11 vs竜衆〈ナーガ〉②
舌を切られた竜衆〈ナーガ〉は3本の首をくねらせて激しく猛ると、猛毒を吐き散らしながら俺の方へ向き直った。
向き合った竜衆〈ナーガ〉の黒々しい目が真っ赤に変色した。どうやら強敵と判断されたらしい。
それしても恐ろしい毒だ。地面すらも溶かし、周辺の木々は腐り始めている。
竜衆〈ナーガ〉は俺を睨みつけながら左右2つの頭を大きく動かし、まるで3つの頭で俺を取り囲むような形態をとった。
巨大な3つの頭がゆらゆらと揺れ、交互に「シャー」と威嚇音を上げる。一瞬の隙も許されない。蛇に睨まれたカエルの気持ちが嫌というほど分かる。
さて、何が来る。流石の俺でも生身の状態では、攻撃次第で死は免れない。俺は久しぶりの緊張感に思わず笑みを漏らした。
竜衆〈ナーガ〉は俺を警戒しながらも、見計らったかのように一斉に3つの口を開いた。
忘れていた。竜衆〈ナーガ〉の武器は牙や毒だけでない。鉄をも溶かす火炎息〈ブレス〉があった。
竜衆〈ナーガ〉の巨大な口から特大の火炎息〈ブレス〉が放射され、俺のいる場所は瞬く間に炎に包まれた。三つの火炎息〈ブレス〉が中心でぶつかり合い、〈ヴィンセント城〉よりも高い火柱が上がる。
「ふー。危なかった」
「お、お前、無事だったか」
絶望の顔で火柱を見ていたアントンが隣にいる俺に気付いて驚いた。俺はナーガの火炎に焼かれる直前に転移魔法で回避をしていたのだ。
完全に獲物を仕留めたと思っている竜衆〈ナーガ〉が、悠然と残りの獲物であるアントンの方を向くと、まだ生きている俺に気が付いたようだ。
「「「シャーーーー」」」
怒りに震える竜衆〈ナーガ〉の声は恐らく王都にまで響いただろう。音の圧だけで身体が持っていかれそうだ。
楽しかったが、そろそろ終わりにするか。
「【強化〈エンハンス〉=身体」
俺は自身の身体に強化魔法をかけた。感覚が研ぎ澄まされ、力が湧き上がる。自分の身体がまるで質量も持っていないかのように軽い。
一息つくと、もう一度、火炎息〈ブレス〉を吐こうとする竜衆〈ナーガ〉の頭まで跳躍した俺は、強化した剣で頭上から円を描くように一太刀を与えた。決まった。
真ん中の竜衆〈ナーガ〉の首を一刀両断した俺は、そのまま首を蹴り、反動で右に跳んだ。今度は逆に足元から掬い上げるように右方のナーガの首を斬りつける。これも決まった。
「【連火線〈ロウ・フレア・レイ〉】」
右方のナーガの首が落ちる前に、俺は左手から連続で火線を放ち、左方のナーガの首を縦一線に貫いた。
紫色の血飛沫を浴びないように、俺は空で身をひるがえし地面に着地した。
俺が着地すると、続け様にボトンボトンボトンとナーガの首が落ちる音がした。
終わった。国落としの竜衆〈ナーガ〉と言えど、やっぱり本気を出すにはまだまだだな。
「いつ見ても化け物だな。お前は」
俺の戦いぶりに半ば呆れ気味のアントンが言った。
「これ、ありがとう」
俺はさっと一振りして血を飛ばしてから、アントンに剣を返した。
思ったより陽が落ちるのが早いな。リーナに怒られるのも怖いし、夕飯のために一度、村に帰るか。王都の本屋や挨拶はまた後日にするかな。
「後処理はよろしく。これはアントンが倒したことにしといてくれ」
「はっ??」
「すまん。【転移〈インバージョン〉】=カルバーリョ」
呆然とするアントンをよそに、俺は巨大な竜衆〈ナーガ〉の死体を背後に、カルバーリョ村に転移した。
どうやら夕飯には間に合ったようだ。野菜中心のリーナの手料理は優しい味がして好きだ。やっぱり王都は忙しすぎる。俺は窓の外から閑散とした村の様子を見て思った。
「ところで今日はどこへ行ってたんですか?」
向かい側に座るリーナが聞く。
「散歩かな。でっかい蛇がいて怖かったよ」
「意外とビビりなんですね」
なぜかリーナが嬉しそうに言った。