第4話 新しい仲間
その後、適当な宝箱を見つけたリードは依頼の品であるポーションを無事に確保し、早々に塔二層から帰還を果たした。
今回の目的はスキルの確認であったのだから、十分に目的を果たしている。
小遣いにもなるポーションも持ち帰ったので帰還しても問題ないというわけだ。
そういうわけで早々にアルシェにポーションを納品。
ついでにはぎ取った魔物の素材も一緒に確認してもらう。
量が量であったので、裏へ通され、袋に懇切丁寧に詰めたものをテーブル全てにぶちまけることになった。
それなりの量であったのでそれなりの値段にはなったので儲けたものだろう。
そういう諸々の金銭処理を終えた後、カウンターではなく密閉された応接室でリードとアルシェは話をしていた。
「……なるほど、読書スキルで剣聖スキルと火術スキルを取得したと」
「はい……」
馬鹿正直に全ての事情を話してしまったリードは、ちょっとアルシェを信用しすぎていたかもしれないと、今更ながらに後悔を始めていた。
なぜならば、話を聞いたアルシェの表情が、氷点下を通り越して絶対零度にまで至るような冷たさに達していたからである。
スキルは一人ひとつである。それがこの世界の絶対原則と信じられているところに、ある日突然、上位スキルと火術スキルを覚えてきたと言われれば誰だってそうなる。
まあ、この反応はアルシェ個人のものだろう。
信じがたさと驚愕で心胆冷え込む表情になってしまうのは、彼女の特性である。
その表情はただただ恐怖を催させる。
心胆鍛え上げられた歴戦の冒険者であっても、慄いてしまうほどの迫力があった。
リードなどの木端冒険者の心情など推して知るべしである。
「嘘というには証言通りの素材具合、それに冒険者証は確かに討伐したと証明しています。何より肉体駆動痕が事実であると告げています」
「ええと……」
どうやらアルシェは何らかの痕跡を以て、リードの行いを認めたのだろう。
「実力が向上したことは認めましょう。あなたの評価を上方修正します。ただ、スキルを覚えられることはあまり広めない方が良いでしょう。下手な教団にもれれば異端として処刑される可能性があります」
「わありました、肝に銘じておきます」
「はい、では……」
彼女はそのままポケットから帳面を取り出す。
何事かが書き連ねられ、付箋が幾枚も貼り付けられた上で幾度もの修繕やら継ぎ接ぎをしたらしい歴戦の冒険者手帳を開き、ぱらぱらとめくっていく。
古めかしい焼けもあるが、彼女の手が止まったのは最新の真新しいページ。
「あなたを受け入れてくれそうなパーティがあります。私に対する旨味が少なかったので担当を変わろうと思いましたが、あなたが所属するのであればこのまま買い取りましょう」
「良いんですか……?」
「担当する冒険者の為に骨を折るのが私の仕事ですから」
感情の起伏に乏しい物言いではあったが、リードはその言葉にアルシェの優しさを確かに感じた。
だから、躊躇いなく彼女の判断に任せることができたのである。
「よろしくお願いします」
「では、少々お待ちを。本日は彼らは冒険へ出ていませんから」
毎日せわしなく冒険に出るのは悪い冒険者である。
良い冒険者というものは十分な休息期間を入れて冒険へ出る。
その休息期間を確保するために難易度の高い依頼を受けるか、身の丈の依頼を数多く入れるのかで、その後の進退が決まったりすると言われている。
その話を聞くだけでこれから紹介されるパーティは良いパーティであることがリードにもわかった。
そもそもアルシェが一度は抱えても良いと思ったパーティである。
悪いパーティであるはずがなかった。
「お待たせしました」
アルシェが応接室を退出してしばらくすると一人の燃えるような炎髪に蒼玉の瞳を持った女を伴って戻ってくる。
アルシェも女にしては上背がある方であったが、伴って入ってきた女はそれよりももっと高い。
それでよくいるような筋肉の鎧ならぬ筋肉の宮殿やら城砦を身に纏ったゴリラと称されるようなものでもない。
すらりとしなやかな手足はむしろ細っこく、手折れてしまいそうなほどに華奢な印象を覚えさせる。
しかし、よくよく見れば太ももや肩回りなど肉感が乏しいというわけではなく、刃のようにいらぬものを研ぎ澄ました末のものであるとわかった。
それでいて胸などは豊満どころか、どこかの妓楼の娼婦を思わせるほどのものであったが、嫌味や下品な感じはなくむしろ真逆。
アルシェを氷のような美人と称するとするならば、こちらの女の方は太陽のような朗らかな美人というべきだろうか。
身に纏う雰囲気が明朗快活であり、彼女がいるだけで蒸気灯特有の薄暗さが残る室内が太陽の下のように感じられるほど明るくなったようであった。
ただし、尋常な者ではないことだけは確かだろう。
背負った槍の剣呑なこともそうであるが、手首にはまった腕輪には鎖が付いている。
奴隷の手枷を思わせるそれ。
怪しさはあるが、冒険者なんぞ本来が無頼漢であることを鑑みれば、この程度のことで騒ぐような者は一流にはなれないし、それくらいのことを呑み込めないのなら塔など昇るべきではない。
それでも気になるものは気になるというもので、聞くわけにもいかない間柄なのがもどかしい。
ともあれ、この女が尋常の者ではなないことだけは確かであった。
「リードさん、こちらが先ほどお話したパーティのリーダーである――」
「――ルベル。ただのルベル。よろしく。まだまだ冒険者ランクは、Gランク、あー木級の新米さね」
アルシェから言葉を引き継いいで、女にしては低めの、されどどこか艶やかな気品を感じる声で女もといルベルは名乗った。
見た目に受ける印象としてはリードですらかなり強いと思えるくらいに覇気を感じさせるが、冒険者ランクとしては新人であるらしい。
一つ、リードは予想した理由を口に出してみた。
「別の国からですか?」
「お、わかる?」
「まあ」
どうやら正解であったようだ。
リードは読書が趣味である。当然、他国の本を読むこともある。
それの翻訳作業を昔、見せてもらったことがあり、リードは他国の人間の話ぶりを知っていた。
他国の人間にとってはリンデンバオム語は慣れないところがあるらしく、多くが勇者が広めた聖勇教語を用いる。
聖勇教会はこのアスファレス大陸のほとんどの土地に存在しているから大抵、どの場所でも通じるということで覚えるらしいのだ。
Gランクと冒険者ランクを聖勇教語表記で言ったので、もしかしてと思ったわけだ。
リンデンバオム王国の人間で聖勇教語を話せるのは教会の人間、貴族、有名商家の郎党など身分の高い人間のみだ。
冒険者になるような者はあまり覚えないし、そんな言葉を覚える暇があれば塔に潜るか武術の訓練をするとかそういうことに時間を費やすから、さほど推測することは難しくない。
「観察眼は中々と、でも、まあ、重要なのは実力」
「それは問題ないかと。最近まで黄金の剣に所属していましたので、九十階層付近までパーティに追随するだけの体力はあります」
「へぇ、それは良い」
「ホーンラビット、ホールスパイダー、ストランドドラコを十数匹討伐できるだけの力もあるようです」
「悪くない。他には?」
「剥ぎ取りなどの雑務全般に秀でています。それから剣と術を使用できるようです」
「お、凄いな。なんでそんなのがソロ?」
「それは本人に聞くのがよろしいかと」
「信用を得れってことね。まあ、了解」
そんなやり取りをリードの目の前で絶世の美女二人が行う。
手持無沙汰のリードはさてどうしたものかと思いつつ、これから一緒に冒険するかもしれないのかと、想像を思考回路の上で走らせていた。
「良し、それじゃあリードだっけか、一回冒険に行ってみるってのはどうだい?」
どうやらアルシェとルベルの間で合意を得たのだろう。
リードの対面、低い机を挟んだソファーにどかりと勢いをつけつつもどこか上品さを感じさせる所作で以て座ってルベルがそう提案する。
「えっと、はい、大丈夫です」
「良し、なら明日、塔前の広場に集合ね。あの噴水があるところだよ」
「わかりました」
そうと話が決まれば他に言うことはなしとルベルはさっさと退室する。
「あの人……強いですよね……アルノールより」
「はい。その通りです。新人が、武術の心得を持っていてはいけないという規則はありませんから」
「……なるほど」
ともあれ冒険の予定が決まれば準備が必要だ。
「それで彼女のパーティはどういう冒険に行くんですか?」
「二十階層へ行くと言っていました。リードさんにはちょうどいいでしょう」
二十階層。
そこは丁度、一から十九階層まで続いた階層環境が変化する境目だ。
そこから上は十九階層から下とは、別世界となる。
新人がつまずく場所としてはそこが最初の試練の場となると言われているほどだ。
「わかりました。準備しておきます」
リードとしてはそこはかつて黄金の剣と駆け抜けた場所のひとつである。
パーティ全員の荷物を背負っての強行軍などなど思い出が思い出されるが、そこはひとまず置いておく。
あそこの対策をやったのは自分なので問題なくいけると確信してアルシェに挨拶してから市場へと向かうのであった。
●
そして、翌朝、朝霧が都市を覆う時分に噴水の前でリードは待っていた。
いささか早すぎるくらいではあるが、昨晩、久方ぶりに翌日の冒険に気を逸らせてこんな時間に待っていた。
当然、ルベルのパーティはまだ来ていない。
リードはただ灰色に染まり切った霧を見続けることになる。
深い霧は、そこにいる者の感覚を狂わせている節すらあった。
ただ地元っ子のリードからすれば見慣れたものである。
重機関都市アンテルシアは霧の都とも呼ばれている。
地元民にとってみれば霧は生まれた時からあるといっていいもの。
大時計が鐘を鳴らせば、さてそろそろ誰か来る頃だろうかなどと同時、ぬぅと現れた存在に少しばかり驚いた。
出てきたのは羽外套の境すらもわからないほどにボリューミーかつ足元に届きそうなほどに長い、なぼさぼさの灰の髪の仮面の何某である。
ルベルの時点で上背はあったが、それ以上に大きい。
リンデンバオム王国とは趣の異なる衣装は東方の方のもの。リードは知る由はないが細袴に加え、二の腕付近ではだけた袖広の羽織りといういでたちはいささか珍妙気味ではあるが東方のものである。
それのおかげか肩回りと手足の細さを見ることができて、この何某が女性であることがわかった。
中にも複数の具足を着込んでいるようで、さながら背のこともあって山の如き印象を受ける。
頭頂付近にある巨大な角のような器官は偽物ではなく本物か。
それらをひっくるめてなお目を引くのは彼女の背にある巨剣だろう。
彼女の背丈よりも大きい片刃のそれは武骨を通り越し、ただの鉄塊ともいえるほどに巨大で分厚い。
彼女の細腕でそんな化け物剣を扱えるのかわからないが、ともあれリードの存在を認識し寄ってきたのであれば、ルベルのパーティメンバーなのであろう。
「あの、ルベルのパーティメンバー? 聞いてるかはわからないけど、僕はリード。今日は一緒に冒険させてもらうことになったんだ。よろしくお願いするよ」
そうひとまず自己紹介とあいさつをして黄金の剣の二の舞にならないよう円滑な関係を開始しようとしたわけなのだが――。
「――――」
帰ってくる声はなかった。
警戒されているのだろうか。
いや、それにしては仮面の向こう側から感じる視線にはとげとげしい警戒特有の感じはない。
「ええと……」
どうしたらよいか、こちらからまた話しかけてみるかとも思い、口を開こうとしたところで次なるパーティメンバーやってきてその機会を逸してしまう。
「うぉおおおおおお、セーフ! セーフだよな!?」
今度は男がやってきた。
先ほどの女と異なりこちらは聖勇教の僧衣を身に纏っている。
しかし、聖職者というにはいささか凡俗にすぎるようにも思えた。
走ってきたせいで乱れた茶髪には排煙がいくらか山になっている。ぱっぱとそれを払ってやるのは無言の女であった。
「お、お前が今日一緒に冒険するリードってやつか? わいはハイゼ、見ての通り聖職者やっとる。よろしくな!」
「僕はリード、一応、剣士で、少し火の術も使える。よろしく」
聖勇教語訛りのあるリンデンバオム王国語でのあいさつから幼少から聖勇教語を使い続けてきたことがわかる。
それが顔に出てしまっていたのだろう。
「あ、わいの言葉気になるか?」
「いや、ごめん少し」
「ええよええよ。別に隠すことでもないしな。わいは孤児やからな。教会の孤児院で過ごしたからこうなったんよ」
「なるほど」
「知っとるか? 孤児院の生活な、めーっちゃ面白くないんやで!」
ばーんと擬音を伴いながらそういうハイゼのことがリードは何となくわかってきたかもしれなかった。
アルノールらのパーティにはいなかったタイプであるが、好感が持てそうである。
ならばとリードは先ほどの仮面女が何者か問う。
「ああ、あいつはエラトマ。まあ、ちょっと不思議なやつやけど気のいい奴やから安心し。でも滅茶苦茶強いから寝込みを襲うとかはやめとけよ。酷い目に遭った」
「いや、襲わないから。てか、襲ったのかよ」
「はっはっは。そりゃ仮面の下気になるし、あれでも女やん? 女には全員アプローチかけるようにしてるんや」
「それルベルさんにもやったのか?」
「おう」
リードは一瞬、このハイゼを尊敬しそうになった。
朗らかであるが、あから様に超実力者を相手に夜這いに行けるその胆力は男としてすさまじいの一言である。
「でさ、お前黄金の剣におったんやろ? 美人揃いやったけど、お前はやったんか?」
「やれたらこんなとこにいないだろ」
「はは。そりゃそうや! どんな奴が来るのかと思っとたけど、楽しくやれそうやな!」
リードとしてもこういうお調子者がいてくれると暗い塔の中でも雰囲気が明るくなる。
夜這いをしかけても追い出されていないのはこういう性格だからだろうかなどと考えている間に、ルベルもやってくる。
「さてさて、揃っているね皆の衆。リードには改めてパーティリーダーのルベルだよ。パーティ名はまだ募集中だから、好きなのがあったら言っておくれな。んじゃ、行こうか。陣形とかの確認は、歩きながらするよ」
「了解や」
「―――」
「わかりました」
「それじゃあ、行きましょうかね」
リードを含めたルベルパーティは塔二十階層へ向けて出発した。
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