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3 ドラゴン座

 気がつくと俺は、集会所での祝宴の中心にいた。


「採れたてのズミナです。タロウさんどうぞ食べて下さい」


 村人たちが次々に前にやってきて、名産の野菜やらなにやらと様々な食べ物やお酒を献上しにくる。

 

 数々の馳走によってすでにお腹は一杯なのだが、一口でも食べるのが礼儀だろう。


 うん、美味い。流石に野菜の名産地とあって、瑞々しさが段違いだ。シャキシャキと噛むたびに臭みのない野菜の旨味が口の中を満たす。

 ズミナとは元の世界でいう水菜のようなもので、水質が良い地域しか育たず、しばらく俺が住んでいた王都の方ではあまり見ない野菜だ。

 

 ちなみにタロウという名前は、さっき尋ねられて咄嗟に名乗った偽名だ。この異世界で俺の名は有名になりすぎている。通信が発達していない田舎とはいえ、名前は出回っているかもしれない。


「いやはや、本当にありがとうございます。何もかもタロウ様のお陰です」


 助けた村長の息子である男が、隣で酒を注ぎながら語りかけてきた。


 彼は名前はサモン。風貌は40代半ばで背は低く、やや小太り。血色の良さとは裏腹に、白髪や皺の多さから次期村長としての苦労が伺える。

 

「ばあさまがいなくなったら、うちの村はおしまいです」

 

 酒で赤くなった顔のサモンが続けざまに語り始めた。既に酔いが回っているからか、俺の素性などは全く意に返さず、村の良さや自身の悩み事を独り言のように滔々と語っている。


 「ここだけの話ですが、私は人望がなくてですね。奴を村長にした方がいいと言う者もいて…」


  そう言いながらサモンは目線で、集会所の端で数人の男たちと集まって酒を飲む大男を指した。どうやらその大男は俺に「帰れ」と怒鳴り声をあげた男だった。


 それからの宴の最中もサモンはしきりに大男の様子を伺い、恐れているようでもあった。大男もまた鋭い目つきでこちらの様子をチラチラと見ているようだ。


「奴は、ばあさまの言うことしか聞かんのです。タロウ様のこともまだ警戒してやがる」


「そろそろ「様」はやめて下さい。私もこの村の一員としてお世話になりたいので」


「本当にいいのですか? この村には治癒者〈メディシン・マン〉がいないので、非常に助かります。わたくしサモンがタロウさんの面倒を見させていただきますよ」


 ご機嫌なサモンと一部を除いて歓迎ムードの村人たちによって話はとんとん拍子で進んでゆき、俺はこのカルーバーリョの村で治癒者〈メディシン・マン〉として定住することとなった。


 魔法石のない村は、夜がくればもう真っ暗だった。宴も終焉に近づき、ポツリポツリと村人たちが俺に挨拶をして家々に戻っていった。


 少し酒に酔った俺はベロベロになって愚痴を垂れ流すサモンを余所に、集会所の外に出て夜空を見上げていた。


 予定より目立ちすぎてしまったが、俺の正体を知る者はいないようだし、ほとんどの村人たちも快く俺を受け入れてくれた。


 治癒者〈メディシン・マン〉として頼られることもあるだろうが、この程度の人数なら全員面倒を見ても、国の管理に比べれば暇つぶしみたいなものだ。


 それにしてもこの異世界の夜空はいつみても綺麗だ。青、赤、黄色の星々が澄んだ空気の中で無数に輝いている。ここには木々より高い建物も、星の明かりを邪魔する強い灯もない。

 

 確かあれは「ドラゴン座」だったかな。空に浮かぶ赤い目玉が、本当の【竜〈ドラゴン〉】の瞳に負けないぐらい強く輝いている。


 この星座を教えてくれたのはミルだったかな。王女になった彼女も元気にやっているだろうか。


 「あれは「ドラゴン座」ですね」


 後ろから急に声がして振り返ると、すらっとした細身の黒髪の少女が微笑んでいた。確か彼女は透視魔法で集会所を見た時に目についた麗しき村娘ではないか。


 「すみません急に、私はリーナと申します」


 「リーナ? ということはサモンさんの娘さん?」


 「あら、知っていたんですね」


 「サモンさんから聞きました」


 「もうお父さんったらおしゃべりなんだから」


 黒髪の美女は少し気恥ずかしそうに頬を赤らめて俯いた。


「改めてお礼を言わせて下さい。タロウさん」


 端正な顔立ちの中にまだ幼さを残した彼女が顔をあげると、吸い込まれるような黒髪に星の明かりが反射した。

 

 その光景のあまりの美しさに俺がしばらく見入っていると「タロウさん?タロウさん?」とリーナが不思議そうに問いかけてきた。


「あぁ、すみません。お礼ならサモンさんから嫌というほど言われました」


 リーナの美しさにすっかり酔いも醒めた俺はそう答え、集会所の方に目をやった。


「お父さんお酒に弱いのに、、ご迷惑をかけしてなければよいのですが」


「大丈夫ですよ。とても楽しい宴会でした」


「ならよかったです」


 リーナの屈託のない微笑みは、まるでこの地の自然を象徴しているようだった。


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