12 凱旋する王立騎士団
竜衆〈ナーガ〉を倒してから一週間が経った。カルバーリョ村はいつも通り平和だ。
村長である婆様の容態もかなりよくなったようで、もう杖をついてなら一人で歩けそうだ。
村長の息子サモンは相変わらず、俺とリーナを結婚させる気満々だ。もしかすると俺を次期村長にしようとしてるのかもしれないが、それだけは絶対にごめんだ。
リーナは魔法のセンスが開花したようで、俺が教えた簡単な治癒魔法を使い、俺の助手も勤めるようになった。いつか俺が治癒者〈メディシン・マン〉でないことも伝えなくてはならないだろう。
大男ドリスは、俺とリーナが一緒に居るのを見るたびに深くため息を付くようになった。これほど分かりやすい反応もないが、なぜかリーナは全く気がついていないようだ。
オオカミの獣人姉弟テンとシンはますます狩りが上達し、俺なしでも生活に困らなくなったが、どうしてもと言うのでまだ2日に1回のペースで会いに行っている。身体の成長も著しく、テンはより女〈メス〉らしくなり、シンに至っては10cmほど身長が伸びたようだ。
「〈お前らはいいな。まだまだ成長期で〉」
俺はシンの頭をポンポンと撫でて言った。
「〈お兄ちゃんはもう大きくならないの?〉」
「〈たぶんね。お前の頭を撫でれなくなるのも近いかもな」
「〈その時は僕がしゃがむから安心して〉」
落ち込む俺に向かってシンは無邪気に笑って答えた。天使だ。この世界を救ってよかったと思える瞬間の一つだな。
「〈シンだけズルい。私もー〉」
その様子をみていたテンが俺の傍に潜り込んできた。
一生、このままでいてほしい。俺は両手でモフモフの獣人姉弟を撫でながら、つくづくそう思った。
いつもより多く獣人姉弟を愛でた俺は、村に帰り、数人の診療を終えてから書斎に戻った。
この異世界にも小説は存在する。だがほとんどが神話のような冒険譚で、上手く感情移入することができない。と思いきや、今の俺には神話の中の英雄にかなりのシンパシーを感じる。
大鬼〈オーガ〉の息、かなり臭かったっけな。こいつも我慢しながら戦ったのかな。などと、恐らく俺しか持たないであろう感想を抱きながら俺は本を閉じた。
そろそろ読む本も尽きてきたことだし、また王都〈セント・エイジス〉に戻るか。アントンのことも気になるし。
「【転移〈インバージョン〉】=王都〈セント・エイジス〉」
「「王立騎士団〈ロイヤル・ナイツ〉の凱旋だー!」」
俺は丁度、王立騎士団〈ロイヤル・ナイツ〉の凱旋パレードの最中に帰ってきてしまったようだ。
それにしてもすごい人気だ。広場の全員が王立騎士団〈ロイヤル・ナイツ〉の紋章が描かれた旗を振り、労いと感謝の言葉を投げかけている。
肩車をするタヌキの獣人親子の隣から俺はパレードの主役であるして王立騎士団〈ロイヤル・ナイツ〉を仰ぎ見た。
端正な顔立ちに鮮やかな赤毛、そして遠くからでも分かるキザな立ち振る舞い。間違えないヴァルシーパだ。確か今は王立騎士団第4席で〈赤毛の突進王〉なんて名前で呼ばれてたっけな。
「ヴァルシーパ様ー。こっち向いてー」
女性たちの黄色い歓声がとぶと、ヴァルシーパは何の恥じらいもなく投げキスをした。
くそ。ウマから落ちて死ね。
「ついに来たぞ。我らが騎士団長ダンテブル卿だ!」
一際強い歓声が起こると、民衆の中で「ダンテブル」コールが起こった。
そうか。あの人もいるのか。鈍い銀の鎧に身を包んだ白髪混じりの長髪、全てを見透かすような眼光鋭い隻眼。あれこそ俺が尊敬する数少ない人間、第18代王立騎士団騎士団長〈無形の剣聖〉ことダンテブル卿だ。
彼はこの異世界においてユニークスキルなしで王立騎士団〈ロイヤル・ナイツ〉騎士団長にまで成り上がった最強の剣士だ。彼以外の王立騎士たちは、ヴァルシーパの【猪突猛進〈クラッシュラッシュ〉】などを筆頭に全員が強力なユニークスキルを持っている。
ダンテブル卿には剣術のイロハを教えてもらった。俺が厳しい修行の日々を思い出していると、突然、刺すような視線を感じた。
ヤバイ。咄嗟に不可視魔法を使ったが、あの人なら気付いてしまったかもしれない。
顔色一つ変えないダンテブル卿は、見えないはずの透明な俺をしばらく見つめ、また〈ヴィンセント城〉に向けて行進し始めた。