第3話 初めての勝利
ホーンラビットが突撃する。速い。
魔物特有の能力値に加えて、ホーンラビットはさらに敏捷の値に類するものが高い。
それは大きく跳躍力という形で発現し、その足裏が地面を蹴って繰り出される突進の威力はかなりのものだ。
ホーンラビットは最弱に近しいとは言えども魔物は魔物。
かつて魔王とともに神々に反旗をひるがえし、アスファレス大陸全土を魔女の窯の底の如き地獄に叩き落した者どもの末裔である。
最も、この塔にいるそれはその当時のそれとは大きく内情が異なるわけだが、そこはそれ。
リードが何もしなければここで冒険が終了する程度の力を持っているのは確かであった。
「――――」
しかし、今のリードは違う。
剣を抜いた瞬間に全身を駆け巡る衝撃。脳髄を駆け巡る電撃に手の中の鋼が応える。
励起する『剣聖』スキル。
スキルは己に与えられた役割のまま脳内イメージを汲み取り、即座に肉体反応となって返す。
「はあッ!」
ホーンラビットの突進へ剣を合わせる。
まず間違いなく数打ちの剣など馬鹿正直に突進に合わせれば簡単に折れる。
だが、リードはうまく合わせた。
軽く貴婦人の手でも握るようにそっと角先へと当て、少しだけ流れを変えてやる。
それだけでホーンラビットはリードの皮一枚の距離隣を駆け抜けていった。
「キエエ!?」
まるでリードをすり抜けたかのような現象にホーンラビットが混乱する。
そんなものは致命的な隙でしかない。
リードはそれを逃さない。逃すなと剣聖スキルの命じるままに踏み込んだ。
軽い疾走。
リードが地を蹴る度に加速していく様はかつての剣聖アヴァールの疾走法を思い起こさせる。
地の上を飛翔するかのような疾駆。一瞬にして開いた距離を詰めてしまう。
そこから放たれる斬撃。
通り抜け様に斬りつけんと刃が風の猛りを放つ。
これを喰らってはたまらんとホーンラビットも迎撃の構えをとるが遅い。
むしろ角を突き出さんと首をあげたことは悪手となる。
アヴァールは最速の剣聖として名高い。その剣速は何者をも凌駕するとまで称されたものである。
その一部でも受け継いだリードもまた同門と言っていい。
ただ速い一撃がホーンラビットの首を刈る。
安物の剣では斬首など不可能。骨で止まると言われていたが、剣聖のスキルはそんな道理などを踏みにじる。
スキルとはこういうものだと言わんばかりにリードの目の前でホーンラビットの首は落ちたのであった。
「は、はは……本物だ……!」
それはリードに剣聖スキルを確信させる程度にはあり得ない出来事であった。
今までであれば、まず最初の一撃を受けられずに大けがを負って這う這うの体で逃げ帰っているところである。
それが最小限の労力で受け流し、返す剣で一撃の下に首を落とすなどリードの中では天変地異が起きても不可能のできごとである。
それも昨晩呼んだ、アヴァールの冒険譚そのままの動きでといえば読書スキルによって得たらしい剣聖のスキルの信憑性も増すというものだ。
「い、いや、まだわからない。もう一度確認しておこう……」
しかし、そこで生来の心配性が発露したリードは再びホーンラビットを見つけて倒せるかどうかを試した。
結果、一度目と同様に難なく倒せた。
さらにダメ押しの三度目でようやくリードは己に剣聖スキルが宿ったことを信じることにした。
「よし、よし……!」
これで塔をのぼることが出来る。
剣聖は剣士系の上級スキルだ。剣の天才と言われても仕方ない才能を手にしたことになる。
さらにリードはもう一つ火術のスキルを得ている。
『火術』のスキルは、あるところにはあるが、今では珍しい部類に入るスキルである。
魔法使いになる者が持っているスキルで、より根源的に火を操る術を扱えるようになる。
このスキルについて説明するには、魔法と同じことができるが、厳密には魔法と異なることをまず説明せねばならない。
まず魔法というのは、こういった火術などのスキルを極めた者たちが世界法則に刻まれたことで発生する現象、あるいは概念の総称である。
当人そのままに世界に刻まれた魔法と契約し、彼らが使用した技や現象を契約によって借り受ける。
それがこの世界における魔法だ。
魔法は契約さえできれば、魔力を消費することで誰でもどんな状況でも魔法となった者が使った技を同一の練度で使用できる。
ただし借り受けているもののため、威力調整や範囲調整などと言った細かなことはできない。
対してスキルは自由自在に己が思い描くままにスキルに対応した現象を引き起こすことが可能となる。
火の玉レベルから火災旋風まで自由自在だ。
つまるところ真なる魔法の如き御業を行使したければスキルを持たなければならないということである。
ただ魔法は、例え両腕が拘束されていようが、寝たきりであろうが魔力を消費さえすれば問題なく発動する。
そのため、咄嗟に使用するには有用だったりするのでそこは使用者次第な部分となる。
またこぼれ話の類であるが、剣聖を極め世界に刻まれるに値する技と成った時も同じく魔法となることができる。
当世の剣士たちはそれを魔技と言ったり魔剣と呼んだりするが区分的には全て魔法である。
とかく、スキルを所持した今のリードは火を自在に発生させ操ることができるのだ。
「良しやってみるぞ」
まずは火術で起こせる現象の最もポピュラーなであるところの、火の玉をイメージする。
魔力が消費され、特に障害もなくリードの掌の上で炎がぼぅと炎が燃え上がる。
ただしそれは超常的な球状で燃え上がっていた。
それを丁度、通りがかった体のホーンラビットへと放ってやれば、世の条理無視して轟と焼いてしまう。
悲鳴を上げる間もなく絶命したホーンラビットの丸焼きの何ともかぐわしい匂いであるが、これは少し不味いことをしたか。
『GRAAAAAAAA――』
何事も美味い匂いというものには人ならざるものも敏感だ。
リードの下へ現れる魔物の数々。
糸吐き蜥蜴に穴蜘蛛と言った肉食連中がこぞって通路から現れる。
数にして十数匹ほどであるが、先ほど戦ったホーンラビットよりも数段は上の存在である。
こんなにも数が多いのは、この辺が冒険者もほとんど来ない場所であり、駆除されず増え続けたせいでもある。
勝手に湧いて出て来るのだから塔の中で魔物が尽きることはなく、さりとて食料めがけて共食いすることもない。
だから放っておけば増えてそのうち階層を飛び出して出て来る。
これらの駆除も冒険者の仕事のひとつであった。
もっともパーティを組んだ冒険者の敵ではないので初心者たちのクエストである。
難易度相応に、こいつらはきちんと相対すれば弱いのである。
「今度は、広げる」
本で読んだ知識を実践するようにイメージ。
今度は己の掌から放射状に――向かってくる敵へ向けて――広がるように炎をイメージする。
魔力をつぎ込めば威力もまた上昇する。
刹那、放たれる火の波が一気に発生する。
豪熱が通り過ぎると同時、魔物たちの阿鼻叫喚が発生した。
『GAAAAAAAAAA!?』
ここは第二階層である。
魔物たちは魔法の耐性など持ち合わせていない。これがもう四十は上の階層ならばそうは行かないが、ここはまだまだ浅い階層である・
一瞬にして炎はその魔物の生命を枯渇させ、燃えカスを生み出してしまう。
『GRAAAAAAAA!』
しかし、それでも運よく生き残った連中もいる。
自分の目の前の同胞を盾にして生き残ったものは当然のようにリードへと肉薄する。
術師ひとり。魔物の本能であればくみしやすい相手。
「はあっ!」
だが、その思考はすぐに裁断される。
リードが振るった剣は違わず魔物の首を切断する。
術を乗り越えればそこは剣の圏内だ。
振るった剣は能わずに魔物の命を刈る。
剣聖スキルをいかんなく発揮すれば、十数匹程度、それも炎に巻かれて死に体を含めたところで物の数にはならない。
そう確固たるイメージがリードの中にはある。
書にあり、イメージし続けた剣聖の動きが確かに宿っている。
それに任せて数度、剣を振るえばそれで戦闘は終了する。
戦闘というにも一方的過ぎるが、塔での戦闘などそれくらいでちょうど良い。
下手に消耗してしまえば、進むも戻るもどうしようもなくなるからだ。
結果として昨晩の疑問は解消され、役立たずを返上したことをリードは悟った。
「そうなると、これからどうしようかな」
もう元のパーティに戻る気はない。
それにどうせもうアルノールは他に新しい人員を見つけている頃だろう。
そうでなければリードを徒に追い出すことなどしないはずである。
塔探索における人員減少などというリスクを冒さない程度にはアルノールは優秀ではあった。
元鞘に戻れないのであれば、リードが取るべき道はふたつかみっつである。
「このままひとりでやるか」
できればそれは避けた方が良い選択肢である。
リードが剣と術の二足の草鞋を履くことができているから二人分と考えても、身体は一つだ。
疲労感はいかんともしがたく、そも剣聖という上位スキルや術を同時使用するというのは普通よりも消耗している。
そうなればいつか取り返しのつかない失敗をして、塔から手酷いしっぺ返しを喰らうのは目に見える未来のひとつである。
「新しいパーティを組むか」
冒険者ギルドは年中、人がやってくるし、パーティメンバー募集はいつだってギルドの壁を賑わせている。
リードの担当をしているアルシェに話せば、それこそ丁度良いパーティを探してくれることだろう。
問題としてはリードが無能と少しばかり噂になっていることくらいだろうか。
「もしくは冒険者をやめるか。まあ、これはないんだけど」
先へ進む手立てが見つかったのにやめるのは暗愚のやることである。
であればリードが取るべき選択肢は、必然的に前ふたつに限られる。
「新しいパーティを紹介してもらおう」
今の自分ならばこれくらいやれるのだという証明がここにはたくさん転がっているわけで、それを手付として新しいパーティを紹介してもらうことにする。
できれば今度はアルノールたちのようにならない純朴で優し気があるような、そんなパーティを。
そう思いながら山と積まれた魔物どもの死体に対して剥ぎ取りを開始するのであった。
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