プロローグ1
夜の街を僕は歩いていた。僕の足取りは重い。テストの点数が悪かったからだ。これでは親からもらえるおこずかいの金額も期待できない。ため息交じりに、騒がしい夜の都会を一人、うなだれながらトボトボと歩いていた。
「ん?」
周りが騒がしい。今僕は駅近くの横断歩道の前で、大勢の人込みと一緒に信号待ちをしていた。充電が少なくなってきたスマホでネットサーフィンを傍らに待っていたけど、周りのザワザワとした会話がやけに耳について僕は表を上げてみた。そして、その騒ぎの原因らしきものが目に飛び込んできた。
「なっ────」
目の前の横断歩道だ。大きな車道の上を、何台もの車が高速で通り過ぎていく。その車道の、ちょうど真ん中に────少女がいた。銀髪の少女。行き交う車が邪魔でその少女の表情はここからだと碌に伺えない。横断歩道の信号は未だに赤のままだ。周りの衆人たちはその少女を指さしたり、なにか大声で伝えようとしていたり、起こりうるかもしれない事故を期待してなのかスマホを取り出して撮影していたり────誰も助けないのか?
目の前の少女は確実に危険な状況に置かれている。どうしてそうなったのかは知らないが、明らかに普通ではない。ケイサツ、ケイサツという声も聞こえてくるが、誰一人として、動こうとはしていなかった。じゃあ、僕は?僕だってこいつらと同じなのか。ただ目の前で起きている事態を、危険に晒されている少女を、ただ黙って見つめるだけなのか。
いやだ、僕は助けたい。ヒーローになりたい。さっきまで落ち込んで町中を一人でブラブラしていたただの男子高校生だったけど、あのカッコいいニチアサの特撮ヒーローのようになれるはずだ!
「待ってろ! 今助ける!」
僕の体のどこからか、不思議な自信が湧いてくる。気付けば、持っていたスマホをポケットにしまうことも忘れ、車の行き交う危険な車道に飛び込んでいた。その光景を見て、周りからは悲鳴が上がった。鼻先を車が走り去る。勇んで車道を駆け続ける。僕のすぐ後ろを、高速のタクシーが掠めた。恐れずに僕は足を止めない。目の前の少女の顔がようやく見える距離に近づいた。銀髪の少女は、とても綺麗な顔だった。その場で佇んでいて、両手を祈るように握っていて俺の方を見ている。その顔は、何か憂いを帯びたような、悲しそうな、申し訳なさそうな、そんな表情。だが僕にはそれをじっくり見る余裕はない。車たちをよけ続け、何とか彼女の元へ走っていく。
果たして、僕はこの少女の元に着いた。目の前には、さっきから表情を変えずに呆然と立っている銀髪の少女。見たところ日本人ではなさそうだ。女の子と話すなんて日常でもほとんど経験はなかったが、勇気を出して、話し掛ける。
「あの! 日本語分かる? イットイズデンジャラス! 行こう!」
がむしゃらに声をかける。言葉が伝わらないのか、少女に動こうとする気配がなかった。ああもう、僕は少女の手を強引に取って、
「行こう!」
と手を引っ張った。しかし、
「ごめんなさい」
少女の口が開き、小さく言葉を発した。観衆の騒ぎ声と、けたたましい車のクラクションの大音量の中でも、なぜかハッキリと聞こえる、少女の美しい声。その声に、僕は反射的に振り返ってしまった。また少女が、口をゆっくりと開く。
「死んでください」
(えっ────)
僕がその少女の言葉を理解する前に、事態は急変した。観衆のさらに一際大きな悲鳴がそこら中からおきる。そして、僕と処女が立っている場所が、強烈な横からの光に照らされた。その光源を思わず確認するために横を振り向くと、目の前に、ヘッドライトを輝かせた大型トラックが高速で接近してきて────
(あ、轢かれる────)