1 プロローグ
俺はもう何年本気を出していないだろうか。
あれは3年前だったろうか。
最恐最悪、伝説の厄災、大魔王と呼ばれる〈アポロドロス〉を最大魔力の一撃で倒した時だったかもしれない。
俺は7年前にこの異世界に転移した。
ここに来た当初は毎日が必死だった。
だが今は、上がり続けるレベルと地位、増え続ける資産と領地、集まり続ける弟子と自称彼女たち。
もう俺はこの世界であらゆる成功に飽和してしまった。
うん。やる事がない。
よし。隠居しよう。
これからは俺のことを知らない者達しかいない小さな村で過ごすんだ。そこで普通の人として平凡に暮らすんだ。
そう思い至り、今まさに俺は辺境の地〈カルバーリョ〉に来ている。久しぶりに浮遊魔法や転移魔法の類を使わずに、1週間ほど歩いてきた。この世界で流通や通信はまだ未発達だ。ここならば流石に俺のことを知っている者もいないだろう。
看板が見えてきた。
「カルバーリョ 〜水と野菜の村〜」
この村の名前だけは聞いていたが、どうやら川の水で育てた野菜が名産のようだ。
この世界の文字も読めるようになるまでは、中々に生活も大変だった。今では読めるだけで国の重役に就くことが約束される「古代文字」まで読めるようになってしまったが。
看板の先に腰の高さほどしかない木の柵が見えてきた。こんな柵じゃ小鬼〈ゴブリン〉にも簡単に破られてしまいそうだが、それほど安全な土地なのだろう。
俺は期待に胸を膨らませ、目を閉じてゆっくりと息を吸い込んだ。長らく忘れていた自然そのものの香りが鼻腔を揺らす。
しみじみと頷きながら周りを見渡す。緑に囲まれた良い土地だ。都市の方では見なくなった水車も未だに生き生きと回っている。
よし。隠居計画を見直そう。まず旅人を装って、しばらく休ませてもらう。そのうちに村人の手伝いでもして、ここが気に入ったから住まわせてほしいと頼む。村の仕事に慣れてきたら自分だけの小さな小屋でも建てるのもいいだろう。そのうち畑でも作って自給自足できたら最高だ。
そんな平凡な妄想を浮かべながら、全く警戒心の感じられない木の門を潜り、俺はカルバーリョの村に足を踏み入れた。
ここから俺の隠居生活が始まるんだ。絶対に目立つような真似はしないぞ。そう意気込んだ俺を後押しするように心地よい風が背中を押した。
アレ、何かがおかしい。
この村、人が全く居ない。