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第18話 決着

 ――全滅。

 ここで冒険は終わってしまった、となっては興ざめであろう。

 そうここで終わりはしない。

 奥義無間は放たれ前衛三人はあえなく脱落となるその直前。

 さて、動いたのは一行の中にあってなお武神が目もくれなかった者であった。


「させない」


 隠形の術理にて隠れ、虎視眈々と隙を伺っていたわけでもなく、ただ成り行きを見守っていただけの女。

 鑑定師シュネーである。


 彼女に施された防御の数々。

 というか、手に入ったはしから全部鑑定してと与えられ、それが防御や回避の効果を持っていればそのまま装備させられていたという彼女の防御力は実はこの塔と比肩すると言っても良いレベルなのである。

 いや、少し言い過ぎたかもしれないが、とかく理不尽から組み上げられた神の一撃ならただ一度受け止めることができる程度にはなっていた。


 そんなことを知ってか知らずか。

 元より知らずとも、そうでなかったとしても彼女はきっと意識を取り戻してからずっと、この場面で飛び出していたことだろう。

 そこに打算はないし、ただ純粋にリードを助けたいという思いで動いた。


 だから、盾となってその身を護って一瞬でも生きながらえてもらおうとした行為は実を結ぶ。


 発動する防御機能の全ては彼女から過剰に魔力を絞っていったけれど、かろうじて命だけは残った。

 奥義はそれにて一行の誰一人すら傷つけることなくフロアの半分を消し飛ばすにとどまる。

 そんなものを受けては防御マシマシのシュネーも倒れて。


 代わりにリードが起き上がる。


「はは、なんと」


 完全に足元をすくわれた形ではあるが、それでも心底楽しそうに武神は笑う。


「はあああああ!」


 リードは剣を振るう。

 幼馴染が作ってくれた好機である。

 奥義を放ったことによる硬直。


 一瞬だろうと何だろうと、それは明確な隙。

 武芸者ならば誰一人として逃すことはなく、ルベルもエラトマも同様、血を流しながらも武神へと攻撃を放っていた。


 烈風、閃光、炎焔の如き一撃がそれぞれ隙へと叩き込まれる。

 さしもの武神もその一撃は芯へと多少なりとも響くものであった。

 戦闘を初めてこのかた、無傷であった武神へと一筋の血が流れる。


 さらに続けざま。

 エラトマが振るった巨剣の腹で武神を宙へと打ち上げる。

 回転を継続。

 そのまま二段目と言わんばかりにルベルを打ち上げた。


「セイッ!」


 放たれる刺突。

 空間そのものを激突させるほどのそれを攻撃として加えながら武神よりも上昇。

 さらに追いかけてきたリードの斬撃が奔る。


「はは。良いぞ。空中戦とは久しい!」


 その一撃、首をそらして躱したところで返す剣が翻る。

 ルベルの槍を足場に加速した一撃。

 拍子外しの一撃が武神の肩筋へ刃を入れる。


「――――」


 エラトマが飛び上がり、落ちるリードをさらに打ち上げた後、互いの得物を足場として空中を駆けるリードらはすれ違いざまに斬撃を武神へと繰り出す。

 縦横無尽に互いの武器や攻撃を足場としながら武神を翻弄する。


「…………!」


 ここまでくればリードの意思は本当になくスキル任せであった。

 オーバートレントの時と同じであるが、まだまだリードの意識に剣聖のスキルが根付いていない証拠であった。


「違うだろう」

「っ!」


 そこを強引に武神に引き戻される。


「うわあ!?」


 空中での戦闘機動などリードには埒外である。

 バランスを崩し落下する。


「違うだろう。己の意思で斬る。それが剣の道だ。貴様、我を失望させるでないわ。己で斬れよ。ほしいのだろう? これが」


 その手に賢者の石がある。 

 赤く、この世の何よりも赤い石がそこにあった。


「……は?」


 その瞬間、剣を振ろうと思ったのかはリードにもわからないが、望んだままに身体が動いた。

 石を手にしようと滅茶苦茶に剣を振るった。

 だが、その一撃は武神の腕を切り落としていた。


「フハハハハハ! そうよ、それよ! 意識を手放すな。剣の先まで己を意識しろ。そして、望め、望むままに剣を振るえば良い! フハハハハ!」


 そのまま地へ降りると同時に、百階層のフロアの封印が解ける。


「良いぞ、貴様ら。楽しめたわ!」

「は……え? 終わり?」

「あー、どうやらそうみたいだねぇ」

「―――」

「つ、つっかれたぁああ」

「えへ、えへへへ、未知ぃぃぃ!」


 カティが百一層へ走り出そうとしたところをヒルデグンデに掴まれる。


「まあ、待て」

「えっと、本当に?」

「そうだ。我の腕を斬ったのだぞ? そんなやつを通さぬほど我も心は狭くない。それにこれ以上やると我本気を出して貴様らを殺してしまう。貴様ら殺すとまた以前の状態に逆戻りであろう。それはゴメン被るのでな」

「それにしたってもっとこう、何かないんですか?」


 あまりにも突然、終わったせいであっけなさの方が勝る。

 といってもこれ以上戦う余力などがあるかと言われれば勘弁してほしいところだった。


「ああ、外の石碑には色々と表示されているだろうな」

「これ帰ったらまーた大変なことになるんじゃあないですかねぇ」


 ルベルが帰った時のヤバさを思って辟易したように座り込む。


「さて、貴様らはまずこの百層フロアをどうするか決めねばならんぞ」

「はい?」

「貴様らがこのフロアの主となったのだ」

「なんですと?」


 気がつけばいつの間にか壊れたフロアは修復されており、ボスフロアの面影は消え去っていた。

 かなり広大な空間が広がっている。

 あの大伽藍の有った空間よりも広い。

 一つの街ほどはあるのではないかと思えるほどであった。


「百層のボスはいなくなると言っただろう?」

「それってこういうことだったんですか!?」

「そうだ。そして、ここを好きにできる。百層まで来て拠点がないと千階以上もの探索なんぞ無理だろうから街でも作るが良い」


 考えてみればそうだが、転移もあるのだしそれでいいのではなとも思う。


「神の趣味だ」


 そう言われては何も言えなくなる一行であった。

 まあ、塔の中に拠点があるのとないのでは探索の準備の差なども色々あるだろうし、


「趣味ねぇ。じゃあとりあえず、入口にあんたの闘争ゾーンを作って、来る奴を足止めするってのはどうだい? あたしらだけ百層のフロアボス倒させられるってのは不公平だからね」

「ほう! 貴様は良いことを言うではないか槍女。今は眼の色変えて昇ってくるだろうからな。我が楽しめる相手と戦えるということだな、合法的に!」

「そうだよ。というわけでゲートキーパー頼むわ」

「任されよう」


 まあ、実際は別に何も思いつかなかったし、このまま帰ったら大変になるのでその算段をつけるまでの間の足止めである。


「さて、集合」


 ヒルデグンデを遠ざけてからルベル一行は集合する。


「で、どうする」

「どうすると聞かれまても……」


 どうしようもない。

 誰もここをどうこうする案など持ち合わせていない。


「だよねぇ……」

「えへへ、ここの所有もたぶん石碑で発表されてるだろうから逃げ道なし、えへえへ」

「というか、僕は早く姉さんに賢者の石を持って帰りたいんだけど」

「帰った瞬間色々なやつらに囲まれてそれどころじゃなさそうなんだよねぇ」

「なるほど、きみの姉を此処に連れてくればいいのね」

「うわあ!?」


 突然現れたヨンレンに驚く。

 まるで空中から現れたかのようだ。

 いや、今更こいつの登場に驚いてどうするという話だが。


「あんた、ここにも出てこれるのかい」

「ここは酒場と同じ領域だから。それに、ここにも酒場は設置する」

「それより僕の姉さんを連れてこれるの?」

「初回サービス」

「そんなサービスが?」

「いや、此処までくるのに九百七十年もかかってるし、少しはサービスしてもっと頑張らせろって主神が」

「主神は大丈夫なのそれで……」


 はなはだしく世界が心配になるようなことを散々しまくっている気がする。

 主神と言えば全知全能ではないのだろうか。



「アレは全知全能の力を持った馬鹿だから。後先考えずに世界作って面倒だからって末端作って思い付きを部下に投げてるアレな上司」


 それは主神に対して言い過ぎなのではと思わなくもないが、ここで反論して連れてきてくれないのが面倒なのでリードは言わないでおいた。


「まあ、ここに人が呼べるのはありがたいねぇ。あたしらだけじゃここどうしようって手が足りないんだよ」

「なら、ついでにもうひとりくらいは連れて来てもいい。その代わり早く塔を昇ってもらうけど」

「お、ならアルシェも連れてきてくれ」

「了解した」


 ヨンレンが消えると、次の瞬間にはまた現れて何が起きたのかわからない様子のアルシェとベッドごと転移させられたリードの姉がいた。


「ただし彼女たちはこの百層から出られない。自分が行ったことのある酒場に転移するのも無理だから」

「え、それ帰れないんじゃ」

「そうなる」

「そうなるではありません。ギルドの業務もあるというのにどうするのですか」


 いち早く復帰したアルシェがヨンレンやルベル相手に現状把握に努める間に、リードは賢者の石を姉へと使用する。

 これで聞かなかったらどうすればいいのかと思っていたがあっけなく姉の結晶病は感知した。

 今までの苦労などまるでなかったかのようにあっさりとだ。


「姉さん……よ――」

「なにしとんじゃおまえはあああ!」


 そしてぶん殴られてぶっ飛んでった。


「えぇ……?!」

「なんや、敵か!?」

「あちゃぁ……」


 驚愕するルベルとハイゼの横でシュネーが頭を抱えていた。

 だが、一番わけがわからないのはぶっ飛ばされた張本人であろう。


「は、え?」

「何をしているのか、おまえは! 昔っから自分のことより他人優先して!」

「え、いや、でも……」

「わたしの為に冒険者になる。パーティ追放されたのにひとりでやろうとする。挙句、神に挑むとは何をしているのおまえは!」

「え、あれ、何で僕が怒られてるの……?」


 リードとしては唯一の肉親である姉を何とか助けようと必死にやったことなのに、どうしてそれでその姉が色々と把握してて、自分を怒っているのだろう。

 これがとんとわからない。


「いいか、おまえはわたしなんてほっぽってさっさとシュネーちゃんと結婚でもなんでもして図書館で司書でもやりながら余生過ごせばよかったんだよ、ばかたれ!」


 ドンッ! という効果音でも似合いそうに仁王立ちしてリード姉はそう弟に言ったのである。

 いっそすがすがしく、早速、胸のひとつでも揉みに行こうと思ったヒルデグンデですら動きを止める始末。


「いや見捨てられるわけないだろ!?」

「見捨てなさい。わたしの為に弟が危険な仕事に就くとか、お姉ちゃん道に反します」

「お姉ちゃん道ってなに!?」

「弟を導く道よ! まったく。でも、助けてくれたからお礼は言うわ、ありがとう」

「最初からそれだけ言ってほしかったよ……」


 ただこれもまた姉っぽいとも思ってしまうのだ。

 昔から言葉より手の方が早く出るタイプだったから。


「ふむ、剛毅な姉君であるな」

「何この子」

「魔人で武神のヒルデグンデである! 早速であるが、我は貴様が気に入った、我のものになれ」

「年収はおいくらで?」

「これくらいだな」

「安定してます?」

「とてもな」

「じゃあ、結婚します」

「えええええええええええええええええええええええええ!?」

「リードは驚きすぎなのよ。世の中、金と力よ。魔人をこちら側につければ面倒なことの防波堤になるし」

「我防波堤扱い。しかし、魔人を防波堤扱いするとは良い。益々に気に入った」

「それに病気の前から行き遅れって言われてたし、ショタ好きだし」


 驚天動地のスピードにリードの脳は追いつけないし、もう驚愕に驚愕が重なりすぎてわけがわからない。

 何なんだこれは。


「よし、結婚式は盛大に開いてやろう」

「でも、わたしここから出れませんからここに教会が必要ですね」

「安心しろ、このフロアの所有者が許可すれば大抵のものは作れる」

「なら他にも色々必要ですね。何ならもう街を作ってしまいましょう」

「うむ、それが良いな」


 このフロアの管理者であるルベル一行そっちのけで何やら話がものすごい速度で進んでいく。


「え、えぇ……」


 あっけにとられるリードの両肩にシュネーとハイゼがぽんと手を置いた。


「まあ、こっちに何か案があるわけじゃないから話が進む分にはちょうどいいわなぁ。もう全部任せちまおう。適当に街作って管理はアルシェに任せる。あ、税とか定めてこっちに金が入るよにしよう。それがいい」

「仕方ありません。ギルド支部をここに設置するとします。入居者は最低でもここまで来れる者に限られるのでさほど問題にはならないでしょう。魔人ヒルデグンデがいるのなら早々下手なことはできないと思いますし。ですが、説明はどうしますか。私は出られませんので」

「もうカティに任せる」

「えへへ、こんな時だけ丸投げ。えへへ、でも誰も知らない詳細情報を知ってる優越感。んぁぁ……ふぅ……じゃあ、行ってきますね」


 というわけで全部のしきりと説明などをぶん投げたルベル一行は、とりあえずこのフロアに最初に自分たちの拠点だけ設置することにして、早々にそこで休むことにした。

 強行軍の上に色々とあったわけなので、それはもう眠りたかった。


「というわけで、義弟、よろしくな!」


 魔人の義弟になったリードは冒険手帳にこれまでの顛末を書いて嘆息したという。



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