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9 〈伝説の英雄〉静かなる帰還

 聳え立つ石の城壁、水の張った堀をつなぐ大きな跳ね橋、そして王都名物、魔除けの結界〈カストーラ〉。この結界さえあれば低級の魔物は近付くことさえできない。


 俺は1ヶ月ぶりに王都〈セント・エイジス〉に帰ってきた。大した変化はなさそうだが、城壁の外からでも中が慌ただしい様子だと分かる。


 さて、本当なら結界の中に入るために関所で札をもらわなければならないのだが、この魔除けの結界〈カストーラ〉自体俺が張ったものなので、結界にちょうど一人分の穴を空けて俺は王都へ入っていった。


「逃げろ。逃げろ。竜衆〈ナーガ〉がやって来るぞ」

「大丈夫だ。近衛兵たちが守ってくれる」

「王立騎士団〈ロイヤルナイツ〉じゃなきゃ頼りにならない。病人、子供から荷馬車に乗れ」

「俺は戦うぞ。この町以外に行くところなんてねぇよ」

「長旅には水と食料が必要だよー。今が買い時だよー」


 逃げようとする人々、残ろうとする人々、戦おうとする人々、そんな中でも商売をする人々。そうだ。この無秩序こそが王都だ。

 

 こんな緊急事態でこそ俺はこの王都に「らしさ」を感じた。思えば何度もこうした危機を乗り越えてきたではないか。ほとんどは俺が解決してきた訳だが。


「皆、落ち着け。今に必ず我らが救世主が現れるであろう。さぁ祈りを捧げよ」


 騒然とした広場の一角で白衣を着た集団が手を合わせて天に祈りを捧げている。


「あのお方はいつだって、この町の危機を救って下さった。さぁ皆で祈り、お呼びしよう」


 なんだか嫌な予感がする。俺の名前だけは呼ばないでくれ。


「「ハロー様!!」」


 どうやら嫌な予感が当たったようだ。この異世界での俺の本当の名前はハロー、他にも〈伝説の英雄〉、〈最強の賢者〉、〈魔王殺し〉などなど様々な名前で呼ばれる。異名は山のようにあるが、知らぬ間に怪しげな宗教の救世主にもなってしまったようだ。


 ちなみにハローという名はこの異世界に転移してから第一声に「ハロー」と声をかけて周ったことから名付けられた。


 よく町の様子を見れば白衣の集団以外にも俺の名前を呼ぶ者たちがいる。


「ハローさんさえいれば、こんなことにならなかったのに」

「もう1ヶ月もハローを見たという話を聞かないぞ」

「俺たちはハロー様に見放されたんだ。もうお終いだ」


 そして気がつけば町の広場の真ん中に、謎のポーズをとった俺の銅像が建っている。知らぬ間にこんな物までできていたのか。


 これだから隠居したくなったんだった。俺はもう英雄でいることに疲れたんだ。銅像もなんだか不恰好で全然しっくりこない。


「【不可視〈インビジブル〉】」


 俺は不可視魔法を使って姿を隠した。民衆に正体がバレてパニックになるのは絶対に避けたい。


 竜衆〈ナーガ〉を討つ前に近衛兵長のアントンにだけは来たことを伝えておくか。俺の代わりに竜衆〈ナーガ〉を倒したフリもして欲しいしな。 


 俺は人波を避け、周りを見渡して時折懐かしさを感じながら、王都の中心に屹立する〈ヴィンセント城〉まで歩いた。


 さて、アントンはどこにいるかな。俺が城の階段を上がりながらアントンを探していると、「ハロー。ハローなの」と聞き覚えのある声がした。


 この透き通った声は彼女だ。そう、第16代目ヴィンセント王国王女、俺の初めての弟子にして、いわゆる元カノ、ヴィンセント=ミルだ。


 俺は驚きのあまり返事をしてしまいそうになったが、どうやら彼女は俺のことを見えてはいないようだった。


 階段の上でキョロキョロと俺のことを探す彼女は、俺がいる気配を感じ取ったのか俺の名前を呼び続けている。確かに、長年共にいた彼女なら俺が不可視魔法を使えることも知っているし、俺の気配を感じ取っても不思議ではない。


 あぁ。それにしても美人だ。眩いばかりに輝き、一糸乱れぬ美しき金の髪。ハーフエルフを彷彿とさせる汚れを知らぬ白い肌。クッキリとした目鼻立ちに控えめな薄ピンク色の唇。そして立ち姿だけで分かる気品と高潔。


「ミル様。ミル様、どうぞこちらへ」

「はい。ですが、ハローがここにいたような…」

「ミル様。残念ですが彼はもういません。ここは危険ですのでご一緒に」

「.....分かりました」


 俺がバレないように柱の陰で息を潜めていると、ミルは従者たちに連れられて姿を消した。


 危ないところだった。だがどこかで彼女に見つけてほしいという気持ちもあったのかもしれない。彼女と過ごした日々は全てがかけがえのない思い出で、王都を離れる時も後ろ髪を引かれたものだ。


 そんな感傷に浸る間も無く「全員武器は持ったか。行くぞ」と近衛兵たちを連れた近衛兵長アントンが階段から降りてきた。


 俺は近衛兵たちの後をついていき、アントンが一人になった時に彼の前に姿を現した。


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