10 vs竜衆〈ナーガ〉①
「隠居とやらの事情は分かったが、それでは逆になぜ帰ってきた?」
王都へ戻れという俺への説得を諦めたアントンが質問をぶつけてきた。
「いや、この町にも多少の愛着が沸いただけさ。それにアントンに借りを返さなきゃなって」
「私に借り?」
「俺がまだこの町に来て直ぐの頃、色々と世話してくれたろ」
「そんな昔のことか。覚えちゃないな」
アントンはいたずらに笑って言った。本当は覚えているくせに、照れ屋なところは変わらないようだ。
「そんな事より竜衆〈ナーガ〉は今どこにいる?」
昔話をしたい気持ちを抑えて俺が聞くと、アントンは真剣な表情に戻り「もう聖東の森〈セイント・イーストウッド〉にまで来ている」と答えた。
聖東の森か。俺が元居た世界からこの異世界に転移した場所じゃないか。初めて魔物を見たときは腰が抜けたっけな。
いや、そんなことを考えている暇はない。聖東の森と言えば、もう王都から目と鼻の先ではないか。
「行こう」
俺がそう言うとアントンは頷き、近衛兵たちを呼ぼうとした。
「いや。二人で行く。掴まってくれ」
俺はアントンを引き留め、強引に腕を掴ませた。
「【転移〈インバージョン〉】=聖東の森」
俺が目を開けると、そこにはジャラジャラと轟音を立てて這う竜衆〈ナーガ〉の蛇腹があった。30mを越すナーガの蛇腹は一枚一枚が黒茶色の大きな鱗が覆われており、かなりの強度がある。
ちなみに鱗一枚あたり金貨50枚で取引されるほどの高価な素材で、一体討伐するだけで一生遊んで暮らせるだけの金が手に入る事になる。
「探す手間が省けたな」
そう言うと、俺の腕を掴んでいたアントンは倒れそうになりながら満身創痍に「あ、あぁ」と答えた。
そうか。普通の人は転移魔法に慣れていないんだった。平衡感覚が狂うのも仕方がない。
竜衆〈ナーガ〉を倒すのは4年程ぶりだろうか。確か三つの頭を一気に切断しないといけないんだったな。
「アントン。剣を貸してくれ」
「いいが。お前の持っていた聖剣ほどの切れ味はないぞ」
「大丈夫だ。強化魔法でどうにかする」
俺がそう言うとアントンは腰に下げていた近衛兵の標準装備である片刃剣を渡してきた。
「ありがとう。【強化〈エンハンス〉】=剣」
俺が刃をなぞるように強化魔法をかけると、片刃剣は輪郭を縁取るように白く輝き始めた。
準備はできた。先制攻撃といくか。
「【火線〈フレア・レイ〉】」
俺がお得意の魔法でナーガの腹を貫くと、「「「シャー」」」とおどろおどろしい三重奏が森に響いた。
突然腹を焼かれたナーガが荒れ狂うと、地は揺れ動き、木々は小枝のように簡単になぎ倒れていく。土煙の中、30mを越える巨体とは思えないほどの機敏さでナーガがとぐろを巻くと、三つの頭で、標的である俺を見つけた。
「「「シャー」」」
爬虫類独特の無機質で冷徹な目。巨人をも丸呑みできるほど大きく開かれた口と、触れるだけで致命傷を与える鋭い牙。牙から滴った猛毒が地面をも溶かしている。
不気味に動く左右の頭と違い、真っ直ぐに標的を睨みつける真ん中の頭がピクッと動くと、口から毒をまとった舌が俺に向かって伸びた。
俺は身を縦にして紙一重で避けると、そのまま流れるような動きでナーガの舌を剣で断ち切った。
さぁ。狩りの始まりだ。