第16話 百層
塔八十九層。
桜花連山最深部。
桜吹雪舞う火口に次の階層への階段がある。
桜に燃える溶岩溜まりの熱はありとあらゆる熱耐性を凌駕してじりじりと人の身を焼く。
これに耐えうる装備や肉体を作ることこそがここの突破に必須事項だ。
「まさか今日中についちまうとはねぇ」
「スキル二つになってから妙に調子がいいですからね」
「あんたは四つ目じゃなかったかい?」
「まあ、そうなんですけど、読書で得たのとはやっぱり違うような気がして。それにようやく姉を治せる手段が見つかったのもあるかもです」
「武神の加護やからなぁ。何かしら違いがあるんとちゃうか? あと良かったやないか。こりゃ急いで百層まで行かんとな」
武神から加護を得た一行はさしたる苦労もなく最前線に到着した。
桜花連山最深部には他には誰もいない。
いたとしても現在は挑戦中のようであり、一行はここで最後の休息に入っていた。
百層までは此処からノンストップで向かう。
武神の化身たるヒルデグンデから得た情報によれば百層のボスは一度しか挑戦できない。
それも初めの一人に倒されるまでだ。
以降は百層はフロアボスの出ない場所になる。
そこに何があるかは見てからのお楽しみと言っていたが、百層二周目のフロアボスから手に入る賢者の石を手に入れなければならない一行は否応なく急ぐ必要が出たというわけで。
丁度、九十階層のフロアの封が解ける。
どうやら挑んだ何者かは戻ってくることができなかったようで、誰も出て来やしない。
「それじゃあ、準備はいいね?」
「耐火の付与魔法ありったけかけたし、他にも色々全部わいの契約しとる限り全部、使ったわ」
「――――」
「はぁ、これから先へ行くの楽しみィえへ、えへへへ、死んでもいきましょうねぇええ」
「できればそれは勘弁してほしいんだがなぁ」
「はぁ、ワタシなんでここまで付き合わされてるんだろう」
「まあまあ、頼むよ。百層までノンストップ。色々と鑑定してもらうんだからさ」
「よしよし、準備はいいようで、さあ行こうか――」
意気揚々とはいかないが、それでも準備も気力の方も充実している一行は九十階層のボスフロアへと足を踏み入れたのであった。
●
迷宮九十階層台に広がるのは空中遺跡。
未だ誰一人として歩み訪れたことのない場所へと一行は足を踏み入れた。
九十層のフロアボスは桜火竜。
世界最強の種族と名高い純血の竜種を相手にすることになった。
それすら倒した一行にとって九十一階層から上の道行きはさほど苦労するほどのものでなく、九十九層階段前へとやってきていた。
「はぁ、やっぱリードの飯はうまいねぇ」
一行はひとまずここで休むことに。
休みなしの強行軍だ。
いくらスキルが増えたり、称号で身体能力が上昇していようとも疲労感はぬぐえない。
このままボスに挑んだところで間違いが起きるのは目に見えている。
だから小休止。
一晩くらいなら追いかけてくる者もいないだろう。
どうせ石碑で桜火竜を倒したことはバレているため目の色変えてここを目指そうとする者はいるかもしれない。
「まあ、あまりないと思いますよえへへ」
そうカティがぐるぐるの簀巻きにされた状態で言う。
空中庭園は完全なる未知領域。
そこを進もうとするのは地図師か魔人くらいのものである。
ひとまず情報が集まるまではしばらく待つだろう。
「カティさんの幽霊探索って便利ですよねぇ」
「スキルのおかげでさらに幽霊たちの統制が取れたおかげで、簡単に階段が見つかりましたからね」
「本人が自分でみにいくぅうぅぅと言ってなけりゃもっとよかったんだけどねぇ」
「あはは」
カティが簀巻きになっているのはそのせいだ。
未知を目指してどこまでもバクシンするこの女はあろうことか空に浮いているこの庭園から飛び降りようとしたのだ。
それ以来、こうして簀巻きにしてエラトマが背負って運ぶようにしていた。
「まあ、しかし、こんなとこまで来るとはねぇ」
感慨深げにすっかりと暗くなった庭園の空を見上げる。
星の輝きはないが、どういうわけかこの提案は完全な闇というものにならないようで、見通すことは難しくないのだが寂しさが募る。
「これでまだチュートリアルっていうんやから驚きやな! な、リード」
「そうだなぁ。でも、ようやく姉さんの病気が治せるんだから僕としても頑張らないと。あとここまで付き合ってくれてありがとうございます」
「何を言うんだい。こっちが巻き込んだようなもんさ。それに強くなるってのは悪かない。強行軍なんて軍にいた時はいつものことだったからね」
「ルベルさんは軍にいたんですか?」
「まあね。この国じゃない別の国さ。既に亡くなっちまって、どこにもありゃしないが」
ルベルはとある小国の騎士であったらしい。
しかも名門の貴族様だったのだとか。
これにはリードも驚いた。
てっきり傭兵とかその辺だったのだろうと思っていたのだが、まさかの騎士であったらしい。
「そうだよ、聖騎士なんて呼ばれてたね。これでも、鎧を着てればそれなりに見られる感じだったんだよ」
「鎧を着てない時は……?」
「見ての通りだね」
「ルベル姉さんはがさつやからなぁ」
「はは、槍でつくよハイゼ」
「けっこうですぅう!」
「エラトマとはその時に?」
「ああそうだよ。なあ、エラトマ」
話を振られてエラトマは顔をあげて首をかしげる。
「あんたとあたしが出会った時の話しだよ。話していいかい?」
「――――(こくり)」
エラトマはそう頷く。
それなりに機嫌が良いのか、話に混ざれてうれしいのか見えている口元が緩んでいた。
「実は、エラトマとは戦場で敵同士だったのさ」
「そうなんですか? そうは見えませんね」
「エラトマが生粋の傭兵でね。敵味方に頓着しないのさ。それにアレは傭兵というか、生きた台風だったよ」
戦場で重武装した騎士たちがぽんぽん嘘のように飛んでいくのだから鬼やらなんやら怪物のような扱いだったそうだ。
最終的にエラトマを止められるのはルベルだけということになり、戦場で相対した。
三日三晩戦った後に、決着がつかず、周りの景色を一変させて決戦は終了。
というか、戦争自体が終わった。
「それであたしの国はすっかり滅んで、仕方ないからエラトマについて国を出たのさ。この槍はその時の退職金代わりだね。んで、良い国があるってんでエラトマとこっち来たんだよ。冒険者なら気楽にやれると思ったからね」
「じゃあ、ハイゼと出会ったのはそれからですか」
「お、わいとルベル姉さんの語るも涙な話を聞きたいんやな! ええやろええやろ、わいが聞かせたるわ!」
「別にそんな大した話じゃないんだがねぇ」
ルベルとハイゼの出会いはリンデンバオム王国に入ったところで、盗賊にハイゼが追いかけまわされているところに遭遇してそれから助けたというものだった。
ルベルとエラトマの強さにほれ込んだハイゼはそのまま派遣されるはずだった村の教会をほっぽってアンテルシアについてきたのだという。
「いや、聖勇教会をほっぽって来たのかよ!?」
「そやもともとやる気なかったし。ルベル姉さんの強さにほれ込んでな! わいもあんな風になるんやと思ってついてきたんや」
「それあとで怒られるやつなんじゃないか?」
「めっちゃ怒られた」
「あの時のハイゼ、たんこぶが三段になっててねぇ。おかしかったよ」
エラトマも思い出したのか軽く笑う。
「あー、エラトマまで! ええやん。強さに憧れるのは男の子やろ! なあリード!」
「まあ確かに。僕も強さには憧れて冒険者になったようなものだし」
「そうね。それで万年雑魚雑用係やってたけど」
カップを両手で包んで温かさを享受していたシュネーがそういう。
「それが今じゃ百層に挑もうとしてる。何が起きるかわからないね人生。なんかワタシも巻き込まれてるし」
「おかげで名前が広まるな」
「広まらなくていいよ面倒だし。無事に帰られたら責任を取るように」
「わかったよ」
本当にわかってるのかなと、リードの軽い返答にぶつぶつ不満をこぼしながらカップをすする。
「はは。良い雰囲気じゃないか」
「ルベル姉さん、これでこいつら付き合ってないんやで」
「はよ付き合えって言って来たらハイゼ」
「みちぃぃいぃぃぃ」
「あんたは煩い。さて、今日はもう寝るよ。ゴーストに見張り任せてるからみんなゆっくり寝るんだ。そしたら朝一で百層に挑む」
全員が頷いて寝床へ入る。
ぱちぱちと燃える焚火の音が静かな九十九層へと響いていた――。
●
迷宮百層。
そこはチュートリアルの終わりであり、全てが始まるはずの場所。
広大な空間がそこには広がっていた。
いつものボスフロアであるが、どこかおかしい。
空気がまず違う。
何かが違う。
ここにいるのは今までとは文字通りの意味で次元が異なるものなのだと入った瞬間に一行の全員が感じ取った。
刹那、光を伴って現れる。
「我である」
裸の子供。
いや、いいや。
それは誰か知っている。
南の魔人ヒルデグンデ・グレッシェル。
いや、しかし、彼はこれほどまでに気配が濃かっただろうか。
「困惑しているな。無理もない。しかし――我である。むろん、我ではあるが、我ではない。これもまた我の化身のひとつであるというだけのことよ」
つまり――。
「あんたがフロアボスってぇわけかい」
「そうだ。暇で暇でしかたなくてな――こうして時折見込みのあるやつを百階層まで送り込んでるいるのだ」
「ああ、なるほど」
いくらゴーストを使って階段を見つける手法をとったとは言えども、いやに時間がかからず百階層までこれたと思ったらそういうことだったのである。
道理で通りやすい道や敵のいない通路が多いわけだ。
あらかじめこのヒルデグンデが――いや、武神がここまで誘導していたというわけだ。
「魔人どもは賢しく人間より位階をあげておってな。我らの誘導に引っかからん。そこで人間のまま力をつけた貴様らに目をつけた。まったく桜火竜くらいで足踏みしおって。ここにいればたくさんの人が挑んでくれると聞いたから引き受けたのだが九百年以上も誰も来やしないからな。もう来ないなら我が誘導するほかあるまい」
過去にも九十階層は突破されていたのだ。
武神にそそのかされたその憐れな犠牲者どもは、戻ってくる前にこの神に殺されたという話。
「本来であれば力の一端も出せぬところなのだが。貴様らは我からスキルをもらっている。二周目状態だ。つまり我もそれなりに力を出して戦えるということよ」
「いや、神と戦うって、正気か……?」
「貴様らこそ正気か? この塔は元よりそのためのものだろう。神を戦い。神の階梯へと上がるための塔。何だと思っていたのだ貴様ら」
「えへへ、なるほどぉぉ、そういうことでしたかぁああ、えへえ、えへへ、つまり勝てばもっといろいろなことがわかったりぃ!?」
「叡智の神にも会えるぞ」
「かひゅ……」
「ああ、あまりの事実にカティがぶっ倒れた!? 息が止まってるよ、ハイゼ!」
「うわああ、起きろ起きろおおおお!」
こんな状況でもいつも通りの一行は大物なのか馬鹿なのか。
どちらにせよ武神から見れば好印象だ。
神という絶対理不尽の権化を前にして、そこまでの余裕を出せるのだから見込みは十分というもの。
「さあ、フロア突破の試練を開始しようではないか」
轟と風が吹き荒れ、武神が衣服を見に纏う。
「普段は裸だが、服を着て武器を使わせてもらうぞ」
その手には黄金に輝く剣。
「うわぁぁ、アレヤバイよ。鑑定不可」
「ほう、鑑定娘よ、我の武器を鑑定しようとしたか? これは星の内海で鍛えられた剣よ。主神の血が混じっているからな、そのまま見続けると目が潰れるぞ」
「じゃあ、見ない」
「ちっ、目を潰せば触り放題であった。我失敗」
その瞬間、ルベルが動いた。
既に準備は万端にしてきているのだ。
背の聖痕を青の軌跡とひいて槍の全機能を解放しながら背後から強襲。
「ほう、韋駄天をモノにしておるではないか」
その一撃を武神は事もなさげに受け止める。
神との戦いはこうして始まった。
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