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第17話 武神

 まず――その戦いの開始点はルベルではあった。

 一撃を放ち防がれた。

 闘いの一幕としてはそれが開始だったはずである。


 しかし、真に闘争の始まりはやはりこの男であったのだ。


「行くぞ」


 ゾォォンと、武神が言の葉を発しただけで空気が嘶く。

 ただそれだけ、行くという意気を滾らせただけでこの場そのものが神の駆動に震撼していたのだ。

 神とは理不尽から生まれたもの。

 各種属性を人の信仰によって与えられてはいたけれど、それはその属性に理不尽がくっつくようなものであって――。


「ひぃ、なんやあれ!」


 ハイゼがあまりにあんまりな魔力の高まりに悲鳴を上げる。


 手の中に魔力を集めただけでまるで炎でも燃えているかのような密度を生み出していた。

 揺らめく炎のように見えるが、それにはまだ何一つ属性が与えられていないただの魔力。

 似たようなことならハイゼですらやることができるほどの技に過ぎない。

 だが、それを格上がやればこうなるというお手本であった。


 触れられるほど、というか固形物ほどに密度の高まった魔力が揺らめき武神はそれを手の中で砕く。


 刹那、彼の肉体を駆け巡る魔力が彼の肉体そのものを活性化させていく。

 化身としての彼は人間である。

 人間の機能は神の機能からみればひどく限定的かつ一部しかない。それを無理矢理にでも目覚めさせていく。


 刻一刻と圧力が高まっていくのがわかる。

 このままではまずいことになるとわかっていても動けない。

 風が凪いだ時、全てが遅すぎるのだと一行は悟った。


「防――」


 防御を指示しようとしたルベルの戦闘勘はさえわたってはいたけれど、一歩二歩ほど遅い。

 その刹那に武神の戦闘準備の方は完了していたし、何より超越神化の段階を果たす。

 これにて開戦二周目の武神との戦い。


 本来ならば一巡していなければ現れない神の本領の一端へ足をかける行為である。

 スキルが二つでギリギリ神威が足りるか足りないか。

 あとはもう本人たちの技量次第。


 剣戟が吼えた。

 桜火竜の息吹が可愛いというレベルの威力で放たれた斬撃は当然のように飛翔する。

 都合十もの斬撃全てが物理的質量を持った現象の域にまで達しており、なおかつ生半可では防御不可能という切れ味。

 それでもまだ余技だ。


「くぅう――」

「えへ、これ笑うしかない」


 あのカティですら表情から笑みが消える始末。

 ならばほぼ一般人の鑑定師など防御機能を全開で使ったところで気絶は免れず、壁の端までフッ飛ばされてしまった。


「シュネー!」


 幼馴染がやられたことに動揺するリードは、武神にとってはカモでしかない。


「よそ見をする暇はないであろうが二周目男。貴様が中心であろう、そらしっかりと防げよ」

「く――!」


 辛うじて放たれる黄金の剣に黒剣を合わせることができた。

 神威で固められた黄金の武威そのものを受けてもオーバートレントの根源剣はへし折れることも刃毀れすることもなかった。


「ほう、良き剣と育っているではないか。我が剣を受けて無傷とは」


 当然だろう。

 元々このように武神と戦うために用意された武器のひとつである。

 決して折れず曲がらずというのは、武神と戦う上で必須なのだ。


 あれはあらゆる武術の神である。

 当然のように武器破壊の技も修めている。

 一呼吸のうちにそれらのうちのいくつかを、イムナンテンの鎧崩しだとか、カイジャール・ローの剣殺しだとかを繰り出す。


「くぅっ!」


 それらの連撃は全ての狙いが剣であったから辛うじてリードの技量でも受けきることができた。

 もしこれが己の身体を狙ったものであれば、首が五度は飛んでいただろう。

 それほどまでに隔絶した技量を提示されてなお、リードの手の中の剣に罅もない。


「はは。硬いなもっとも硬く長きものよ。その根源であれば神の武技すら通じぬとは愉快愉快。これよ、我が求めておったものとは!」

「そうかい。なら別の神様とやらでも戦っていればいいんじゃないですかねぇ!」


 そこに突き込むのがルベルだ。

 補助魔法の軌跡を引きながら魔槍を駆動させる。

 韋駄天のスキルもあって彼女の速度は既に音を越えて光へと迫る勢い。


 ありとあらゆる知覚を振り切る勢いの突撃を黄金剣へと叩き込む。

 いや、元の狙いは心臓であったからこれは受けられたというものだ。


 轟音と衝撃がフロアを爆ぜさせる。

 もはや壁そのものが砕け、漆黒の空間と化していたけれど、そこをのぞき込むのはやめた方が良いと一行の本能が悟っていた。

 そこにあるのは何かもっとヤバイもので、気にするだけ無駄であるし、気にするだけの余裕もない。


「――――!」


 だから気にせず攻める。

 冗談のような巨剣へと己の武装をランクアップさせていたエラトマが武神を頭から両断せんと振るうが、やはり黄金の剣に阻まれる。

 生半可な剣ならばへし折れる衝撃だが、二周目の武器は全て神用と戦うためのもの。

 彼らの神威の中でも折れないは最低限。


 まあ、そのおかげで重たいやら使い難いやらなのだが、そう考えるとおかしいのはルベルの魔槍だろう。

 別に塔由来のものでもないし、二周目の武具で槍がでてもカジョールの魔槍を使い続けている。

 だが、そこは武神この槍の本質を見抜く目は持っている。


「ふむ、この細剣ではやり合うには小さすぎるな」


 どうやら黄金の剣では、それを相手取るにはスケールが足りないことを理解した様子で。


「なら、少々スケールをあげるか」


 どの道、この剣ではしばし早すぎてついてこれるのがルベルしかいないだろう。

 それでは興ざめだ。

 武神がやりたいことはただひとつ。


 蹂躙ではなく闘争だ。

 黄金の剣がその大きさを変える。

 幅広く肉厚に。

 ただし、それに応じて武神自体の威圧が多少減じたのは、足りない容量を己の神威で以て補ったということなのだが、それがどうした変わらない。


「ああ、もう、まったくとおりゃしない!」

「――――」

「厄介すぎますね」


 前衛三人はもうこれでもかと技量の差を見せつけられている上に、とにかくあの黄金の巨剣が堅いのなんのと。

 あれを突破する術がマジでないとお手上げ具合。


 こうなれば頼れる後衛の二人なのだが。


「くっそ、こりゃ当たらん!」


 いかな魔法も数うちゃ当たるとばかりに魔力に物言わせての並列起動。

 その数ゆうに百も超えるがまだ余裕を見せて。

 ハイゼはそんなある種の者が見れば嫉妬すら萎えそうなほど荘厳に術式を体に巻き付け背に背負って、胴のいった魔法使いの様を見せつけていた。


 しかし、そこから放たれる絢爛綺羅綺羅しい魔法の数々は武神の肉体を傷つけることはない。

 当たらないということもあるが、ならば範囲系に絞り契約した魔法を行使するが、そもそもとして魔法は彼の皮膚に触れた瞬間にかき消える。


 世界の法則でもあるところの神に対して世界の法則である魔法をぶつけたところで互いに打ち消し合うのが関の山というこの世の理の話なのだが、ハイゼからしたらそんなもの知ったことではない。

 というか誰も知らないし、神の相手とか前代未聞過ぎて参考になりそうなのが、かろうじて勇者の戦いくらいという具合。


 では、死霊術師の方はというと、普段のえへえへをいったんは封印しての真面目開始という本気度合いを晒しながら、観察眼を以て死霊とアンデッドの類を操縦していた。

 しかし、元来属性としては極致に位置する相性の悪さ。

 神威と魔性であれば、より強い方が勝るのは当然のことで、カティが誇る魔性の一切合切は、近付く前に燃え尽きる始末だ。

 まさに太陽へ向かって飛んだかつての英雄の如くとはこの通り。


 もっと強い死霊でもいれば別なのだが、生憎とストックがない。

 ここで一番強いのは一行なので一行が死んでからがカティの本番といえるだろう。

 ただし、その時点でほぼ最悪の結末にほかならず、それならまだカティが動けない方が芽があるというものだった。


「さて、これはまずいねぇ」


 窮地だ。

 攻撃は通じない。

 相手の攻撃もそれはそれは強いものではあったが辛うじて三人でならばそれぞれ受け持てる程度というのは流石に武神も制限がかかっているのだとわかる。

 与えられた加護も作用して自分たちが思った以上に強くなっていたというのもあろう。


「そら、どうした。まだまだその程度ではあるまい。我に傷をつけてみせよ。我を打ち倒し、人類には未だ先があるのだと示してみせよ」

「ったく、なんでこうなったのやら」


 ルベルとしては余生のつもりだったのだ。

 冒険者になったのだって武芸を活かせる場だっただけだ。


「けどまぁ」

「はあっ!」


 三連の斬撃が黒剣より漆黒を引く。

 黄金がそれを受ける。


「この!」


 リードの闘気は未だ萎えず。

 というより刻一刻と高まるばかり。

 超練度で積み上げられる気の練りはその身の変革すら成し得ている節すらある。


「はは、良いぞ」


 それも当然だ。

 彼だけはこの探索にかける思いが違う。

 精神は肉体を超越する。

 それは人が魔法になるという点からも顕著だ。


 人は容易く人を越えてしまう。

 簡単だ、意思を燃やせばいい。

 前に行く意思がその肉体を次なるステージへと押し上げる。


「なら、負けちゃいられない」


 理由なんざありはしないが、ルベルとてこの先を見てみたい思いはあるものだ。

 何より年下の男の子が頑張っているなかで、自分が早々に音を上げることを赦さない。


「さあ、喰らいな」


 よってさらに魔槍の機能を起動させる。

 己の命すら喰らいつくす勢いで槍の魔性が絡みつくがそんなもの知ったことかと、己の身に宿った聖痕で力任せに形を整える。

 槍が変形し、禍々しくもどこか神々しくあるものへと変性し、ルベルの身を鎧が包む。


「オラァ!」


 その一撃が武神を初めて吹き飛ばす。

 その呼吸を読んでいたかのように身を躍らせるのはエラトマだ。

 己の身に宿った天稟であるところの怪力を惜しげもなく使い、全身駆動の下で出力する。

 暴風の如く振るわれる剣の一撃がようやく武神を捉え始めた。


「ハアッ!」


 剣聖プラス火術、気功。

 その三つをこれでもかと駆動させる。

 炎を剣の表面を覆うように固化させ、その内部で気を回す。

 それにより黒剣は輝剣と変わっており、尋常ではない威力を内包するに至った。


 それを振るう。

 それだけで大気が焼け爛れていくほど。

 さながら毒のように神の身を蝕まんとする。


「負けるわけにはいかないんだ!」


 剣圏に踏み入り、留まり。

 嵐の中で飛び交う雨のような斬撃を決死の想いで撃ち落としながら斬撃を放つ。

 剣聖の動きはまだこんなものではない。

 脳裏に描いた己の理想を薪としてスキルにくべるように回す回す。


 血華が咲き誇るように飛んでいくが、その端から回復魔法が治す。

 壊れて治すを同時に行っているようなものので、激痛であるが姉を治すという意思がリードをここに縛りつけていた。


「カジョール」


 槍が啼く。

 吼える。

 空間そのものを突き穿つように放たれた槍は黄金の剣に罅を見舞う。


「ふ、フハハハハハ。やるではないか! そうだ、これでこそよ」


 その罅は限られたリソースで剣を巨大にしたことによる弊害であった。

 そしてそれを逃すのは冒険者ではない。


「――――!」


 放たれる剛撃がさらに剣の罅を深める。

 さらに二つと続く。


「―――!?」


 だが、三撃目に黄金の軌跡が距離をゼロとする。

 柔技すら入り混じれた、それはもはや剣戟というにはあたらおかしい代物ではあったが、剣を使ってやるのだから剣技だろうと言わんばかりに。

 まるで柔軟な蛇にでもなってしまったかのように黄金の巨剣がうねり、腕、肩、腰とエラトマに触れて引き倒すさまの妙技。


 まさに見事で、倒されてから何をされたのか理解するほどの冴え。

 ついでとばかりに内部浸透発勁を喰らわせて内臓の位置をぐちゃぐちゃにかき回すオマケつき。


 さらに攻撃を続けようとする彼は、腰の回転を軸に槍を回すルベルへと踏み込んだ。

 

「ッ!」


 まるで仔猫でもなでつけるような一閃であった。

 巨剣の重さすら感じさせない軽いものであったが、妙技絶技の類は総じて軽いものである。

 それが武神が放ったものであれば、当然のように遅れて結果が付いてくる。


 全身余すことなく切り刻まれる。

 カジョールの二段駆動にて展開された魔装が切り裂かれる。


「がっ!?」

「ルベル姉さん!」


 即座にハイゼが回復魔法をかける。


「この!」


 その隙を補うべくリードが切り込む。

 狙いは黄金の巨剣の罅。

 最初からそこだけを目指し、一直線に剣を振るう。

 足りない間合いを火術で補い一閃。


 当然のように武神は防ぐがそれが狙い。

 その瞬間、火が爆ぜる。

 爆炎が巻き起こると同時にリードはさらに一歩踏み込んだ。


 これもまたスキルに身を任せた駆動。

 自分の力量を超えた剣戟駆動に肉体が悲鳴を上げているが、ここで勝たなければすべてが終わるのだと理解している彼は無理を通す。


 伸びやかに振るわれた剣が黄金剣の罅を穿つ。


「ほう」


 これには武神も感心の声をあげる。

 古今東西、己の黄金の剣を折った者など勇者くらいのものであったからだ。

 だからこそ武神はその敗北があったからこそ、こうして化身をつくり己の身を降ろして武の頂へ導かんとしたというのもあるのだろう。


 まあ、それはまた別の話で語ることもあるだろう。

 今をもって問題なのは、これで武神が終わりなのかということ。


 ――否である。


 武神である。

 悠久の時、武を持った神として顕現してから幾星霜。

 彼は磨き上げたのである。


「見せよう、これが武というものだ」


 その奥義、名を無間という。


 それは概念すら崩す理不尽の顕現にほかならず、そんなものを喰らわせられれば一たまりもない。

 あえなく冒険はここで終了となるのだ。


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