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5 一日目

 その日の夜、俺はリーナを傷つけないように誤解を解いた。だがリーナはまだ自分が幼いだけで、いずれ俺と結婚するのだと息巻いているようだった。


 俺も卑怯だな。リーナを傷つけないということを言い訳に、好かれたままでいようなんて。


 「タロウさん?タロウさん?」


 「あぁ。もう大丈夫ですよ。お大事に」


 上の空だった俺は咄嗟に答えた。


 俺は村にやってきた次の日から早速、治癒者〈メディシン・マン〉として村の集会所で村人たちを診ていた。とは言ってもほとんどの者が健康で、やることもなくただ時テキトーな呪文を唱え、村人たちの不安を解消するだけだった。


 この異世界には魔法が存在する。治癒者〈メディシン・マン〉とは名前の通り治癒魔法の使い手なのだが、その存在は稀で、魔法の理論が発達していない田舎では未だに不思議な呪術士扱いされる。

 

 だからさっきから村の子供たちが何を期待してか、気色の悪い虫やらよく分からない植物などを持ってくる。俺は子供たちを驚かせてやろうと、その虫をパクッと食べてみせた。


 子供たちは悲鳴をあげて、散り散りに逃げていった。


 本当は食べる寸前で転移魔法を使って虫を移動させたのだが、流石に刺激が強かったか。反省しているとサモンが村長である婆様を連れて入ってきた。婆様はサモンに支えられてはいたが杖をついて自分の力で歩いてきたようだ。


「まだ安静にしていた方がいいですよ」


「私もそう言ったんですが婆様がどうしても、と」


「タロウ殿。本当にありがとうございます」


 婆様はそう言うと両手で俺の手を握って礼を言った。病み上がりの老婆とは思えないほどの魔力が手に伝わった。なるほど、確かに彼女は村長に相応しい。この魔力でこの村を守ってきたのだろう。


 婆様は手を握ったままゴホン、ゴホンと咳をした。俺とサモンは両脇から婆様を支えた。


「まだ安静にして下さい。これからは毎日私が診に行きますから」


 そう言って俺は透視魔法で婆様の身体の中を見た。

 

 よかった。年相応の老化はあるが、致命的な欠陥や病気はない。これなら1ヶ月もすれば元気になるだろう。これも内に潜む魔力のお陰だ。


 深呼吸して息を整えた婆様は改めて俺にお礼を言うと、二人で話があると言ってサモンを外へと出した。


「単刀直入に聞く。タロウ殿。貴殿は只の治癒者〈メディシン・マン〉ではありませんな」


 やばい。俺の正体がバレたか。何を言おうか困っていると婆様は続けて話し出した。


「こんな私でも貴殿の魔力の凄まじさぐらいは分かる。只の治癒者〈メディシン・マン〉ではない。どこかで名のある魔術士様ではないか?」


 どうやら俺の名前や正体までは分かってはいないようだ。正体がバレてしまっては元も子もない。小さな村といえど噂が広がれば、王国の奴らに嗅ぎつけられるかもしれない。


「そうです。ですがとある事情がありまして。どうかその事は皆に秘密にしてはもらえないでしょうか?」


 俺は真剣な目で婆様に頼み込んだ。


「貴殿がそう言うなら決して口外はしませぬ。なんせ命の恩人でございますから。事情とやらも詮索は致しません」


 婆様がそう言うと俺はほっと胸をなでおろした。


「しかし、その代わりと言っては何ですが、一つだけお願いを聞いていただけはせんでしょうか?」


「はい。何かお手伝いできることがあれば」


 そこから村長はこの村で起こっている事件について語り出した。


 どうやらこの村では半年ほど前から家畜であるミドリウシが定期的に姿を消しているようだ。ゴブリンや他の魔物の仕業かと思ったが柵は壊れておらず、誰の仕業かも分からないようだ。


「なるほど。解決できるか分かりませんが動いてみます」


「本当にありがとうございます。来たばかりのタロウ殿にこんなお願いをするのはお恥ずかしい限りです。息子は優しい子ですが、まだ頼りない部分がありまして」


 婆様は元々折れ曲がった腰を更に深く曲げてお礼を言った。


「いえいえ。しかし、もし解決したとしても絶対に誰にも言わないで下さいね」

「分かりました。約束は絶対に守ります」

 

 そう言うと婆様はサモンを連れて戻っていった。


 危ないところだった。この異世界でも魔力を感じることができる者は少ない。もちろん俺レベルになると、気を張ればかなりの遠くまで魔力を感知することができる。


 この村で一番の魔力を持っているのはあの婆様だ。そして、二番目がリーナだ。村人はおろか、本人も気づいてはいないだろうが。


 しかし、流石は村長だ。村のためには利用できるものは直ぐに利用する。確かにこの強引さがサモンには足りていない。それが良いところでもあるが。


 夕暮れ時、しばらく診療を続けた俺はサモン宅へと帰った。


 あの頃に比べると本当に何もない1日だった。村人たちと世間話をして、子供たちと遊んで、村の周りを散歩して。明日は釣りでもしてみようかな。


「お帰りなさい!」


 家に入るや否や満面の笑みを浮かべたリーナが駆け寄ってきた。


「夕ご飯ができましたよ」


 これが平凡か。俺が幸せを噛み締めていると、目の前には世にも恐ろしい虫料理の数々が並んでいた。


「あなたは虫が好物だって聞いたから、初めてだけど頑張ってみたの!」


 なるほど。小さな村となると噂が広がるのも早いよな。またも俺はリーナに謝り、不名誉な誤解を解いた。


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