第2話 取得スキルの確認は大事
翌日、読書が覚醒し、剣聖と火術のスキルを得たリードはひとまずこの二つを使ってみることにした。
声が響いたとは言え本当に取得しているかはまだわからない。
まだ自分の願望があの幻聴を聞かせた可能性だってあるのだ。
朝食に買ってあったパンを温熱機関で焼いて食べる。
そのあとは冒険の準備だ。
準備は念入りにしろというのが父の言葉だった。
まずは道具類。
欠かせないのが食料に水。塔内部でも調達できるが、いざという時の為にもできるだけ持っていた方が良い。
次に地図だ。
迷わなければそれだけ食料と体力の節約ができる。
罠の位置などもあらかじめわかっていれば引っかからずに進める。
塔が生まれて約千年が過ぎ去り、人々はようやく九十階層へと至っていた。
市場にはこのリンデンバオム王国首都アンテルシアの最高到達点たる塔九十階層までの様々な地図が出回っている。
やはり信用度としては御三家と呼ばれる地図師の地図を買うのが良。
しかし、信用と値段等価であるために相応に値が張る。
懐に余裕がなければ、冒険者ギルドに行き担当者に信用度の高い地図を聞くべきだ。
冒険者が使った地図の情報は冒険者ギルドも当然、把握している。
出来の良い地図の情報、出来の悪い地図、良質、または悪質な地図の情報などが選り取り見取りに揃っている。
下手な地図を買う前に聞いてみろと先達の冒険者たちは口をそろえて言う。
パーティをクビになり、ほとんどの資産がなくなったリードではあったが、幸いにも両親が使っていた自前の地図がある。
九十階層までの手書きの地図は、古めかしいが使えないわけではない。
むしろ生の冒険の心得がト書きとして書かれているためこれはこれで便利であった。
そのあとは武具だ。
父親が遺した剣を腰に、名剣というほど良いものではない。安物の量産品であるが、在りし日の父がリードの誕生日に最初に買った剣だ。
よく手入れされており刃毀れの類はない。
武器が良ければ次は身を護る防具。
皮の鎧を身に纏いゴーグルを首にかける。
冒険者が戦う魔物は最弱と呼ばれる塔一階層の魔物であっても自らよりもはるかに強いことをしらなければならない。
まず全身鎧で攻撃を受ける、などということは基本的に不可能であると言っていい。
よほどの祝福か、あるいは塔由来の防具でもなければ命を無駄にすること請負である。
ゴーグルの類は必要ないと言えばそうであるが、排煙降り注ぐ重機関都市アンテルシアを走り抜けるのであればゴーグルか傘の類が必要だ。
最終的に確認すべきは武具の類の手入れができているかだ。命を預けるのだからしっかりと手入れされた状態でなければならない。
そうでないなら冒険を中止するか、今すぐに手入れをすべきだろう。
それらの準備が終われば、再びチェック表の上から下までの確認作業を行いようやく万端となる。
椅子の背にかけてあった外套を羽織り、
「それじゃあ、行ってきます、姉さん」
リードは結晶となり眠り続ける姉にそう言ってアパルトメントを出る。
機関都市アンテルシアの郊外。
煤けた通りの端には浮浪者がたむろしている。しかし、不思議と顔に生気がある。
浮浪者と言えども塔のおひざ元、重機関都市アンテルシアの路地で生きる者たちである。彼らは彼らで冒険者とは違う冒険を日々送っているのだ。
そんな彼らを一瞥しながらリードは冒険者ギルドへと向かう。
アンテルシア中央街、塔からほど近い一等地に武骨な門構えで鎮座ましましているのが三階建ての建物が冒険者ギルドである。
朝早くから、それこそ街の心臓たる機関が目覚める前から冒険者たちはここへ集い、担当者から依頼を受け取り上へ延びる塔か、下へ延びる迷宮へと繰り出していく。
戻ってくるのは半分か、あるいはまるきり戻ってこないか。
来るものを拒まずという常に開かれた門構えを通り、ギルドの中へリードは足を踏み入れる。
酒場と宿が融合したかのようなギルド内部は朝だというのに酒の匂いがこびりついているようだった。
複雑怪奇に混ざり合った料理の匂い。鼻が良ければ、二階から漂う強烈な男と女の匂いも感じられるだろうが、獣人でもなければ気にしなくていい。
それらひっくるめた冒険者の香りはリードにはなじみ深く。ここに来れば冒険が始まるのだなと心昂りを見せる。
ギルドの奥側に連なった大量の受付カウンターには多種多様なギルド職員たちがいる。
彼らは冒険者を買い付け、管理し、依頼を斡旋する者たちであり、担当者と呼ばれている。
その中でも中央にいる女は幾人もいる担当者の中で最も上等とされている者であった。
新進気鋭の黄金の剣の担当も彼女である。よってリードも彼女に担当されていた。
名はアルシェと言った。
蒸気灯で照らされたギルド内で彼女の結びまとめた薄蒼白色の髪はどこか光り輝いているようにも見える。
一言でいえば美人だ。しかし、身に纏う雰囲気がまるで氷のように冷たい。
キツめに吊り上がった黄金の瞳は鷹のように鋭く、身に纏う雰囲気そのものを象徴するかのようである。
「アルシェさん」
「リードさんですか。パーティをクビになったのによく来れましたね」
鋼のように冷たく、それでいて絶対的な刃の如き言葉が彼女の形の良い唇から飛び出してくる。
誰もを虜にするというものではないが、冒険者たちにはこれくらいでちょうど良い。
感情を感じさせない機械的ではあるがその美声は聞く者の耳に確かに滑り込む。
「う……はい」
「既にパーティ脱退処理は完了していますので、受けられる依頼は少ないですよ」
「わかってます。簡単なので良いのでください。今日は色々試したいことがあるので」
「パーティ紹介もできますよ」
「ありがとうございます」
「お礼は不要です。当然の仕事です」
そう言うが、それこそが彼女の優しさであろう。むろん、考えてやっているのではなく素であるのも彼女が人気であることの秘訣だろう。
言うべきことは率直に言い、その上でできる限りのことをしてくれる担当者というのは当たりと言わずしてなんというのか。
「そうですか。それではこちらを」
すっと依頼書がカウンターの下から出て来る。
「ポーションの調達依頼ですか?」
かつてポーションは塔や迷宮の内部からしか得ることのできない貴重品であったが、錬金術と蒸気機関の発達により工場での大量生産が可能になった。
それゆえかつては稼ぎ頭だったポーションの価値は下落し、今では手に入れても多少金の節約ができる程度になってしまっていいる。
ただ、それも最下級ポーションなので、上位のポーションであれば金貨数百枚などで売れたりなどすることもある。
蘇生という奇跡の中の奇跡が行えるポーションはそれこそ天井知らずで値が吊り上がるであろう。
それを取ってくるというのであれば一般人には荷が勝ちすぎる。
もちろんそのような危険な仕事は冒険者の依頼となるが、カウンターの上に置かれた依頼書によれば今回の依頼はただのポーションの納品であった。
「はい。昨今、企業テロルによって工場が破壊されたことは知っていますか」
「一応は」
アパルトメントの大家が住人達にわざわざ差し入れてくれる高級紙の一面を飾っているのをリードは知っていた。
工場による大量生産により、かつてはポーションの錬成を担っていた錬金術師たちが失業、その状況を変えようと立ち上がったのが退廃的錬金術教団と呼ばれる者どもである。
彼らは日夜このリンデンバオム王国にて企業テロルにいそしんでいるようであった。
「それにより一時的にポーションが品薄になっており、その埋め合わせの依頼が大量に出されました。冒険者の数は多いですから、彼らがその依頼を受ければそれなりに数は集まります」
「なるほど……」
もちろんポーションなど掃いて捨てるほどに入手可能な代物であるので、依頼料は相応に少ない。
ただそれ以下の値段でしか売れないポーションに価値が生まれるのならばと小遣い稼ぎとして、ついで受けする冒険者らはいた。
「わかりました。これを受けます」
「では、受注処理を行います。依頼品の納入を以て依頼完了と致します。数が揃えばそれ相応に増額が行われます」
「ありがとうございます」
「では、行ってらっしゃい、リードさん。あなたに神々の加護のあらんことを」
「はい!」
受注処理をされた依頼書を持ってリードは早速塔へと向かう。
巨大な白亜の塔は天高くそびえ立っている。
広場にはリードと似たような格好をした冒険者たちが続々と塔へと入っていくところであった。
巨大な門の前には漆黒の石碑があり、そこには幾人かの名前が刻まれている。
神々が記すそれはこの塔で偉業を成した者に与えられる栄誉であった。
そこにはリードの両親の名も刻まれていた。
――九十階層初到達者。
その栄誉を両親は賜った。
「行ってくるよ」
そう両親の名に告げ、門をくぐる。
薄い皮膜を通り抜けるような感覚があり、身震いする変化が巻き起こる。
門の内側はまさしく別世界。塔の大きさとはまったく合わない広大な空間が、神々の奇跡により成立している。
ここから冒険が開始と思うだろうが、塔の第一層に足を踏み入れた者がまず感じるのは猥雑さだ。
目がくらむような光が収まり、視界に広がるのは巨大な都市の遺構。
しかし、そこには今や数多くの光がある。
蒸気科学がもたらした火の光が薄暗い第一階層を星々の空のように照らしていた。
それから活気。
通路には数多くの冒険者が練り歩き、商人たちの露店がある。
あるいは、第一階層の建物を利用した冒険者たちの下半身事情を支える女たちの花園やら遊び場やらがひっそりと存在し手ぐすねを引いて冒険者たちを待ち受けていた。
そうでなくとも宿屋に休憩所もあり、一種のベースキャンプとなっている。
街が外にあるのに中にも作ってしまうのは流石は人の業というところか。
というか、実は逆である。
まず最初にこの塔内に街ができあがり、そこでは足りぬと外に広がったのがこのアンテルシアの成り立ちである。
なにせ最初から街の街区が出来上がっていたいたのだから、利用しない手はない。
塔が作られた当時は勇者と魔王との長い戦いの後で疲弊も大きかったゆえの献策だったのだ。
しかし、このような状況であっても完全に危険が駆逐されたわけではない。
魔物は常日頃から湧いて出ており、リードの感知するところで魔物に襲われていたが、すぐに討伐され普段通りの日常に戻っている。
殺された者がいた場合は、群がるように人が集まり、金品やらなんやらはぎ取って後に残るのは死体ばかり。
いや、死体が残るのはまだいい方だろう。
近くに年季入ったごろつきの類でもいようものなら、死体すらアングラな死霊術師などに売りさばかれているところである。
たくましいことこの上ない。
「さて、まずは二層からだな」
探索をするならまず二層から。
それが塔をのぼる冒険者たちの常識である。どこの塔も第一層は街になっているからである。
塔の第二階層もまた遺跡である。ただし、一階層が石で築かれた街出会ったのに対し、こちらは石組みの迷宮然とした違いがある。
そこにくれば先ほどの活気は薄れ、無音の大音量が溢れ出す。
塔と迷宮の両方に言えることだが、階段などの装置を利用し階層をまたぐとがらりとその表情を変える。
一気に薄れた人気と増大するのは魔物の気配。
「さて、目的はポーションじゃなくて戦えるかだからな」
第二階層の地図を荷物の中から引っ張り出す。
主要通路は今も冒険者たちが最前線目指して昇っていくところである。
当然、黄金の剣もいつかはそこを通るので、その周囲で戦いたくはない。
広々とした第二階層であまり人の来ない場所へと向かう。
途中に宝箱があれば開くが、多くは既に冒険者たちが取っていった後である。日に一度、宝箱は迷宮に設置される。
地図にも載るくらいなのですぐに行かなければとられてお終いだ。
「この辺りで良いかな」
結局、宝箱はハズレであったが、ようやく人のいない場所にこれた。
好都合にも魔物の気配もする。
『キェエエエエエエエエエエエ』
そんな声を上げるのはホーンラビットと呼ばれる、角の有る兎である。
その肉は結構、旨味があるので見つけたら狩っておくのが良い魔物の一匹だ。
強さもそれほどではないので、相手取るには十分であった。
ただしスキルがあればの話なのでリードが戦うのは久しぶりだ。スキルなしで戦って酷い目にあったのを覚えている。
緊張で震えながらもリードは剣を構えた。
「よ、良し、行くぞ」
それと同時、戦闘意欲を感じ取ったホーンラビットがリードを赤い瞳で睨み、突撃してきた。
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