その5
それを聞いた瞬間、イナンナは目をむいて捕食種の形相でコアトルをにらみつけたかと思ったら操作盤に向かってリセットボタンを押した。
質量弾は正確に第3区画に衝突し、そのエネルギーにより周辺の生物たちは吹き飛ばされあるいは燃え尽き斃たおれた。
「ラプトの丸焼きね。まずそう。」
そう言い捨ててイナンナは研究室を出て行ってしまった。
コアトルはにわかには何が起きたのか理解できず部屋を出て行くまでイナンナを目で追ったが、その後モニターで区画地表を見て唖然とした。
コアトルそっくりの生物たち(仮にラプト種とする)の死体で地表は埋め尽くされていた。
そしてなお、地表の生物たちは燃えさかる炎に焼かれ、氾濫する水に巻き込まれ、飛び交う地殻片に身を砕かれて死んでいる最中であった。
恐らく恐怖や苦悶の表情を浮かべているのであろうそのラプト種たちが死にゆく様を眺め、コアトルは呆然としていた。
彼には何もしてやれることはなかった。
我々他種族では理解しがたいが、姿形の似た生物の死に様は彼にとっては同族の死を見つめるのと変わりはあるまい。
衝突によって舞い上げられた水や塵が厚い雲を形成し、それが惑星全体を覆ったことで中心区画からの熱伝導が阻害され区画地表の大気温は急激に下がった。
多少生き残ったラプト種たちも環境の変化に耐えきれず(低温に弱かった)次々に死んでいき、2日もかからずに地表からその姿を消した。
滅び行くラプト型生命体を切なげな表情で見つめるコアトルを横目に、イナンナは新しいゴイム種候補を探していた。
ラプト種の減少に伴い、それまで被捕食者としての存在でしかなかった種が頭角を現してきた。
それはラプト種と同様に有頭4本足の生物であったが全身に毛が生えていた。
「この毛むくじゃらの生物たちは寒さに強いようね。個体数が増えてきているわ。どこかの劣等種族とは大違いね。」
コアトルはうつむき加減でイナンナの言葉を静かに聞いていたが、その目からは明確な怒りが感じられた。
ラプト人が怒るなど滅多にないことである。普通の人間はそこまで彼らの精神を刺激することはない。
イナンナは明らかにコアトルを挑発していた。
数日経つうちに有毛種たちもラプト種の時と同じように様々な種に分化した。
固定生物を食料とするもの、他の生物を補食するもの、陸上で暮らすもの海中に棲まうもの、大きいもの小さいもの。
そしてやはりラプト種のときと同様にその中の器用な1種が仲間同士で音をつかった複雑なコミュニケーションを取り始め、集まって居住し狩猟と自衛において協同した。
「この毛むくじゃら気に入ったわ。適応力も高そうだし。このグロテスクな見た目も好きよ。」
ようやくイナンナはゴイム種を選定した。
速やかに知性の素を封入したコンテナが区画のゴイム達に送り届けられた。
知性の素には特定の生物の食欲をそそる成分が混ぜられており目標の生物のみの知性保持器官を急速に成長させることができる。
ゴイム達は破れたコンテナに群がりこぼれた知性の素をむさぼった。
知性の素を摂取したゴイム達の知的水準は数世代のうちに大きく向上した。また副作用のせいか毛が薄くなってきた。
寒さを感じるためか身体に他の生物の毛皮を纏うようになり、暖をとるために火をも扱うようになった。
狩猟や採集に使うため原始的な道具も使用するようになっていた。プロジェクトは次の段階へと進んだ。