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2 隠居生活のために


「こんにちはー。誰かいますかー?」


俺の声だけがもぬけの空となった村に寂しく響いた。


もしや廃村か、とも思ったが今さっきまで人が居たかのような形跡だけはある。まるで俺が来た途端に人だけが消えてしまったかのような様子だ。


 キョロキョロと周りを見渡し、時折声を出しながら村の中心らしき所にまで来たが、人影は全く見えない。


 田畑は荒れていなかったし、家畜の姿も見えた。そして何より人の匂いがする。

 俺は、いわゆる元の世界にいた頃から匂いにだけは敏感で、この異世界に転移した頃も匂いを頼りに食べ物などを識別したものだ。


 ともあれ、人がいないのはおかしい。村人全員が【不可視魔法〈インビジブル〉】でも使ったのだろうか。

 しかし、そんな超高等魔法を使える者はこの世界に数人しかいないはず。もちろん俺は余裕で使えるのだが。


 ふーむ。一度、透明になって村を上空から見てみるか。


 などと考えていると、女性の泣き叫ぶ声が聞こえた。叫び声は、村の奥に位置する集会所らしき建物から聞こえているようだった。


 人がいたという喜びより、何か緊急事態であると察知した俺は直ぐに集会所へ向かった。集会所に近づくと女性の声だけでなく、老若男女様々な声が聞こえ、それはひどく悲しみ嘆いているような雰囲気であった。


「すみませーん」


 俺は集会所の扉の外から軽く声をかけた。


 数秒の沈黙の後から怒鳴り声に似た男の声が返ってきた。


「誰だ?」


「あのー。わたくし旅をしておりまして、少しだけこの村でお世話になろうとしたところ、叫び声が聞こえたもので」


 またも数秒の沈黙のあと、同じ男の声が返ってきた。


「帰れ!今は旅人にかまっていられる時ではない」


 怒気のある声であったが、それが涙声混じりであることにすぐ気がついた。


 何かこの村で悲劇が起こったのだろう。それも恐らく村人全員が悲しむような。


 俺はこれ以上、村人たちを刺激しないように集会所の外から様子を伺うことにした。


 どうしたものか。しばらくしても嘆き悲しむ声が聞こえるだけで進展はない。

 

 仕方ない、透視魔法を使って様子だけでも伺うか。


 【透視〈クリア・ビジョン〉】


 俺は眼に魔力を込め、久しぶりに透視をおこなった。徐々に集会所の木の壁が色を失い、中の様子が露になっていく。建物内は多くの村人で、すし詰め状態だが、泣き崩れる一際美しい村娘が目にとまる。

 彼女を包む質素な服が色を失い始め、健康な小麦色の肌が、っと危ない、あらぬものまで見てしまいそうだ。


 俺は瞬きをしながら透視具合の調整をして中の様子を伺うと、どうやら村人たちは集会所の真ん中で仰向けで寝ている老婆を囲んでいるようだった。


 どうやら老婆の格好や周りの反応からして、老婆は村長のような存在で、今さっき亡くなったようだ。


 なんてことだ。村に到着して直ぐにこんな事態に出くわすなんて。


 流石にこんな時に旅人を受け入れることはできないだろう。俺は手を合わせて悼んだあと、その場を去ろうとしたが、一度立ち止まり、透視で感じだ違和感を確かめることにした。


 透視の精度をさらに高め、老婆のことを凝視する。俺の視線は老婆の皮膚すら透過し、身体の中にまで達していた。


 やはりそうだ! 彼女は死んでいない。限りなく瀕死に近く、呼吸も浅いが微かに生きている。

 老婆の身体の中も隅々まで透視すると、どうやら肺に穴が空いているようだ。


 今なら間に合う。俺の【治療魔法】なら、たぶん治せる。


 やるしかないか。あまり目立ちたくはなかったが、このまま見殺しにはできないし、村長がいてくれた方が話も早いだろう。


「すみません。中に入ってもいいですか?」


「まだいたのか。帰れと言っただろ」


「実は私、治癒者〈メディシン・マン〉なんです。もしかするとお役に立てるかもしれません」


 俺は辺境の地でも伝わるように、とりあえず「治癒者〈メディシン・マン〉」と名乗った。


 しばらくの沈黙の後に「入れ」と聞こえた。


 建物の中に入ると悲しみにくれる村人たちが一斉に、縋るような目で俺を見てきた。


 俺は村人たちを驚かせないように治癒者〈メディシン・マン〉らしくテキトーな呪文を唱えながら、バレないように治療魔法を使った。


「【内臓治癒〈オーガン・キュア〉】」


 よし。透視で確認したが、肺の穴は塞がったようだ。 


 さて、もう魔法での治療は終わっているが、村人たちの真剣な目が俺の諧謔心を刺激したので、しばらくテキトーな呪文を唱え続けることにしよう。


「ナオール・スグ・ナオール・ホンマニ・ナオール・ナンヤ・カンヤ・デ・ナオール・・・」


 ぶつぶつと呪文を唱え続けていると老婆の呼吸が通常に戻っていった。


 村人たちは顔を見合わせて歓喜し、頭を下げ、口々に礼を言い始めた。


 俺が老婆の状況を説明する前に、瞬く間に周りはお祭り騒ぎになった。

 

 まるで魔王を倒した時のようだ。

 

 俺は村の中心で担ぎ上げられながら冷静にそう思った。


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