第12話 アンテルシアの片隅で
蒸気煙る街アンテルシアは、リンデンバオム王国でも有数の塔の街である。
塔を中心に栄えた都市の中でも巨大であり、今もなお上下左右に向けて成長を続ける現代の巨人であった。
さらに塔だけでなくこのアンテルシアには迷宮が四つも存在しており、その四つそれぞれに魔人が住み着いていたりする。
現代で最も混沌で最も進んだこの都市の一画に存在する羽休めの酒樽亭という酒場がある。
そこの主人は元は帝国の諜報部の出身だとかで、蒸気酒場の中でも秘密の話をするのに最も適していると有名である。
そこを貸し切り地図師御三家が集いの場として利用されているのも界隈では有名であった。
そのため不心得者が情報を得ようと突撃しようとして屈強な店主にぶん投げられていたりして、店の前に積み上がるのも月一の風物詩であった。
店の向かい側の喫茶店では何人積み上がるだとか、誰が突破するだとかでトトカルチョが開かれてすらいる。
さて、そんな店の外の状況は活気満ち溢れる蒸気機関文明のいつもの風景であるが、内部は珍しく蒸気灯が落とされ、淡い角燈の灯りがひとつのテーブルを照らすだけになっていた。
酒場なんて楽し気を形にしたような場所であるはずが、今あるのは剣呑と、それはもう不穏の空気のみで、実に陰鬱に過ぎた。
そこには三人の男女がおり、全員が無言で顔を突き合わせていた。
「えへへへへ、えへぇ……」
一人は知っての通りカティ・エルマノス。
死霊術師として名高い未知の探求者であり、度し難い変態。
大口契約を結んで現在、幸せの絶頂にある。
この陰鬱空間にあってなおえへえへ言っているのはある意味才能であろう。
元が死霊術師であること考えればむしろこの手の空気の方が居心地が良いのかもしれなかった。
「はあはあ、情報、情報ぅ……」
次も女でこの集まりの中では最も年嵩のいった――というにはこの中でという話であり、世間的に見ても若手であることに違いはない――女。
色気そのものが形となったかのような肉感溢れる高級娼婦もかくやというほどの玉体を品の良いドレスに包み、妖艶そのものな笑みを浮かべている。
豪奢な金髪をさらりと流した様を見ればどこぞのご令嬢のようでもあるが、ここにあっては同じ穴の貉であることに違いはないだろう。
「………………」
唯一の男は、面長の真面目そうな青年だ。
身を包んでいるのはローブであろうか。
しかし、色合いはセンスが悪いとしか言いようがない。
まるで地図である。
というか、地図である。地図好きが高じすぎたのか、彼は日ごろから地図を衣服として生活しているのであった。
やはりこれも変態であることに違いはないようであった。
そんな変態の集まりは、ここで定例の会談を行っている。
名目上は近況報告をして、新たな未知を探すための時間である。
まあ、実態はそんな建設的なものではないのだが――。
「では、始めましょうか」
そう会の進行を行うのはこの中で最も年長の女であるエルフリーデ・ヴァルトラウト・フューラー・ガラクシアス。
この長ったらしい名前からわかる通り、地図師の中でも珍しい貴族の出である。
それが何だってこんなアンテルシアという都市で変態に混じっているのかといえば、話が非常に長くなる。
簡単に言えば、彼女が生まれた時の名付で少々問題があったということだ。
エルフリーデとはリンデンバオム王国語で、エルフの如きものといいう意味を持つ。
先代ガラクシア――つまり彼女の祖父――が名付けを行ったのだが、彼にはちょっとアレな性癖があった。
名前から読み取れるようにエルフ好きであったのである。
で、エルフの如きものとか孫娘に名前を付けて、その関係でいじめやらんやらほいほいという具合のあれこれを契機に家出を決行し、今じゃ地図師御三家に数えられるほどになったという。
「では、クアルトから成果を発表なさってくださる? わたくしの成果はその次に」
「良いだろう。当方の成果はこちらだ」
クアルト・キャンサール。
それが地図を着た唯一の男の名前であった。
一見すれば本当に真面目で眼鏡をかけたさまは知的な美丈夫というような風情であるのだが、如何せんその着ているものが全てを台無しにしている。
しかも、よく見れば、というか良く見たくないのだがこの男と、眼鏡と地図以外身に着けていない。
そんな男が一体どこから成果を取り出したのか、巻物の類をテーブルの上に広げて見せる。
ずいっとエルフリーデが身を乗り出してそれを見る。
それは迷宮八十一層の完成図面だ。
八十一階層から広がる火山の詳細図。不可侵領域以外の全ての領域がつまびらかにされている。
それだけでなく、攻略情報も事細かにと。
これだけで一級品どころではない特級の地図であることが見て取れた。
その価値は、ここのいる者ならわからない者はいないだろう。
この成果会で出すにも模範解答だ。
「良い出来ですわね。進入領域を除けば」
しかし、そこは同じ穴の狢でありながらライバルである御三家である。
チクチクと重箱の隅に突っつくどころか穴を穿ってぶっ壊すという意気を込めた攻撃を加えることは忘れない。
「はは。耳が痛いが、それは君も同じではないかな?」
「む――」
そこで黙るエルフリーデも同様であるのだから仕方ない。
「ふっ」
そして鼻で笑うカティ。
二人はそれを努めて無視。
「では、君も出したらどうだろう」
「ええもちろん」
そう言われたエルフリーデがすすっと出すのも地図だ。
ただし平面図ではない。
「七十一階層の立体図ですわ。彫刻師に頼み彫らせましたの」
ほぼ完全ではあるが、やはりこちらにも一部空白地帯がある。
そこが進入不可領域。
十一層の開かずの扉と同じく冒険者がどうしても入れない領域というものが存在している。
それが進入不可領域である。
「ふっ」
カティ、これにも鼻笑い。
二人はやはり努めて無視。
ここは先だってのリードらの活躍により、入るための条件は既にわかっている。
何かしらの称号を得ることである。
ヨンレンが言っていたチュートリアル――つまり百階層を突破していない場合は、百階層のフロアボスよりもおっそろしい相手と手合わせする必要がでてきてしまうが、それでも入ればそこには大伽藍と酒場があって転移門がある。
カティのように何らかの称号を得た者はいただろうが、中には百層突破前提の超絶恐ろしい魔物がいたりするわけで、不心得者が入った場合末路は死だから広まらなかったのだ。
そも入れないと言われている場所を確かめようとする奇特な者は今の時代地図師ばかりで誰もが上へ上へと目指す状況的だ。
偶然称号を得ても誰も確かめに行かなかったから今の今まで大伽藍の存在を誰も認知できていなかったのだろう。
しかし、それは今や昔のこと。
などと二人が神妙に進入不可領域について話すのでついつい鼻で笑ってしまう。
「さあ、最後、あなたですわよ」
「えへへ、ぼくはこれですよぉ」
出したのは十一階層の地図である。
「なっ――」
「これは!?」
それを見て二人は驚愕する。
それは当然だ。進入不可領域のことが書いてあるのだから。
それが偽物であるかなど御三家当主ならばすぐにわかる。
これは本物であると彼らの地図師魂が言っている。
「ふっ」
二人の驚愕の表情、嫉妬に狂った表情などなどを楽しんだカティは恍惚の表情を浮かべるのであった。
●
迷宮第八十一階層。
これより広がるは迷宮探索の最前線である大火山領域、しかし、そこにあるのは熱く燃え滾る火山ではなく桃色花咲く桜である。
誰が言ったか桜花連山。灼熱の中でなお咲き誇る桜花の美しさは必見である。
古今東西のあらゆる土地の姿が出現する塔の内部でここはアスファレス大陸東方領域を模しているらしいと地図師たちは言っている。
「ようやく来たな」
そんな領域に挑むのは冒険者ギルドでも期待厚いパーティ「黄金の剣」である。
しかし、新進気鋭のパーティもここまで来るのに随分と疲弊している様子であった。
「ったく、ここまで来るのにどんだけ時間かかってんだよ、新入りはよぉ!」
アルノールがそういうのは、小動物じみた、それでいて鋭い肉食獣も兼任するような眼光鋭く、口元をマフラーで隠した斥候職の女である。
名をマリンといい、リードと入れ替わりでパーティに入った新参者である。
珍しい斥候に適性のあるスキル持ちで最年少のAランクパーティということで入ったわけであるが、最近は後悔の色がにじんでいた。
「何度も言うが、普通に仕事している。私のスキルは罠解除。罠の解除専門なんだ。それ以外はスキルのようにはいかない」
そうマリンは何度もアルノールに説明しているわけだが、
「リードは全部やってたぞ、お前より早くな! ったく戦えない雑魚より使えないとか。ふざけるんじゃねえぞ、もっと真面目にやれ」
こういわれてしまう。
それはリード何某の方がおかしいのであって、自分は正常のはずである。
おかしなことは一個も言っていないはずだが、どうにも聞き入れてもらえなくてフラストレーションを溜めている。
ここ最前線たる八十代の階層で通じる短剣術に感知などなど、死ぬ思いで磨き上げてきたそれらを足蹴にされているのだから当然だろう。
「それで三週間もかかるとか、くそ。その間に九十階層のボスが倒されたらどうするんだ」
「あらあら、だめよぉ、けんかしちゃ。みんな仲良くしないとね」
そう二人の険悪な雰囲気をほわんとした雰囲気で中和するのはソワレだ。
しかし、視線を向けてもそこには誰もいない。ちょっと下だ。
そう視線を下げればそこにローブに身を包んだ幼女にしか見えない女がいる。
幼女でないことは、とある一部分がふんわりと体型を隠すローブを着ていてなおわかる豊満さを見れば明らかだろう。
(く、なぜあれほどでかいのだ。い、いや、私はまだ若い。まだ大きくなるはずだ)
などとマリンが悔しさに顔をゆがめていると、他の二人もやってくる。
「なになに~、おじさんにも聞かせてよ~」
そう馴れ馴れしくもおじさんを自称する少女は、ガンマンという風にテンガロンハットとジャケットを見に纏い、銃帯を腰に巻いていた。
蒸気船の発明により最近発見された新大陸風の衣装を好んで身に纏っているのが銃士のパトリダである。
人懐っこそうな笑みを浮かべてその腕の中にマリンを抱きしめる。
「ひえぇぇ、喧嘩はだめですよぉぉ」
と弱音と奇声の中間を上げてるのが、盾使いのタークである。
眼鏡をかけた可愛い顔をしているが、全身鎧を隙なく着込んだ挙句盾二枚を手に敵を殴り殺すスタイルのゴリラであるから忘れてはいけない。
「あー、まーたマリンちゃんのことかー。おじさんは頑張ってると思うけどなー。戦える人が増えてー、気を遣わなくて良くなったし!」
一応のフォローをパトリダが入れる。
「だが、それ以外がダメだろうが」
「うーん、どうしてでしょうねぇ」
リードがいた時は逆だった。
リードがいなくなれば逆になった。
答えは明らかであるが、アルノールとマリン以外の三人は、自分たちの為にリードを追い出したわけで言えるはずもない。
アルノールはアルノールで最年少Aランクパーティになったことで培われた塔より高いプライドが邪魔して言えるはずがないし、目を背けすぎてリードがいたからじゃねという言葉は旅行に行って帰ってこない。
ならば言うならマリンなのだが、彼女は新入りであることもあるし、ずかずかモノを言う性格でもないため、結局、どっちつかずになってうやむやのまま塔を進むことになる。
「くそ、まだ見つからないのか」
「急かすな、罠を見つけるのは難しいんだ」
「リードはすぐに見つけてたぞ、もっと真剣にやれ!」
「なら、お前がやったらどうだ。こっちは料理もやらされて疲れているんだぞ」
「何だと!」
なんともはや塔の八十一階層を進むパーティとは思えない状態である。
しかし、それでもそこはそれAランクパーティになるだけあって、個々人の戦闘能力が高く、戦闘がどうにかなってしまっているだけに前に進めている。
これで何かしらの問題でも起きるならば素直に帰還のちに反省会という流れになるのだが、冒険はなまじ理想通りにでないにせよ成功してしまうので反省の機会がないのである。
「くそが!」
アルノールはイライラを魔物に叩きつけながら塔を進む。
不協和音を響かせながら、黄金の剣は今日も塔を昇るのであった。
彼らがリードの現状を知り、アルノールが激昂やら色々やって大変なことになるのはまだまだ先のことであるが、秒読みは始まったと言って良いだろう――。
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