18 可愛い子には旅をさせよ
「やっぱりダメだ。このままでは村が飢えてしまう」
村長の息子サモンが険しい顔をして農園の方を見ている。
「どうしたんですか?」
俺が聞くとサモンはため息混じりに語り出した。
サモンによると、一週間ほど前から川の水質が悪くなってきたようで、村の生命線ともいえる農作物に影響が出始めているという。
「確かに元気がないような気がしますね」
サモンと共に農園にやってきた俺は、少ししぼんだズミナを手にして言った。
「もうダメです。カルバーリョ村は澄んだ水からできる良質な野菜を名産にしてきたのです。こんな事は初めてですし、原因も分かりません」
サモンは頭を抱えたままその場で立ちすくんでしまった。
「サモン、顔をあげよ!」
サモンを叱責する声の主は村長だった。
村長はゆっくりと踏みしめるように歩いてやってきた。
「もう一人で歩けるようになったんですね?」
「タロウ殿のお陰ですっかり回復いたしました」
「いえいえ」
「申し訳ない。うちのバカ息子がお見苦しいところを」
「ですが婆様、私にはどうすることもできません」
今にも泣きそうな顔のサモンは婆様と俺の顔を覗きみて言った。
「サモンよ。この不作の原因をなんだと思う?」
「うーん。川上での水質汚染でしょうか?」
「そうじゃ。ではやることは一つ。その汚染を食い止めるのだ」
「しかし、、どうすれば?」
「本当に情けない。お主が水質を調査しながら川上まで上っていけばよい。お主はいずれ、この村の長になるのじゃぞ」
「でも、私一人では、、」
サモンは助けを求めるかのように俺の方を見た。
「分かりま….」
「ダメじゃ。サモン。これはお主一人で行くんじゃ。タロウ殿に頼っていてはいけない」
村長は俺の言葉を遮り、サモンにそう言い放った。
「ドリスは言わなくとも既に村を出た。私はこの問題を解決した方を時期村長に任命しようと思っておる」
「本当ですか?!」
サモンはドリスという言葉に強く反応し、下を向きブツブツと呟き始めた。
ドリスとはリーナを狙う大男で、俺とリーナを結婚させようとしているサモンにとっては厄介な人物だ。
ドリスは村の事を思っているが、保守的な性格のようで、いまだに俺は警戒されている。
「分かりました。一人で行きます。その代わり、もし私が帰って来なければ、タロウさん。リーナの事は頼みました」
サモンは俺の方を真っ直ぐに見てそう言った。
いつになく真剣な眼差しは、決意に溢れているようだった。
「はい。ですが、必ず帰ってきてください」
サモンは気弱な人間だが、悪い人間ではない。彼の裏表のない温厚さが村の雰囲気を形作っているのも確かだ。
しかも、もしドリスが村長になれば、俺は村を追放されるかもしれない。
ここは是非ともサモンに解決してほしいところだ。
「では旅の支度をして来ます」
サモンはそう言うと、俺と村長に一礼して歩き始めた。
「いいんですか?一人で行かせて」
「私はあの子を甘やかしすぎた。小さい頃に父を失っておる子じゃから、悲しい思いをさせまいと優しく育てすぎたのかもしれん」
「彼の優しさには村人みんなが感謝しているはずですよ」
「そうだと良いのじゃが」
「よければ私がお供しますよ?」
「いえ、私たちは今でもタロウ殿に大変助けられております。以前の家畜泥棒の件も解決していただきましたゆえ、何でも頼るのはよくありません」
「あれなら全然ですよ。モフモフを楽しめるキッカケにもなりましたし」
「モフモフ?」
「いえ何でも」
村長は農園の方を見て、少し悲しそうに目を細めた。
サモンはもうオッサンだが、村長にとっては可愛い子であることに違いないのだろう。
可愛い子には旅をさせよ、を字で行くことになるのは、辛いことなのかもしれない。
その上、魔物が住むこの世界で、旅をするというのは可愛い子でなくとも危険だ。
仕方がない。隠れてついて行くか。
俺は自分の隠居のためだと思い、隠れてサモンの旅を付けて行くことに決めた。