第19話 記す
あらゆる状況がせわしなく動く、まさしく台風の目となってしまったリードたちは塔から出ることなく百層の所有者としてここに居座ることにした。
ヨンレンの酒場があるから当面の生活には困らないし、変なやつは九十階層を越えてここに来たとしても魔人ヒルデグンデが追い返す。
「…………」
そんな中でリードは考えていた。
「これから僕はどうすればいいのかな」
姉を助けるという目標は達成してしまった。
というか、もっといろいろな冒険があったりして、その後にとか思っていたのだがあっさり治る時には治って姉はまさかの魔人と結婚というスピード展開に頭がついていかない。
「はぁ……」
姉の結婚については地味にショックを受けている。
別に反対とかするつもりはなかったのだが、もっとこう感動の再会やら久しぶりの団欒なんてものがあったのではないかと。
そんなことを女々しく考えてしまうわけで。
「はぁ……」
「溜息を吐くと幸せがにげるわよ」
酒場でくだまいているところにシュネーがやってくる。
「部屋から出るのは珍しいね」
「ワタシを何だと思ってるわけ? そもそもここ以外に娯楽がほとんどないんだから流石に来ることになるわ」
「そっかぁ」
「……覇気がないわね」
「目標達成しちゃって」
「燃え尽きたって?」
「まあ、そんなとこ」
冒険者ならもっと上を目指すなどという目標もあるかもしれないが、リードが冒険者をやっていたのは姉を治す手段を探すためだった。
別に姉を治したのだから、冒険者を続ける意味もない。
「で、日がな酒場に入り浸っているってわけか。馬鹿野郎から駄目人間に格上げね」
「それ格上げなの?」
「さあ」
「おや、リードさん……とシュネーさん」
そこにアルシェもやってきた。
彼女が酒場に来ると言うのは珍しい。
ギルドにいた頃から彼女が酒場などの娯楽場に出たことなどほとんどないように思える。
少なくともリードは見たことがない。
「珍しいですね」
「ここ以外はハリボテなので必然ここに来てしまいます」
「ああ、街の区画はできたんでしたっけ」
「管理者権限というやつは便利ですね。指示するだけで出来上がってしまいました」
「曰く、天地創造の練習だとか」
フロアを与えられるのは次の神になった際に天地創造などの世界の運営ができるように練習する場として与えたというのが、シュネーの鑑定の結果である。
全然趣味じゃないじゃないかと武神に言ったが、主神の考えることなんぞわからなんと真正面から言われてしまえば毒気も抜けるというもの。
「それでリードさんはルベルさんたちについて九十台階層の調査に行かないのですか?」
「あー……」
ルベルたちは今、カティと一緒に九十台の階層の地図を作製しているところだ。
武神を倒した今、ルベルらは強さの段階というか存在としての階梯が一段上がった状態にあるというのがヒルデグンデの談であり、上三百階層くらいまでならどうとでもなるという話だった。
なにせ、二周目で戦える武神に勝利したのだから。
まず間違いなく人類としては現状最高峰と言わざるを得ず、しばらくはルベルらを害せる者はいないだろうということだった。
おかげで探索は非常にスムーズに進んで地図もあらかたで来ているのだとか。
カティはそれを格安の値段で売りに出して自慢しているらしい。
地図師御三家他の二人はそれはもう親の仇みたいな顔で涎たらしながら絶頂していたとかなんとか。
「なるほど、目標を失って無気力と」
「まあ、もう冒険者を続ける必要はないわけで」
「それなら安定した職に就くのも悪くないと考えているわけですね」
「そういうわけです」
目標だった姉さんの治療は簡単に済んでしまい、現在あのヒルデグンデと結婚生活である。
流石に気まずいので百層の一画をもらって暮らしている。
「どうしようかなぁ」
「ふむ……」
さて、これにはシュネーもアルシェも何もできない。
冒険者というものは他人から言われた目標に従って生きていけるようなものでないことはギルド勤めであった二人は知っている。
問題はこのあとであるのだが、それは二人の胸中でのみの事柄なのでここでは言わないでおく。
とかく、リードが何かしらの目的を見出さない限りはここで終了とあるわけだが――。
「追いついた、ぞ、リードォォオオ!」
地の底から響くような怨嗟の声あり。
聞き覚えのある声の主は――。
「アルノール?」
ズタボロにされたアルノールであった。
九十階層突破、百層解放の知らせを受けた冒険者の中で最も素早い行動を示したのがこの男である。
準備万端と整え進行を開始した魔人どもの機先を制してできうる限りの手段をとり彼はここまで駆け上がってきたのである。
彼が幸運だったのは武神ヒルデグンデが新婚生活にうつつを抜かしていたことである。
アレは神の中でも無類の女好き。
英雄は色を好むというが、この武神はそれをより深く煮詰めたものであるが故に一時的な空隙が生じていたのである。
おかげで黄金の剣は無事に百層へ辿り着いた。
それまでに払った代償はただいなものがあったが、それでも二番手という栄誉を得られたことは望外であろう。
ただし、それで納得できるかは別問題。
納得できないからこそここへ飛び込んできたのだ、この男は。
「リードォ!」
「さて、ワタシは帰るよ。あとは二人で頼む」
「では、仲介として私は残ります。見届け人が必要ですから」
「っむ……」
「どうしましたシュネーさん」
「…………ワタシも残る」
「そうですか」
何やら女二人の戦いっぽい何かも脇に置いておいて。
「このオレと戦え!」
どうやらこちらでも戦いが勃発しそうな気配。
「なんでだよ?」
「何ででもだぁ!」
「では、見届け人は私が引き受けましょう」
「ええ、僕の意思は……?」
「チャンスだよ。ほら、元パーティリーダーをボコれるなんて、早々ないじゃないか」
「いや……」
まあ、恨みがあるかないかと言われればリードにはあると言えるのだが、今更である。
自分は既に目的を果たした。
冒険者としてのリードの冒険は終わったのである。
むしろ追放されたおかげで色々と話が進んだ面もあるから感謝してもいいかもしれない。
そう思うほどである。
いや、流石に感謝は言い過ぎかもしれないが。
「別にもういいかなって」
「ふざけるなああ、オレと戦えええええ!」
剣を抜く。
この百層まで来た剣士スキルによる抜剣術。
神速最速で首を刈らんとする。
「えっと」
だが、そんなもの武神と比べれば遅い。
オーバートレントにすら劣っている。
それらを倒し、各種称号をそろえ武装も二周目のものとくれば、もう負ける方がおかしい。
リードは抜かれそうな剣を引き戻し、そのまま剣すら抜かずに酒場の外までアルノールを投げ飛ばした。
「がはっ!? な、なにが!?」
アルノールが投げられたのだと気がついたのは通りに投げ出されてからである。
これにはアルノールも顔を赤くしてさらに剣を抜いて向かってくる。
「やめようって、僕は――」
「オレはあああ、オマエよりいいいい、強いんだよおおおお!」
ぶんぶんと剣を振り回し、攻撃を加えようとするがリードには通じない。
全ての剣を紙一重で躱されてしまう。
「くそ、くそ! どうして当たらない! オレはアルノールだぞ。黄金の剣リーダーなんだぞおおお!」
「いや、だから」
苛烈さを増す剣戟には何を言っても無駄だという気迫がある。
しかし、戦う理由はもうないのである。
追放された恨みを返す理由は姉が救われたおかげでないし、おかげでルベルさんたちにも会えた。
一言謝ってほしいがアルノールの性格はわかり切っているのだから早々に諦めている。
だからこれはもう本当に何一つ意味のないことなのだ。
「くそが、雑魚のくせに、何もできない雑用が。読書するしか能のない無能が! なんで九十階層だけじゃなく百層まで突破してやがる! なんでオレじゃなくてオマエが石碑に刻まれるんだ!!」
「それは運が良かったというか」
読書スキルの真価が発揮されたからであり、リードは何ら特別なことはしていないのだ。
しいて言うならば天稟であり、運命と言わざるを得ない。
そういう星の下に神々が祝福したというだけの話。
単純明快、アルノールがそうでなかった理由は、神の気まぐれに他ならないのだ。
「くそ、くそ、くそおぉ!」
パーティリーダーとして上手くいかない冒険を支えてここまで乗り越えてきたのだ。
それなのに目の前の男はへらへらとしてる。
これだけ必死に攻撃しても一発も当たらない。
理不尽だ。
おかしい。
「なんでだああああああああああ!」
喉が張り裂けんばかりに叫んだところで何一つ結果は変わらない。
リードには一発たりとも当たらないし、当たったところで気功のスキルで強化された肉体には痛痒にはならないだろう。
アルノールが持っている剣も魔剣に並ぶ名剣ではあるのだが、如何せんリードが装備している衣類などは二周目で手にれるはずの武器なのだ。
その難易度に挑戦するためだけのものであって一周目の武具とは性能が違う。
「くそ、くそ、くそぉおおお! ふざけるな、ふざけるなよちくしょううう!」
「魔法はなしだろ!」
契約した魔法が放たれる。
流石に魔法には当たりたくないリードも剣を抜く。
ようやく剣を抜いたことに気をよくしたのか笑みを深めて魔法を放つ。
「この! いい加減にしてくれ!」
リードはその全てを切り裂く。
しかし中に爆発魔法も混じっていたのか爆炎で視界が防がれてしまう。
「リードォォオォ!」
その中を爆炎を引き裂いてアルノールが突っ込んでくる。
剣を引きしぼった構え。
躱すでは間に合わないと見るやその剣を黒剣で受け止める。
「は?」
空気の抜けたような声はアルノールから聞こえた。
振りぬいた剣が黒剣に触れた瞬間に折れていた。
無茶をした代償など様々な条件はあるが一番は黒剣との耐久度の差だ。折れず曲がらずの剣に全力で打ち付けた結果、アルノールの剣は無惨にも半ばから折れてしまっていた。
「ああああ!?」
これにアルノールは狂乱し、滅茶苦茶に剣を振り、魔法を放ちまくる。
「このやめろって!」
それをリードは一閃する。
もちろん峰であるが、リードの打撃はそれだけでアルノールを戦闘不能にするだけの威力を持っていた。
「がぼぁ――」
アルノールは吹っ飛び地面に転がる。
「何がしたいんだよ、お前は」
「くそ……くそ……オレは、オレはああ、オマエに負けるはずがねえんだ。何かの間違いだ、何かの……」
頑なに認めようとしないのは感心するほどであるが、見事な無様さである。
ここまで強情になるとなんというか怒りも哀れみも通り越して呆れてくるほどだ。
やれやれと剣をしまったところで隙ありとばかりに魔法が飛んでくる。
「くらえええ!」
「はいはい」
一息で抜刀。
魔法を躱し、再び峰を叩きつける。
「げぴ!?」
「あ、やべ、咄嗟だったから変なとこ入ったか?」
まるで空気でも抜けたような声を出してアルノールは倒れる。
動かない。
もしや殺してしまったかと焦るががばりと起き上がる。
「ふ、ふふふふふふう、ふはははははは!」
「こ、壊れたか?」
もう一回叩いたら治るだろうか。
などと考えている間に。
「リードォォオ! 喜べえええ。その強さならまた黄金の剣に入れてやろう!」
そんなことを言い出した。
「はぁ?」
一体何を言っているのだろうこいつは。
「いや、入るわけないだろう」
「な、なんだと!? このオレが誘ってやっているんだぞ!」
「ルベルのパーティがあるから別に。もう黄金の剣に未練はないし」
「じゃあ、そのパーティもうちに入れてやろう」
こいつは本当に何を言っているのだろう。
変なところを殴ってしまい本格的に壊れたのかもしれない。
「さあ、どうだ?」
「ねえよ」
もう面倒くさいのでぶん殴ってやった。
「ごはぁ!?」
それからぴくぴくと倒れて白目向いて気絶した。
「ふぅ、本当に何なんだこいつ」
「おーおー、そうかー。凄いパーティなんやなぁ!」
そこになぜか黄金の剣の女子連中に囲まれたハイゼが現れる。
どうやら探索から戻ってきたようだ。
「お、リードってなんやこの状況」
「まあ、何か殴りかかってきたからあしらった感じで」
「ほーん」
「で、ハイゼこそ何で黄金の剣の面々と?」
「ふっ、かわい子ちゃんにはどこの誰だろうと声をかけるのがわいや」
それだってリードを追い出した奴らである。
リードとしても色々あるし、アルノールをぼこったように見える彼を前にして黄金の剣の面々は顔をそらして撤退の構えである。
唯一新人のマリンだけはどこかすっとしたような顔で倒れ伏して無様に叫び続けているアルノールを見ていた。
「君がやったの? ありがとう!」
と内心を吐露しているのも気がつかないあり様であり、アルノールの人望のなさにリードは哀れみが湧き上がってきたほどだ。
「はぁ、もう気にしてないから。僕は僕でやってたわけだし。関わってこないなら好きにしていいよ。それとこいつを回収していってくれ。ハイゼ後は任せる」
「おーう」
そう言ってリードはその場を去った。
「はぁ……」
「やってから後悔するのっていつものこと」
「言わないでくれよシュネー」
「で、どうだった気分」
「何とも」
「微妙と」
意図せず復讐した形になるがあまりいいものではなかった。
復讐をすることを否定するわけではないが、あそこまで無様なものを見せられると溜飲が下がるどころかいっそ哀れみを感じてしまう。
そんなものに怒りを向ける価値もなにもないという感じであった。
「いや、まあ、少しはすっきりしたかもだけどね」
まあ、多少すっきりしたと言えなくもないが、今の自分はあの頃よりも恵まれているし幸せであるとリードは感じている。
今はそれだけでいい。
「うん、まあゆっくりしようかなぁ。なんて」
「まあ、良いんじゃない? 働くより働かずにゆったり過ごす方が良いし。てきとーに自伝でも書いたら売れるかもよ」
「あー、そうか。そうしてみるかなぁ」
時間はあるのだし、冒険者手帳のまとめやるのもいいからそれを自伝にしてみるのもいいかもしれない。
「やってみるよ」
「ん、できたら見せてね」
「わかった」
そう約束をしてリードは自宅へ戻って早速作業に取り掛かるのであった。
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