第15話 南の魔人
南の魔人ヒルデグンデ・グレッシェルの屋敷は温泉の近くに建てられていた。
いや、建てられているというよりかは岩盤をくり抜き削って屋敷の形にしたと言った方が正しいだろう。
中も屋敷というよりは大きな広間という風情が強く、何より異様なものがあった。
「人……?」
何やらそこには人が折り重なり椅子のようなものを作り出しているのである。
「ああ、我の玉座よ。柔らかな女ばかりで誂えたな」
「えぇ……」
どかりと人間椅子に座ると恍惚の声を上げる椅子たち。
どうやらあれで幸せらしい。
「さあ、貴様らも座るが良い。我の居城のひとつに来たのだ、歓待はしてやろう」
そうやって出てきたのは先ほど倒した人狼の肉を使った料理であった。
じゅうじゅうと熱をあげる人狼肉は、この七十台の階層での主食のひとつである。
この七十台の階層は厳しい冬の様相を呈している。
それだけに食料の類は数少ない。
そのためここを越えるために冒険者たちは必死に魔物料理を編み出したものだ。
その中で意外な珍味として人気なのがこの人狼である。
人狼の肉は独特の風味があり、肉には粘りがあり食いごたえがあって、六十台の階層でとれる香草を利用して焼くとこれがまた酒が進むのである。
もっともこのような迷宮の中で酒を飲むのは自殺行為であり、もっぱらアンテルシアの酒場に肉を持ち込んで調理してもらうのが一般的だ。
しかし、ここはヒルデグンデの居城であれば、魔物に襲われるという心配はなく、大盤振る舞いと言わんばかりに酒と肉がこれでもかと一行の前に出される。
この誘惑に耐えられるわけもなく、早速エラトマは陥落した。
「――――」
とてもいい笑顔の口元で酒と肉にありついていた。
「ほう、良い食いっぷりである。食えくえ別に毒などはいれておらぬわ。そも毒を盛るのは弱者のやること。我であれば貴様らなど小指に力を込めれば殺せる」
「確かにそれもそうだ。ならありがたくご相伴にあずかろうじゃないか」
とルベルが席に着いたのを皮切りにリードも習って席に座る。
もちろんこちらの席は普通に石製の椅子とテーブルであったことを先に記しておく。
さて、一度食ってしまえば舌鼓を遠慮なく打つのが人というもの。
塔内部でできる最上の贅沢を味わうことで腹が満たされ気分も穏やかになるというもの。
「いやぁ、うまいねぇ。リードが作ったものほどじゃないがぁ、香草の使い方が上手い」
「いやいや、僕はスキルもありませんし。でも、良い香草の使い方だったので後で聞いておきますね」
「アンタは本当に料理だけは昔っから美味いのよね。おかげでアンタが冒険者になってからワタシは大変だった」
幼馴染特権とでもいうのか、昔から近所に住んでいたシュネーはリード飯のご相伴にあずかり続けていたのだ。
おかげで舌が肥えてしまい、彼が冒険者になった後に普通の食事になれるという苦行を行う羽目になったのだとか。
「あー、わかるわー、リードの飯食ってからそこらの飯屋行く気が失せたからなぁ」
「へぇへぇ、優良物件。やっぱり子作りぃえへへ」
「しないです」
「ほう、それは気になるな」
さて、そんなパーティの物言いに興味を示すのがヒルデグンデである。
「二周目男、我が赦す、何か一品作れ」
「え……」
もし機嫌を損ねたら殺される可能性のある相手に料理を振る舞うなど罰ゲームではないか。
そう思うわけだが。
「お、イイネェ。頼むよ」
「頼むで」
「よろしく」
「――――」
「えへへへ、楽しみですねぇ」
などとパーティの面々からも言われてしまえば作らざるを得ず、厨房へ行くことに。
厨房はどこから運び込んだのか最新の蒸気調理室が完備されている。
「おぉ、すごいなこれは」
整理整頓された厨房は見ていて気持ちが良く、誰が使っているのか知らないがこういう場所を使えるのは素直に嬉しいし、楽しみでもあった。
やはり新鮮な人狼の肉を使うのが良いだろう。
冷凍機関の中で保存された肉を取り出しながら、他に何がないかと確認する。
いつもなら使えないような調味料から庶民的な食材まで様々なものがある。
流石は武人魔人というべきか、迷うところであるが、これ幸いとばかりに使ってしまおう。
普段は使えない高い食材を扱うチャンスにリードのテンションは上がっていた。
「できました」
調理を開始してしばらく後、リードは鍋を手に広間へと戻る。
「うわぁ、めっちゃうまそうな匂いやな!」
「おー一体何を作ったんだい?」
「えへへへへ、楽しみです」
「あー、これは気合い入れないと」
「ほう、匂いでわかる。これはうまいに違いない。やるではないか二周目男。貴様、料理のスキルでも持っているのか?」
「いや持ってませんけど」
リードが作ったのは、人狼の肉を煮込んだシチューである。
大きな肉の塊を存分に使っているので山となっている。
それも一人一つずつという贅沢さ。
濃くも芳醇な香りは様々な香草や野菜を丹念に溶けるまで煮込んだ結果であろう。
短時間調理を可能とする最新式の圧力蒸気鍋があったからこそできた料理だ。
「普通のシチューですので、お口に合えばいいんですけど」
「ふははは、ではいただくとしよう」
そうまずはヒルデグンデが一口。
「なっ……」
口に含んだ瞬間、立ち上がるほどの衝撃が襲う。
化身に身を落としてからずっと痛み衝撃とは無縁の生活をしていたが、初めて脳を揺さぶられた。
「凄まじくうまいではないか!」
その反応を見て一行も口をつける。
その瞬間、舌の上で踊る濃厚な味の奔流が一気に味覚を刺激して脳髄を駆けあがってスパークする。
一口で前後不覚に陥るほどであった。
「い、いや、なんやこれ、うっま!?」
「ああ、今まで食べたどのシチューよりもうまい……」
「えへ、えへへへへ」
「これよ、これ。これだからアンタの料理は心しないといけないのよ……」
「うんうん、普段使えない食材とかいっぱい使ってみたけどやっぱ合うなぁ。最新の圧力蒸気鍋ほしいなぁやっぱり」
などと作った本人はパーティが受けた衝撃など知らぬように食べている。
「ふうむ、やりおるわ。読書スキル。叡智の神めが面倒くさいと適当に投げたスキルであったが、よもやこのような効果が現れるとは」
読書スキルは本を読むスキルではなく、読んだ本の作者の一部を自らのものとするスキルだ。
それで剣聖と火術を得ていることは彼には見えている。
ただスキルとして取り込むには読書レベルが足りなかったが、それでも取り込みは発生しており一定以上に蓄積していたことで料理の腕前や斥候仕事の腕前が上がっていたようだ。
「で、美味い飯も食ったところで、こんなところに呼びつけた本当の理由ってのを話してくれりゃあしませんかねぇ」
一息ついたところでルベルがそうヒルデグンデに切り出す。
まさか本当に女の裸を見たいがために呼び出すはずもない。
「まあ、そう急くな」
「生憎、あたしらは魔人ほど強かないんでね」
「ふ、それだけ称号を得ておいて何を言っているのやら、笑止千万よ。まあ良い。我を前にして落ち着いていられる者はごく少数だからな」
では、話してやろうと南の魔人は不敵に笑い――。
「貴様ら、百層を突破せよ」
「百って、まだ九十も突破してないと思うが?」
「二周目のフロアボスを倒している貴様らには余裕であろう。主神の奴めは今頃慌てふためいている頃であろうが我には関係ないことよ。それよりも人はもっと強くあるべきだ。それを下らぬ権力や栄光に固執し止まっている」
「魔人が組めば終わるが、誰が一番に九十一階層へ行くかでもめてるんだってな」
「さしもの魔人どもも前人未到を最初に踏破する栄誉には勝てぬと見える」
「で、あたしらってわけねぇ」
「無論、報酬は前払いしてやろう。我の加護だ。所謂二つ目のスキルという奴よ」
とんでもないことを言い出した。
「そんなにスキルをほいほい与えていいのかねぇ。ありがたみが薄れちまうよ」
「たわけ、元々スキルは神々の加護よ、あればあるだけ良いに決まっておろう。ありがたみというなら、塔の百層チュートリアル領域すら抜けられぬ方が薄れとるわ」
それにしては難易度設定を間違えまくっているんじゃないかなとリードはしれっと思うわけだが。
そもそも九十階層まで行くまでに時間がかかる上に道中の魔物もかなりの強さ。
これで百層に行けというのが難しい。
「まあ、やらねばここで殺すだけよ」
「選択肢がないじゃないか」
「当然だろう。これは依頼ではあるが、お願いではないのだ。命令だ。神からの勅令とでも思っておけ。古今東西神とは理不尽の化身よ。世界があったから神がいるのでもなく、神がいたから世界が生まれたのでもない。理不尽があったから神が生まれ、世界が生まれたのだ」
「やるしかないんならやるさ」
「では、持っていけ」
殺されたくはないのもあるが、スキルの有用性はこの世界の人間ならば誰だって知っている。
それが二つ目ともなれば強いに決まっている。
「えへ、えへへへぇ、スキル、スキル二つ目ぇえぇ」
カティはあまりの展開に錯乱絶頂している。
「本当にスキル二つ目が?」
「何か儀式とかしなくていいのか?」
「加護ぞ、我が投げればそれでよいわ。貴様らは夢を見過ぎであろう」
それでももっと何かしらあってもいいのではとも思うが、シュネーが鑑定すれば皆にスキルが付与されていることがわかった。
「本当に二つ目がある……」
「お、どんなどんな? おしえてやーシュネーちゃん!」
「鑑定料」
「それくらいまけてくれへん!?」
「鑑定料」
「あ、はい……まけてくれへんのね……」
それぞれシュネーが与えられたスキルを鑑定する。
リードが気功。
ルベルが韋駄天。
ハイゼが杖聖。
エラトマが狂戦士。
カティが将軍で、シュネーが隠形だった。
「それぞれの適正を見て投げたから安心して良い。わかったのなら行け、百層を突破して人類を次のステージへ引き上げるが良いわ。でなければ、我が貴様を殺しにいく」
「わかっていますよ、武神殿。依頼は依頼だ。依頼内容伏せてここまで来させた分の報酬としちゃあ貰い過ぎてるくらいですからね。なら、その分は働くさ。それに前人未到を踏破する。それこそ冒険者ってものさ」
というわけで一行は百階層を目指して出発するのであった。
ただその前にリードは聞いておきたいことがあった。
「ああ、そうだ、その前に良いですか」
「何だ、二周目男」
「二周目じゃないです……いや、もういや。あの神様の化身なんですよね?」
「ああ、武神だ」
「それなら、結晶病の治し方を教えていただけませんか?」
「知らぬわ。我は武神ぞ。病の治し方なら医神にでも聞くが良いわ。ただ、あやつは早々下界には降りてこん。外科医ではないからな」
「……はぁ」
「コラ、そこは笑うところであろう。ただ姉か。美人か?」
「まあ、たぶん?」
「良し美人の病の為ならば、我頑張っちゃうゾ」
こいつに頼んで本当に良かったのだろうかと今更ながらにリードは後悔するが姉を治せる可能性があるのだと必死に自分に言い聞かせて我慢する。
「――というわけで百層の二周目ボスを倒すが良い。そやつが万病に効く賢者の石をドロップする」
「本当ですか!?」
「我嘘つかない。我、神界で出すように直訴してきたわ! 良いか、その代わり治ったら美人の姉を紹介するのだぞ!」
こんなやつに姉を紹介して良いものかリードは悩んだ。
しかし背に腹は代えられぬ。
というか、もうやってもらったとだからどうしようもない。
それに紹介するだけだ。紹介するだけであとは姉次第。姉ならばきっと魔人にも断りを入れるに違いない。
「わかりました。ありがとう、ございます」
「うむ、良きに計らえ」
しかし、この時リードは失念していたのだ。
姉はショタコンだということを――。
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