その6
本来、知的生物を使用したシミュレーションでは知性の素を投下した時点以降の観察者側からの介入が行われることはない。
過度に知的水準を向上させられたゴイム達は知的探求のためシミュレーション区画から出ようとする傾向にあり、区画間移動などの厄介ごとを引き起こす可能性が高まるためである。
しかし今回はそのプロジェクトの性質上ゴイム達への介入を行う必要があった。
ゴイムとの意思疎通のための通信装置を区画へ送付することとした。
地表での安定性および上下の区別がつくように形状は四角錐とし、ゴイム達が親しみを持てるようにその一面にゴイムの顔をあしらった。
しかしイナンナの提案により顔はやめて片目のみを残すこととした。イナンナ曰く「我々はゴイムと対等ではなく親しみを持たせる必要も無い。ただ我々がゴイム達を常時見ているということだけ伝えればよい。」とのことである。
我々はこの通信装置を「ゴイムの目」と呼んだ。
「ゴイムの目」はメンバーと同数、ゴイムの密集する区画に投下され、各人が一つずつ担当し周辺のゴイムとコミュニケーションをとった。
ルスは第3区画で一番の長さを誇る川の上流を、イナンナは2つの大河に挟まれた地域を、ゼルブルは大きな半島の付け根部分を、コアトルはそのさらに東に位置する大河のほとりをそれぞれ担当した。
「ゴイムの目」を通してメンバーはゴイム達に様々な知識を伝えた。
それにより、それまで狩猟採集生活を営んでいたゴイム達は農業を開始し、金属を加工し、より大きな集落として都市を形成し、法制度を整えた。
メンバー達はゴイムから神と呼ばれ崇められ、「ゴイムの目」を持つものは神の声を伝えるものとして支配者となった。
ルスが誤って区画上の時間速度を速めてしまった際には、数百年の間、神からの声が途絶えてしまったことを不安がったゴイム達が「ゴイムの目」と同型の巨大構造物をいくつも地表に建設したこともあった。
ルスが担当していた通信装置はもともとそれを所持していた部族から、他の部族が盗んでしまった。
盗んだ連中は通信装置を「聖櫃」と呼んで大切にしていたが、やがて驕りが過ぎて他の部族に滅ぼされかけて東へ、東へと落ち延びていった。
いつしかその部族は東の果ての島にたどりつき、「ゴイムの目」と同形状の山を見つけ、「やがてこの地に神が降臨するに違いない」と考えて定住したが、やはり驕りだし、いつの間にか自らを神の子孫と自称するようになった。
イナンナが担当した「ゴイムの目」も所有者は頻繁に変わった。その都度、イナンナは名前を気分で変えたが性格は変わらなかったためイナンナの担当していた地域には奔放な女神が多数発生することとなった。
ベルズブの「ゴイムの目」は儀式中にトランス状態に陥ったゴイムにより「神聖な川」に流されてしまった。
幸いなことに「ゴイムの目」は水に浮く仕様であったため長い時を経て絶海の孤島に流れ着いた。
ベルズブはすっかりプロジェクトに対する意欲が失せ、面白半分にその島のゴイムに奇妙な形の巨大な石像を多数作らせた。
ゴイムに一風変わった習性を身につけさせるのも、彼の趣味の一つであった。
コアトルは担当していた地域のさらに東に存在した大陸にゴイムが生息していないことに気づき、影響下のゴイム達に呼びかけその大陸目指して大移動を行った。
これは「区画全体に万遍なくゴイムを配置する」という当初の計画に基づく行動である。
コアトル不在となった地域は、以後彼の影響が薄かった野蛮なゴイム達による争いの絶えない紛争地帯となり、しばしばルスのゴイムと争いを起こした。
コアトル配下の一団は北の大陸にたどり着いた。
一部はそこを気に入り定住したが、他の多くはより暖かい南を目指し最終的には北の大陸と南の大陸をつなぐ地峡付近に落ち着いた。
コアトルは配下のゴイム達を慈しんだためゴイム達もコアトルを敬愛した。
あるときコアトルは自分の姿についてゴイム達に語った。
ゴイム達は早速森に入り、教えられたものに似た形の生物を探し出して「ゴイムの目」を通してコアトルに見せた。
それは手足がない細長いラプト種で、顔以外はコアトルに似ているとは言いがたかったが、優しいコアトルは「それが私の似姿だ。」と言ってやった。
ゴイム達は喜び、その小さなラプト種を大切に育てた。
餌にはルス達に姿が似た小型の節足種を与えてやっていた。
ルスもベルズブもさして気にしてはいなかったがイナンナは自分に姿が似ている生き物がラプト種の餌にされるのが我慢ならなかった。
彼女はコアトルが席を外すと、コアトルのゴイム達に「神はおまえ達の血液を欲している」とデタラメを教えた。
そうするとゴイム達は「ゴイムの目」に似た建造物を建て、そこで同胞の生贄の胸を裂く儀式をした。
そのたびにコアトルはゴイム達を再教育してやらねばならなかった。