7 狩り〜大牙猪〈エリュマントス〉〜
カルバーリョの村に戻った俺は、村長である婆様に家畜泥棒の真実を伝えた。婆様は「世に珍しいオオカミ族とな。良か良か。私にできることがあれば何でも言うてくだされ」と笑っていた。
その日から診療後や空いている時間は獣人姉弟に狩りを教えることになった。異世界においても、特異の身体能力を有するオオカミの獣人。驚くほどの早さで技術を習得する姉弟に狩りを教えるのは楽しかった。
特に姉のテンは狩りを楽しんでいるようで、俺と競争まで仕掛けてくるようになった。
「〈この先にいる〉」
「〈私にもわかる。行かせて〉」
俺が【千里眼〈クレヤボヤンス〉】で捉えた大牙猪〈エリュマントス〉を、野生の視覚と嗅覚で感じ取ったテンが近くでささやいた。
「〈かなり大きいがいけるか?〉」
「〈まかせて〉」
大きな二本牙を蓄えた2m級の大牙猪〈エリュマントス〉は、人間であれば5人は必要なランクの魔物だ。流石のオオカミ族といえど子供では危険かもしれない。
「〈分かった。だが危ないと思えば直ぐに止めに行くぞ〉」
「〈うん〉」
テンはまるで自分の力を確かめるように獲物だけを一点に見つめている。
「〈お姉ちゃん。気をつけてね〉」
すっかり俺に懐いた弟のシンが横でくっつきながら言った。シンは身体能力こそ高いが、狩りをするには思い切りが足りない。俺が甘やかしている部分もあるが、子供だから無理をさせる事もないだろう。
シンの心配を他所にテンは茶色の美しい毛を靡かせて駆け出した。すっかり森での移動の仕方を身につけたテンは、目にも止まらぬ早さでエリュマントスに近づく。
エリュマントスが異常に気がつき、鼻息を大きく吐いた時には、テンは既に鋭い牙で首元に齧り付いていた。
早い。狙う場所も的確だ。
だが浅い。エリュマントスの剛毛はそこらの刃物では通用しないほど硬いのだ。
【火線〈フレア・レイ〉】
俺の右手から出た火を纏った熱線は、反撃をする前のエリュマントスの腹を貫いた。
「〈クソー。やったと思ったのに〉」
どしんと倒れたエリュマントスの横で、テンは牙をカチカチと言わせて悔しがっている。
「〈惜しいぞ。あとは立派な牙に成長するのを待つだけだ〉」
俺がそう言うとテンは嬉しそうに、そしてなぜか恥ずかしそうに頷いた。
「〈お兄ちゃんはお姉ちゃんが好きなの?〉」
俺の腰にしがみつき離れようとしないシンが聞いてきた。
「〈ん?好きか嫌いかと言われれば好きだが〉」
「〈だよね。僕も好き〉」
シンは俺のことを見上げてニヤニヤと笑った。
思い出した。オオカミ族の牙を褒めることは好意や愛情表現になるんだった。
「〈タ…タロウの牙も…悪くないをわよ〉」
照れ臭そうにテンが牙を見せて言った。
「〈あ、ありがとう〉」
俺もぎこちなく歯を見せて返した。
テンとシンに狩りを教え始めてから二週間、二人の成長速度に驚くと同時に、自分の体力の衰えに落ち込む日々であった。時々モフモフも楽しませてもらった。
ある日、シンの遊び相手にヘトヘトになりながら、カルバーリョ村に帰るとリーナが険しい顔をして俺に迫ってきた。
「最近、よくどこかへ行ってますよね」
「あぁ。ちょっと散歩に」
俺は咄嗟にとぼけたが、リーナはまだ疑いの目をむけている。
「しかも、何だか、獣の臭いがします」
リーナは俺に密着してクンクンと臭いを嗅ぎながら言ってきた。
「あぁー。もしかして俺の臭いかも」
俺は秘密を守るために多少の好感度を犠牲にした。