第10話 開かずの扉
古代の遺構広がる塔十一階層。
石組みのラビリンスがどこまでも続いている。
大小合わせて数百以上の部屋や通路が存在しており、地図がなければ迷うこと必至である。
最長記録は一年であり同じところをぐるぐると彷徨っていたという話がまことしやかに囁かれている。
古今東西入り混じった遺跡建築は不可思議な相乗効果を発揮しており、来た道を覚えられないだとか、通路が入れ替わるなどの現象が発生するのだ。
大部分が古代魔導文明時代の遊び建築が原因であり、その法則性さえ理解していれば対処はできる。
その点も地図に全て記してあるのが御三家クオリティ。
また、ここの遺跡建築は史学的な価値だけでなく芸術的価値も相応に高い。
もっともその優美な建築を堪能するにはあまりにも剣呑に過ぎるわけだが。
ここの敵は入り組んだ通路だけでなく、罠が仕掛けられた扉や部屋などもである。
もし罠にひっかかってしまった間抜けに斥候職のありがたみを教えてくれることだろう。
そして、至る場所を徘徊する魔物も脅威のひとつだ。
そんな魔物たちもオーバートレントを倒した一行にとっては、十一階層程、敵ではないし、カティという後衛戦力が参入したことにより、道行はより盤石になったと言ってもいい。
それが死霊術師であるので、魔物と遭遇し倒せば倒すほどに戦力は増えていく。
さらに言えば称号の効果で身体能力が上昇しているらしくもう苦戦しようがなかった。
リードの無銘の黒剣は非常に使いやすく、おかげで鎧袖一触もいいところである。
数日前まで無能とされていたのが遠い過去のようである。
そういうわけで特に予定外のハプニングも発生せずに一行は目的地である開かずの扉までやってくることができた。
階層端の方の奥まった狭い通路の先に、ひとつだけぽつんと取り残されたように木製の扉がある。
鍵穴はなく、鍵はかかっていないように見えるが押しても引いても、上げても下げても、横へ引いてみても開くことはない。
ならば爆破でもしようとありったけの魔力を込めた爆破魔法、錬成爆弾などなどを使用しても傷一つつかない扉である。
「さあ、リード様、ハリー、ハリーハリー!」
ここにきてもう何か起きると確信しているらしいカティは大興奮の様子である。
「わかってますよ」
リードが扉に触れてみる。
――有資格者が接触しました。
――ロックを解除します。
するとオーバートレントの時と同じような声が脳裏に響くと同時にかちりと鍵が開いたような音が響き渡った。
「……あの、どうやら開いたみたい、です」
「やややや、やっぱり! これで、調査できるぅぅぅ――!」
「さーて、全員警戒しな。まーたあのやっばいのが出て来る可能性があるからね」
全員が武器を手にしたのを見たところでルベルがリードに合図を出す。
リードも頷いて扉を開く。
罠がないかなどは最初の一撫でで把握している。
もう一度確認したが開かずの扉が開くようになったことによって何かしらの罠が発生したということもないようだった。
開かずの扉は予想外にスムーズに開いた。
他の軋む扉とは違うようで、すんなりと開く。
奥に広がっているのは闇である。
リードは変な匂いが漂ってこないかを確認する。
嗅覚は特に異常を検出しない。
ならば聴覚、触覚に頼るが、そこも何もない。
第六感――リードの感知には引っかからない。
勘の鋭いルベルを一瞥するが特段何かしらを感じたということはないようであった。
であれば即座に命を脅かすような危険はないということ。
「では、ぼくが行きますね。えへへ」
そうとわかればこの未知厨が黙っているわけもなく。
「どうしますルベルさん」
「一応、罠系は感じないんだろ?」
「スキルがない素人探知なので、そこは全面的に信用されると困りますけど」
「あんたが素人なら他の奴らは素人以下の何かになっちまうから、安心しな。入っても大丈夫だろうさ」
「えへへ、みちぃいぃぃぃぃ、未知探るのおおおお――」
「あと、そこのやつが我慢できないで突っ込んでったしな」
振り返れば既に部屋の中に飛び込んでいくカティの影。
涎をだらだらたらしながら扉の向こう側へ突撃して奇声をあげていた。
「おほぉぉ、はかどる、はかどりゅぅうう――」
「…………」
「わ、わいは元気でええと思う」
「そこは正直になっていいと思うぞ」
「わ、わいは美人には美人ていうタイプやし……」
ならば目を明後日の方向に向けて首を反対に回すのはやめておけばいいのにとリードは心の中でツッコミを入れる。
ともあれ、カティが入って大丈夫ならば自分たちも入って大丈夫だろうと一行も足を踏み入れる。
あとにぞろぞろと死霊が続くさまは冒険者パーティとは思えなかったが。
とかく誰も足を踏み入れたことのない領域に侵入したことだけは確かである。
そこもまた遺跡であり、古代のエッセンス溢れる香りが充満している。
松明に火をつけ、暗がりを進むのはことのほか精神をガリガリと削っていくものではあるが。
「あひぃえへ、えへへへへ」
目の前を狂乱しながら駆けていく変態の姿があれば、キツイというよりも呆れの方が来る。
気が勝手に散らされて警戒もそぞろになるというものであるが、カティはあの状態でも死霊どもの操縦は手放していないらしく、一重二重と一行を中心とした円陣を敷いて行軍している。
おかげで何かが近づいてくればそれでわかるようになっているし、ゴーストの類は勝手に発光して照明代わりとなってるので、うすぼんやりとこの場所の姿が浮かび上がってくる。
そこにいる魔物どもは迷宮十一階層とは思えぬ曲者揃い。
竜の傍流であるところの亜竜種やら、九十層近くに出没するらしい吸血種だとか。
そんな物理的に強みを持つ者もいれば、エルダーと名乗るに値する死霊魔術師などという術的魔物まで。
とにかくそこを探索するのは一筋縄ではいかないものどもがわんさか魍魎としているようであった。
さしものカティもそいつらの影を見てからは落ち着き払っての、警戒段階をひとつふたつほど上昇させた様子。
円陣も狭まり非接触のゴーストのみとなる。
「こいつは厄介極まりないねぇ」
ルベルが槍を手に冷や汗をかく。
下手なことをすれば一瞬でパーティが全滅する可能性を提示されているわけなのだから、緊張感は凄まじい。
しかし、それでも持ち前の胆力で平静でいながら、この領域は何かと思索の糸を伸ばしていく。
「うへぇ、やべえよやべえよ」
ハイゼはとにかくヤバイを連呼する。
本来ならばこのようなクソほどヤバい領域、補助魔法のひとつでもかけておきたいところではあったが、エルダーリッチまでいるとあっては下手な魔力反応は即死に繋がる。
なにせあいつら人が失った死術を収めているわけで、下手したら即死術の連打乱打と。
魔力が続く限りはなってくるとあっては、なるべく魔力を抑えて気がつかれないようにするほかない。
ことさら魔力が多く割と大雑把な使い方ばっかりしてきたハイゼには少しばかり厳しい試練といったところで、死にたくない一心必死に魔力操作を行っていた。
「――――」
そんな中でも泰然自若というか、もはや何か鈍いナマケモノじみた風情すら感じさせるエラトマは散歩でもしているかのような気軽さで足を進めていた。
しかし、いつでも背の巨剣を抜けるように手をかけているのは流石の熟練者というべきだろう。
その目線はしっかりとリードを見て、何かあれば盾なりなんなりになれるように足にも力を入れている。
「…………」
そのリードはといえば、斥候役として先頭付近をカティと歩いていた。
彼女が持つ角燈の灯りに照らされた石組みの通路に罠の類がないか目を光らせているが、存在は確認できない。
リードは罠感知のスキルなど持っていないから技量を超える罠があれば見つからない。
(やっぱり罠感知とかは覚えた方が良いかな)
そう思うが、読書の効果は作者が有しているスキルの一部を己に還元することである。
自伝を出すような英雄たちは基本的に花形スキルしか持っていない。
むしろ花形スキルを持っているからこそ英雄になれたといっても過言ではないのかもしれない。
罠感知読本などあったりするが、その作者が罠感知を持っているわけではなく、持っていたのは小説家のスキルだったりする。
そのため罠感知スキルを手に入れるには罠感知をもっている人に自伝か何かを書いてもらってそれを読む必要がある。
それでうまくいくかはわからないが、今はありものでなんとかしていくしかない。
「ん、ここがこうで、あちらがこう。えい」
リードがそんな風に気を張っている横でカティは脳に道順を刻むようにぶつぶつと唱えつつ、石を投げている。
罠チェックも兼ねているが一番は、反響する音で脳内で構造を構築することだ。
「ん」
「これは……?」
不意にリードとカティがハンドサインで一行の行軍を止める。
「何かあったかい?」
「建物がありました」
はて、と先頭よりも後方の一行が首をかしげる。
塔の第十一階層より上は遺跡だ。外部の存在しない地下遺跡の様相を呈した巨大な史跡が上十九階層まで続いている。
それは開かずの扉の先も同じようなもので、建築様式と出現する魔物分布こそ異なってはいたが、同一領域。
つまりは建物の内部であるということであったが、そこに建物がひとつ。
通路を出た先の広間はかなりの巨大であり、そこにアスファレス大陸東方様式の大伽藍が突如としてその威容を現したのであった。
「何というか、塔ってのは本当におかしなところだねぇ」
塔という場所の不合理さは未だ冒険者として新人のルベルですらわかってきたところであったが、ここで格式名高い大伽藍にお目見えできるとは思いもしなかった。
遺跡の中に遺跡。北部辺境に伝わる玩具のマトリョーシカにも似たようであるが、なんともしまりが悪く感じられるのはどういうわけか。
「灯りがあります」
ああ、なるほどとリードの言葉にルベルは納得の色を示す。
このしまりの悪さは、ここに足を踏み入れたのは自分たちが最初のはずなのに、大伽藍に人の入れた光が灯っているからだ。
何とも優し気で、はるか遠く千里の道でも歩いてくたくたになった矢先、天からの恵みとばかりに良宿を見つけたような、そんな雰囲気なのだ。
塔内部ではそれが甚だ異質であり、未知を歩いていると思っていたので人の手があったことに落胆を覚えるのは冒険者らしいと言えた。
「人がおるっちゅうことか?」
「わからない」
ただリードの見立てであれば、人が訪れた即席はない。
であれば、この大伽藍に付随した何者かであると言わざるをえず、大抵の場合、そういうのは罠か、魔物であるかだ。
さて、どうしたものかと、あのカティですら自重する空気の中。
「いつまでもぐだぐだやっていないで入ってきたら?」
そう大伽藍の入口から声が響いた。
黄金に輝くようにも聞こえた涼やかな女の声であった。
気がつけば大伽藍の入口から女が一人闇の中より歩み出ていた。
それはアンテルシアの通りでも歩けば、男だけでなく女すらも目を奪われるのではないかと思われるほどの女であった。
純白に光り輝いているように見える髪に、褐色に染まった肌はどこか異国のそれを思わせる。
すらりとした肢体は雌豹のように均整がとれておりある種の彫像なのではないかと勘繰ったほどである。
身に纏う衣装も大伽藍と同様の様式で、巫女服――神職の服装でこの場に酷く似合っている。
彼女は気軽に手招きするように早く中に入れと言うが、一行は動けない。
この手の寓話はいくらでもあるもので、とある山間の小屋に住む美人に誘われ一晩の宿を借りたら食い殺されたとか、そんな類のそれを思わせてならなかった。
それを察したのか。
「別に取って食わないから安心して」
などと女は断言して、再びの手招き。
往々にして食い殺す気の妖魔は皆そういうものである。
「良し、行きましょう」
こういう場合突っ込むのがカティである。せっかくの未知である。ここに突っ込まずして何が地図師というのか。
先人が切り開くのを待つのではない。己が切り開くことこそが地図師の本懐。
「まあ、ここまで来て引き下がるのはなしだわね」
開かずの扉の調査というのならば、終点たるこの大伽藍の調査こそが必須だろう。
ルベルも頷くとエラトマも同意する。
「まあ、わいはあないな美人とお近づきになれるなら行くしかないわなと思っとる」
ハイゼは欲望の方が先に来たようで、これはこれでどこかでそういう誘い系の魔物にやられるのではと思われた。
「僕は皆が行くのなら行きます」
満場一致にしては少々意見の造形が不ぞろいであったが、概ね女について中に入るということだけは一致した。
いつでも得物を抜けるようにしながら、一行は手招きする女に近づいて大伽藍の中へと足を踏み入れるのであった。
下にある【☆☆☆☆☆】からポイント評価お願いしまーす!
評価感想はモチベーションになる故に。




