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第6話 初冒険の結果

「っ――はっ!」


 リードの意識が覚醒する。

 どれくらい気絶していた。

 数分、数十分ということはないだろうが、上位者との戦闘においては数分であろうとも数時間にも匹敵する時間密度を持つ。

 致命的な事態に陥っている可能性も高い。


 幸いにも戦闘はまだ継続中。

 ルベルとエラトマが二人がかりでオーバートレントを抑え込もうとしていた。

 二人の技量はまさしく神がかり的であり、拮抗状態を作り上げている。


「出し惜しみしてる暇はなさそうだ!」


 槍を手の中で回しながら、敵の攻撃を回転の連鎖で受けつつルベルは距離を置く。

 その隙間を埋めるかのようにエラトマが己の肉体を差し込む。

 振るわれる巨剣が唸りを上げ、オーバートレントをへし折らんとするが、神がかり的なのは相手も同じこと。

 剣聖と同等以上の技巧を発揮し、木剣で巨剣を受け流す。


『KISYAAAAAA――』


 言語を介さないがそれ相応に戦闘本能は回るようで、虚実入り混じる木剣術にはエラトマですら舌を巻くほどである。


 ――さて、エラトマが時間稼ぎを行う間にルベルの方の準備は整った。

 複数の強化魔法を駆使し、己の筋力と敏捷値を上昇させ、槍を構える。


「起きな――カジョール」


 起動文言と共に莫大な魔力が槍より迸る。

 やはり魔槍の類、禍々しいほどの覇気を放ちながら槍が駆動を開始する。

 瞬く間の間に、本来の嵩を超えて肥大化する。

 さながらそれはまるで膨張するスライムのようであったが、それよりももっとおぞましい何かである。

 それがルベルの腕に絡みつき、変質させていくようですらあった。


 カジョールの魔槍。

 その来歴はかつて勇者と魔王が争った時代にまでさかのぼると言われており、教会が禁忌指定遺物として処理したはずのものである。

 曰く、その一突きにてあらゆるものを死滅させるとか――。

 曰く、その槍を手にしたものは魔性になり果てるだとか――。


 そんな危険物を扱う者が正道を歩むものとは到底思えないわけであるが、その彼女自身の背には青白い紋様が浮かんでいた。

 見る者が視れば、それは聖痕の類であると知れるだろうが、今この場でそれを気にできる者はいなかった。

 聖なるものと魔なるものの組み合わせなど昨今ではついぞ見られない、伝説だけの存在であった。


「エラトマ!」


 そんな事実は戦闘者たちにとってはどうでも良いこと。

 言葉一つでルベルの意図を察したエラトマが退くと同時に彼女は踏み込んだ。

 光すら超越したかのような速度。

 雷撃の如き紫電が奔り、槍が振るわれる。


 オーバートレントですら反応できない速度で槍が叩きつけられた。

 さらに妙なる足捌きにて連撃が奔る。


 いつの間にか空中へと叩き上げられたオーバートレントに向かい、大気を踏み込んでルベルが肉薄する。

 振るわれる木剣を真正面から受け、弾きへし折った。


 まさしく暴風同士のぶつかり合い。

 槍と木剣が振るわれるだけでフロアの壁や地面が粉みじんの灰燼となって降り注ぐ。

 それでもなおオーバートレントは健在。彼もまた類まれなる技量で暴風となった槍撃をかいくぐっていた。


『KIIIIII――』


 突如、オーバートレントの背中から腕が増える。

 ある程度の魔物は肉体を自由に変化させる。

 手数が足りないと見たか、二本の腕を生やし木剣を振るい始めた。

 それは彼の本能的な動きであったが、この場において最適解に近しい。


「くっ――」


 それが依然、変わらぬ高純度の練度で来るのだから、鬼神の如き戦闘能力を発揮しているルベルとて傷を負っていく。

 それを回復させるのがハイゼの仕事だ。


「行くで」


 二人の回復に専念し、逃げ回りながら適宜、炎を差し込む。


「――――!」


 さらに巨剣が翻る。

 あの細腕でどうしてあの巨剣が振るえているのかわからないが、ともかくエラトマはルベルと比較しても遜色ない武練を発揮していた。


 だが、圧倒には程遠く、こうしてようやく膠着状態が作りあげられていた。


「行かないと」


 加勢に戻らなければならないとリードは立ち上がる。

 ふらつくがまだ戦える。

 まずは己の状況を確認する。


 剣、折れている。

 骨もいくらか折れているが、それ以外の損傷が少ないのはハイゼが回復をかけてくれたからだろう。

 相手に有効なのは火術だ。

 剣や槍は受けているのに火術だけはきっちりと回避している辺り、有効であるということの証拠だろう。


 しかし、当てるにはあの速度が問題になる。

 最速の一撃を叩き込むにしても威力が足りない。

 逆に威力を上げようと思ったら準備時間と速度が足りない。


「どうする。火術が駄目なら剣で……いや、剣は折れてる」


 リードにできることは、剣聖スキルと火術スキルを使うこと。

 それ以外は読書するしかないが、ここで読書したところで何になるというのか。


「考えろ、考えろ……」


 考えなければならない。

 ただ闇雲に突撃したところで邪魔になるだけだ。

 何かしらの有効手段を手にしなければあの戦闘に割って入ることすら不可能である。


 少なくとも剣聖スキルならば行けるが、剣がない。

 それでは剣聖スキルを発揮させるのは難しい。

 折れた剣でいつまでも戦えるわけではない。

 かといって替えの剣はない。


 ただのトレントと戦うつもりだったのだから、これは予想外だ。

 次からは予備の武器を持ち込むことにしようと決めつつ、術で何とかするしかないと考える。


「いや、そうだ……」


 そこでふと、ハイゼの言葉を思い出した。

 剣と術、まるで勇者のよう。


 勇者は剣と術を使っていた。

 そう剣と術を同時にだ。

 リードのように分けて考えていなかった。


 元々スキルは一人ひとつなのだから、分けて考えるのが自然。

 しかし、リードは三つ持っているのだ。

 だったら、それらを同時に使わなくてどうするのだ。

 両手があるのに頑なに片腕しか使わないようなものである。


「火術で剣をつくり、剣聖で振るう」


 それが正解に思えた。

 ならばまず剣を作ることだ。

 不格好でもいい、とにかく作る。


 どうやって作るかなんて知らないし、剣の構造なんて詳しくはないがとにかく形だけでいい。

 ただ硬く相手の攻撃を受けることができて、斬れればいいのだ。

 とにかく剣の形に炎を収束させる。

 片刃の炎が手の中に現出する。


「行きます!」


 そう声をかけたのは戦いへ割って入るからだ。


 そうして一番に反応するのはこの中で最も能力値の高いオーバートレント。

 ぐるりと首だけがリードの方を見た。


「隙あり!」


 その頭部を貫かんと槍を放つのがルベル。

 ひねりを加えた刺突は、破砕効果をマシマシてある。当たりさえすれば頭部破壊を成し遂げられただろう。

 しかし、後ろに目でもあるのかオーバートレントはそれを躱す。

 賽子の目が良い風になっているのもあるが、単純明快に感知範囲が広い。


「――!」


 畳みかけるように巨剣が叩きつけられるが、それすらも避ける。

 そもそもの敏捷性が違うため、巨剣の直撃自体ない。

 類まれなる操剣術によって巨剣を手足の如く手繰ってみせたところで、羽虫を捉えるのは難しいということ。


 ただ、それは今までであれば。


「はあ!」


 そこにもう一手、オーバートレントにとって致命的ともいえる炎剣が差し込まれる。

 過剰反応を起こしたオーバートレントは、大きく回避するがこれまでの行動と比べればいささか精彩を欠いたと言わざるを得ない。

 仕方ない、トレントは本能からして火を厭う種族なのだ。

 炎の剣とくれば受けることすらままならぬ。


「エクリクスィ!」


 そこに広範囲術力圏を持った爆発魔法をハイゼが見舞う。

 さしものオーバートレントもこれには直撃し、一瞬の硬直を見せる。

 そこにリードが踏み込んでいた。


 リードは思考を完全に放棄していた。

 そうでなければそもそも達人と呼ばれるレベルであるルベルやエラトマの戦闘領域に踏み込めるはずなどないのだ。

 だから、スキルに任せる。つまるところ己に宿った才覚任せである。


「セアァ!」


 本来ならば剣聖スキルがレベル一だか二だかだと、一流には程遠い技量しか持たないだろう。

 才覚として最上であれども、経験値がまるで足りていない。この戦いに参加するならばもっと上の領域に踏み込まねばならない。

 その程度でこのような死地に飛び込むなど愚の骨頂。大人しくしておけと言われるのがオチ。


 しかし、読書スキルで得た剣聖スキルの駆動は他のスキルとは異なっている。

 読書スキルで得た剣聖は、本来は別人のものである。その一部を得ただけだ。


 しかして一部と言えども、鍛え上げ伝説にまで至った剣聖のそれである。

 完成されたものの一部、それは何一つ定まっていないブランクの剣聖スキルレベル一なんぞよりもはるかに上等であることに他ならない。

 だから、同じ一でも、そこには百ほどの差があるといっても良い。


 そして、何よりもそのスキルの完成形がリードの頭の中にある。

 幾度も、何冊も読んだ剣聖の戦いの記録、自伝、英雄譚が記憶の書架に堆積している。

 いつだってイメージしてきたものだ。

 己がそう戦うのだと。


 スキルとして形になったのが最近であろうが、彼の中には確かに数十数百と読み連ねた書の知識と作者の欠片が堆積しているのである。

 だから、任せれば身体は勝手に駆動する。

 スキルという燃料を与えられた機関は、確かな熱量をもって駆動するのだ。


「――飛燕」


 放たれるはアヴァールの剣術。その秘奥がひとつ。

 九つある奥義のうち、それは相手を二度斬る技だ。

 相手の頂点へ向けて伸び上がる斬撃と相手を飛び越し地へ落ちるを利用しての斬り下がる斬撃の二種。


 それをほぼ同時に繰り出す一連一個の奥義。

 飛ぶ燕が飛び上がって下がるさまより見出したとされる奥義が此処に成る。

 しかも、焔を乗せて。


 轟と燃え上がる焔剣は障害をものともせずに斬り伏せてみせる。

 強靭なオーバートレントの肉体を溶断せしめる。

 正中線をきちんとなぞるように炎が奔る。


『KIAIIIIIIIIIIII!』


 しかし、まだオーバートレントは生きていた。

 炎に巻かれながらも木剣を振るう。

 ただ一度奥義を出すだけで疲弊の色濃いリードに向けて、せめて一人でも手向けに貰おうとしたのだろうが、そんなことを赦す者はここには誰もいない。


「させないよ」


 ぎちりと弾きしぼった矢の如く魔槍カジョールが投擲される。

 音の壁を軽く超えて衝撃波をまき散らしながら、オーバートレントの顔面を貫き吹き飛ばす。

 そこにエラトマが走りこむ。

 ルベルほどのスピードはないが、低く、獣のように姿勢を低く、巨剣を肩に乗せて射出の構え。

 一歩、まさしく砲弾でも射出されたかのような撃発音を響かせた勢いのままエラトマが一撃を叩き込む。


 フロアの床が盛り上がり、砕け、爆ぜる。

 溜めに溜めた全力の一撃は、天井までひび割れを引き起こすほどであった。


「終わったね」


 そうルベルが呟くと同時、背後にあった壁の封印が解けて上層へ向かう階段が現出した。

 無事にフロアボスを倒せたのだろう。

 またフロアの中心に宝箱が現れる。

 フロアボスを倒した褒美というもので、こういうことをこの塔はやる。


「リード、疲れてるだろうけど、一応、見てくんな」


 ルベルは座り込んでいたリードにそう声をかける。


「あ、はい」


 はっと意識が戻ったのは声をかけられたからで、つい先ほどまで思考放棄していた自分の行動を反芻していたところだった。

 どうしてあんなことができたのか、未だ自分にも理解のほどができていなかったが、今は己の役割を果たそうと宝箱へと向かう。


 リードのこのパーティでの役割は近接戦闘職と後衛職の兼任、つまるところ遊撃的なポジションなのだが、それともうひとつ。

 斥候のポジションも兼任している。


 黄金の剣では、全ての雑用が押し付けられていたのだが、斥候仕事もまたリードの役割だった。

 斥候職というのはなり手が少ないので、そのスキルを持っているのならどのパーティからも引っ張りだこと言われている。

 当然、黄金の剣の中にもいなかったし、そんな面倒くさいことをアルノールらがやるわけもなくなし崩し的にリードがやっていた。

 宝箱の罠判定や解錠もお手の物である。


「じゃあ、やってしまいますね」

「頼むよ。ちらっと見たけど、あたしには解除できない類だ」


 かちゃかちゃと宝箱を弄っている背中にルベルの言葉が降りかかる。

 ルベルの言った通り、宝箱の細工は素人が見てもわかる程度には複雑であり、開けるには専門のスキルが必要に思えた。

 具体的に言えば罠解除やら解錠のスキルなどだ。


「見てみますね…………ふむ、これはこうかな、で……良し。開きましたよ。罠もありませんし、この程度のものなら簡単ですね」


 しかし、リードはそれをいともたやすく、まるで魔法みたいに開けてしまう。


「あたしの見立てだとスキルが必要だと思ったんだけどねぇ」


 開けられない宝箱はギルドに持ち込んで、高い手数料を支払って開けてもらうのが通例だ。

 そして、大抵、フロアボスの宝箱はスキルがなければ開けることができないどころか、罠でもあった日にはもう最悪なことになるという厄ネタっぷりを発揮することもある。


 なので、スキルがないならフロアボスの宝箱に触るなが普通なのであるが、リードは普通ではないようだと一行は確信する。

 そもそも剣聖と火術のスキルを持っている者が普通なはずはない。


「ルベル姉さんの観察眼は確かですから、ほんにすごいやつやでリード」

「――――」


 うんうんとハイゼの言葉に同意するようにエラトマが何度も頷く。

 実際、相当にすごいことをやっているというか、スキル持ちと同じようなことをやっている節がある。


「いやいや、これくらいはできるもんじゃないですか?」


 ただし、そう思わないのがこの当人様である。


「この子捨てたやつは相当に馬鹿やったんじゃないかい?」

「――――」


 ルベルの発言にしきりに頷くのがエラトマで、仮面で顔を隠した寡黙の徒ですらそう思うほど。


「まあいいか。それで、中身は?」


 あの強敵を倒したのだから、さぞ良いものなのだろうと、ルベルがリードの背から宝箱をのぞき込む。


「剣みたいですね」

「剣ねぇ」


 そこに入っていたのは片刃の澄んだ黒色の刃の剣である。


「ちょうどいい。呪いの感覚もないし、そいつはリードが持っておくと良いよ」

「え、良いんですか?」

「ああ、武器がないと何かあった時に大変だろうし、塔の武器は良いものが多いんだろう? 上の階層に行くっていうのなら、塔の武器のひとつかふたつ持ってないといけないって聞いたからね」

「そうそう、ルベル姉さんの槍みたいなのとか、一流冒険者ならもっとかんとな。わいは持ってへんけど! わいは持ってへんけど!」

「ハイゼは剣の才能ないからねぇ。まさか、魔技のどれとも契約できないとは思わないよ。どれかひとつでも覚えてくれりゃぁ、もうちょい楽ができるんだがねぇ」


 痛いところを突かれて彼方の方を見るハイゼに、ルベルは苦笑を漏らして剣をリードへと押し付ける。


「ええと、ありがとうございます」

「礼ならいらないよ。あと、これからよろしくするんだ。良い武器を持っていてほしいってものだろう?」

「え、それじゃあ」

「ああ、正式にパーティに入ってもらうよ」

「……! ありがとうございます!」

「それじゃあ、今日は帰るよー」


 ルベルの号令で各々が準備をして塔を下る。

 リードのルベルパーティとの最初の冒険はこうして幕を下ろした。


 ――更新……。

 ――超越神化樹霊の初回討伐がなされました。

 ――討伐者ルベル、エラトマ、ハイゼ、リード

 ――上記の者は称号オーバートレントの討伐者を獲得します。

 ――また初回討伐者特典により称号の効果が倍加します。


 そして、翌日、そんな文言が塔に表示されたものだから、パーティは一躍有名になってしまった。

 塔前の石碑が更新されるのは九十階層到達者が出た時以来であったからだ――。


下にある【☆☆☆☆☆】からポイント評価お願いしまーす!


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