第13話 幼馴染との休日
冒険者は一度塔から帰還すれば聖勇教歴で数日から一週間ほどの休みを入れる。
冒険とは過酷なもので、身体や精神のメンテナンス、鍛錬、準備期間を入れるのが普通で、それらのサイクルをよどみなく回していくのが良い冒険というものだ。
ひとまずこういう休みの日には己がどのくらい成長したかや、冒険の成果などを冒険手帳に書き記して記録しておくのが良い。
それらを見れば、前の自分とどれほど変わったかのかが良くわかる。
何が足りないのか、次の冒険に向けて何をすべきかをそれで知ることができるだろう。
仲間と見せ合うのでなるべく人が読めるように書く必要がある。
なので大抵の冒険者は結構、良い文章を書けたりする。英雄の自伝が発売されやすい理由だ。
「良し、こんな感じかな」
さっと走らせていたペンを置いて今しがた書いた文章を確認する。
リードの書いた冒険記録は、ただあったことを記録しただけのものだ。
お世辞にも部屋にあるような冒険譚や英雄譚のように綺麗な文章や躍動感のあるような文章とは言えない。
ただそれはどうでも良くて以前は真っ白だったページが埋まっていくのは見ていて嬉しさを感じられた。
ようやく自分の冒険ができている。そんな達成感があった。
「さて、今日はどうしようかな」
数日の休みは冒険者として必須。
読書をするのもいい。
どこかへでかけるのもいいだろう。
姉は未だ眠り続けているが、状態は安定しているから付きっ切りでいなくても大丈夫。
「あ、そうだ」
ふと思いついて冒険手帳を懐に戻し家を出る。
向かうのは隣の部屋だ。
こんこんと少し強めにノックする。
一度では誰も出てこないので、もう一度強めに。
「はいはい、もう、誰、よ……」
「よっ」
扉が開いてシュネーが現れる。
相変わらず髪はぼさぼさと癖が強いが、シャツ一枚という油断しきった姿である。
「…………」
無言で扉が閉まり、どたどたと音がしてしばらく。
着替え終え、顔を真っ赤にしたシュネーが扉を開けた。
「リードは馬鹿か、馬鹿なのか! 電信なしで押しかけて来るとかありない!」
「いや、ごめん」
「まったくアンタはいつもそうなんだから。どうせアレでしょ。入って」
ぷりぷり怒っている風でそう言いつつも部屋の中にリードをあげるのは気心が知れた幼馴染というもの。
紅茶の準備までされてるのは普段の鑑定室での彼女と同一人物とは思えない手際である。
「いつもので良い?」
そう言いながらシュネーは戸棚を開けて背伸びして紅茶の缶に手を伸ばす。
それを自然な動作でリードが代わりにとって手渡す。
「うん、久々にシュネーの紅茶、飲みたくなったから。はい」
「ありがと。ほんと物好き。お金あるんでしょ? それなら中央街の喫茶店にでも行けばいいのに。あそこなら安く蒸気式紅茶が飲めるよ」
「あれ何か合わないんだ」
「ふーん」
かちゃかちゃ最後の仕上げをシュネーが行っている間にリードは勝手知ったる幼馴染宅を見渡す。
久しぶりに来たが、部屋の様子は変わっていない。
家具は必要最低限で良く片付いている。物が少なくて広々とした感覚を受けるのはそのせいだろう。
「変わってないな」
「あんま見ないでよ」
「別に見られて困るものないだろ?」
「ないけど……はい、どうぞ」
「ありがとう」
そっとカップが目の前に置かれる。
紅茶の澄んだ香りが鼻孔をくすぐり、一口飲めば爽やかな風が喉と脳裏を吹き抜けていく。
市販の工場での大量生産品の紅茶で決して高いとは言えないが、この感覚がリードは好きだった。
「やっぱり僕はこれが一番好きだな」
「そ、ならよかった。クッキーもあるけど、食べる?」
「もらう」
「図々しい奴」
「聞いたのシュネーでしょ」
「そこは遠慮するところ」
そう言いつつも戸棚からクッキーを出してくる。
「あれ、これちょっといいやつじゃない? 駅前の百貨店に入ってたあれじゃない?」
「そう。この前の鑑定代で買ったやつの残り」
「なるほど。うん、美味しい」
ゆったりとした時間が流れていく。
こういう時間は随分と久しぶりだとリードは思う。
黄金の剣を抜けてからそれほど立っていないが、なんだか一年くらい経ったようなそんな気すらしてくる密度で色々なことがあった。
「そういえばさ。どう、最近は」
「知ってるだろ?」
「知ってるけどさ、アンタの口から聞きたい」
「そっか」
ならと黄金の剣をクビになったところから今までのことを聞かせてやる。
といっても何をしたかで情報に関しては完全に伏せている。
ただその時何を思ったかという感想がすべてだが、シュネーにはそれで十分であるようだ。
「ふーん、なんだちゃんと冒険者してるじゃん」
「そりゃ冒険者だし」
「アンタの夢の方、伝説とか英雄譚になるような冒険者ってこと」
「ああ、確かに」
「気づいてなかったの?」
「そんな余裕がなかった」
「波乱万丈だ」
「そうだな、波乱万丈だった」
ただそれが嫌かと聞かれれば嫌ではなかったし、充実していると言えた。
「そうだ、お昼何か食べ行く?」
「アンタのおごり?」
「まあ、誘ってるし」
「なら行ってもいい。場所はどこでも。別に期待してないし」
そこまで言われたら少しばかりいいところに連れて行って見返してやりたいと思うこともあるが、リードとしてはそんなお店など知る由もない。
貴族などと付き合いのある冒険者御用達の店などもあるが、会員制だとか。
貴族のサロンの冒険者バージョンもあるが大抵の場合、優雅さよりがさつで、質より量と酒が主役である。
そもそも冒険者にそんな上等を求めるのは馬鹿などと言ってはいけない。
しかし、そこは男ではあるので見栄を張るべく、ハイゼに教えてもらった駅前の店に行くことにする。
二人は外に出る仕度をしてアパルトメントの前で落ち合う。
リードはコートに帽子というアンテルシアの標準スタイル。
シュネーの方も珍しく余所行きな衣装に煤除けの傘という街娘御用達のお出かけ装備。
「それじゃあ、行こうか」
そういうわけで昼を食べに中央街まで出る。
移動は大型の二階建てバスに乗っての移動。昨今の蒸気機関文明の発達により急速に増加している蒸気自動車の一種だ。
高い車高から過ぎ去っていく景色は馬車よりも速く、それでいて揺れは少なく快適であった。
馬車や走竜車は今でも多く走っているが、いずれは御者のスキル関係なく操作できて自由自在に走れる蒸気自動車ばかりが走るようになるだろう。
そんな時代の変化を感じさせるバスに乗ってしばらく後、目的の中央街のバス停で降りる。
巨大な駅前広場は数多くの人々が行きかって活気あふれる。
中央駅は別の都市にも通じる移動の足であり、駅からは遠征に行っていた冒険者や旅行者などが降り立っているところであった。
「ふーはっはっはっは! 余の帰還であーる!」
ふと丁度、着いたばかりの蒸気機関車からそんな騒がしい声が降りてくる。
とても可愛らしい声で、蝶よ花よと育てられたお嬢様を思わせる声色である。
言っていることは自由奔放な町娘さがあってどこか親しみを覚える。
ただしその声を発しながら列車を降りてきたのは女物の赤いドレスに身を包んだ巨漢であった。
どうして神はそのような存在をつくりたもうたのか。
もしどのような人が生まれるのか決める神に謁見ができるのであれば、あのような無体をどうしてまかり通してしまったのかと誰もが疑問を呈するであろう。
それほどまでに存在感を放ちまくる男こそこのアンテルシア周辺領域と街の西部を支配する魔人であった。
「ねえ、リード。あれって魔人?」
「そうだな、関わり合いにならないでおこう」
しかし、なにやら向かう方向が同じである。
さらになにやら近づいてきているような気がする。
もしやこれから同じ店に向かうなどと言うそんな面白おかしいことを運命の神はするだろうか。
――イエス。する。
「そこな平凡そうな男よ! 余は今、中央街で評判の店でご飯を食べたい。案内するが良いぞ!」
「ぼ、僕ですか?」
「うむ、そなたとそなたの彼女以外に周りに人がいないからな! 今日は休みか?」
そんなわけはないのだが、既に駅前広場にいた面々は早々に魔人を見て退避しただけである。
完全にリードは逃げ遅れたというか、目の前のやべえものを見て唖然としてしまったおかげで見事に捕まってしまった。
「ええと、どの店に……?」
「太陽の翼亭だ」
やはり同じ目的地である。
「わ、わかりました。僕たちもそこに行くので案内しますよ」
「おいおい」
ちょっとこっち来いと襟掴まれてシュネーに路地へと連れ込まれる。
「馬鹿だ馬鹿だと思っていたけど、今回は輪にかけて酷い。何か弁明は?」
「いや、まさか僕も魔人に遭遇するとか思わないって、でもここまで接触されてしまったからには普通に断ったりするより案内して別れた方がいいんじゃないかと思ったんだ」
そう、魔人は振れるべからずである。
しかし触れてしまったのをいきなり話してしまうのは流石に相手の機嫌を損ねるのではないか。
そういう判断の下、ならもう毒を食らわば皿までということで案内してしまえばいいのではないか。
逆の発想に達したのである。
「そう。じゃあ、何かあったら守ってくれるんだ」
「うん、そこは当然」
「はあ。わかった、それじゃあ戻ろう。下手に刺激する方が危ないし」
というわけでリードは魔人を一行に加えて太陽の翼亭へと向かうのであった。
●
そこは宿屋兼食事処という風情の店であり、中では歯車と真鍮により形作られた人形――自動人形――が給仕や料理を行っていた。
庶民的であり、値段もリーズナブル。それにおいしそうな匂いで平時ならば実に楽しめる店であることがはっきりとわかる。
しかし――。
「はっはっは、なるほどあなたが彼の西の魔人殿か!」
「おっと、これはオフレコなのであった! 余は今お忍びで来ておるからな!」
「おお、魔人殿、確かにそれは大変だ。では、オネット殿とお呼びしよう」
「うむ、余の名を呼ぶことを赦そうぞ」
などと、なぜか店のオーナーと名乗った飄々とした、世間知らずのお坊ちゃんめいた若者。
いや、若者というには少年と言った方が正しいかもしれない。
アスファレス大陸東方の黒曜石を解いたかのような艶めいた黒髪と瞳で、額やらこめかみやらの滑らかさが相当の育ちの良さを感じさせる。
身に着けた衣装もどこかこの大陸とは異なる意匠であるとこだし、腰にさしてあるのは刀であるようであった。
そんな如何にもなオーナーは客が一目で逃げ出すのも気にせず魔人オネットと前述のように意気投合を果たしたのであった。
「ねえ、これどうすればいいの?」
「僕に聞かないでよ」
「わいにも聞かんといてや。勝手に座らされただけやし」
何も知らないハイゼも途中で捕まり、何故か魔人に同席させられている。
「余はなぁ、やっぱり九十層攻略すべきだと思うんだよねぇ。そろそろ新しい素材ほしいし」
「おお、確かにそうですなオネット殿!」
「でしょ~? なのに他の魔人たちが邪魔するのだ。余しょぼーん」
「しかし、ほら、そこはかくかく事情がおありでしょう。そこは寛大なオネット殿の懐の深さを見せつければよろしいかと」
「うむ! カナヤと言ったか良いこと言うではないか。余ちゃんポイント贈呈だ」
「ありがたき幸せ」
などなどなにやらここのオーナーとオネットはかなり相性が良かったらしい。
「とりあえず、注文しよう」
「わい、ほんまリードを尊敬するわ。この状況で飯とか食えんやろ普通……」
「アイツと付き合ったばかり? だいたいこんな感じだから早く慣れた方が良いよ」
「そうやな、そうしよって、あんたは?」
「ワタシはコイツの幼馴染」
「へぇ……」
ハイゼの中でこんな美人の幼馴染がおったんかい! と沸点が爆発しそうになったが、目の前をちらつく怪人赤ドレス男のおかげで急速に冷えていく。
ここで怒りを爆発させた場合、目の前の魔人がどう反応するかわからないからだ。
「はぁ、せっかくゼスちゃんに会いに来たのに」
ゼスちゃんとはこの店のもう一人の持ち主と言ったところ。
どうやらカナヤに銀貨三十枚ほどで買われたとかなんとかかんとか。
ハイゼが気に入る美少女なのだが、魔人が来たと即座に離脱をしてしまっていた。オネットが帰るまでは絶対に出てこないだろう。
深い深いため息を吐いている間に、オネットが注文していたらしい料理が自動人形の手で運ばれてくる。
どれもおいしそうである。
「さて、料理も来たし本題である。ちょうどよく今話題のルベルパーティの二人を捕まえられたであるからな!」
一瞬にして、冒険者二人の身口意が戦闘領域へと駆けあがる。
未だ全貌知れぬ魔人オネットであるが、その強さは幼少のころから聞いている。
だから勝てるなどとは思わない。目指すは逃走のみであるが――。
「やめよやめよ。争いに来たわけではないからな」
「それを信じろと?」
「うむ、余はお忍びであるからな。こうやって変装もしておるし」
と頭の上にちょこんと載った帽子を指し示す。
どうやら女装は本気でやっているらしい。
しかし、どれほど言われても魔人の言葉など信じられない。
際限なく高まり破裂しそうな風船の如き空気を破ったのは誰でもないこの店のオーナーであるカナヤであった。
「はっはっは。まあまあ、ご両人。ここはひとつ穏便に行くのはどうだろうか。昼時に飯が来ているのに食べないというのは作ってくれた者に失礼というものだ」
「おお、そうであるな! 余失敗失敗」
と一気に空気霧散して。
「さあ、ここは余の奢りである、皆好きに食って良いぞ」
ととりあえず食事となった。
もちろんどれもおいしいのだろうが、魔人がいる手前まったく味を感じられなかった。
「ふむ、満足満足。さて、で、本題であるが、余のとこ来ない?」
食べ終わって、そう気軽に言ってくれるもの。
「ええと……」
「まあまあ、魔人殿。彼らもパーティリーダーの判断を仰がねばならないのでは?」
答えに言いよどんだところにカナヤのサポート。
「ふむ、まあパーティリーダーのいない時にするはなしではないな。では、後日、パーティリーダーも交えてやろうな!」
ならば仕方ないとオネットは満足したのか、蒸気通信の連絡先だけおいて帰っていった。
「一体何をしに来たんだあの人……」
「わいにもわからん。わいらを見に来たとか?」
「ありうる……」
確かなことは魔人に目をつけられてしまったということだけだ――。
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