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第14話 化身

 塔の七十一から八十階層に広がるのは吹雪猛る雪山である。

 肌を突き刺す寒さへの対策がなければまともに行動することすら不可能な過酷な環境であり、この環境を生きる魔物もまた強靭である。

 百層までの間では難所と言われる階層群へと差し掛かっており、ここで脱落する冒険者は数知れない。


 ルベルパーティは、この階層にあるヨンレンの酒場にてここに至るまでの疲れを癒していた。


「はぁ、しかし、だいぶつらかったねぇ」

「すみません……」

「謝るんじゃないよリード。それがわかっててあんたと組んでんだ。あたしら全部承知の上なんだよ」

「そうやで、わいもこんなええ杖貰えたし! 強くなっとる気がするからな!」

「――――(こくこく頷く)」

「えへへへへ、みちぃが、みちがいっぱいえへへへへ」


 リードが謝ったのはこの階層に来るまでに戦ったフロアボスの件についてである。

 三十層で倒したオーバートレントは出てこなかったが、それ以外ではもれなくヨンレン曰く、二周目の強力ボスたちが現れたのである。


 それらを決死の覚悟で倒すこと六度。

 オーバートレントよりも強いのもいて何度も生と死の境を彷徨う激戦をこれでもかと繰り広げた一行は這う這うの体で七十一階層の酒場まで来たのであった。


 ただ悪いことばかりではない。

 死地では人はより大きく成長するもので、冒険者として最上位に近いレベルにまで成長していた。

 いや、二周目限定の称号を一周目で得られているのだから、もしかしたらそれを今は超えているかもしれなかった。


 それに加え二周目の武具を手に入れたこともあって、後半戦はそれなりに余裕が出ていたように思える。

 帰った時が恐ろしいことになるのは間違いない。

 災難だったのはおそらく一人だ。


「なんで、ワタシを選ぶかな」


 などこくこくとホットミルクを飲みながらぶうたれてるのが鑑定師のシュネーである。


「えへへ、長期探索ならお抱えの鑑定師はいた方がいいですから。ぼくの家にもいますよ、鑑定師」

「まあ、そういうこともあるって聞いたことあるけど。ワタシは弱いのに」

「そのための装備です、えへへ。未知の装備、鑑定わかってほくほく」


 この中でダントツで戦闘能力が低いシュネーには、様々な状態異常などなどの耐性を付与してくれる二周目武具のひとつを装備させている上に、戦闘になれば彼女が被っている冠が複数枚の力場を展開して彼女を護る。

 それらは両方ともこの階層に至るまでの二周目フロアボスが落とした代物で彼女が鑑定したものである。


「シュネーちゃん優秀ですね。それの鑑定難しそうなのに、えへへ。優秀、えへへ、ぼくの子と子作りしません?」

「しない」

「ええ!? カティちゃん子供おるん!?」

「うちの家、子供作れるようになったら優秀な雄と子供作るのが決まりなので、それなりに? なにせ次がいないとすぐ死にますし。子供がどの神からスキルもらうかわからないので、望みのスキル持ちが生まれるまでそれはもうぽこぽことえへへ」

「おおぅ……御三家恐ろしいとこやで……」

「それならアンタのところの鑑定師でいいでしょ」

「まあ、そうですけど。あまりぼくのところの勢力増やし過ぎると面倒なんですよね」


 ただでさえ注目度の高いルベル一行。

 そこに肩入れしておこぼれをもらいたい者どもは多い。

 カティばかりを使うとやっかみなどの問題が発生し、今後何らかの妨害やらなんやらが発生するだろうことは予測された。

 そこでカティ以外もチャンスがあると見せる必要があった。


 というわけで選ばれたのがリードが懇意にしている鑑定師のシュネーだったということだ。


「それに一緒に冒険するなら気心がしれた鑑定師がいた方が良いでしょうし」

「だからシュネーを呼んだ」

「はぁ、アンタはそうだよね」

「ぐぬぬぬ、殴りたいで、わいはいまリードを!」

「なんでだ!?」

「はいはい。ふざけるのもそこまでだ。酒飲んでるエラトマは置いておいて、あたしらでこっからどうするかを決めるよ」


 今回、七十一階層まで来たのは依頼を受けたからである。


 アルシェが苦い顔をして持ってきた依頼。

 ルベルパーティを指名して出された七十五階層に存在する温泉に来てほしいというもの。


 どう見たって怪しい。

 ギルド上層部から来たというが、ギルドの上層部は魔人とかそういうものに弱いし、王国から何か言われたら従わなければならない。

 アルシェが苦い顔をしているということは十中八九、その手の場所からの依頼だ。


 それでいて七十五階層などと言う場所を指定できるのはリンデンバオム王国ではない。

 リンデンバオム王国の連中が行けるのはせいぜいが五十階層しかない。

 それだって相当に腕の立つ傭兵を雇い入れてのことだから、お察しであろう。


「で、こういうのに詳しいカティ先生のご意見は?」

「えへへ、ぼくとしては魔人でしょうねと。お休みの時に魔人オネットが接触してきたので、別の魔人が来たんだと思いますよ」

「魔人ねぇ」

「七十五階層の温泉を指定してきたことを考えると、武神ヒルデグンデ・グレッシェルでしょうねぇ」

「ゲェ!? 武人街の元締めやないかい!」


 アンテルシア南区画に広がる武道道場地帯を武人街と呼ぶ。

 そこを取り仕切るのが魔人ヒルデグンデ・グレッシェル。

 ただ単純な力を手にした男はその身一つで一つの国家と称されるほどの武力を有するのだという。


 おそらく魔人連中の中で最も融通が利かず最も単純で最も厄介な相手だ。

 最悪の手合いと言っていい。


「でも、ヒルデグンデならこんな回りくどいことしないんじゃ?」


 リードが疑問を呈する。

 話に聞くヒルデグンデは単純明快。

 ありとあらゆることを真正面から粉砕する脳筋であると聞いている。

 筋力値に才能を全振りした結果、魔力なし、賢さも残念なことになっているということで、その辺の孤児にすら学力で負けるという話である。


「えへへ、そうなんですけど、七十五層の温泉ってヒルデグンデが所有権を主張しているので。ぼくも何度か通った時にぼこぼこのズタボロにされました。気持ちよかったです」

「あっそうなんだ」


 カティの性癖についてはもうツッコミを入れない方が良いとわかってきたのでスルーする。


「ならそのヒルデグンデって奴がいるってことで対策をしていきたいんだけど、対策はあるかい?」

「ないです」


 カティがきっぱりと言った。


「ないって、弱点の一つ二つないのかい?」

「ないです。アレは武そのものですよ。なので、戦闘は絶対に避けた方がいいです。戦闘になったら死ぬしか選択しないです」

「そいつはぁ、ヤバいねぇ」


 結局、話しあったところで魔人のヤバさを再確認するだけになった。

 なんの用があるかはしらないが、ともかく会いに行くしかないのだ。


 ●


 塔七十五階層。

 雪山の中腹というくらいの領域には地熱により温められた温泉がある。

 ここだけは強大な氷竜も近寄らず吹雪が凪いでいる。

 しかし、それでここが安全かと言われれば、この領域に根を張る魔人の存在が全ての安全を消し飛ばす。

 彼の名はヒルデグンデ・グレッシェル。

 最強、武神、剛拳――数多の武名で呼ばれる男。


 その男は今、リードらの目の前で死闘に興じていた。

 裸一貫、武器も使わず、この階層で最も厄介な難敵と言われる人狼族の群れを相手に血嵐を巻き起こしていた。

 もちろん全て敵の血だ。


「我の客の前である。未だ絶えぬことは評価に値するが――此処では要らぬ絶滅せよ」


 傲岸不遜な声とともに振るわれた手刀は人狼の首を切断するどころか、遥か遠くにそびえる山を両断する。

 それに慄く人狼であるが、ヒルデグンデが絶滅を宣言したのならばそれは実行される。

 ただ速く、ただ強く、拳を振るうだけで強大なはずの魔物が木端微塵に砕け散っていく。

 いや、そもそも彼が動いただけで世界が激震し、風圧で敵が死んでいく。


 まさしく彼こそは武神。

 嵐を人の中に収めているかのようなものだ。

 彼そのものが武であると言われる所以を一行は目の当たりにした。


「うえぇ!? あれ人狼の中でもエルダーって言われとる奴やんけ!」

「それを片手の一振りで……あれが魔人って奴かい。あたしらもちったぁ強くなった気でいたが、別格だね」

「ただ想像していたのとは違いますね……」

「ああ、あんな子供やったなんて……」


 そうヒルデグンデの姿は彼が築き上げてきた伝説に反してまるで子供のようであった。

 少年ですらない子供である。

 だが、それを侮ることなど目の前で繰り広げられている暴虐を見ればできやしないとわかるだろう。

 あるいはこれは彼が用意した己が本物であるというポーズであるのかもしれない。


「終わったみたいですよ」


 最後の一匹を倒し終えたヒルデグンデは再び温泉の中につかる。


「おい、何をしている。そんなところに突っ立ってないで湯につかれ。裸でだぞ」


 どうすると逡巡する暇はなかった。

 それは絶対的な命令だ。 

 逆らったならば死ぬと一行の誰もが理解した。


 よって全員が温泉に浸かることになる。

 湯は熱く、寒さで冷えた肉体には心地が良い。足を伸ばしてくつろいでしまいたく思うが、猛獣と一緒でなければの話だ。


「うむ、ほほぅ……」


 ただその猛獣ことヒルデグンデはルベルやエラトマ、カティ、シュネーの方を見て何やら唸っている。


「うむ……良い良いな。でかい。良いパイオツだ。揉ませるが良い女槍使い」

「はああああ!? だ、駄目だよ。そういうのは恋仲になってからだろう!?」

「せやせや、ルベル姉さんは意外に乙女なんやで、こんな混浴やって実は結構ギリギリなんやで! そこが良い!」

「あんたは余計なこと言わんでいい!」


 ルベルの拳骨がハイゼの脳天に直撃し、ハイゼは温泉に浮いた。


「ほう、今時珍しいな。それなら後でこっそり触るとしよう。では、そちらの巨女はどうだ? 槍女よりは小ぶりであるが、上背を考えればかなりのものであろう」

「――――」


 断固拒否と言わんばかりにエラトマは首を振った。


「では、貧弱女はどうだ?」

「ノー」

「ふむ、仕方ない変態女で我慢するか」

「えへへへへへ、何か未知情報くれるならいいですよ、えへへへへへ」

「こう率先してくるから嫌なのよな。やはり少しくらい抵抗やら恥じらいがある方が趣があるとおもうのだ。どうだ、二周目男」

「え、いや、わからないですけど」

「なに、貴様、それでも男か? 男であるなら女の谷やら山やらは冒険すべきだろう! む、待てもしやこっち系か? 我、そっちの趣味はないので迫られたら殺してしまうぞ」

「そう言われても……」


 いや、そもそも魔人はこんなのしかいないのか?

 既に二人目との遭遇。確かに得体のしれない恐怖の対象ではあるのだけれども――。


「そ、それよりなぜ僕たちをここに?」


 ルベルが混浴に恥じらって普段通り動けていないので、ここはとリードが話を切り出す。


「当然、貴様らのパーティの裸を見るためだ」

「…………ぅーわぁ……」

「女の多いパーティ。それもかなり見所がある。となればやることは一つであろう。裸を見せろ」

「そのためにギルドに依頼を……?」

「当然だ。我が直接動いては色々警戒されるからな。これは娼館のキャシーちゃんに聞いた話だ」

「あっはい」


 どうしよう、これ本気で言っているのか、そうじゃないのか判断に迷うところだ。


「そんなことより、ぼくのおっぱいをどうぞ! それで情報、情報を!」

「はぁ、仕方ない……何が知りたいのだ」

「えへへへ」


 すっとカティの雰囲気が変わる。


「二周目って言ってましたね。そのことについて詳しく。普通の人は知らないはずの情報です。ぼくだってヨンレンさんに聞いて知ったので」

「む、やけに小綺麗だし、疲れていない思っておったが、何だ、人形酒場で休んできたのか。あそこの酒はまだ九十階層分でうまいものがなかろう」

「アハァ、やっぱりやっぱり知ってるんですねええ!」

「無論であろう。我を誰だと思っている? 我はヒルデグンデ・グレッシェル。何を隠そう、武神の化身(アヴァターラ)だ」


 何やら真面目な会話をしているのだが、片方が胸を揉ませて、片方が胸を揉んでいる中での光景はどうにもシリアスを演出するには馬鹿すぎる光景でどうしたら良いやらであった。


「というか、武神の化身!?」

「うむ、そうだ。我は神ぞ」


 神々はこの世界よりも上位の世界でこの世界を見守っているというのが聖勇教の聖典に記された内容である。

 時折、化身として出て来る者もいるという話であるが、まさかこんなところにいるとは誰一人予想していなかった。


 しかし、それだけにあの強さは納得だ。

 神は人間よりもはるかに強大。その一旦でもスキルとして持っているのならば、強いのは当然だろう。


「たまにこうして降りてきている奴らもいるな。どこにいるかは我も知らんが。まあ、良い。では、そろそろ本題に入るとするか。こい、我の屋敷に招待してやろう」


 そうヒルデグンデは言い湯を上がる。

 リードらも今はついていくしかないと、湯を順番にあがって彼の後に続くのであった。


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