるが、そこまでズバッと言われるのはリードの心にクリティカルヒットだ。
そのまま昇天してしまってもおかしくないほどの衝撃である。
正論と事実はいつだって、心を抉る暗殺者の刃なのだ。
「でも、あの戦いをみたら信じないわけにはいかないし、味方が強い分には問題ないね。しかし、そうなると、スキルを二つ持った奴がいることが条件かね」
「一番あり得るとしてはそういうことかもしれませんけど……」
「はい、非常に厄介です」
「え、なんで? 別にそのまんま情報公開したらええんとちゃうん?」
ルベルとアルシェが同時に呆れたような溜息を吐いた。
「え、えぇ!? なあ、リード? わい何か変なこと言ったか?」
「ああ、うーん、まあ……」
リードは目をそらした。
「ご説明します。スキルは本来、一人ひとつです。それはわかりますね?」
「おう、わい、孤児院で神父様に何べんも聞かされたから、よー覚えとる」
「ならば、スキルを二つ以上持っている状態でフロアボスに挑むというのがおかしいということは理解できますね」
「おう……って、そういうことか!? スキルを二つなんてどうやって持つんや!?」
「公開したところで確かめようがなく、嘘と思われるのがオチ。いつまでだっても追及は終わらないと。面倒なことなるねぇ」
「それじゃあ、読書スキルのことについて公開するとかは……?」
「それこそ悪手でしょう」
読書スキルで他人のスキルを得ることができるとなっては、まず間違いなく最も厄介なところが動く。
具体的に言えば、このアンテルシアの周辺をリンデンバオム王国に断りもせずに切り取り勝手に統治している魔人と呼ばれる怪物どもが動き出す。
この世で出会っていけないもの筆頭としてその名をあげられる魔人。
人間を超えた怪物ども。
そんな連中がこぞってリードを求めだすことになるだろう。
「待っているのは実験体かもしれませんし、愛玩動物扱いかもしれません。ですが、魔人の誰に見つかってもまともなことにはなりませんのでオススメしません」
「はい、やめます。絶対しません」
リードとて魔人の恐ろしさは知っている。
よく姉から寝物語に魔人の話を聞かされたものだ。
悪いことをしたら魔人がやってくるという風に、親が言うことを聞かない子供に聞かせる話になっている。
その恐ろしさを聞いた子供は翌日から真面目になったという話もあるが、そこは真偽不明である。
魔人の話は嘘偽り誇張なく、全て真実と思っていい。
一人で国を滅ぼした、一人で迷宮を潰した、一人で数千の死者を操った、一人で蛮族を海へ叩き返したなどなど。
とにかく話題性には事欠かない。
一応は、塔へ挑む冒険者であることに違いはないが、総じてロクデナシなのである。
九十階層のフロアボスにこいつらが強力して挑めば問題なく勝利し次へ進めるだろうと言われている。
だが、そうならないのは誰が一番初めに九十一階層より先へ進むということでもめて殺し合いになるから誰もやらないのである。
「なら、どうしましょう」
「そうですね。先んじてどこかと独占契約を結ぶのが良いでしょう。そういう情報の扱いに長けた地図師御三家辺りが良いかと」
「あー……」
「あいつらかぁ……」
リードとハイゼは御三家を思い浮かべて微妙な顔をする。
逆にリンデンバオム王国というかアンテルシアに来たばかりで世情に疎いルベルとエラトマはその言葉にぴんと来ないようで不思議そうに首をかしげている。
「何か問題でもあるのかい?」
「あー、まあ、何というか。リード説明頼むわ!」
「いや、僕に振られても困るんだけど……付き合いが長いんだし、ハイゼが説明してくれよ」
「わいに説明力を求めると!」
「私が説明いたします」
見かねたアルシェが話を引き継ぐ。
「地図師御三家。塔や迷宮の地図を作成する地図スキルを持った者たちの中でも特に優秀とされてる名家一門のことです」
「ああ、なるほど。しかし、それならそんな微妙な顔しなくて済むんじゃあないですかねぇ」
ルベルからしてみれば、塔の情報に長けた者たちということはわかる。
そう変な反応をするところではないと思うが。
「説明するより実際に見せた方が良いでしょう」
アルシェは席から立ちあがり、応接室の扉を開ける。
すると扉に張り付いていた者たちが支えを無くして中へ倒れこんできた。
「ああ、開いた! 情報げっとぉぉえへへへ。あ、やば、イキそう……あぁん」
「情報! ぐふふふ情報! 想像したら吐きそうである。うぐぅ。おヴぇえええええええええええええ」
「う、うふふふふふ、未知の情報。あ、興奮で、目の前が真っ赤になりますわぁ……ハアハアハア、地図が描けるかけちゃぅぅうぅう……うっ……あひゃぁ」
女二人と男が現れた。
女二人は興奮して身体をまさぐってるし、男の方は隅の方で嬉し吐きしている。
一目でわかる変態度合い。
それらをまとめて外へポイしてアルシェは再びドアを施錠する。
「とまあ、あのような連中でして」
「…………」
流石のルベルも絶句した。
「彼らは地図を描いたり、塔の情報を得ることが生き甲斐となった者の末路です。まあ、そうでなければ先駆者として誰よりも先に未踏破領域に突撃したりはしません。最初から狂っているのです」
「どこにでもヤバイのはいるとは思っちゃいたが、あんなのもいるとはねぇ」
「実は僕の両親、アレの一団に所属してたらしいんだよね……」
「マジか、リード……それは、ご愁傷様やな……」
「いや、まあ会ったことはないんだけど、姉さんが、地図師にはならないで。お父さんとお母さんは良い人だったけど、性癖だけは駄目だったから。地図を互いに描き合って絶頂するとかマジでやめてね。って言ってたから」
「おぅ……」
とりあえず、地図師という連中はヤバイということだけ覚えておけば良いのである。
その筆頭どころかもっとも狂っていることで有名な御三家の連中はトップオブトップ。変態の王と言っても過言ではない。
フロアボスを単独で屠るような最強無敵、理不尽を形にした魔人ですら避けて通るというレベルなのだからお察しである。
「ですが、情報の扱い、秘匿、公開に関して彼らは新聞社よりもエキスパートです。なにせ年がら年中お互いを出し抜くことだけを考え、相手が持っていない情報を手に入れて自慢するために塔に挑んでいる方々ですから」
「ここは陰謀渦巻く宮廷かどっかなのかい?」
「いえ、彼らのほとんどはそういうのとは無縁の存在ですよ」
「うちの国でもあそこまでなのはいなかったねぇ」
ルベルが遠い目をして明後日の方向を眺めて一時戻ってこなかった。
「ともかく、彼らのうちどこかと専属契約を結びましょう」
「あたしとしては、あれを見せられた後だと本当に大丈夫かと不安になりまさぁ。本当に大丈夫で?」
「ルベル姉さん、そこは安心や。情報は御三家に預ければ暗殺からも護ってくれるって教会で神父様がいっとったからな」
「暗殺」
「姉さんに聞いたけど、王族からの情報開示要求すら跳ねのけるレベルだから」
「王族……こりゃまた、すさまじいというかなんというか」
どうしてこうなったのかはこのリンデンバオム王国が塔の国であったからだろう。
普通一国に一つだけの塔が、とにかくそこかしこにあるおかげで、そういう連中が育ちやすかったのもあるし、我先にと一番を目指そうとした結果であろう。
塔へ挑む分母がとにかく多いのだ。そりゃ変なのも多く出て来るに決まっていた。
「エラトマは?」
「――――」
「そうかい、なら契約しよう。で、アルシェ殿、どこの家がオススメで」
「どこも似たり寄ったり実力は同一ですが、そうですね……」
アルシェは再び部屋の外へ出て、一人の女性を猫をつまんでくるかのように連れて来た。
その背後では悪魔の怨嗟の叫びにも似た恨み声がおどろおどろしく流れてきていたけれど。
扉を閉めてぴしゃりと閉めた。
「彼女が一番付き合いやすいでしょう。あの中で最も変態です」
「なんで一番変態を連れて来た」
「理由としては単純、対価の要求です。地図師御三家と言えどもこういう情報を取り扱う相手との契約には様々な対価を要求してきます。下手な契約をすると全裸になるまで毟られます」
「その点、そいつは大丈夫って?」
「はい。カティ・エルマノス、契約してほしいなら、自分でアピールを行ってください」
「えへ、えへへへ……」
鬱屈していながら、恍惚と法悦がまるで我慢できないとばかりの笑みを浮かべた、見た目清楚な黒髪の美人がすとんとルベル一行の前に座らされる。
瞳は長い前髪に隠されてみることはできず、だらしなく緩んだ口元からしかその表情を窺い知ることができない。
そんな彼女は、一度、こほんと咳払い。
「えっと、未知の情報があるとか、えへへ……うれしいなぁ、ぼくを選んでくれて。えへへ」
「まあ、選んだのはアルシェだけどね。とりあえず名乗りな」
「はいぃ……カティ・エルマノス。地図師ですぅ……」
えへ、えへへへとカティの笑みを皮切りに商談が始まるのであった。
やはり変態を書くのはたのしいですね。
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