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6 獣人の姉弟

 カルバーリョの村に来て一週間、何の変哲もない平和な日々を俺は過ごしていた。午前中は集会所で村人たちを診て、午後からは釣りや読書、散歩などをして過ごした。


 ざっとこの村の周りを探索したが、大した魔物もおらず、やはり隠居には絶好の場所だった。


 また俺はかねてから書こうと思っていた、魔法の理論書をしたため始めた。


 俺しか知らない強大な魔法の数々を書き記すことは、戦いの火種を生む危険があるが、日本語を読める者は誰一人としていないため、気兼ねなく俺は夜の時間を物書きに充てた。これは誰にも読めない覚書のようなものだ。


 一度リーナにバレそうになったが、ただの落書きだとお茶を濁した。


 この一週間で変わったことがあるとすれば、リーナが俺に治癒者〈メディシン・マン〉のなり方を教わりたいと言い出したことと、大男ドリスが俺とリーナが仲良くしている姿を見て、明らかに不機嫌になっているということだ。

 

 そして早くも新しい俺の家の骨組みができ始めていた。小さい小屋でいいと言っていたものの、村人たちは張り切っているようだった。


 まぁ診療所も兼ねているのだし、多少大きくてもよいか。書斎も欲しいと思っていたし。


 雲ひとつない朝の空が俺一人分の小さな影を作った。


 これだこれ。俺が求めていたのはこんな何もない朝だ。従者たちに囲まれ、起き直ぐに数分単位のスケジュールをこなす日々とはおさらばだ。あとはコーヒーさえあれば完璧なんだがな。


「タロウ先生。おはようございます」


 後ろから元気なリーナの声が聞こえた。


「先生はやめてくれ」


 俺は振り返ってそう言った。リーナは笑っていたが、いつもよりぎこちないように感じた。


「どうかしたのか?」


「いえ、何にも」


「隠したって分かる」


「・・・実は、昨日の夜、またミドリウシがいなくなったって」


 なるほど。仕方がない。婆様にも頼まれていたし、今日こそ家畜泥棒の正体を突き止めるか。


 俺は午前中に軽く診療を終え、リーナに簡単な治癒魔法を教えてから、事件現場である牧場へ向かった。


 20匹程度のミドリウシとツノヒツジがいるだけの小さな牧場だ。みんな愛情を持って育てられた良い顔をしている。


 俺は怖がらせないようにゆっくりと近づき、一匹のミドリウシに額を当てた。


【記憶照覧〈メモリー・スルー〉】


 俺は目を閉じて昨晩のミドリウシの記憶を覗き見た。


 なるほど。意外な者の仕業だったな。


 俺は周りに誰もいないことを確認して、転移魔法を使った。


 よしここら辺かな。俺は村外れにある森の方まで転移した。家畜泥棒の生態なら知っているし、この村の近くなら間違えなくこの森にいるだろう。だが探知魔法を使うのも味がない。


 せっかくなら吠えてみるか。


 俺は喉を調整してからアォーーンと空に向かって吠えた。


「・・・」


 やはりダメか。昔の記憶を頼りに真似したものの、流石に無理かと残念に思いながら探知魔法を使おうとすると「アォーーン」「アォーーン」と続けて遠吠えが返ってきた。


 遠吠えの残響が森を揺らしてしばらくすると、息を切らした2匹の獣人が目の前に現れた。


 世にも珍しいオオカミの獣人だ。姿形からして子供の姉弟のようだ。モフモフしていて非常に愛嬌がある。この子達も大人になればあの厳つい見た目になるのだろうか。


 などと考えている場合ではない。恐らくこの姉弟は群れを逸れてしまったのだろう。


 遠吠えを聴きつけ仲間がいると思い、急いで駆けつけたが、いるのは人間の俺だけ。警戒と驚きが混じった様子でこちらを睨みつけているのも仕方ない。


「おーい」


「・・・」


「文字化㑠〈俺はタロウ。名前は?〉」


「!?」


 俺がオオカミ族の言葉を話し出したことに姉弟は驚き、耳をピンと立てている。驚くのも無理はない。オオカミ族の言葉が話せる者なんて人間じゃ俺ぐらいしかいないのだから。



「æ–Œ–‡å­g-jds,-〈警戒しなくていい。俺は敵じゃない〉」


「・・・æ–h]”>apŒ–‡å­〈私たちはテンとシン〉」


 ようやく姉の方が言葉を発した。弟はまだ怯えて姉の後ろに隠れているようだ。


 彼女たちの事情を聞くとちょうど半年前にこの森でオオカミ族の群れと逸れてしまったようだ。オオカミ族は移動民族で一度群れから離れると合流することは難しい。

 

 また彼女たちはまだ幼く、自分たちで狩りをすることもままならぬため、定期的にカルバーリョ村へおりて家畜を盗んでいたのだという。


「〈お前たちの事情は分かったが、ミドリウシはあの村の大事な財産だ〉」

「〈分かった。もうしない。ごめん〉」「〈ごめん〉」


 話せば分かる子たちだ。泥棒をしてしまったという罪悪感もあったのだろう。


 さて、どうしたものか。さすがの俺でも年中移動を続けているオオカミ族の居所をつかむのは一筋縄ではいかない。


 仕方ない。群れが見つかるまでの間、俺が面倒を見てやるか。村人たちに加えて二匹の獣人が増えただけだ。王国の民の数と比べればお釣りが山のようにくる。


「〈俺が狩りの仕方を教えてやる〉」


「!?」「〈いいの?〉」


 ピンと立った4本の耳と激しく動く2本の尻尾、そして輝きに満ちた大きな目、溢れ出る嬉しさを隠そうともしていない。全くかわいい奴らだ。


 俺の平凡な隠居生活にモフモフの獣人姉弟を愛でる新たな習慣が加わった。


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